どんな悪事にも邪魔者はつきものだ。 Phantom Magician、81 化け物と対峙してから数時間後、僕はやはり、まず一番にすべきは情報収集であり、 その為にはを陥落させるのが急務であるとの結論に達した。 ホグワーツのことは誰よりも深くまで理解していると思うが、 しかし、特定の人物、この時代のことなどは知りようがない。 本で学ぶといったことも不可能であるため、完全にその情報源は人間に限られる。 日記から抜け出る、という方法もなくはないが、魔力を消費するために極力さけられればありがたい。 魔力というものは本来、魂の中に内包されている魔力の核なしには、生み出されることがないのだ。 僕は偉大なるヴォルデモート卿の記憶であり魂の欠片である。 おそらくは隣に並び立てば、年齢と瞳の色以外に、僕たちを区別する術はないことだろう。 (僕が記憶であるせいか、何故か瞳が不気味に赤く染まってしまったのだ) しかし、それでも、僕に魔力の核は、ない。 『何故ならば、核を分けることは、すなわち本体の弱体化を意味する……』 核を源泉、魔力を溢れ出した水に例えれば分かりやすいだろうか。 源泉を分けてしまえば、手に出来る水量はその分少なくなる。 たとえ、そうすることで、分身である僕が自ら魔力を生み出すことができるとしても。 それは、『僕』の本意ではなかった。 というか、分霊箱を生み出そうとするような、闇の魔術に秀でた者が、 魔力の核を分身とはいえ他者に分け与えるなど、そんな愚かな行為をするはずがない。 ゆえに、僕は他者からその水――魔力を搾取する。 そして、その核の正確な位置を把握し、奪い取り。 最終的には、上澄みである魂を使って、己の体を構築する。 実体化ではなく。 欠片であるはずの自分を、一個の人間として。 消えることのない肉体に。魔力に。何故焦がれずにいられよう? たとえそのために、奪われた人間が命を落とすことを知っていても、僕がそれを止めることなどありえない。 がしかし。 『まだ、早い……』 こうして、予想外にある程度の量の魔力を手にすることができたものの、 僕にはまだの魔力の核が、命が掴めない。 僅かに流れ込んでくる魔力はあるものの、それも今手にしている量からすれば微々たるものであり、 彼女と言葉を交わすために必要な最低限度のものだ。 となれば、日記の外に対して魔法を使えば使った分だけ、魔力は減っていく。 最たるものが禁じられた呪文になるが、日記から出る、という行為もかなり重労働なのだ。 出来れば、日記の中で、から欲しい情報を引き出すことが望ましい。 情報も手に入れられるし、彼女の心を開いて核の場所を探ることもできて一石二鳥である。 昨日の様子から見て、を取り込むことはそう難しくはないだろう。 あとは、彼女が自分に話しかけてくるのを待つばかりだ。 ただ、僕は記憶であるためか暇つぶしに眠ることもできない。 そのため、彼女が授業から帰ってくるであろう時間まで、 一年の時からの至極簡単な魔法からおさらいをして、時間を潰すことにした。 いまいち時間の経過のよく分からない日記の中で、しかし、いい加減時間が経っていることに気付いた僕は、 一瞬だけ五感を日記の外に向ける。 そろそろ、書き込みをされてもおかしくない頃合だというのに、いまだ何の音沙汰もないのは少しおかしい。 日記には、魔力を持つ人間を惹きつけ、ペンを取らせるような魔法を元々かけてあるのだ。 とはいえ、なにしろ、昨日初めて使用されたものである。 万が一にもないとは思うが、不具合が生じている可能性もあるだろう。 十中八九、の手元に日記がないのだろうとは思うが、念のためだ。 そして。 「ちょ、や……っ!」 「大人しくしろっ!」 「やぁ……っ!」 『…………』 僕の耳は明らかに荒事が起こっているであろう声と音を、拾い上げた。 残念ながら、日記が置いてある場所が悪いのか、何が起こっているのかまでは分からないが、 少女の湿った声と男の上擦った声から、大体の想像は付く。 ……いつであろうと、こういう下賤な輩は存在するものらしい。 しかも、気配から察するに、相手の男共はどうやら複数のようだ。 となれば、少女――が自力で逃れることは更に難しいだろう。 そのことを考え、今後の自分に対する影響を一瞬で加味した結果。 「武器よ去れ!」 僕は己を実体化して、颯爽とを救うことにした。 (ちなみに、杖は彼女のものを拝借した。 主人の危機を感知したのか、まるで肉親から借り受けたかのように酷く扱いやすい杖だった) 男女間のトラブルやら性犯罪。 日記となる前の『僕』の周りでも、そういったことがないワケではなかったが、 一度でもそれに遭遇してしまった女の見苦しさ、扱いにくさといったらない。 ならば、たとえ魔力を多少消費しても、相手を助け、信用を勝ち取り、恩を売る方が何百倍も益がある。 普通であるならば、昔の人間の記憶が突然実体を伴って現れたなどと言ったら、怪しさ満点だ。 がしかし、それに窮地を救われたとすれば? 多少の疑問や怪しさなど、簡単に払拭できる。 それに、なにより……気に入らない。 「……まったく。人の物には手を出すなって教わらなかったのかい? か弱い女の子を無理矢理手篭めにするなんて、最低だね」 の身も心もその魂すらも、僕が搾取すると決めたのだ。 勝手にそれに手を出そうなどと、良い度胸である。 第一印象というものがあるので、さすがにの前で嘲笑まではできなかったが、 奴らの杖を手中に収めた僕は彼らの間に割って入り、心の底から侮蔑するような視線を向けておく。 と、少女を無理矢理、などとするからにはどんな不細工かと思えば、 僕が吹き飛ばした連中は、思った以上に整った顔つきでこちらを睨みつけていた。 (ただし、そのタイはグリフィンドールのものである。これだからあの寮は嫌いなんだ) 「……はぁ?もう一度言ってみろ。なにがか弱くて女で手篭めだと?」 「困ったな。彼の目が節穴なのか、僕の耳が機能不全を起こしているのか……? 個人的には、彼が格好良いことを言おうとしてうっかり噛んじゃった可能性に蛙チョコ一ダース?」 「あ、あの、ぼ、ぼくもそう聞こえたから、噛んだんじゃ、ないかな?」 「だよねぇ?嗚呼、可哀想に決め台詞を噛むだなんて……ぷっ」 「…………」 ……いまいちよく聞こえなかったが、まず間違いなく失礼なことを言われた気配がした。 そのことに一瞬、アバダ――!と呟いてしまいそうになったが、理性でそれを押し留める。 そう、如何に憐れみの多大に篭った眼差し×3を向けられようともっ!! 数としてはあちらが優位に違いないが、たかだか一介の学生風情が僕にかすり傷一つ負わせられるはずがないのだ。 獲物を奪われたために気が立っている馬鹿共の言葉など、流すに限る。 そう結論付け、僕は杖を彼らに突きつけたまま、馬鹿な空気に侵食されないよう、 ことさら悲痛な表情に見えるように眉根を寄せた。 「僕としては君たちをすぐに教授方に突き出すべきなんだろうけれど……。 それによってが不名誉な噂を立てられでもしたら困るからね。 今すぐ、この場から消えてくれないかな?」 「あぁ?ふざけんなよ。っていうか、誰だお前っ!?」 「君に名乗る名前はないね」 「この野郎っ!」 に馬乗りになっていた男は、一番整った顔立ちをしているくせに、短絡的かつ粗暴であるらしい。 杖もなしにこちらに殴りかかってこようとしたので、隣にいた眼鏡の男が慌ててそれを羽交い絞めにしていた。 「うわ、ちょ、シリウス!?部外者に殴りかかったら流石にまずいよ!?」 「部外者がなんだっ!放せっジェームズ!!」 「目的は達したんだから、もう良いじゃないか!」 「ああ!?目的!?」 「『ああっ!?』じゃないよ!これだから君って奴は面倒臭いっていうかなんていうか……。 ピーター!見てないで手伝って!」 「ひっ!あ、で、でも……っ!?」 「ピーターっジェームズをなんとかしろっ!!」 「えぇっ!?」 気が付けばこちらのことは完全に蚊帳の外で、内輪もめを始めた連中。 獣のように暴れる男をどうにか抑えてはいるものの、部屋の外に引きずっていくところまではいかないらしい。 いっそ全員失神でもさせた方が早いだろうか、と半ば以上本気で悩んでいたその時、 「なに、してるの……?」 「「「「!!!」」」」 膠着状態を打破する、冷めた声が扉の方から響いた。 すでに役目を果たせなくなっている扉を踏みつけ、不意に現れた男は室内にざっと目を凝らす。 どうやら、明度の差からいまいち視界が利いていないらしい。 がしかし、雰囲気から大体のいきさつを把握したらしく、男は一つ小さく頷く。 その存在に、後ろ暗いところのある連中は一気に静かになった。 「……へぇ?」 と、その予想外の姿に、思わず目を見開く。 男の胸に輝いていたのは、監督生バッジだった。 「なるほど……。ジェームズ?」 「いやぁ、大半はシリウスかな。今も丁度止めるのに苦労しているところ?」 眼鏡の男は、決して腕を解かないながらも、疲れたように苦笑をしてみせる。 すると、それを受けて、監督生は暴れていた男に対して呼びかけた。 「シリウス」 決して、強い口調ではない。 だが、明らかに冷ややかさを含んだその声に、< 男はようやく暴れるのを止めて、自身を拘束する腕を振りほどいた。 「…………ちっ!」 なるほど、どうやら不良も一目置く程度の存在ではあるらしい。 監督生という、自身と同種の存在に少しばかり興味をそそられるが、 あちらはどうやら、僕に興味などないようだった。 そして、僕の背後にいるであろうに対し、必要以上に硬い視線を向ける。 「……」 「っ!!」 後ろから、息を呑む気配がする。 そのことを訝しく思いつつ、振り返った先で。 「無事、だね?」 少女は今にも泣き出しそうな表情で、男を見つめていた。 「う、ん……っ」 それは、予想外の人間から一足早いクリスマスプレゼントを貰ったような。 報われないはずの願いが。 望みが。 一瞬だけでも叶ったかのような。 困惑と、喜びと、痛々しいまでの切なさ。 それらが混濁した、胸を締め付けられるようなそれだった。 たった一言だ。 それも、安堵の滲むような和やかなものではなく。 無事であることしか許さない、とでもいうかのように高圧的な言葉に、 何故、がそのような表情をするのかがまるで分からなかった。 「……そう」 そして、愛想もなく、男はさっさと踵を返す。 その素っ気なさにまるで納得がいかず、思わず怪訝な眼差しを送るが、 男は不良を引きつれ、僕に奴らの杖を渡すよう促すと、部屋の惨状には目もくれずに出て行った。 「…………」 普通、このような場合、監督生であれば収拾をつけていくものじゃないのか? そう思いはすれど、僕のことを下手に突っ込まれても困るので、まぁ良いだろう。 とりあえず、杖をふるって破壊されたと思しき扉を直し、部屋の主と対峙する。 は、さきほどのショックが残っているのか、呆然と扉を見つめていて、 見知らぬ人間であるはずの僕に対してなんのリアクションも示していない。 「……さて」 どうしたものだろうか。 とりあえず一線を越えることは阻止したものの、 この歳の少女が複数の男に押し倒されたなど、トラウマ以外の何物でもないだろう。 下手な話し方や慰め方をすれば、激しい拒絶に合うこと請け合いだ。 まぁ、そうなったらなったで、対処法を変えるまでだが……。 まずはオーソドックスに無事であることを確認するところからだろうか、 そう思っていると、 ぽろり 「…………!」 の瞳から、一筋の涙が流れた。 先ほどまで必死に堪えていた感情が、その一滴分だけ溢れ出てしまった、とでもいうように。 チャンスとばかりに、僕はその涙に己の手を伸ばす。 頬に指が当たった瞬間、彼女はびくりと反応し、ようやく僕を見た。 「あ……」 その瞳は、濡れているせいか、星のような輝きを湛えていて。 まぁ、及第点だな、と思った。 「泣かないで、」 人から優しいだのなんだのと言われる表情に、ほんの少し心配の色を交えつつ、彼女を観察する。 東洋人、というときつい顔をしているのかと思ったが、案外そうでもないようだ。 寧ろ人のよさそうな印象を受ける。 西洋人からすれば華奢な体は、細すぎず、かといって醜く肥えていたりすることなく。 とりあえず、容姿は悪くない。 かといって絶世の美女であるなどということもないが、 寧ろ美しすぎるのはあの化け物の例もあるので、これぐらいが良いのだろう。 少しばかり予想より幼いものの、は文字から感じる通りの少女だった。 醜い人間が自分の本体を持っているなどはやはり不愉快だったので、そのことに僅かに満足する。 まぁ、もっとも、ある程度の容姿だからこそ、あんな馬鹿共に狙われるのだが。 「あの………」 と、僕の存在にようやく困惑の色を見せ始めたに、僕は畳み掛けるように労わりの言葉を浴びせる。 「ああ、僕はトム=リドル。あの日記の中にいた存在だよ」 「え、あ……えーと?いきなりカミングアウトしちゃったんだけど、この人」 「本当は、日記から出てくるのは辛いんだけど、なんだか嫌な予感がしてね。 ……間に合って良かった」 「ありがとう……?恩に着せだしたぞ、オイ」 「どうってことないさ。のためならね」 どうも頭がまだ回転していないらしい彼女は微妙な表情だった。 ?今までの女子なら、これだけ接近して特別扱いをすれば頬のひとつくらい染めるものなのだけれど。 やはり、さっきの出来事はよほどショックだったらしい。 まぁ、もっとも、東洋人は特に貞操観念が発達しているらしいので、民族性によるものの可能性も高いが。 とりあえず、パニックを起こして取り乱す、というところはないようなので、このまま話すか……。 そっと、壊れ物のようにの手を握る。 「どこか痛いところとかはないかい?」 「……ない、けど。えっと……近くね?」 「うん?」 「〜〜〜〜〜っ」 極上の笑みを向けてみれば、はばっと顔を背けてしまった。 きゅっと口元を引き締めているものの、その頬は朱が上り徐々に赤く染まっていく。 これは……落とせるのではなかろうか。 友人よりも恋人の方が心を開かせるには良いかもしれない。 面食いなのか知らないが、あまりに顕著なの反応に気を良くし、本格的に口説こうとしたその瞬間。 『はい、それアウトーーーーーーー!!』 ドゴッ 側頭部を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。 「っ!!?」 「あ、スティア」 あまりの不意打ちにベッドから落とされ、この僕の邪魔をするのはどこのどいつだと視線を送ったその先で。 『どうして易々と日記から出てきてて、しかものこと口説いてるんだよ、こいつ。 ああ、もう触っちゃったじゃないか。えんがちょえんがちょ』 「はい、切った」 『……はぁ、なんでこう、僕のいない時いない時ねらって厄介ごと起こすんだろうな、皆』 「っていうか、スティアがタイミング悪いんじゃないの、それ」 『失礼な。これ以上ないほどにナイスタイミングだったじゃないか。 リドルの顔見て爆笑しかけてたくせに』 「だって予想以上に猫かぶり凄まじくて。あれだね。 直前に心から心配してもらっちゃったもんだから、全部胡散臭くってさー」 金の瞳をギラつかせた猫が神経質そうに尻尾の毛づくろいをしていた。 一体どこから出てきたんだ、この馬鹿猫はっ!! がしかし、が目に見えてほっとした表情をして抱き寄せたことから、 まず間違いなく、これは彼女の使い魔だろう。 となれば、魔法で攻撃するわけにはいかない。 ひくつきそうになる頬の筋肉を、理性で押し留め、苦笑にすりかえる。 「……驚いた。君の猫かい?」 「え、あ、うーん?そんなようなもの?」 「そう。可愛いナイトだね」 『……どうしよう、僕鳥肌が』 「猫のくせに?」 「関係ないさ。今も立派に君を守ろうとしているじゃないか」 「ああ、いや、リドルじゃなくて……」 「?」 が困ったように頭を掻く中、彼女の腕の中で猫が鳴いた。 そして、驚いたことにはまるで話でもしているかのようにそれに応じる。 『で、とりあえず話が出来ないから、このエセ優等生さっさと追い出したら? せっかくスープ持ってきてあげたのに冷めちゃうじゃないか』 「え、あー、うん。そうだけど」 『大丈夫大丈夫。ちょっと今混乱してるから、後でねって言えば強引なことはできないよ。 なにしろ、奴は優等生(笑)だから』 「ん、なるほど」 その姿を見て、もしや、という思いがする。 自分が蛇と話せるように、まさか、彼女も……? 猫がなにを言っているのかはまるで分からないので歯痒いが、 なるほど、ただ魔力が少ないだけの少女ではないということか。 と、不意にとスティアと呼ばれた猫が同時にこちらを見た。 「えっと、悪いんだけど。ちょっと落ち着きたいから、日記に戻ってもらって良い? 後でまた改めてお礼言うから」 「……僕は構わないよ?」 本当なら、もう少し好感度を上げておきたいところだったが、邪魔者が入っては仕方がない。 あまり長居をしても、いたずらに魔力を消費するだけなので、僕は快くその申し出を受けた。 がしかし。 『僕のいない隙に取り入ろうなんて、千年早いよ。トム=リドル』 にゃーお、と鳴いた猫の瞳が心底イラついたのは何故だろう。 本当の悪者は誰か、っていうのは秘密だけれどね。 ......to be continued
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