グリーンイグアナは、爬虫綱有鱗目イグアナ科グリーンイグアナ属に分類されるトカゲである。 Phantom Magician、108 恐怖の部屋からスティア片手に逃げ出し、あたしはとりあえず朝食を食べるために大広間に向かうことにした。 「ハロウィンか。そういえば、あたし結局本格的に参加したことってないんだよね」 『ああ。あの日はハーマイオニーと逃走中したりして忙しかったもんね』 「うん。その後は『ウキドキ、リーマスとの素敵なひととき!』の後の『トロール危機一髪☆』だったし」 ぼんやりと、宙を見つめながらその時のことを頭に描く。 こうして思い返すと、凄まじく濃い一日だったと思う。 しかも、酷く懐かしい。 普通に過ごしていたらあっという間に過ぎてしまう月日しか流れていないはずなのに、 ハリー達のいたあの時代で過ごしていた日々が、遠い日の出来事のようだ。 「みんな、元気かなぁ……」 自分に向けられた笑顔の数々を思い出すと、妙にしんみりした気分になった。 なんというか、ホームシックにも似た感覚だ。 あの時の自分は、なんて恵まれていたのだろう、と今になって思う。 大切にされていたし、守られていた。 困っていれば、なにも言わなくても誰かが手を差し伸べてくれた。 そんな優しさを無条件に受けることのできていた、子ども。 それが、あの時のあたし。 そして今、子どもから脱却しようというあたしには、そんな庇護はなく。 そのことを無意識に悟ったからこそ、無理をした。 無茶をした。 だから、倒れるのは当然の帰結。目に見えていた末路。 ただ、それが最悪にならなかったのは……。 「ねぇ、スティア?」 『うん?』 優しさも、暖かさも、自分で勝ち取る必要のあるこの場所で。 無理矢理にでも、築いてきたものがある。 とうとう。 黒猫が。 赤毛の彼女が。 労ってくれた物を、あたしもそう認めることができた。 あたし、結構頑張ってるって、ね。 「あの時、助けてくれてありがとう。これからも宜しくね」 万感の想いを込めて、笑う。 頼って良いと言ってくれた案内人に、決意の固さを見せつけるように。 無理はする。無茶はする。 でも、決して一人ではもうしない。 そう、決めた。 と、そんなあたしに対して、黒猫は少しの間沈黙し。 『……気色悪っ』 ぼそりとそう呟いた(酷) 「え、ちょっ、今感動のシーン!」 ここはちょっと照れながらも、『こちらこそ、だよ』とか言ってくれる場面じゃなかった!? 今、凄ぇ良い感じにハートフルな空気が流れてたと思うんだけど! 想定外の返しに、瀕死のダメージである。 やべぇ、今リアルに心が折れそうだ……! 『……いやぁー。だって、さっきまでのテンションの高さからするとついて行けないって。 突然殊勝にお礼言われたって、“はぁ?”ってなるよ。 寧ろ口に出さなかった自分を褒め称えたいくらい』 「いや、確かにそうだけど!」 違うじゃん!ここは違うじゃん!! うがーっ!と頭を掻きむしりたい衝動に襲われた。 空気を全然読んでくれないスティアに、理不尽と分かっていながら凄まじく抗議したい気分だった。 というか、体は正直なもので、うっかり地団駄を踏んでいたりする。 すると、そんな消化不良でどたばたするあたしを見て、スティアの綺麗な金目が弧を描いた。 『……うん。やっぱり、はこうでなくちゃ』 「へ?」 『君の存在価値はからかいがいのあるところだって話?』 言葉とは裏腹に、どこか柔らかい瞳。 それに対して、あたしはほんの少し泣きたくなって。 でも、ここで浮かべるのは別の表情だろう、と表情筋を総動員して口角を引き上げる。 「うわん、このドSめ!!」 『あはは、ドMの君に言われたくないなぁー』 この間までとなにも変わらない、石造りの廊下。 けれどここには。 ふざけてて、適当で。 それでいて心地良い、お互いに『らしい』空気が流れていた。 かぼちゃの臭いに占拠された城内をてくてくと歩いていると、 何故だろう。そこかしこから、残念な物を見るような視線と盛大な溜め息の数々に出迎えられた。 「?」 道行く人(絵画含む)が、どうしてだかあたしを見てがっかりしまくっている……。 これはあれだろうか。 みんなそれぞれに趣向を凝らした仮装をする中、いつもと変わらなく過ごしているあたしに対して、 「お前空気読めや!」っていう、批難の視線なのだろうか。 いや、それにしては、表情に若干の悲哀が混ざっているような気もするよねぇ? うーん?と心当たりがあまりない感情をぶつけられて首を傾げる。 すると、その瞬間、ふと背後からどこか抑揚に欠けた声が掛けられた。 「なんだ。は仮装をしないのか」 「!その声は……」 あまり良い予感がしなかったが、恐る恐るといった体で振り返る。 「女装をしてくるという前評判だったから、楽しみにしていたんだがな」 淡々と。しかし、少し表情を顰めていたのは体中を鱗に覆われたハ虫類男だった。 格好自体はいつもと変わりないローブ姿なのだが、 なにしろ、その肌の質感がまるで人間とは思えないものに変化している。 魔法薬の失敗とか、変身術に失敗したとかでない限り、まずあり得ない姿だった。 だが、相手の性格、その他諸々を鑑みるに、これは仮装と考えるのが正解だろう。 (確か、セブセブはこいつはを成績優秀だと言っていたはずだ) 「至極残念だ。いや、ある意味楽しみか?」 「……は」 ハ虫類男と目が合う。 あまり見かけない菫色の髪と瞳が、良い感じに冷血な印象を与えており、 それは仮装のはずだというのに、彼に酷く似合っていた。 「は ま り や く !」 「?ありがとう」 と、思わず漏れた心の声に、気怠げな笑みとともに礼を言われた。 いやいやいや! 「別に褒めてませんけど!」 「今のが褒め言葉でないならなんだと言うんだ。相変わらず面白い奴だな」 「ぐえ!?」 それこそ蛇のように音もなくにじり寄ってくる相手――クィレルに、 あたしは蛙のような無様な声をあげることしかできなかった。 いや、マルチと違って会話が成り立つもんだから、そこまで怖くはないんだけどね? でも、やっぱり苦手なもんは苦手なワケで。 現代のあの姿を知っている身としては、余計そのギャップにどう接したら良いか分からないというか。 スティアにも最近、『クィレルには気をつけろ』ってげんなりと忠告されたしなぁ。 (なんであんなに嫌そうにしていたか謎だが) あんまりお近づきになりたくない相手なので、これはどうやって逃げるべきかと身構える。 がしかし、次にクィレルから飛び出した言葉に、あたしは声を出さずにはいられなかった。 「そんな奇声を上げるほど似合っているか?半魚人の格好が」 「半魚人!?」 え、『恐怖!蛇男の巻』とかじゃなかったの、それ!? ヴォルデモートに取り憑かれて、バリッバリの闇の陣営にいた人が! 蛇でも、トカゲでもなく、魚!? 映画ではグリーンイグアナとか抱えちゃってたくせに!? いや、確かにね?鱗=蛇って発想はね?ステレオタイプだと思いますよ。ええ。 でも、ハリポタ世界じゃん!普通そっち連想するじゃん! いいや、ダレン=シャ○好きだってここは蛇連想するところだよ!! なのに、なんでよりによって半魚人!? あまりに奇を衒いすぎたその仮装に、あたしは一種の批難さえ込めてそう叫ぶ。 正直、その姿を見た時以上の衝撃だった。 (具体的に言えば『イグア○の娘』を初めて観た時くらいの衝撃だった) すると、クィレルは不思議そうに首を傾げながら、「どこからどう見てもそうだろう?」と答える。 『もうどこから突っ込んで良いのやら』 「とりあえず、スリザリンの人が鱗付けてたら蛇とか連想しますよ、普通」 ぼやきつつ、全力で警戒するスティアを抱え直し(いつでも投げれるスティア爆弾☆)、 あたしもちょっと呆れたような視線を送ることを止められなかった。 ……この人ってひょっとして天然だったりするんだろうか。 全然そんな気配してなかったし、そんな顔でもないと思うんだけど。 ぎゃ、ギャップ萌え? と、そんなあたしのお馬鹿な考えをよそに、 その言葉でどうやらようやくそのことに思い至ったらしく、クィレルはポンっと手を打つ。 「ああ、なるほど。じゃあ、今から蛇男……いや、それだと不敬だのなんだの言われそうだな。 ならハ虫類つながりでトカゲ男にでもしておくか」 『適当すぎる……』 「ってか、それどうしたんです? 仮装とかあんまし興味なさそうなのに」 なんか、一生懸命準備してる人を心の底から見下した目で見てそう。 そんな独断と偏見に満ちあふれた感想を元に質問すると、クィレルはこっくりと頷いた。 「確かに、あまり興味はないな」 「でしょう?」 「しかし、強制参加と言われてやらないワケにもいかない。 それに、やり方次第では楽しめそうだったからな。 とりあえず、リアルさを追求したらこうなったんだ」 「なるほど。背筋が寒くなるほどの見事な気持ち悪さです……って、え?」 我ながら酷い言いぐさで適当な返事をしようとしたあたしだったが、 そこでふと、聞き捨てならない、聞き捨ててはいけない言葉が今耳に入ったことに気づく。 「……『強制参加』って、言いました?今」 「ああ。言ったな。ついでに言うと、 仮装をしていないと無理矢理不本意な衣装を着せられるというのが専らの噂だ」 「……マジで?」 「マジで」 なにを考えているのか分からないその瞳が、 どこか面白そうに一瞬だけ細まる。 「はおそらく、なにを着ても面白いだろうな?」 「!!!!!」 くすり、と薄い唇が弧を描いた。 その瞬間、あたしの毛穴という毛穴が凄まじい勢いでブワッと広がる。 前言撤回!やっぱこの人怖いよ!! 微妙に焦点合ってないその瞳で、あたしの姿に一体なにを想像してるの!? って、心底嬉しそうな表情からすると、ロクな想像してねぇな、オイ!! あまりにも居たたまれないその視線から逃れるように、 あたしは本日二度目の全力ダッシュを敢行した。 生態系への影響が懸念されるため要注意外来生物に指定されている。 Wikipediaより引用。 ......to be continued
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