シリアス?え、シリウスの親戚ですか??





Phantom Magician、107





「…………」
『…………』
「…………」
『…………』
「あのさぁー…」
『うん』


しっかりと手にしたその珍妙極まりない物体から一度たりとも目を離すことなく、 あたしは同じ物を凝視しているであろう黒にゃんこへと声を掛ける。


「確かにあたしは言ったよ。あー、言ったとも。
あたしが最近空回って色々やらかして、ちっとも上手くいかない原因は、



あたし以外の人間がシリアスすぎるからじゃないかって、さ」



『うん、そうだね。そしてそれに僕は“なに、いきなり血迷ったこと言い出してるの?”って返したよね』
「だからってさー……」
『うん』

「こんな生粋のメイド好きがいたら全力で存在を否定されそうな 恥じらいを明後日に捨て去るがごときメイド服をわざわざ用意してくれなくても良いと思うんだよ!?」
『ぼくが用意したこと前提かよ!』


最悪だ!狐なみに最悪だ!!
と、あたしの言葉に戯言好きな皆様をうっかり感動させかねない叫びで応えてくれるスティアだった。
(さりげに平仮名な発音で『ぼく』と言ってくれたあたりも素晴らしい)

頭を抱える猫と、メイド服を掲げながら叫ぶ美少女。
なんともカオスな状態である。
ここがあたしの部屋で誰もいない状態でなかったら、きっと二度見されるくらいに。
がしかし、ここはあたしの部屋で。
あたしとそれに付き合う黒猫さんしかいないので、
あたしは心置きなく手にしたメイド服を矯めつ眇めつする。


「ああ、メイドと言えば、前に友達とメイドさんの発音で議論になったことがあってね?
あたしはハンドメイドとかの『メイド』なんだから『メ↑イド』だろうって言ったんだけど、 友達はニュースとかで『メイド→』って言ってるからこっちなんじゃないかって言うんだよ。
でも、それだと冥土の土産とかの『めいど』っぽいじゃん?
友達はいまいち納得してくれなかったんだけど、どっちが正しいんだろうね?」
『長い上に凄まじくどうでも良い議論だよ!
そして正しくは“maid”だよ!ハンドメイドとかの“made”じゃないから!!』
「なにぃ!?」


あたしずっとそうだって信じてきたのに!
青天の霹靂も良いところだよ!
(っていうか、律儀につっこんでくれるスティアまじラブい!なにコイツ!)

はい、しょっぱなからテンションの高さについていけなかった皆様。
ご愁傷様でっす☆(え)
残念ながら、上記の理由によりまして、 みんながシリアスにごちゃごちゃ考えてくれているであろうことをぶち壊しにするべく、 一人、頑張ってはしゃいでホグワーツ内の空気を明るくしようキャンペーンを開始したさん家のさんです。
こんばんばーん。
もうね、気楽にやっちまえよ!とか言われたら、こうなるしかないよね。
きっとね、人の頭の中身が覗けちゃうケーとか神様とかそんなんからしたら、 複雑怪奇な人間模様がつらつら描かれていた小説に、いきなりジャンル違いのキャラクター登場しちゃいました! みたいな、それは凄まじいギャップが生じてるかもしれないけど。
あたし、中身はこんな子なんです。ええ。
どんなに外見良く見えてもね。
視点が変わっただけで恋愛ゲームが唯のギャグにしか見えなかったりするのと一緒だよ。うん。
……阿呆の子じゃないけど、あたしリーマスへの愛にだったら馬鹿になれる!


『違う。気楽に構えろっていうのはそういう意味じゃないはずだ……!』


あたしの心からの主張に対し、うっかりあたしの心が読めてしまうスティアは大げさなくらい嘆きまくっていた。
いや、くらいっていうか、実際大げさだ。
あたしがシリアス長続きしないことなんて今更すぎるだろう。
なら、反動であたしがいつかこうなることは予想の範囲内で、 予想してなかったなんて言うのならそれはスティアの察しが悪いとしか言いようがない。


『ここまで自己中な言い分、中々聞いたことないんだけど』
「良かったね。経験値上がったじゃん」
『一から十まで良くないから!もう、嫌だ。君のこと本気で理解できない!』
「馬鹿野郎っ!頑張れよ!スティアならやればできるって!!」
『……未だかつて、ここまで心に響かない激励があっただろうか。いや、ない』


そりゃあ、心なんて込めてないもん。
そう応えると、スティアは無言で鉄拳を繰り出してきた。地味に痛い。
猫のくせにストリートファイトのスキルをメキメキ上げているスティアは、 床に沈んだあたしを冷たく一瞥すると、仁王立ちになった。


『とりあえず、話を戻そうか』
「あい……」
『で、そのメイド服誰からなの?』
「んなことあたしに訊かれても。……ただ」


原因は多分あれ・・なので、誰が送ってきたかはあんまり問題じゃない気がする。
問題とすべきは、そう。このメイド服を果たして着るか、だ。

溜め息と共に、あたしはそれをもう一度じっくりと眺めた。
まぁ、メイド服自体は多少スカートが短めではあるものの、デザイン的には可愛らしい感じだし、 こんなもん実年齢の時に着る方が遙かに恥ずかしいので、若返っている今、着ることにあんまり抵抗はない。
そして、今日この日にここにあるからには、着ないと大層なロンリー気分を味わうことになるだろうと考えると、 ほぼ『着る』一択な気がしなくもない。

そう、今日はハロウィン――仮装万歳デーである。
ホグワーツのハロウィンは確かそんな仮装をする感じじゃなかった覚えもあるものの、 でも、それって十何年後の話だしな。
お祭り好きな連中がいるこの時代、ハロウィンと称して仮装パーティーをしていてもなんら不思議はないだろう。
がしかし、その『お祭り好きな連中』。それがなによりも曲者だ。
特に、明らかに主導権を握ってそうな眼鏡とか眼鏡とか眼鏡とか……。


「男にメイド服を送りつけてくるセンスとかを考えても、送り主が奴にしか思えない……!」


奴がHAHAHA☆とか高笑いしてる姿がびっくりするぐらい鮮明に浮かぶんですけど!
奴なら、トリック オア トリートって言う前に悪戯仕掛けてきそうだよ!
んで、人になにか言われたら「だって僕たち悪戯仕掛け人だし?」とか飄々と言い出すに違いない!
うわぁ、想像しただけでムカツクwってか、傍若無人にもほどがあるよ!!


『君も大概だと思うけど。うん、でもまぁ、十中八九そうだろうねぇ』
「でしょ!?絶っ対ぇなんか仕込んでるって!間違いない!!」
『……特に魔法の気配はしないけど』
「いや、そんなはすがない!きっとなにか巧妙な罠があるんだ……!」


ダンブルドアをも凌駕すると豪語するスティアの言うことなので、基本間違いはないのだろうが、 なにしろ、相手はあの面白人生大歓迎なジェームズである。
あの、人を小馬鹿にすることに人生賭けてそうな奴なら、 こいつを出し抜くとか、そんなこともやってのけそうで怖い。

というワケで、散々悩みつつも、あたしはそのメイド服を最初に入っていた袋の中に戻した。
(もし仮装しなきゃいけなくなったら、その時は適当にスティアになにか出して貰おう)
と、その時、そんなあたしの動作に対し、なんだか少し残念そうな微妙すぎる声がした。


「なんだ。着ないのかい、それ?」
「ああ、うん。着た途端に呪い発動☆とかだったりしたら嫌だからねー……ってオイ!」
「うん?急に大きな声を出してどうしたの?


てっきりスティアだとばかり思って普通に返事をしてしまったが、 明らかに別人と思しき声に、あたしは涼しい表情カオをして突如出現した美青年を睨み付ける。


「なんでまた勝手に出て来てんの、リドル!?」


完全無欠の俺様優等生ことトム=リドル様は、なんと優雅にサイドテーブルで紅茶を嗜んでいた。(何故)
その姿のまぁなんて絵になること……って違うし!
あたしのとっておきの紅茶をさも自分のもののように飲んでるってことも問題だけど、 そもそも、お前が日記帳からがっつり出て来てるのが大問題だよ!
あれ、すみません。リドルさんって誰かの命と魔力ないと実体化無理じゃなかったでしたっけ!?
ゴーストとかそんなもんと見間違えようもないくらいに実体化してますけど!?
え、なんでこんなにパッカパカと出て来ちゃってんの、この人!?
あたしの知らぬ間にどこぞで犠牲者出てるとか!?
いやいやいや!そんなワケないじゃん!!
誰かうっかりお亡くなりになってたら、流石に噂でもなんでも飛び込んでくるって。
えぇ?でも、じゃあ、本気でなんで?

疑問を通り越して軽くパニック状態のあたしだったが、 当のリドル様はといえば、あたしの困惑なんてまるで理解不能なようで、 あくまでも優雅に首をコテン、と傾けた。


「出て来たらまずかったかい?」


乙女の部屋に断りなく出現することのどこがまずくないのか、30文字以内で簡潔に答えろ!


「いや、まずいっていうかさ……」


がしかし、荒ぶる心の中とは裏腹に、あたしの口から出て来たのはもごもごという微妙なものだった。
……言えたらね。苦労はないよね。
っていうか、リドルはあたしがお着替え中だったらどうする気だったんだろう。モテ男、超怖ぇ。

と、明確な批難をされなかったことに気を良くしてしまったのか、 リドルはうっかりとほとんどの人が騙されてしまいそうなキラースマイルを繰り出してきた。


「ごめんね?と少しでも一緒にいたくて、思わず出て来ちゃったんだ」
「…………」


バックに花が咲き乱れてる幻覚が……!
凄いね。美形って笑っただけで空気を一気にフローラルにできるんだね。
どっからかシャランラ〜って幻聴まで聞こえてくるよ。
うふふふふ。

がしかし、そのあまりの白々しさに、あたしは思わず遠い目をしてしまう。
と、視線を感じて目線を下げると、あたしと全く同じ死んだ魚のような目をしたスティアと目が合った。

……あたしさ。
別に鈍くもなんともない、それなりに察しの良い人間だから思うんだけど。


『うん。なに?』


リドル、完全にあたしを落としにかかってねぇ?
前はまだそんなあからさまじゃなかったけど、最近ラブ光線凄いんですけど。
特にこの前あたしがぶっ倒れてからほぼ毎日出てくるんですけど、この人。
弱ってる内に取り入ろうっていう魂胆が透けて見えるんですけど、この人!


『まぁ、惚れた方が負けって言うしね。
いそいそと好きな男の所に通い詰める哀れな不倫相手みたいなものにされそうになってるんじゃない?』


嫌な感じにリアルな例え持ってくんなや。


『もっとも、ちょっとタイミング悪く君立ち直っちゃったから、フルスイングで空振ってるんだけど』


そこはタイミング良くって言うところじゃなかろうか。
そう思っていると、心の中で会話をしていたせいか、 話に全く入れていなかったリドルが「照れてるのかい?」などと微妙にドヤ顔で言ってくる。
ここで「うんvそうなのw」とか言ったら、なんだろう。凄まじく危ない展開になりそうな気がする。
具体的には微妙に頬を染めた猫かぶりリドルが距離を詰めてきそうな気がする。


『……怖っ』


そうなったら奴の顔面にスティアをぶつけようと心に決めつつ、 あたしは最高ににっこりした笑顔を浮かべた。


「え?あ、ごめんね。これからリーマスの所に行くこと考えてたから、よく聞いてなかった☆」
「…………っ」


ら、リドル様から微妙に殺気が漏れた。
…………。
……………………えーと。
うん。逃げよう。





  嗚呼、知ってる知ってる。それってさっきログアウトした奴でしょ?





......to be continued