神様。あたしは今、幸せです。





Phantom Magician、109





そんなこんなでスリザリンの後継者から逃げたり、スリザリンの先輩から逃げたり、 まぁ、とにかく逃げたり逃げたり逃げたりしている内に、気がつけば大広間の扉まで辿り着いていた。


「あら嫌だ。うっかり仮装する前に着いちまったい☆」
『なにキャラだよ』


適切なスティアのつっこみは華麗に無視して、扉の前でしばし考え込む。
さっきから浴びせられる視線は恐らくは仮装をしていないが為に発生している。
ついでに言うと、このまま大広間にinすると、不本意な仮装を強いられる……らしい。
ってことは、うん。入る前に仮装した方が良いよね?ね?

と、そんな感じで一人勝手に納得し、あたしはその場で高らかに呪文を唱えた。


「ってことで、テクマク○ヤコン テク○クマヤコン! 吸血鬼になれ〜!」
『ホグワーツにテクニカル・マジック・マイ・コンパクトはない!』


ら、0.1秒の早業で突っ込まれた。
え、ていうかなにそれテクマクマヤ○ンの正式名称!?
知らねぇー!!
絶対、そんなもの当時見てた世の少女達だって知らないよ。
スティア、マニアックすぎるって。


「じゃあ、ムーン・パワー!超絶美形の吸血鬼になぁ〜れ!」
『だから、アイテムを使うような台詞は駄目だってば。
っていうか、セーラー○ーンアニメ第一期の呪文を唱える人にマニアックとか言われたくない!』
「馬鹿野郎!アニメは第一期こそが最高だって、あまねく先人が証明してるだろうが!」
『人気がなきゃそもそも第二期なんてできないんだから当然だろう!』
「ピピルマピピルマ プリリンパ!パパレホ パパレホ ドリミンパ!アダルト タッチで…… ……今思うと、アダルト タッチって凄い呪文だね!?」
『突っ込むなよ!最後まで言ってやれよ。そこは“吸血鬼になぁれー”だろ。 ミンキー○モが可哀想じゃないかっ』
「大丈夫だよ。メグさんバリバリ仕事してるし」
『中の人の話をするな』


……ゴホン。
ただいま列車が著しく脱線しております。復旧するまでしばらくお待ち下さい。


「閑話休題。とにかくあたし吸血鬼の格好が良い」
『……ああ、そういえば君、ここ数日凄い勢いで読みまくってたね。 某吸血鬼乙女ゲームのノベライズ版』
「ギクリ」


いや、まぁ、確かにそうなんだけど。そうなんだけど!
乙女ゲーとか言うんじゃねぇよ。うっかりピュアっ娘に聞かれたらどうしてくれる。
若干以上恥ずかしいじゃねぇかよ。
っていうか、そもそも、その小説をプレゼントしてきたのスティアだからね?
あたし以上に多分スティアのが恥ずかしいと思うんだけど、そこんとこどうよ?


『僕は中身に関しては関与してないよ』


いや、でも、中身18禁とかだったりしたら本気でどうすんの?
お前、女の子にエロ本渡しても平気な人なの?


『……君が一番喜びそうな物考えたらそれしかなかったんだよねぇ?
責められるべきも羞恥を覚えるべきもやっぱり君だと思うけど。
……これ以上この話題続けるなら、分かってるよね?』
「サーセンしたぁああぁぁっぁぁっぁあぁー!!」


さっきのスティアは間違いなく……本気だった。
食べるとは言わないまでも、簡単に誰かを傷つけることのできる声だったんだ!
故に全力で頭を下げたあたしは格好悪くなんかない!

と、スティアとしつこく愉しいやりとりをしていると、


ギィイイィ


「!」


扉の前でそりゃあもう煩くしていたせいか、なんと扉が自動で開いた。
で、そんなホテルマン宜しく扉を開けてくれたお嬢さんの訝しげな目と目が合う。


「…………!」
「…………」


ガン見。
女の子、超ガン見。
足の先から頭の天辺まで、目を皿のようにしてじっくりとっぷりあたしを見ていた。
…………。
……………………いや、そんな見られましても。
どうせなら華麗に吸血鬼になった後に見て欲しいんですけど。

その熱すぎる視線にどう反応して良いか分からず、友人を見習ってとりあえず苦笑してみる。
すると、その効果は劇的だった。


「〜〜〜〜〜!」


言葉にするなら、バターン!って感じ?
いや、あたしの素敵笑顔に失神者が出たとかじゃなくて、鼻先で扉を閉められて。

流石に締め出しをくらうとは思っておらず、若干呆然としていると、 スティアからは「乙女の敵め」とありがたくもない言葉を頂戴した。
いや、やるんだったら、あたしもっと徹底的に口説き落とすって!(大間違い)

そして、突然の闖入者に、これはなにかしらフォローをしなければと焦ったあたしは、 結局何の仮装もしていなかったにも関わらず、うっかりとそのまま大広間へと入場してしまった。







すると、


「「「…………」」」


今までの朝の喧噪が嘘のように、ほとんどの人間がぴたり、と口を噤んでこちらに注目していた!


「怖っ!!」


うえぇぇぇ!?やっぱりガン見!?ガン見なの、みんな!?
良いよ!そんな注目いらないから、その手に持ってるパン食えよ!
ホラ、そこの男の子なんか、スープぼたぼたスプーンから零れてんじゃん!
なにも面白いことなんかないって!!
お前らのその仮装のが遙かに面白いって!

そう、大広間は、魔女達の本気の仮装でなんというか……コスプレ会場に様変わりしていた。
えーと。あたしってハロウィンは化け物の格好をするもんだとすっかり思い込んでたんだけど。
違うみたいだなーあはは。

周囲を豆な錬金術師っぽいのとか、 斬魄刀握りしめたオレンジ髪の青年とか、 元祖お色気変身のお姉さんとかがうろうろしているのを見て、一瞬あたしは時を超えてしまったのかと思った。


「……クール・ジャパン!」


どうしよう。あと十年〜二十年先に起こるであろう日本漫画ブームがホグワーツ席巻しちゃった!
そして、すげぇ嫌なんだけど、その原因が激しく自分にある気がしないでもない!
だって、ホグワーツに日本とか接点ないもん!
明らかにあたし関係でこんなんなってるよ!

少なくとも、あたしは周囲に日本の漫画やら小説やらの素晴らしさを力説したことはない。
読みたいなーと精々こぼす程度だったはずだ。
熱狂的なあたしの信者が仮にいたとして、 その人たちがあたしの嘆きに応えてそれらを献上するというならまだ分かる。
がしかし、そんな信者はいないし、実際に起こっているのは日本ブームである。
となると、こんな事態を引き起こした張本人はというと……

と、あたしが周囲の視線から逃れるために、推理という名の現実逃避を始めだしたその瞬間、 とても聞き覚えのある悲痛な声がその場に響いた。


「えぇええぇぇえぇ!?なんで着てないんだい、!!!?」


発信源は……眼鏡?
えーと、あれ?眼鏡は眼鏡なんだけど。あれ??


『うわ……こうキタか』


予想外のその姿に目を丸くしていると、 馬鹿みたいにすばしっこいグリフィンドール一のトラブルメイカー(仮)はばっと目の前に走ってきた。
そして、棒立ちのあたしの肩を掴んで、わざとらしいくらい嘆きまくる。


「なんで!?どうして!!?あんな見事な出来映えだったのに!」
「……ジェームズ、だよね。100%」


うーん、と彼のトレードマークとも言えるクシャクシャの黒髪が見えず、口ごもる。
いや、クシャクシャはどこまで行ってもクシャクシャなんだけど。
……白い?

目の前のジェームズは、色を極限まで抜きました!な感じで見事な白髪になっていた。
もうね、銀髪とかそんなんじゃなくて、本気で白髪。
しかもしかも、その白い髪の間からはにょっきりとあり得ないものが飛び出していた。
いや、お色気たっぷりのおねえさんとか可愛い男の子の頭から生えてる分には、 一部の人たちに熱狂的な支持を受けそうなんだけど。
ジェームズの頭からウサギ耳……シュールな光景だ。

(っていうか、出来映えってことはあのメイド服手作り? マジで??
……お前、本当に才能の無駄遣いにも程があるよっ!
その才能ハーマイオニーに分けてやれよ!!
あの子、毛糸の帽子編んでも毛糸の塊にしちゃうんだぜ!?)


「え?いやいやいや、僕は作ってないよ?全部有志からの提供」
「遂に読心術までマスターしたのか。流石ストーカー」
の心の声がだだ漏れなんだよ。
まぁ、リリーから愛のメッセージが受け取れるなんて最高だけどね。
ホラ、彼女シャイだからなかなか本心なんて口にできないし?」
「……訴えられる前に止めときなよ?絶対負けるから」


一応、常識ある友人としてそんな忠告をしてみるものの、 恍惚と笑うジェームズを見ていると、きっと無駄になるんだろうなぁ、なんて思う。
と、そこであたしはふと、目の前の彼の格好に凄まじいまでの納得を覚えた。


「!!!!」


それは雷に打たれたが如き閃き――天啓だった。


「そうか、お前……」


ストーカーつながりで白ウサギの格好しやがったな!?


『ゲホッ!』


うああぁぁぁああぁあぁー!
そうか!そういえば、丸眼鏡でストーカー……ジェームズ以外の何者でもないじゃん!
相手の女の子に全く相手にされていない辺りもそっくりだ。
普通、外見までは近づけることができても、雰囲気までは真似できないものなのだが、 目の前にいるジェームズは、どこまでも完璧に赤い城の宰相様だった。
にまにました表情は白ウサギ好きに喧嘩売ってんのかって位似てないが、 リリーについて語る時の様子など「え、ペーターご降臨?」と見紛うほどである。


「ジェームズ」
「うん?なんだい?」
「……後で一緒に写真撮ろう!!」


がしっと、白い手袋に覆われたその手を掴む。


「……、未だかつて見たことがないくらい良い笑顔だね」


その勢いに、あのジェームズが若干引いた。
これは流石にちょっとショックだった。

と、そのショックの甲斐もあってあたしはそこで一旦冷静さを取り戻し、 とりあえず、色々知ってそうなジェームズに疑問の数々をぶつけてみる。

まず、この会場は一体全体どうしちゃったのか。
なんでみんなあたしを見ているのか。
そして、なによりその格好はどこから調べだしてきたのか。

これがね。NARUT○とかだったら分かるんですよ。ええ。
メジャーな少年週刊誌の看板コミックですから。
でも、ジェームズがチョイスしたのはよりによってハートの国のア○ス。
そりゃあ、コミカライズもされてるけど。
前者と比べちゃうと、そこまでメジャーな漫画じゃないと思うワケだ。
それなのに、このピンポイントチョイス……。

絶対おかしいだろ、と思っての質問に、ジェームズはあっさりと答えた。


「なんだ。そんなことかい?」


曰く、会場はあたしへのサプライズハロウィンパーティー。
なんでも、学校中を巻き込んで当日まであたしには知らせないようにしたんだそうな。
(理由は簡単。その方が『びっくりドッキリ嬉しい=面白い』から)
で、どうせ仮装するなら普通のじゃつまらないよねってことで日本の漫画を参考にした、と。
あと、あたしを見ているのは、 空気を読んで女装をしてくれると信じていたので、それが裏切られた落胆の視線らしい。
(そういえば、クィレルがなんかそんなようなことを言っていた気もする)
そして、その仮装の出所はなんとスティアからの誕生日プレゼント……。
(あいつ、人様のプレゼント猫からネコババしてやがった)


「スティア」


思わず呆れを隠すこともなく呼びかけると、珍しくスティアはバツが悪そうに尻尾を丸めていた。


『……うん。ごめん』


潔く言い訳一つしないで項垂れるスティア。レアだ。
もういっそこの姿を見ただけでも、なんかもういいやな気分になる。
(どんだけあたしはこの案内人大好きなんだ)

と、そんな風に大広間の入り口でいつまでもうだうだと立ち話をしていると、 次の瞬間、


「ジェームズいつまでやってるんだい?」


あたしは奇跡を目撃した。


「!」


まず視界に飛び込んできたのは、目に痛いほどの真紅。
ついで、整った目鼻立ちに、涼やかな鳶色の髪と瞳。
均整の取れた肢体は流れるようにこっちに向かって歩を進め、やがてピタリとあたしの目の前で静止した。
と、形の良い唇がゆっくりと開かれる。





「……も。早く座ったら?」





世界から、他の全てが消えた。





「…………」
「はは!すっごい、魂抜けてるみたい」
「……大げさな」
「いやぁ、大げさじゃないと思うよ?ね、


ジェームズがなにやらごちゃごちゃ言っている気もしたが、全く頭に入ってこない。
あたしの五感は今この瞬間、完全にリーマスのものだった。


?生きてる?」
「…………し」
「うん?」





天 使 !





「「…………」」


もとい騎士!!!!
きゃぁああぁぁぁっいやぁぁぁーっ!!!
リーマスが!あのリーマスが名前呼んでくれてしかもエースの格好してるぅううううぅー!!
ままままま待って待って!え、ちょ、携帯!今ほどあたし携帯渇望したことない!!
いや、寧ろこれはビデオカメラ!?動画で残すべきだよねねねね!
リーマス、マジ天使!あたし一瞬本気でお迎えが来ちゃったかと思った!
え、っていうか、これ夢じゃないよね!?
スティアは夢だとかなんとかワケ分かんないこと言い出すけど、これ夢じゃないよね絶対!!?
っていうか、夢だったら許さないから!神々の終焉ラグナロク起こすから!!
今ならあたし多分ヴォルデモートどころか神様にだって勝てるよ!!!

興奮のあまり体はガクガクと震え、目頭が酷く熱い。
あたしは、人生で初めて感涙に噎び泣く、という貴重な経験をしていた。


「……あ、駄目!目の前が霞んでよく見えない!!」
「「…………」」



そんな!今こそ持てる全ての能力を発揮すべきところなのに!!

ここが大広間で周囲には他にも人が大勢いて、しかもここは注目の的だということも忘却し、 あたしの全神経は今のリーマスの一挙手一投足を脳に刻みつけるべくフル稼働する。
と、このまま滲んだ視界でいると、人生における後悔ベスト3に入りそうな予想がひしひしとしたので、 もう凄まじい勢いで目を擦ったら、ぐは!余計に目がかすんできた!!
(『目は擦っちゃ駄目だって、君、親にも友達にも言われてきたでしょ』)

そして、そんなあたしの様子を見て。


「「……ぷっ」」


悪戯仕掛け人の二人は、見事に吹き出した。


「……ぶふっ!あはははは!あー、もう君って奴は!!」
「へ?」
「……ね。もう、あり得ないよ本当に」
「…………っ」


話しかけられただけでも奇跡だと思ったのに、 あのリーマスがあたしの前で笑っていた。
目が合うと少しぎこちなくなるけれど。
でも、間違いなく彼はあたしを見ていて。

言葉が、出ない。

どうして急に彼の態度が変わったのか、分からない。
どうして彼がこうして笑いかけてくれるのか、分からない。
でも、そんなことはどうでも良かった。
がむしゃらに走って走って走って。
ようやく、ここに辿り着いた。
そのことを、実感できたから、もうなんでも良い。


「…………」


ぼろり、とまた涙が零れた。
そして、リーマスはそんなあたしの様子をやっぱりちゃんと見つめていて。


「……。正直、僕はまだ君のことが全然分からないし」
「気持ち悪いとも思ってるから、多分、自分から寄っていくことはほぼないと思う」
「でも、もう無視したりはしない。お互いのためにそれは良くないって分かったから」


そんな言葉を投げかける。
あたしがそのことに対して一も二もなく飛びつくことは確信した表情カオと声で。
騎士のように真っ直ぐに。
隠すことのない黒さを滲ませ。


「……それでも良いよね?」


微笑む彼に、あたしはとびっきりの泣き笑いを返した。





……若干以上、殺られそうです。





......to be continued