会いたい人に会えるのは、良いことだ。





Butterfly Effect、32





それは、不思議な夢だった。

周りの景色はどう見てもホグワーツ城の形をしているのに、 ガラスで出来たような、氷でできたような、硬質で冷たい色で構成されている。

私は気が付けば、そのガラスの城?の廊下に、一人ぽつん、と佇んでいた。
他に人の気配はない。
けれど、人ではない何かのざわめきがあって、耳が痛くなるほどの静寂とは無縁。
そんな、空間だった。

そこで、私は気の赴くままに歩き出し。
やはり、気の向いた扉を幾つも開けてみる。

最初の部屋は図書室のように、両方の壁に本がぎっちり詰まった、細長い場所だった。
本の背表紙を見てみれば、家族の名前、親友の名前、知り合いの名前……。
中には、コンビニで見かける立ち読みの人、なんてタイトルもある。
その本を取ってみれば、表紙にタイトル通りの写真が載っていた。

次の部屋は、開けた瞬間に音の洪水が起こっていた。
よくよく耳をすませてみれば、聞き覚えのある音楽が、 あちこちに置かれた色々な形のオルゴールから流れてくる。
が、それはオルゴールであったり、歌手の声であったり、多種多様だ。

また次の部屋は、食堂のような広い場所で、 これでもかという位、色々な食べ物が思い思いの皿に乗って、 今にも食べてほしそうに輝いていた。
生のフルーツもあれば、メインディッシュに味噌汁にスナック菓子と、 口にできる物ならなんでも並んでいるのが分かった。


「…………」


今まで見たもの全てが、自分にとっての既知であると気づいたのは、多分この辺りだ。

廊下を歩けばギャラリーのように、自分にとって思い出深い情景が額の中で名画のように並ぶ。
窓の外の風景は、窓が変わるごとに朝だったり夜だったり、銀世界だったりと、 やはりなじみ深い景色ばかりだ。

しげしげと注目して観る気にはならなかったが、 この城の中は万事が万事こんな感じだった。


見たことがあり。
記憶にはなく。
覚えてもいなくても。
知っているもの。
遠い昔に、置いてきたなにか。
大事なものから、くだらないものまで。
 』を構成する全て。


やがて、私は一番奥の部屋にたどり着く。
すると、そこには、見上げんばかりの巨大な卵型のオブジェが鎮座していた。
大きさは、2階建ての建物くらいだろうか。
きらきらと、その周囲を銀色の蝶が乱舞している。


「……あ」


間接照明のようにぼんやり光ったその卵は、よく見れば大きな罅が入っていた。
どうやら、銀色の蝶はそこから溢れてきているらしい。
思わず蝶に手を伸ばしてみるが、ひらりと躱されてしまう。

ふと、その場に一迅の風が吹く。
蝶はその風に誘われるように、勢いよく部屋から飛び出していった。
残されたのは、私と卵だ。

この卵には何が入っているのだろう、と周囲をぐるりと回りこもうとして。
そして。


「扉……?」


今まで卵で隠れて見えなかった、大きな扉を見つける。


「…………っ」


その扉は、今まで開けてきたどれよりも大きく、なんとも不気味な気配を湛えていた。
見た瞬間に、「嗚呼、これは開けてはいけない」と直感する。
その証拠に、扉にはジャラジャラと太い鎖が巻き付き、 とても頑丈そうな錠が鈍い光を放ちながらついていた。

ぐるっと、小さく小さく、唸り声が聞こえる。


「出しちゃ……駄目だ」


私は知っている。
ここにいるのは……化け物だ。







ぱちっと、音が鳴りそうなくらい唐突に目が覚めた。
流れるように時計を確認し、もう起きる時間であることを知る。

今日は授業がないけれど、 大広間で食事をするのには、決まった時間があるのだ。
一人暮らしなら、ズボラに一食、二食抜いたところで大したことはないが、 間違いなく、現状では友人に心配されること請け合いだ。
心の底から二度寝したい、と切望しつつ、私はのそのそと身支度を開始した。

もちろん、さっきまで見ていた夢のことなど、 もう頭の片隅にも残ってはいない。


「おはようございます。ダフネさん」
「……おはよう」


談話室に下りていけば、珍しい人がいたので、とりあえず挨拶をしてみる。
すると、彼女は熱量を感じさせない声で返してくれた。

彼女は、ダフネ=グリーングラスさんといって、同級生の中でもお姉さん枠の人物である。
原作にほぼ出てこなかったので、いまいちキャラクターが掴めていないが、 ノット君とペアにあることも多い、優等生系だ。
まぁ、ただなにしろスリザリンの優等生なので、親切だとかそういうのではなく、 何事もそつなくこなすオールラウンダーという方が正しいかもしれない。
なんというか、浮き沈みがほとんどない子なのだ。
感情面も、表情も。
パンジーちゃんのようにつんけんしていなければ、デレもない。

例外はといえば、可愛い可愛い妹さん(後のドラコ嫁)に関する話題のみで、 それも、他と比べれば、反応が大きいかな?くらいのものである。

いつもなら、とっくに食事に行っている時間なのだが、 顔色が少し悪いことといい、調子が良くないのかもしれない。


「珍しいですね。ダフネさんがまだここにいるなんて。
具合が悪いのであれば、マダム ポンフリーを呼んできましょうか?」
「……結構よ。大したことないわ」


プライドの高いスリザリン生なので、あまりここでしつこく突っ込んでも良いことはない。
とりあえず、自分が食べ終わる頃までに大広間に来ないようであれば、 アクションを起こそう、そうしよう。

私は一人で大広間へと向かうことにした。
がしかし、


「貴女こそ……大丈夫なの?」


奥歯に物が挟まったような、なんともいえない調子でかけられた声に、 若干足が止まる。


「はい?」
「……なんともないなら、良いのだけれど。
最近、変に構われているでしょう?」
「!」


淡々と言われたその言葉に、思わず目を丸くした。
他人に(というか私に)あまり関心がないのかと思っていたけれど、実はそうでもなかったらしい。
心配されたのが少し嬉しくなってしまい、 私はへらりと笑みを浮かべて「大丈夫ですよー」と返した。

彼女は一通り私をじっと観察すると、 興味を失ったのか「そう……」と手にしていた本に視線を戻した。
過不足のない交流は、私としても心地好い。

会釈をすると、今度こそ、食事をするべく談話室をあとにした。
あの様子では、もしかしたら誰かを待っていたのかもしれないし、 誰かが食事を取って来てくれることになっているのかもしれない。

まぁ、どちらも違うという可能性もあるので、少し後ろ髪を引かれるような心地がする。


「……本当は私が持っていくのが楽なんだけど」


そうすれば、変にうだうだ心配する必要がなくなるのだ。
が、彼女とそこまで仲が良いかと言えば、否。
大して親しくもない人間から、あまり過度な親切をされると、 スリザリンの人間は間違いなく不信感を覚えるので、さて、どうしようか?となる。
しかし、具合の悪い子供を放置するのは、気分が悪い……。

はぁっと、吐いた溜息が、石造りの廊下に少し反響した。

大体、学校の規模に対して、マダム一人が健康管理を請け負うとか、理不尽じゃないだろうか。
あと、寮監も、せめて男女1人ずつはいるべきだと思う。
卒業間近(つまり成人済み)の女生徒がスネイプ先生に「生理痛が辛くて休みたい」とか申し出られる?
自分だったら絶対無理だ。頭痛だのなんだの、別の理由をつけるに違いない。
嗚呼、でもそれだとあのまっずい頭痛薬を飲まされるのかしら?
……一体、それはどんな罰ゲームなんだ。

日本がなにしろ、基本、寮生活ではないので、 色々な点が不便に思えてしまう。
そんなに早く親元を離れたら、ホームシックの子とか出そうなものだけど。
今時は行き渋りやら、不登校やら、社会問題じゃなかったっけ?
それとも、すぐにはどうにも戻れないから、子供も諦めがつくのだろうか??

自分にとっては軽く他人事なことを考えながらも、 周囲に意識を配りつつ、しばらく歩く。

え?なんでそんな警戒態勢なのかって??
気を抜いていると、変なグリフィンドール生だのなんだのに絡まれかねないからですよ?


「……まぁ、ここ何日かはないか」


双子のウィーズリー兄弟に対して、私だってやるときゃやるぜ!とばかりに説教をしたところ、 どうやら、私は泣き寝入りをするタイプではないと周知されたらしく、 それまで、微妙にあった嫌がらせの類が一気になくなった。
まぁ、後見人の素敵なお兄様とか、オラオラの闇払い様とか、 もしかしたら、色々な顔見知りが何らかの手を打った結果なのかもしれないけれど。

平穏なのは良いことだ。

がしかし、私は大広間に着いた後、
実は現状、平穏でもなんでもないことを知るのだった。







金色の食器が朝日の中でキラキラ輝いている大広間は、 相変わらず、暗い廊下から入ると目に眩しい。
私は目をしぱしぱさせながら、いつもの席へと視線を向ける。

休日のために、いつもよりまばらな人々の中で、 ひと際目立つ、銀の頭がそこにはあった。
(正直、美しいとも思うが、目に痛いとも思う)


「おはよう、サラ。相変わらず後光が凄いね」
「ああ。、おはよう」


私が光を見たり、日光にあたったりすると「溶ける」「灰になる」「目が、目がぁあぁー!」 と言うのに慣れきっているサラは、なんのことはなく、私の嫌味?を流してしまう。
まぁ、反応されても、困るから良いのだけれど。
(私としては口をついて出てしまっただけで、喧嘩したい訳じゃないのだ)

とそんなことを思っていると、さりげなく目の前にブルーベリー入りのヨーグルトが置かれた。


「…………」


訂正。
流してはくれたが、見逃してくれたわけではないらしい。

ブルーベリーで眼精疲労がなんとかなれば苦労はないなぁ、と思いながらも、 まずはそれをもぐもぐと咀嚼する。
……隣から視線を感じるが全力で無視だ。

そして、私がヨーグルトを食べ終わった辺りで、視線の圧力がなくなったので、 私は水で口の中をリセットしつつ、 ここにいないもう一人の親友の行方を尋ねる。


さんは?もう食べ終わっちゃった?」
「いいや?そもそも昨日の夜から寮に帰ってきていないな」
「え?昨日からって……あ〜」


苦笑気味のサラの言葉に、問い返そうとして、 しかし、すぐにその理由に思い当たってしまった私は、思わず教員席へ視線を向けてしまった。
当然、そこに闇の魔術に対する防衛術の先生の姿はない。

先日、盛大にルーピン先生の地雷を踏みぬいていた彼女。
私の記憶が確かなら、ヴォルデモートを倒した後、再会したルーピン先生は、 彼女を片時も放すことないくらい一緒にいた、という話だった。
ただ、自由人な親友はそれが長期化するのを嫌って逃げ出し。
私というイレギュラーを連れてきたことで、なんやかんやと現在に至る。

つまり、ルーピン先生的には、 ずっと離れ離れになっていた愛しい存在と再会したばかりで。
授業などの仕方のない時間を除いて、四六時中一緒にいたかった、という訳で。

それを、さんが嫌がるし、私との付き合いもあるだろうし、ということで、 断腸の思いで我慢してくれていた先生に、 彼女は知らず知らず、他の人といちゃついていた場面を見せつけてしまった、と。
……それはまぁ、キレるだろう。
おそらく、週末になったのをこれ幸いと、連れ去られたに違いない。


「大丈夫かな……さん」
「死にはしないだろう。まぁ、部屋に鎖でつながれるくらいはしているかもしれないが」
「怖いよっ!それ、ヤンデレじゃん」
「ヤンデレ好きだから、なんとかなるんじゃないか?」
「…………」


あれ?おかしいな。いまいち否定しきれない……?

まぁ、親友が危機下にあるというよりも、 痴話喧嘩?の最中だと思っていた方が、こちらとしても精神衛生上よろしいので、 私は懸命にも、そこで深く考えることを止めた。

あー、今日も味噌汁が美味しいなぁ!

と、私が和食の素晴らしさに、いつも通り舌鼓を打っていたその時、 空いていた左隣の席に、赤い影が射した。


「お嬢!本日もご機嫌麗しゅう!」
「おはようございます!お嬢!!」


そして、気づいたら向かいの席と隣が埋まる。
そっくり同じ顔で。
いつもなら防波堤になってくれる人がいるのだが、 今日はサラしかいないので、片側しかガードできなかったようだ。

なんかもう、相手をするのも億劫だなーと思いながらも、一応良識の範囲内で返答する。


「……あの、ウィーズリー先輩方。何度も言ってますけど。
その『お嬢』っていうの止めてくれませんか?」


馬鹿にされている感が凄いんですが。
あと、私は君たちより遥かに年上なんですが。

がしかし、好意120%な感じで、それはもう良い表情をした左隣の子(フレッドかジョージかは不明)は、 「お嬢はお嬢なんだから仕方がないさ!」と意味の分からないことを宣う。

最初は新手の嫌がらせか?と思ったが、 どうやら、ウィーズリーの双子くん達に私は気に入られてしまったらしい。

それまでも、後を尾けられたりしていた(サラに教えられて気づいた)が、 この間の説教事件の後は、大っぴらに纏わりつかれるようになってしまったのである。
おかげで、最近は廊下に出ると3回に1回くらいの割合でシリウスさんか双子に遭遇する。
エンカウント率が高すぎだ。
シリウスさんは校内を警備する関係上、あちこちに出没するのはまだ分かるのだが、 何故、寮も学年も違う、この二人にもこんな頻度で会わなければならないのか。
可愛い妹のジニーちゃんがいない鬱憤を私で晴らそうとするのを是非止めて頂きたい。


「しかし、お嬢はいつ見ても寒そうだよなー」
「小動物みたいで可愛いから良いんじゃないか?」
「確かに可愛いけども。でも、そのセーターとか暑くない?」
「……冷え性なので。これでもまだ寒いです」
「あ、そういえば日本にはなんとかっていう、あったかくなるものがあるんだって?
なんかこう、袋から出したらあったかくなる魔法の袋があるって、が言ってたんだけど」
「ええと……ホッカイロのことですかね?」
「んー?多分それ?本当にそんな魔法の袋があるの?」
「魔法の袋というよりは科学の袋の方が正しい気がしますけど……」
「『カガク』?」
「一言で言えばマグルの知恵ですよ」
「へぇー!」


嫌いな人達ではないが、仲が良い訳でもないので、またあしらい方が難しいのだった。
可愛い、可愛いと連呼されるのも、地味にダメージがある。

これはもう、さっさと食事を終わらせて、今日の用事に向かう方が良いだろうと、 私はチラッと右隣の親友へとアイコンタクトを送った。
実は今日は、サラが『必要の部屋』に連れて行ってくれるというので、楽しみにしていたのだ。
その時間が短くなってしまうのは、私としても本意ではない。

と、私の視線を受けたサラは、
当社比2倍で笑顔をばらまきながら、「これを飲むか?」と牛乳をコップに注いでくれる。
気心が知れている私相手にはあまりやらない笑顔での威嚇である。
自分の顔面の破壊力を知っているサラは、周囲から人を遠ざけたい時などにこんな表情をするのだ。
当然、双子は眼中にないとばかりに、一切視線を向けることはない。


「あ、ありがとう」
「どういたしまして?」


これはあれだろうか?仲良し親友アピール??
二人の世界を作って、他の人を気まずくさせるという高等テクニック??
ただし、それをする場合、私がウィーズリー先輩達を無視しないといけないのだけれど。

だが、超絶笑顔で私の世話をなにくれとなくするサラに感じるものがあったらしく、 ウィーズリー先輩達は、食事もそこそこに、 気づけばリー先輩のちぢれ髪を見つけて、席を立つのだった。


「「それじゃあ、お嬢!また後で!!」」
「……はぁ」


思春期の男子は食べるのが早いなー。あはははは。

大した接触をしていないにも関わらず、なんだろう、生気を吸い取られたような気がする。
私は遠ざかる赤毛に、まだ空気の読める方の人達で良かったな、と、 不幸中の幸いを噛み締めるのだった。







双子がいなくなった後、ストンと表情をどこぞへ落っことしたサラは、 これ以上邪魔が入る前に、とでも言わんばかりに、 私が食事を終えると同時に席を立った。

いつもなら、私を急かしかねないような行動はあまりとらないだけに、 よっぽど、さっきの双子の来襲が気に入らなかったらしい。
だが、見た目が子供のため、そんな姿がえらく可愛らしく映るのは、 親友の欲目なのか、美形マジックなのか……。

隣を歩きながら、思わず笑うしかない。


「あはは。サラ、大人げないよ?」
「今は子供だから問題ない」


で、ツーン!と、サラがノリよく頬を膨らませてきたため、もはや私は爆笑である。
だって、考えてもみてほしい。
ホグワーツで、創始者な、サラザール様がそんなことをしているのだ。
ヴォルデモートさん、貴方の憧れの人がこんなことしてますよ!?と声を大にして知らせたい。


「ぶはっ!その表情レアだね!さんにも見せたかった……っ」
の笑顔が見れるのならば、このくらい幾らでもするが?」
「わーい、友達特典!ファンサービス頂きましたー」
「ファンなのか?」
「細かいことは気にしない!」


いやぁ、本当に初めて会った時とは、同じ顔なのに別人のようである。
人間味の薄かった人物がここまで感情豊かになったと思うと、感慨深い。

見た目で言えば、寧ろ無表情の時が多くなったのだが、 常時貼り付けたような笑みを見せられるより、今の無表情の方がよっぽど良い。
私やさんに対しては、取り繕う必要がなくなった、ということなのだから。


「あ、ファンっていえば、今日リドル君は?どうしたの??」
「ファンで思い出されると、奴も中々辛いとは思うが……。
あいつは、今日は校内に怪しい連中がいないかを探りに行っているはずだ」
「怪しい連中?」
「ああ」


不穏な響きに問い返すと、サラはあっさりと頷いた。
そう、平和な日常にともすれば忘れがちだが、この世界には件のヴォルデモート卿が存在しているのである。
しかも、肉体はまだないはずなので、誰かに取り憑いた状態で。
となれば、当然、取り憑かれた人物は挙動がおかしくなるはずなので、 それを地道に探し回る役目をリドル君に割り振ったらしい。


「へぇー。大変なのに、よく引き受けてくれたね。
もしかして、脅したりなんだりしてないよね?」
「良識に悖るような行為はしていないぞ?」


なんとも信用しづらい言葉を言うサラ。
まぁ、でも流石に恐怖政治のようなことはしていないだろう、と信頼はしているので、 私はとりあえず、首尾を訊いてみることにした。


「で、今のところ、変な人は見つかってないの?」
「ああ。だが、調べた感じ、グリフィンドール生には憑いていないだろうな」
「まぁ、そもそもヴォル様ですしねぇ」


あのスリザリンラブ!なヴォル様がレイブンクローはともかく、グリフィンドール生に取り憑くのは想像できない。


「ジニーには取り憑いていたが?」
「ああ、そういえばそうだった……。でも、まぁ、今回はいないんでしょう?」
「流石に身体検査はしていないがな」


寮生は接触する機会も多い分、違和感など覚えやすい。
なので、恐らくグリフィンドールは大丈夫だろう、という話だった。
となると、残るは3寮と教職員ということになる。


「部外者が入って来た痕跡はないからな。は怪しいスリザリン生などは見つけたか?」
「……と言われましても、ねぇ?」


後から入って来たせいで(おかげで?)部屋は一人で悠々使っているし、 食事はグリフィンドールで食べているしで、そこまで寮生との接触は多くない。

唯一、話す機会が増えるのが談話室にいる時だが、 今のところ、激しく気になるような人はいない気がする……。


「敢えて言うなら、想像以上に編入生を皆で構ってくることだけど……」
「それは編入生というかだからではないかと思うが……」
「んー……。あ、あと気になるのは匂いかな」
「匂い?腐臭でもするのか??」
「いや、そうじゃなくて、スリザリン生って皆、香水つけてるみたいで。
匂いでヴォル様分からないんじゃないかと思う。もう、おかげで談話室すっごい匂いなの」


そのため、正直な話、あまり談話室に長居できず、スリザリン生を観察できている気はしない。
(さっき話していたダフネさんも、傍を通った時にはハーブ系の匂いがした)
ただ、それがヴォル様関連で起きたことなのか、 それとも純血の皆さんの身嗜みなのか、判断は難しい。
元々、欧米の人って日本人より体臭きつくて、香水とかで誤魔化しがちだし。

サラもそれについてはコメントに困ったようで、 「後で分身でも行かせるか……」とサラリと別の人に丸投げしようとしていた。
にゃんこにあの匂いを嗅がせようとか、私の親友はナチュラルに鬼畜なようだ。

と、そんなこんなで情報交換&考察を二人でしている内に、 気づけば目的地手前にたどり着いていたらしい。
トロールに殴られる人の絵という、なんとも気分の悪いタペストリーの前である。
サラは、私を少し離れた場所に待機させると、一人で同じ場所を行ったり来たりし始めた。

そして、彼が何度か往復した後、その変化は起こる。


「……わぁ!」


壁がまるで生き物のように蠢き、巨大な扉が、目の前に現れた。
プロジェクションマッピングみたいだなーと、現代人としては思う光景だ。
もっとも、プロジェクションマッピングなどでは断じてないし、 重厚感がまるで違うのだけれども。

さて、とりあえず「『必要の部屋』に行かないか?」と誘われたので、 二つ返事で了承したものの、サラが見せたいのは『何の』部屋なのか?
生徒達の秘密が山積みになった、倉庫とも宝物庫とも言える場所か、 それとも、ハリー達がダンブルドア軍団で使っていた部屋なのか。
意表を突くと、ダンブルドアの妹さんの肖像画がお出迎えということはあるかもしれない。

流石に、トイレでいっぱいの部屋というのはないものと思いつつ、 私はプレゼントを開封する子供のような気持ちで、 わくわくとサラが扉を開けてくれるのを待つ。

すると、私が期待していることが分かったのだろう、 サラはふっと口の端を持ち上げて、
まるで熟練の執事のように恭しく頭を下げると、こう言った。


「さて……。ようこそ、『サラザールの部屋・・・・・・・・』へ」
「!」


思わぬ台詞に内心驚きつつ、 私は目の前で開かれたその部屋の中を凝視する。

ふかふかのソファや本棚が置かれているそこは、それほど大きくはない。
ぱっと見は、談話室や、誰かの書斎という雰囲気だ。
だが、執務室、というには端におかれたベッドの存在感が大きすぎる。
床の絨毯は凝ったアラベスク文様だが、壁紙は深緑の落ち着いたシンプルなもので。
見た瞬間、嗚呼、確かにサラが落ち着きそうな部屋だな、と思った。

だが、この部屋で一番特筆すべきは、 扉と向かい合った壁、そこにかかった大きな額縁・・だった。
その中には、3人の壮年の男女が、それぞれ特徴的な色彩と共に描かれている……。

彼ら・・』は、来室者を認めると、それはそれは嬉しそうに。
生き別れの恋人に出会ったかのように。
旧知の親友に会えたように。
心の底からの笑みを浮かべた。



「ようやく会えたね。



燃えるような真紅の髪の青年に。
絵としての彼に。
心があるかは終ぞ分からないけれど。
その瞳は、確かに熱量を持って、輝いていた。





千年の時を越えて。





......to be continued