いつも、いつでも君を想う。 Butterfly Effect、33 その肖像画の主が分かったのだろう、は彼らを認めると、 すぐにはっとしたような表情でこちらを見てきた。 揺れる瞳に映るのは、歓喜半分、心配半分、といったところか。 なので、私は大丈夫だと伝えるために、そっと微笑んだ。 すると、 「「「!!!」」」 視界の端で、驚愕に目を見開く連中が出現した。 ……そんな、真昼にオブスキュラスを見たような表情をされると、複雑なものがあるな。 まぁ、自分が彼らと共に過ごしていた時のことを考えれば、無理はないのだけれど。 私は、その彼らの戸惑いは無言で切り捨てると、 何事もなかったかのように、その巨大なキャンパスを指し示した。 「紹介しよう。この知的な瞳がロウェナで、 柔和な笑みがヘルガ。残りがゴドリックだ」 「ははっ、その私にだけぞんざいな感じは間違いなくサラザールだね! 正直、顔だけ同じ別人か、息子かなにかかと一瞬疑ってしまった」 「あら、サラザールの子供は娘だけじゃないの」 「その通りだが、言葉の綾という奴だろう。放っておいてやれ、ヘルガ」 紹介されたことで石化が解けたらしい3人は、 朗らか?に会話を始めた。 それに安堵したのだろう、も慌てて「 です。初めまして」と自己紹介をする。 と、その姿を眩しそうに見た後、ゴドリックは満面の笑みを浮かべた。 「ようやく、サラザールが貴女を連れて来てくれて良かったよ。 ずっと、待っていたんだ」 「え?」 そこにあったのは、無上の好意。 「二人そろって、なんともまぁ、可愛らしい姿なことだ」 「1年生にしても、は小さいわねぇ。 ちゃんと食べている?ホグワーツの食事は口に合わないかしら? 一応、サラザールからそこまで大きく味は変わっていないと聞いているのだけれど」 にこにこと、女性陣も笑顔で接してくることに、 一瞬、の視線が自分を捉えた。 (いや、もうなんでこんなに好意的?いつもこんな感じなの??) と、訴えかけられたような気がする。 が、彼らが好意的なのは仕方がないだろう。 人が苦手なサラザールが、別世界で導とした、唯一無二の少女なのだと、 事前に私が話を通していたのだから。 と出会い、心を読まずとも生きられるようになって。 けれど、望んだはずのそれは、慣れるまでの間、苦痛となって私を襲った。 例えば、ゲームセンターでもパチンコ屋でもなんでもいいが、 ひたすら煩く、眩しく、全てが煩雑とした場所が、 夜中に急に停電した、とでも思ってくれれば、当時の私に近いかもしれない。 辛いばかりだったはずの刺激が、全て急になくなったのだ。 それは、突然世界が終わったかのような、激しい落差を私に感じさせた。 耳が痛いばかりに静かで。 自分の思考しか、心には響かず。 目に映るのは、己の眼で見たもののみ。 そんな、他者にとって当たり前の日常が、 私にとっては、生まれて初めての経験だった。 他の皆は、こんな『何もない世界』で生きていたのかと、戦慄さえ覚えた。 自由に思考できるのに、不自由で。 皆は、なにをそんなに感じて生きているのかと、不思議だった。 世界は、こんなに灰色なのに。 笑みを浮かべる余裕すらその頃の自分にはなかった。 けれど、毎日はそれでも流れていって。 望んだはずの日々が辛くて。 そんな自分に臨むきっかけすらなくて。 そして、そんな時期に私たちは、学校行事で水族館へ行くこととなったのだった。 高校生にもなって遠足、しかも地元の幼稚園生が行くような水族館へ行くなんて、と、 周囲は若干不満げな者もいたように思う。 しかし、そんな時にも、彼女は――は、瞳を輝かせていた。 「私、水族館って好きなんですよねぇー」 ただ、魚がいるだけ。 それだけの場所だというのに、彼女は本当に楽しそうに笑っていた。 確か当時の自分は、何がそんなに面白いのか?と彼女に訊いたような気がする。 すると、彼女は私が水族館というものの存在意義を訊いたように感じたのだろう、 屈託のない笑顔で、指折り『水族館の楽しみ方』を挙げていく。 「色んな楽しみ方はあると思うけど、そうだなぁ。 まず『カラフルな魚を楽しむ』でしょ? 次に『お気に入りの魚を見つける』でしょ? 『説明書きを読んで』『魚の動きを見てみる』でしょ? あとは『それぞれの水槽の違いを比べて』『魚を呼んでみる』? ああ、中には『アクリル板の透明度に感動する』とかもあるかな? 凄いんだよ?このアクリル板ってなん十センチもあるんだって。見えないよねぇ」 そうして、「ホラ、ちょっと数えただけでもこんなに面白いよ?」と、 彼女は私に笑いかけた。 私にとっては、全てただの魚でしかなかったのに。 彼女の目を通して見たそれは、それぞれに輝いていて。 暗闇の中に、月明かりの道しるべが出来たかのようだった。 自分は、刺激がなくなった世界が、ただ何もない空間に感じられていたけれど。 一つ一つ、もっと目を凝らして。 耳をすませば、そこには大切な物がたくさん転がっていた。 元々、彼女の心の在り様が、私はとても好きで。 けれど、その心を読まなくなって、初めて私は彼女が、 幸せを見つける名人であったことに気づかされた。 昨日は咲いていなかった花が咲いていた。 綺麗な月が見えた。 借りた本が自分の好みだった。 そんな、些細ともいえる物事で、は小さな幸せを見つけていた。 それが羨ましくて。 愛しくて。 「嗚呼、その考え方は、良いな……。とても好ましい」 「でしょう?」 知らず知らずのうちに、私は微笑んでいた。 そして、思ったのだ。 このまま彼女と共にいたい、と。 彼女さえいれば、自分の世界はきっと鮮やかに色づいていくのだから。 「――それでね?サラザールったら、いつもここに避難していたのよ」 「まぁ、ここなら邪魔が入らないから、よく眠れるしね。 特にサラザールの寮の子は盲目的にサラザールを慕う子もいたものだから」 「盲目的すぎて、その信仰を向けられる側としては辛いものがあったらしいがな。 サラザールが綺麗な笑顔の裏で、完全犯罪を企むのを何度止めたか分からない」 「あら。多分、止められていない時もあったわよ? この人、忘却術も得意だったもの」 「確かに。急に態度が変わる子とか偶にいたね」 と、過去に想いを馳せているうちに、いつの間にか旧友が、 に要らぬことを吹き込んでいた。 特に領主をしていたロウェナの言葉は聞き取りやすい上に説得力がある。 しかも、はきはきとしたゴドリックも、 染み入るような声のヘルガもそれに追随するのだから、 言われている内容が酷いのに、うっかり聞き入ってしまいそうだ。 そして、それに対して、 「あー。なるほど」 と納得する素振りの。 ……どうやら、彼女は私という人間を正確に把握しているらしい。 嬉しいような、首を傾げたくなるような、複雑な心境だ。 とりあえず、妙なことを言われる前に少しくらい釘を刺しておくか、と、 私は杖先に炎を灯した。 「……ちょっと待て、サラザール。 その火を一体どうするつもりだ?」 「それはもちろん、煩い絵を燃やそうかと」 「まぁ!酷いわ!!折角ロウェナが私達を描いてくれたのに!!」 「それとこれとは話が別だろう。さて……」 「いやいやいや!いくら何でも燃やすのは酷いだろう!?」 「そうだそうだ!執務の合間に描き上げるのに何年かかったと思っているんだ!?」 自分たちが燃やされてはたまったものではないのだろう、 絵の中の三人が大慌てで私を制止しようと騒ぎ始める。 まぁ、私とて本気で燃やすつもりはない。 精々少し焙る程度だ(え) と、私が杖を絵に近づけようとしたその時、が思わず、といったように声を上げる。 「えっ!?この絵ってロウェナさんが描かれたんですか!?」 見るからに尊敬と憧れをもって、表情を輝かせる少女に。 「…………」 一旦、杖腕を下ろす。 彼女の笑顔を曇らせるのは、私の本意ではないからだ。 すると、この話題に乗れないとどうなるかが分かったのだろう、 ロウェナが普段の冷静な声を、少し上ずらせて応じた。 「ああ。貴族の嗜みの一つとして、絵画もあるからな」 「あの、私ずっとどうして肖像画が動くのか疑問だったんですけど、 マグルの絵となにか描き方とか絵の具とかが違うんですか?」 「いや、描き方が大きく変わることはない。基本的に魔法使いが描いた絵は動く」 「え!?」 「空気中に魔素さえあれば、ずっと動いているな。 ただ、中でも肖像画は特殊で、力のある魔法使いが描いた上に、 記憶の伝承をする必要があるんだ」 「記憶の伝承、ですか?」 「ああ。そもそも、人格を投影することは非常に難しく――…」 話している内に、ロウェナの声に落ち着きが戻っていく。 訥々と肖像画の描き方や、記憶の伝承について話をする彼女は、 絵とは思えないくらい、とても生き生きとしていた。 あくまでも、絵は絵だ。 本人ではない。 本人の遺志が残るゴーストですらない。 それでも、ロウェナは余程しっかりと記憶を伝えたのだろう、 生前の彼女と遜色のないくらいに、私の記憶のままの姿だった。 1000年ぶりに、この部屋に来て。 真っ先に目に入った、この肖像画を見た瞬間の気持ちは、 言葉では言い表せない。 ただ、してやったり、とでも言いたそうな、3人の表情だけが、やけに印象的だった。 「ふふっ。嫌だわ、サラザール。貴方の表情、蕩けそうよ? さっきの話じゃないけれど、やけてしまいそうだわ」 「全くだ。想像以上にサラザールが甘くて、私は胸やけが心配だな」 と、どうやら旧友に向けていた視線に熱が籠っていたらしく、 を見ていたと残りの二人には勘違いをされた。 が、人妻の肖像画に熱い視線を送っていたと思われるのも問題なので、 特に訂正しないまま、二人と会話を続ける。 ただし、 「この調子じゃ、周囲の人間にも呆れられるんじゃないかい? 所謂バカップル、って奴でね」 「どこでそんな言葉を覚えてきたんだ……。そんな言葉、当時になかっただろう」 「そこはホラ、企業秘密って奴で」 調子のいい言葉を宣うゴドリックに、溜息を禁じ得ない。 「それに、付き合ってもいない人間にカップルだなんて言葉は使わない」 「「……は?」」 と、ゴドリックはおろか、ヘルガにさえ目を大きく開かれた。 頭痛を堪えるように頭に手を当てたヘルガは、戸惑うように視線を彷徨わせる。 「ええと……確認するわね?」 「ああ」 「と……誰が、恋人ではないですって?」 「私だ」 「…………」 間髪入れずに答えたが、その答えは求められていなかったようで、 ヘルガが小声でまくしたてるという、なんとも奇妙な技を発揮した。 「貴方!あんなに特別扱いしてる目で見て、ここまでエスコートしてきて、 蕩けるような笑顔を向けておいて、まだ友人関係ってどういうことなの!? 目的のためなら手段を選ばないサラザール=スリザリンはどこに行ったの!?」 うっかり淑女の仮面が剥がれているぞ、ヘルガ。 「ちなみに、彼女とどのくらいの付き合いなんだい?嗚呼、長さって意味でね?」 「そうだな……少なくとも彼女の半生以上の付き合いがあるな」 「!!!!」 正直に答えると、ヘルガが卒倒しそうな表情をした。 「なんですって……?え、半生……?人生の半分? そんなに長いこと一緒にいて?え、服従の呪文も、惚れ薬も使っていないの……?」 ……彼女の中で私がどういう扱いをされているのか、非常に気になるところだ。 相手に服従の呪文?惚れ薬? ……馬鹿馬鹿しい。 もちろん、が頬を染めて自分を見つめてきた日には、 二度と戻れなくなるレベルで溺愛するに違いないが。 そんなものでの心は手に入らない。 だからこそ、自分はこれほどに心を砕いているというのに。 思わず、ヘルガには彼女にあまり向けたことのない、蔑むような眼差しを送ってしまう。 「……大丈夫?まさか、別の世界に行ったことで後遺症かなにか……」 「……流石に失礼すぎやしないか」 ヘルガが本気で心配してくれているのは分かるが、 世の中には言って良いことと悪いことがあると思う。 軽く人を不能扱いするとか、訴訟を起こされても仕方がないレベルの暴言だ。 我ながら嫌そうに表情を顰めると、 目を丸くした赤髪の男は、恐る恐る声を潜める。 「……でも、愛しているんだろう?」 「……ゴドリック」 真剣な眼差しに、同じく真剣な瞳を返す。 「それ以上何か言うようなら、本格的に 燃 や す ぞ?」 「「…………」」 例え、志を共にした創始者だろうが、 無二の同性の盟友だろうが。 そこに無遠慮に触れるようならば、殺す。 掛け値なしの本気を、絵でも感じ取れたのだろう、 顔を真っ青にしたヘルガが、力づくでゴドリックの口を塞いだ。 ちなみに、ゴドリックは苦しいのか、本気で暴れて拘束を解こうとあがいているが、 創始者の中で一番の怪力の持ち主だったヘルガに勝てるはずもない。 「もごっ!?」 「ゴドリックのせいで、私まで燃やされるのは嫌だわっ。 分かりました!と貴方の仲については二度と言及しないし、させない。 これでいいかしら?サラザール」 「んーっ!んぅんんーっ!!」 「嗚呼、構わない」 と、こちらの不穏な気配を感じたのだろう、額縁の端でロウェナと話していたが、 かなり訝し気に私を見てきた。 「サラ?ええと、ゴドリックさんの顔が紫色なんだけど、どうしたの?」 「ああ、今ヘルガに失礼なことを言ったので折檻されているところだ。問題ない」 「そうよ。だから、貴女はなにも気にしなくて良いわ」 咄嗟の嘘に便乗するヘルガ。 すると、少し微妙な疑いの眼差しをしつつも、 「そうですか」とは素直に頷いた。 多分、関わると面倒だと判断したのだろう。 そして、そういう時にがその勘を外すことはほとんどない。 どうやらあちらも話が一区切りついたらしく、気を取り直して、 はロウェナににこにこと礼を言っていた。 ロウェナもどうやら彼女との時間は心地よいものだったらしく、 に触れられないのが不本意そうだ。 なので、 「……サラさん、サラさん。なにしてるんですか?」 「うん?ロウェナの代わりにの頭を撫でている?」 「え、ロウェナさんの代わり?」 「ああ」 艶やかなこげ茶色の髪を撫でつけ、 不思議そうにしている少女の頬を、手の平で包み込むようにする。 はそれに抵抗することもなく、首を傾げた。 「……触れなくて、切なくなっちゃった?」 「ん?」 「いや、なんでもない」 少し考えて、なにか納得したのだろう、は頬に触れる冷たい手を、 まるで温めようとでもするかのごとく、自分の頬と手の平で挟んでくる。 (色を含まない接触に対し、は実は寛容だ) おそらくは、誰が誰を触れないのか勘違いをしていそうだが、 好都合なので、そのままにしておくことにした。 の優しさにつけこむような形だが、仕方がない。 嗚呼。 この手から、私の気持ちが君に染みこんでしまえば良いのに。 あどけないその様子に笑みをこぼしながら、私はそう天に願った。 その後、色々もの言いたげな友人達の絵姿を部屋に残し、 私は同級生が心配だからと言うを寮へと送り届けた。 もう少し一緒に居たかったが、しかし、休日の方が城の中をうろつくには都合が良い。 私は、心の底から面倒だなと思いつつも、後顧の憂いを絶つべく、 城のあちらこちらの結界を確認する。 「やはり、普段はいない……か」 が忍びの地図に転用した、城の感知魔法を確認してみても、 誰かに取り憑いている怪しい気配、だなんてものは分からなかった。 考えてみれば、取り憑いてはいても、四六時中ヴォルデモートに意識があるはずはない。 ただでさえ、他の生き物の中に入り込む、だなんて燃費の悪い状態なのだ。 出ている時間が長ければ長いほど、残っている力は削られていくだろう。 となれば、要所要所で目を覚ますはず。 つまり、普段は精々が微睡んでいる程度の感覚だ。 その状態では、奴が目覚めている時にでも確認しなければ、気配を探るのは難しい。 「稀に、嫌な気配はするんだがな」 ふぅ、と密やかに溜息を吐いていると、 ふと、廊下の先の方から、豪奢な金色の髪を靡かせた人物が、私に向かって一直線に向かってきていた。 周囲の人間がはっとするような美貌ではあるが。 分身――ではない。 赤い瞳を苛立ちにぎらつかせたそれは、髪の色と長さを変えた自分の末裔だった。 そして、リドルは私の前まで来ると、吐き捨てるように口を開く。 「……逃がしたっ!」 「……出たのか?」 その内容に、内心驚いていたが、 冷静に耳を傾けたところによると、この姿で城内をうろついていたら、 確かに一瞬、自分を見る嫌な視線があった、とのことだった。 「纏わりつくような、粘着質で、値踏みされているかのような、 それはもう、気分の悪い感じだった!負け犬って奴はああなるのかい?最悪だ!」 もうすでに、自分とヴォルデモートを切り離して考えているらしいリドルの言葉に、 とりあえず「ご苦労様」と労っておく。 普通の人間ではないから、ポリジュース薬で分身の人間状態の姿に変身することはできない。 がしかし、幸いリドルは分身と同じく美形だ。 この目立つ顔が金の髪をしていれば、 分身に野望を阻止されたと思っているであろうヴォルデモートは、必ず釣れると思っていた。 まぁ、まだ半信半疑程度の食いつきのようだが。 「やはり、確実に接触できるのは、ホッグズヘッドか」 「……別に行くのは良いけど。本当に奴がそこに来る保証はあるのかい?」 原作の存在を知らないリドルは、疑わしそうに私を見てきたが、 そこは、口の端を持ち上げるだけで、応えておく。 「ああ。期待している」 「〜〜〜っふん!」 決して逃がさない。 ......to be continued
|