ホグワーツに恋の季節が来たようです。 Phantom Magician、82 その日、朝からホグワーツは騒然としていた。 大きな事件が起こった訳でも、闇の帝王に動きがあった訳でもなく。 風邪引きが急増して、呪文学がスリザリンと合同になってしまったことが原因でもなく。 もちろん、今日の午後にクィディッチの選手選考会があるから、なんて理由でもない。 ただ、が自室に見知らぬ男子を連れ込んだ、という噂が横行しているせいで。 「…………」 …………。 ……………………いや、まぁ、ねぇ? あれだけ一途にリーマスを想っているがどうして!? となる気持ちは分からなくはないのだけれど。 周りの人からしたら、の性別は男以外の何者でもないはずで。 本来、部屋に同性が入っても、そんなに騒ぐほどじゃないというか。 尻軽なんて言ってる人を見ると失笑ものだというか。 周囲からビシバシ好奇の視線を浴び、色々言われているが可哀想になる。 けれど。 「で、お前が部外者を部屋に連れ込んだという話は……どうなんだ」 「セブルス、お前もか……っ!」 絶妙に訝しげな表情をした親友の姿に癒しを感じるのは末期ではなかろうか。 今朝、私とは誘い合わせて、いつものように呪文学の教室に赴いた。 けれど、彼女と入ったそこは明らかに普段と様子が違い。 確かにいつも騒がしい授業ではあるのだけれど、今日のざわめきは、なんとなく不快なそれだった。 なにしろ、私たちが教室に入った途端、全員がピタリと一瞬口を噤んだのだ。 しかも、そのくせ、こちらを指差したりしながら、さっき以上にやかましく話し出す……。 そして、あまりにあからさまなそのヒソヒソ話に耳を傾けてみれば、 飛び込んできたのは不名誉極まりないの噂だったのである。 横目に彼女を見ると、不意に彼女と視線が合う。 「「…………」」 と、彼女は若干迷った末、申し訳なさそうに、困ったように苦笑した。 「……」 その表情は噂話を肯定しているようにも、根も葉もない噂に呆れ返っているようにも見えた。 それに対し、なんと言って良いかわからず、言葉を捜す私。 すると、その僅かな間隙を縫って、スリザリンの女子生徒の一団がに声をかけてきたのだった。 「ミスター?少し今よろしいかしら」 「……はい?なにか御用ですか?」 突然かけられた、気取った声。 はそれに対して、不思議そうな表情を装った。 彼女自身はあまり寮のことを気にしていないが、それでも彼女たちと積極的に話すことなどない。 おそらく、名前もうろ覚えだろう。 そんな彼女たちが、この場所で、この場面で、話しかけてくることの意味。 それをわかっていながら惚けられる彼女は凄いと思う。 そして、女子生徒たちは上品に笑いながら、こう言い放った。 「今後ミスターブラックに近寄るのは遠慮してただけないかしら?」 「は?」 その時の彼女の、まるでふくろうが百味ビーンズをくらったような表情は中々に見物だった、とだけ言っておこう。 「彼はなんの間違いか入る寮を間違えられてしまいましたけれど、純血一族の人間。 そんな彼が、貴方のような方と一緒にいるのは、彼にとってマイナスにしかならないの」 「……『貴方のような』っていうのは?」 「まぁ!そんなこと私の口からはとても……。でも、おわかりでしょう?」 「なるほど……」 はその言葉に大きな大きな溜息を吐いた。 ……正直、その背後に、 いやいやいや、あたしが近寄ってんじゃなくて向こうから来るんだけど。 あたしが一緒にいたいのはリーマスだって。あんな馬鹿こっちから願い下げだよ。 っていうか、『なんの間違いか』って現実見ろよ。どっからどう見てもあいつはグリフィンドールだろ。猪突猛進だろ。 寧ろ、熨斗つけてくれてやりたいっての!! というの心の叫びが見えた気がする。 がしかし。 彼女はそのまま沈むのではなく、むしろ挑むように顔を上げた。 「……ちなみに、あたしの噂言ってたの、そのミスターブラックじゃない?」 「えっ!?」 「まぁ、よくおわかりね?彼自身が貴方と離れたいとさきほどまで言っていましたのよ」 「…………」 その言葉に、ブラック塔から飛び降りれば良いのに、と思ったのは多分私だけではない。 噂の発生源がまさかを蛇蝎のごとく嫌っている奴だとは思わなかった。 (だから多くの人は騒ぎはしてもこれっぽっちも信じていないのね。納得したわ) 思いがけない事実を前に、キッと離れた席にいるブラックを睨みつける。 すると、その視線に気付いたブラックはフッと余裕たっぷりのニヤニヤ笑いを口元に貼り付けた。 …………。 ……………………。 手元が狂ったフリをすればなんとか……? 「あー、そっかそっか!言っちゃったのかー」 と、私が今後の授業展開を事細かにシミュレーションしようとしたその瞬間、 場違いなほどに明るく弾んだ、の声が私の意識を現実に引き戻した。 「うーん。親戚とはいえ部外者を入れたのは事実だからね。 甘んじて、残念な評価は受け入れるけどさ。 嗚呼、でも言っちゃったんだー。凄い勇気あるよね。流石グリフィンドールって感じ?」 「?一体……」 うんうん、と大げさに頷き、あげく拍手までしだす。 その行動の真意が分からず、スリザリンの女生徒はおろか、ブラックや私も怪訝な表情になった。 が、それはすぐに、いっそ芸術的なまでの変貌を遂げることになる。 「あたしのことを押し倒して、たまたま部屋にいたあたしの親戚に撃退された、 なんて不名誉なことを触れ回るなんて、とても真似できないなぁ!あっはっは!」 「「「なっ!!?」」」 そんな彼女の一言によって。 「手前ぇ、なにをっ!?」なんて、心底慌てたようなブラックの声が教室にこだました。 そして次の瞬間。 「「「「「いやぁああぁぁぁっ!!」」」」」 黄色い悲鳴、雄叫び、断末魔がその場を満たした。 「そんな!そんな、新たなカップリングがあっただなんてっ!!」 「お黙りなさい、この腐女子がっ!!シリウスに限って、そんな……っ」 「そうよそうよ、シリウスは生粋の女好きなのに!!」 「煩いわね!性別すら超越する、それが愛よ!」 「男同士のなにが愛よ!?気持ち悪いわね!」 「同性だろうがなんだろうが美しいものを愛でて何が悪いのよ!」 「それが気色悪いのよ、あんた達っ!!」 「気色悪いですって!?男に媚を売るあんた達の方がよっぽど気色悪いわよ!」 「な、な、な、なんですってっ!?」 「嗚呼、……貴方はどうしてなの? シリウスやリーマスより私の方がよっぽど貴方を幸せに出来るのに!」 「が……そんなまさかっ!?」 「いや、だがルーピンのあの態度を思えば分からなくも……」 「馬鹿野郎!俺達報われない男の星がそう簡単に鞍替えするもんか!!なにかの間違いに決まってる!!」 「待て!さっき『押し倒した』じゃなくて『押し倒された』って言ってなかったか!?」 「ということは、に気があるのはブラック……?」 「……くっ。顔良し頭良し家柄良しのあいつに対抗なんてっ! 俺だって、俺だってなぁっ!できるもんなら……っ」 「お前そのケがあったのか!?!?」 「うわい、大惨事ー☆」 が、当事者であるはずのはどこまでも楽しそうな表情をしていた。 ニヤニヤとしたその笑みは、さっきのブラックよりも断然悪そうである。 まぁ、があたかも節操のない人間であるかのように吹聴して回るなど、 名家出身というわりには、やっていることが大層みみっちいし。 本当のことのように悪意ある噂を故意にばらまくなど、卑怯千万だとも思う。 なので、ブラックが教室の隅の方で、女生徒を中心とした一団に凄まじく詰め寄られているのは、 心の底から見て見ぬフリをすることにした。 流血騒ぎにはならないだろう。えーと、多分。 (皆が皆、おそろしく独善的な言葉の応酬をしているのには耳が痛かったが) (全員、どこか頭のネジがぶっとんでいるような気がする) (いつからこの学校は腐女子と同性愛者の巣窟になったのだろう……) そんなことよりも、だ。 私は先ほどの彼女の言葉を確かめるべく、 耳塞ぎの呪文で周囲と自分たちを隔絶してから口を開いた。 「、さっきのは本当なの?ブラックに押し倒されたですって?」 「え?あ、うん」 「まさか女だとバレ……っ!?」 「いやいや違う違う。事故だよ事故。バレてたら、そっちのが噂になるでしょ。 見知らぬ男を連れ込んだ、なんてのじゃなくて」 「ああ……それもそうね」 理路整然とした彼女の言葉に、思わず苦笑した。 確かに、弱みとしてはそっちの方が遥かに威力がある。 彼女の秘密を知るせいで、変に勘ぐってしまったが、どうやらの態度からしてもそれは杞憂だったようだ。 と、はそんなことよりも、私が使った魔法の方が遥かに気になるらしく、 興味津々な様子で私の杖を指差した。 「ところでさ、リリー。さっき唱えてたのって……」 「え?ああ、耳塞ぎのこと?凄いでしょう? 周囲の人に雑音を聞かせて、会話を分からなくさせるの。セブが考えたのよ!」 「へぇ!そんなのあったね、確か!」 「が女の子だなんて聞かれたら大変でしょう?だから、ね? 貴女も覚えておいて損はないから、今度教えるわ」 「皆耳ダンボ状態だったからねぇ。 ……皆よっぽどゴシップに飢えてるんだね。あたしなんかの話したって楽しくもなんともないだろうに」 「え?」 周囲の喧騒とはまるで違う他愛なくも楽しい会話。 けれど、発せられた彼女の言葉に我が耳を疑う。 あたし『なんか』って言った……わよね? ……彼女はひょっとして、耳を患っていやしないだろうか。 さっきから、話題の中心はで、それも好意を前提になりたっているような声しかしないというのに。 「また貴女は、そんなことを言って……」 「え?だってあたし、リリーとか悪戯仕掛け人とかと違って、目立つ人じゃないし。 まぁ、編入生って珍しいみたいだから、存在くらい皆知ってるかもしれないけど。 そんな奴わざわざ話題にしても、ねぇ?あたしだったら別に知りたくもないし。『へぇ』ですむじゃん?」 「…………」 偶に。 偶にこんな風に彼女は自分を卑下にすることがある。 それが民族性なのか、それとも彼女の性格に起因するものなのかは分からない。 報われない恋をしていることも多分に関係はしているのだろうと思う。 けれど、その謙虚な姿勢は……時に酷く歯痒い。 「私は……」 「ん?」 「私は、のことをもっと知りたいと思うわ」 きっと、他の人たちも、それは同じなのに。 「リリー……」 貴女は、その笑顔でそれを拒絶するのよ。 「いやん、それって愛の告白って取って良い!?」 「……多分、貴女のそういうところが騒がれる原因だと思うわ」 今は、誤魔化されていてあげるけれど。 でも、このままそんな態度を続けるのなら。 いつか、その内。 その可愛い顔を引っ叩くわよ? だから覚悟していてね、。 そして、授業を早々に切り上げた私達を待っていたのは、 同級生や同寮生の厳しい追求……ではなく、腕組みをしたセブだった。 (ちなみに、あの騒ぎは我らがフリットウィック先生が冷水を浴びせることによってすぐさま沈静化した。流石だわ) 昼食を大広間で食べるのは危険な気がした私たちは、の助言に従い、厨房で食事をもらうことにしたのだが。 (彼女はもう私でさえ知らなかった厨房の位置まで把握したらしい。きっと迷い込んだのだろう) 「あら?セブ??」 「へ?」 その入り口に彼がいるなーと思い、とりあえずこんにちはと朗らかに告げようとしたその瞬間、 彼は疾風のように私の隣にいたの腕を攫い、 あっと思った時には人のいない空き教室で彼女を問い詰めていたのである。 その普段の落ち着いた様子からは考えられない機敏さに、彼の新たな一面を発見した気分だ。 「で、どうなんだ」 眉間に皺を寄せて唸るセブは間違っても愛らしくはない。 けれど、そのまともで、なおかつ友人を心配する姿は微笑ましく、大変可愛げがあった。 と関わったことはどうやら彼を良い方向へ導いてくれているようだ。 と、しかし、元々あまり気の長い方ではないセブは、一向に答えを返してくれないに苛立ってきたらしい。 とんとん、と組んだ腕を指で叩き、早く答えろと彼女を睨みつけていた。 「どうって言われても……えーと、まぁ、事実っちゃ事実?」 「なに!?」 が、セブの予想を裏切り、眉唾だと言ってくれると思っていた彼女は、こともなげにそんなことを言い出したのだった。 セブは思わず、といった様子で、目を白黒させるにずずいと詰め寄る。 「どういうことだ!?」 「え、いや、だから、えーと。 遠い親戚の男の子がね、昨日部屋に来たんだよ」 「しん……せき?」 「う、うん。そう。慣れない留学をしてるあたしを心配してきてくれたんだ。 そしたら、それ見たシリウスが誤解しちゃったみたいで、あはは……」 目を彷徨わせながら、乾いた笑い声を上げる。 どうしてそんな後ろめたそうな表情なのか、と考えた時、私はその理由に思い当たり、はっとする。 そういえば、彼女は昨日、女子特有の体調不良のせいで、部屋にいたはずだ。 そして、それを何故だかポッターたちが過剰に心配していたことも。 私に仲立ちを頼むような恥知らずな男のことだ、 彼女の体調不良をこれ幸いとばかりに仲直り(?)に利用として部屋に押しかけてきても不思議ではない。 が、まぁ、そのことを男性であるセブの前で赤裸々に話すのは、流石にいただけないだろう。 の微妙な乙女心を察し、私は話を変えるべく声を上げた。 「そういえば、どうしてそれで押し倒す、だなんてことになったの?」 思いつくままに疑問を口にしてみれば、はなんてこともないように口を開く。 「いや、えーと、シリウスがね、うん。うっかりバナナの皮に足を滑らせてっ!」 正直、その内容は耳を疑うものであったけれど。 「「…………」」 一瞬、セブとお互いに微妙な表情を見合わせた。 嘘にしては馬鹿馬鹿しすぎるが、本当だとしたらもっと馬鹿馬鹿しい。 彼女がそこで嘘を言う理由は特に思い当たらない。 がしかし、素直に信じきれないほど、彼女の放った言葉は胡散臭かった。 「……とりあえず、何故貴様の部屋にバナナの皮が?」 「あ、あの、ホラ!スティアがね?なんか、悪戯で拾ってきたっぽくて!」 「ああ、猫って変なもの拾ってきたりするのよね」 「そ、そうそう!いやぁ、まさか、その拍子にあたしを押し倒すなんてね!ビックリだよね!」 「……それで?」 「え、あ、で、たまたまそれを目撃しちゃった親戚の子がびっくりして魔法ぶっぱなしちゃって。 だから、誤解とかよりあれかな。嫌がらせの方が理由としては大きいのかも? ホラ、シリウスにしてみれば、見知らぬ人に男を押し倒してる現場を見られてなおかつ負けたわけだし!」 「なるほど……」 ふぅ、と当事者でないにも関わらず、察した状況に嫌気が差した私はため息を禁じ得ない。 バナナ云々は置いておいても、まさかそんなふざけたことが起こっていようとは夢にも思わなかった。 が、想定した最悪の事態――ブラックがの性別に気付き、 彼女を手篭めにしようとしたということではなかったため、 不幸中の幸い、とでも思っておくべきなのだろう。 がブラックになど……考えただけで気分が悪い。 まぁ、かといってリーマスが彼女に似つかわしいかと言われると、頷けないものがあるのだが。 私としては、にはセブみたいに細かいところに気付いて、フォローしてくれるような人が良いと思うのよね。 普段のリーマスであればまぁ、悪くはないが、彼女への接し方を見る限りにおいて、 彼女にその優しさが発揮されることはあまりなさそうだ。 それだったら、最近良い方に変わってきているセブなど、どうだろう? 顔だって悪くないし、頭はもちろん良い方だ。 少しばかり口が悪いこともあるが、と一緒にいる時のそれはどちらかというと親しみの表れのように見える。 考えれば考えるほど、なんだかお似合いな二人ではないだろうか。 がしかし、後日少しそういう方向に話を持っていったところ、それぞれが別の場所で、 『それだけはなにが間違ってもない!』 と断言するのだった。 親友の幸せを願ってやみません。 ......to be continued
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