想定外の態度に、鼓動が跳ねる。 Phantom Magician、80 「!いないと思うけど、いるかい!?」 ガンガン、と。 慌しい足音と切羽詰ったような声。 そして、無遠慮、というにも乱暴すぎるノックの音が、静まりかえっていた寮に響き渡る。 そのあまりにも聞き覚えのありすぎる声から、それを発した人物が分かり、 自分でもどうかと思うほど、怪訝な表情が浮かぶのが抑えられない。 「なんだ?」 自分の親友は、余裕がない時ほど不敵な笑みで、内心の焦燥を押さえ込むのだ。 それが、まるで隠すことも忘れてしまったかのように、声を荒げる? ……間違いなく厄介ごとの気配がする。 そして、俺はさっき仕上げたばかりの魔法薬学のレポートを片手に扉を開いた。 「……なにやってんだ?お前ら」 自分たちの部屋から見て廊下の奥まった場所に、思わずといった調子で声をかける。 すると、声をかけられた方――ジェームズは拳を振り上げたまま停止した。 どうやら、扉を更に強めに叩こうとしていたようだ。 あれは一体誰の部屋だっただろうか、そのことに俺が思い当たるよりも早く、 ジェームズの口から聞きたくもない人間の名前が飛び出してきた。 「シリウス!実はが大変なんだ!!」 「……はぁ?」 我ながら、『』という言葉を聞いた瞬間に、心の底から嫌そうな表情になったと思う。 (というか、お前はいつの間に奴をファーストネーム呼びするようになったんだ、と激しく問い詰めたい) そのお世辞にも良いとは言えない面構えに、視界の片隅でピーターが小さく息を呑んでいるのが見えた。 と、ジェームズはそんな俺たちの様子に気付いたのか、声を潜める。 がしかし、続けられた一言に、ジェームズが声を低くしたその理由が、そんなところにないことを知った。 「……実は授業中、大怪我をしているのをピーターが見てね。 もしかしたら、一昨日の夜、彼が部屋に戻らなかったことと関係があるかもしれない」 「「!!!」」 ジェームズと一緒に行動していたはずのピーターさえも、それは聞かされていなかったことなのだろう。 思いもよらないことを言われたかのように、息を呑む。 が、それは俺も同じだった。 一昨日――それはつまり、満月の夜、という意味だ。 がリーマスを好いているのは周知の事実。 そんな奴が、もし、もし一人学校を出て行くリーマスを不審に思って追いかけたとしたら? そこにあるのは……悲劇と惨劇だ。 いい気味だと思う反面、ならば、奴は一体どうなるのだろうという素朴な疑問が頭をよぎる。 傷つけられるのも、死にかけるのも別に構わない。 がしかし。 結局のところ、奴は……人狼になったのか? リーマスがひた隠しにする秘め事を、奴もその身に宿したのか? だから、昨日は一日部屋から出てこなかった? いやだが、と己の思考に待ったをかける。 だったら、何故、奴はそのことを誰にも話さないで、授業なんて受けている……? それだけじゃない。 生徒が人狼に噛まれた、なんてことになっていたら、 幾らなんでもダンブルドアが黙っているはずがないだろう。 ということは、はリーマスからどうにか逃げ延びたものの、怪我をしたと見るのが正解だ。 そして、何故かそのことを隠している、と。 まるで真意の掴めないのその行動は、酷く不気味なものに感じられた。 「……ちっ」 が、すぐにとある可能性に思い当たり、思わず舌打ちが漏れる。 何故、もなにも、リーマスが人狼だ、などという弱み以外の何物でもない事実を手にして、 有効利用しない馬鹿がどこにいる? 流石にもう、リーマスに対する想いなんぞは木っ端微塵に砕けたとは思うが、 騙されただのなんだのと逆恨みしている可能性は十分に考えられた。 その深刻な現状を理解すると、流石に放置はできそうもない。 あのジェームズが珍しく取り乱したような様子を見せるのも、違和感はあるものの当然な気がした。 「……それは本当の話、だろうな?」 「もちろんさ。しかも、そのせいで誰かに連れ去られた可能性すらある」 「連れ去られた?」 「倒れてたはずなのに、忽然と姿を消したのさ。 自力での移動は難しそうっていうのがピーターの目撃情報を受けた僕の感想だ。 となると、誰かが医務室もしくは寮に連れ帰ったか、それ以外の場所に連れ込んだかのどちらかだろう?」 「……ちっ!粉々!」 「ひっ!」 どうやら、事態は思った以上に逼迫しているらしい。 その第三者とやらに余計なことを言いふらされないためにも、 一刻も早くの身柄を確保した方が良さそうだ。 そのためにも、叩く、なんてまだるっこしいことはせずに、俺は扉を破壊した。 後から思い返せば、我ながらやりすぎだと思ったけれど、緊急事態だから仕方がない。 そして、真っ暗なの部屋にジェームズともども雪崩れ込む。 明るい場所から入ったせいで、最初はどんな部屋なのかまるで見えなかったが、 段々暗闇に慣れてくる内に見て取れたそこは、同じ寮の部屋とは思えないほど閑散としていた。 (おそらくは、4人部屋なのにしか使っていないせいだとは思うが) 「「「…………」」」 まるで、人の気配はしない。 外れか、とそう思ったその時。 「……あのさー。人様の部屋の扉になにしてくれちゃってんの? ねぇわ。お前らマジでない」 酷く不機嫌そうな、声がした。 「「「!」」」 慌てて目を凝らしてみると、ベッドの上で体を起こしたの姿を捉える。 その他に、誰か――を害そうとする不埒な輩などは見られない。 というか、大怪我をしている、という割には、の様子はあまりにも普通だった。 残念ながら、その顔色はよく分からなかったのだが、声だけは至って元気そうである。 ただ、部屋が暗いだけだ。 「…………」 そのことに、思わずの怪我を見たというピーターに疑惑の目を向けてしまう。 がしかし、本気で案じていたらしいピーターは思わずといった様子で、ほっと安堵の息を漏らしていた。 「……良かった」 「……良かった、じゃねぇよ。なにひとつ良くねぇよ。 不法侵入も甚だしいわ。僕の城からとっとと出て行けこの野郎」 「……つれない態度だなぁ。僕たちは君を心配して駆けつけたっていうのに」 いつも通りの態度に戻ったジェームズが、呆れたようにを見る。 その変わり身の早さに、さっきまでの取り乱しようが嘘のようだ。 がしかし、案じていたのは本当らしく、苦笑めいたものがその口元には浮かんでいた。 「お前らに心配されることなんて一つたりともないっつの」 ところが、その想いはまるで通じず、しっしと、酷く邪険に俺たちを追い出そうとする。 ……元々気に食わなかったが、その態度に自分の機嫌が急降下していくのを感じた。 「!あ、あの、君、怪我は……?」 「……大したことじゃないっつっただろ。 っていうか、言うなっつったのに、なんでよりにもよってそいつら連れてくんだよ。 どうせなら癒しのリリー連れて来いや」 「ご、ごめ……っ」 渋面を隠そうともしないに、ピーターが謝る。 その光景が、この上もなく苛つく。 そして、俺が目を細めて見つめる中、奴が左わき腹を抱えていることに気付いたピーターが、 を気遣っては拒絶される、という見ているこっちが歯痒くなるような押し問答を繰り返していた。 「や、やっぱり、大したこと、あるんじゃ!?」 「ねぇよ。ねぇっつってんだろ!」 「で、でも……っ」 「煩ぇよ!おどおどと人の顔色窺って近寄ってくんな!気持ち悪いんだよ、禿げ!」 「っ!」 「…………」 嗚呼、苛々する。 飛び出してくる暴言の数々に、とうとう俺の我慢も限界に達した。 一度ジェームズに視線を投げかける。 すると、それに気付いたジェームズは面白そうに唇の端を持ち上げて了承を示した。 俺はそれを確認しつつ、ツカツカといまだベッドにふんぞりかえっているの元へ歩み寄る。 「……って、なに、僕の許可もなく近寄ってきてんだよ、そこの馬鹿二人」 「手前ぇの許可なんぞ知るか。 あのピーターが、珍しく食い下がってお前のことを心配してやってるってのに、その態度はなんだ? お前は一体、何様のつもりなんだ?」 「何様だったつもりもないけどさ。 心配するほどのもんじゃないから、さっさと僕の視界から消えてくれって暗に言ってんのが分からないのか?」 呆れかえったような口調とは裏腹に、縮まる距離に怯えたように後ずさる。 だがしかし、下がりすぎれば、ベッドから落ちるだけだ。 結局、大した距離も稼げずにこちらを睥睨してきた。 そして、それでも近づいてくる俺たちの姿にすっと目を細めたが杖を構えるより早く、 「!てっめっ……放せ!!」 俺は奴の腕を掴んでベッドの上に磔にした。 ばさり、と奴の黒い髪がシーツの海に波打ち。 ふわり、とシャンプーの香りが鼻腔を擽る。 ドクン。 その華奢な腕の感触と、ほの白く浮かび上がる細い首筋にほんの一瞬心が奪われた。 嗚呼、本当に。 言葉や態度とは裏腹に、コイツは。 こんなに小さい。 そのことに一瞬だけ気を取られるが、数拍遅れて駆け寄ってきたジェームズの気配に、我に返る。 「シリウス、そのまま抑えててくれ!」 「お、おう!」 「お前ら、マジふざけ……っ!」 「っ!暴れんな!」 「……嫌だ、放せっっ!」 自身の思考に気を取られつつも、必死に自分を振りほどこうとするに、慌てて手に力を込める。 がしかし、女でもあるまいし、ジェームズに服を掴まれて涙声になるに、 動揺がいや増していく。 「ちょ、や……っ!」 「大人しくしろっ!」 「やぁ……っ!」 「っ!」 普段のお前の鬱陶しいまでの積極性と羞恥心のなさはどこにいったんだ。 っていうか、マジ女みたいな態度とんなっ! 俺たちが同意も得ずに同級生の女子襲ってるみたいに見えるだろうが!! ただでさえ、お前女顔してんだから! 不覚にもちょっとドキドキしてる自分が切ないだろっ!? と、ジェームズが相手に対する配慮もなにもなく、一気に服を捲くり上げる。 そして、薄っぺらくて滑らかな白い肌が外気にさらされ、が大きく震えたその瞬間。 「武器よ去れ!」 「「っ!!」」 まるで透明マントを脱ぎ捨てたかのように唐突に現れた青年が、俺たちに杖を向けた。 「……まったく。人の物には手を出すなって教わらなかったのかい? か弱い女の子を無理矢理手篭めにするなんて、最低だね」 そして、その優等生然とした男は、暗闇でも光る真紅の瞳で、倒れる俺たちを侮蔑するように見下した。 ……色々突っ込みたいことはあるのだが、とりあえず一言良いだろうか。 「……ぱーどぅん?」 お前の目は節穴か。 いや、寧ろ誰か俺の首を刎ねてくれ! ......to be continued
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