彼は言う。
家賊なんて愛していないと。






零崎の人間、3





それは某道某市でのことだった。
見事に様になっている燕尾服の男が、見事に世間から浮いた様相でとある商店街を歩いていた。
といっても、買い物をしに来たワケではなく、どうやらその帰りらしい。
彼の手には高級品が入っていると思しき、真新しい黒革のケースが握られていた。
高級品――すなわち、楽器。
これからとあるホテルで演奏をするのだ、と言われたら納得してしまいそうなほど折り目正しい演奏家たるその姿は、 シャッター街とも言われてしまいそうな位寂れたこの場所に、それは似つかわしくないものだった。
がしかし、実はこの商店街に彼がやってくるのは初めてではなく、 その姿を何度か目にしたことのある奥様方からはちょっとした名物と思われていたりもする。

見目麗しい、浮世離れした演奏家。
それが零崎 曲識に対する周囲の認識だ。
そして、それはどこまでも間違ってはおらず、 思い込みが激しく、世情に疎い彼とまともな会話が成立するかは、実は限りなく怪しい。
ほんの一握りの勇者は声を掛けようと思い立ってみたものの、視線があっただけですごすごと口を噤むのが通例だ。
よって、そんな変わり者に声を掛けるものはこれまで一人としていなかった。


「あ、いたいた。曲識ーようやく見つけたよ」


そう、これまでは。
そこには、彼とは真逆に世間の流行を追い求めていそうな、それは軽妙な雰囲気の青年が立っていた。


「……ランか」


その呑気そうな声に、特段表情を変えることなく曲識はくるりと背後を振り返る。
まるで予定通り、とでも言いそうな態度だが、彼は声を掛けられるその瞬間まで、と出逢うことを想定していなかった。
というのも、近くに家賊らしき気配を感じはしたものの、それはてっきり双識だと思っていたのである。

零崎双識。通称『自殺志願マインドレンデル
二十人目の地獄にして、殺人鬼零崎一賊が長兄。
零崎一賊における文句なしの柱のひとりだ。
そんな彼は、誰よりもなによりも零崎一賊を愛する男だった。
彼ほど家賊の全員とまんべんなく付き合える男を曲識は一人だって知らない。
世捨て人のように生きる自分を気に掛け、わざわざ逢いに来る人間など、彼くらいのものだろうと思っていたのだ。
そもそも、曲識が構える店の場所を知っているのは双識と軋識しかいないのである。
軋識はなにかと忙しい男なので(もちろん双識も忙しいのは忙しいのだろうが)、 こんなところに用事もないのに来はしない。
いや、無意識下の共鳴である程度の場所は絞れるので、 別に双識でなくたって来て悪いことなどなにもないのだけれど。

だから、曲識は表情は変えないながらも驚いていた。
まるで今まで曲識を探していたような呼びかけは、彼の予想範囲外だったからだ。
或いは。
基本的に大都市で生活しているはずのが、 自分と負けず劣らず、周囲からあまりに浮いていたこともその驚きには含まれていたかもしれない。


「良かった良かった。前にアス兄から北海道にいるとは聞いてたんだけど、 詳しい住所まで聞いてなかったからさー。勘を頼りにしてはみたものの、レン兄ほど鋭くないしねー。
ちゃんと逢えてホント良かったよ」
「……悪くない」


へらへらと緩んだ表情で笑う青年は、いつも通りのパンクファッションだった。
軋識あたりは眉を顰める男物のスカートも、彼に掛かれば見事な調和をとっている。
これでビジュアル系のメイクでもしていれば完璧だったろうが、 元々色白の彼はそんなものなしでも十分な美しさなのでいつもすっぴんだった。

突然綺麗系の男子が二人並び立ったので、周囲の注目度は満点だったが、 そんなことはまるで気にせず、曲識はつくづく目の前の弟を眺めながら口を開く。


「お前がわざわざこの僕に逢いに来るとは……実に悪くない。
面倒事はお断りだが、お前がそんなものを持ってきた試しはないからな」
「あははは。どうせ面倒を押しつけるなら曲識じゃなくてレン兄にしとくよ。
どう考えてもその方が相手への被害が甚大だ」
「違いない」


真面目な表情でこっくりと曲識は頷いた。
彼は自分のことを取るに足らない一介の殺人鬼兼音楽家だと本気で思っている。
かの『自殺志願マインドレンデル』と『愚神礼賛シームレスバイアス』と並べてなんの遜色もない実力を持ち、 人類最強の請負人たる『死色の真紅』と共闘したこともある自身を、だ。
ちょっとでも実力のある人間からすれば失笑どころか噴飯物だというのに、 本人は至って真面目だというのだからタチが悪い。
零崎三天王などと呼ばれているのは、なにを隠そうの精力的な活動によるものだと思っている節さえある。
(もちろん、それもそう呼称される原因の一つだが、そもそもの順番が逆である。 先に『少女趣味ボルトキープ』という有名な名称があって、はそれを利用しただけなのだ。 取るに足りない相手に、あの鬼子がやすやすと白旗をあげるはずはないだろう)

冗談のはずが思いっきり肯定されてしまい、はぽりぽりと頬を掻いた。
が、この話題はそらすのが無難だと判断したらしく、 気を取り直して曲識の手に大事そうに抱えられているケースを指さす。


「それ、新しい楽器?」
「そうだ」
「ちなみになに?バイオリン?」
「よく分かったな。流石にストラディバリウスとまではいかないが、中々良い音を出す」


としては大きさで適当に言ってみただけなのに、どうやら正解だったらしい。
曲識は無造作に、しかし丁寧な所作でケースを開き、にその新しい楽器を見せてくれた。


「へぇ。綺麗だねー」
「ああ。見事な曲線だ」


楽器に関する造形など全く興味のないだが、見た目つやつやとしてそのバイオリンは確かに綺麗だった。
だが、どうも新品、というには年季を感じさせる風格のようなものを感じ、 うっとりと見惚れる曲識に「これ中古品?」と不躾ながら問いかけていた。
間違っても、曲識を苦手とする人識などには言えない一言である。
というか、普通の人間であれば、音楽家に対して楽器の悪口とも取れる言葉を吐く度胸はない。
悪口というか、それはもはや暴言である。

がしかし、流石に眉を顰めはしたものの、が音楽関係において全くのド素人であることを熟知しており、 しかも、悪意の欠片もない純粋そのものの声だったことも悟ってしまった曲識は滔々とその言葉に応えた。


「確かに一度人手に渡った楽器、という意味で言えばそうかもしれないが、 そもそも名器という物を新品で手に入れることは不可能だ」
「うん?そうなん?」
「ああ。というのも、優れた作り手が現代にほとんど残っていないからな」
「へぇー」


ほとんど、というかほぼ皆無、というのが正しいのだが。
元々、その手の話題に疎いは特に話を掘り下げる気はなかったらしく、 そのバイオリンをちょっと触らせて貰った後は正当な持ち主に渡して首を傾げた。


「まぁ、曲識が弾けばなんだって名器になるよね。
ってことで、とりあえず聞かせてよ」


何を、ともどの曲を、とも言わなかったが、その言葉が意味するところは明白だった。
こんな往来で、という常識は生憎、彼らの間では上手く機能しないようだ。
案の定、曲識はその言葉にバイオリンを構え始めたが、弦を弾く前にを見る。


「……僕は構わないが。ランは僕になにか用があって来たのではないのか?」
「え?これがその用だけど?」
「?」


これ、とはなにを指すのかとっさに分からなかった曲識は不思議そうに目を瞬かせた。
すると、は至極嬉しそうに曲識が楽器を構える姿を見て笑った。


「久しぶりに曲識の演奏が聴きたくなったんだよ」







零崎
彼が言った言葉に嘘はない。
軋識と先日逢った際にお節介とも言える忠告を受け、 嗚呼、そういえば最近曲識に逢ってないなー声聞きたいなー演奏してもらおうかなーと思ったのは確かなのだ。
ただ、曲識に逢いに行った理由はそれであったとしても、 曲識のところに行った・・・理由、というと別にあったりする。


「本当にさぁ、なんていうかアンタ達も運が悪いよねぇ」
「「「!」」」


曲識の演奏を路上で堪能した後、適当なレストランで旧交を温め、 店に来るように勧めた曲識の言葉を断り、笑って別れた後のことだった。
時刻はすでに夕刻に迫り、赤々と燃える太陽が水平線に消えようという、逢魔が時。
は駅に向かって歩いていた体を不意にひらりと翻し、細い路地を慣れた足取りでしばらく進んだ後、 曲識が彼の後ろを付ける黒服の男と若干の距離を開けたところで、見知らぬ男らに声を掛けた。


「いや、目の付け所っていうのかな?それならまぁ、自業自得なんだけど」
「……何の用だ、手前ぇ」


男らは、明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出していた。
本来であればチャラい青年が易々と声を掛けられるような雰囲気ではない。
がしかし、は委細構わず彼らに相対する。


「んー。んー、んー、んー。それは多分こっちが先に言う台詞かな。
いや、アス兄から聞いてるから知ってるっちゃ知ってるんだけど、順番は大事かもね」


最初こそ声を抑えてはいたものの、 突然の乱入者に構っている内に肝心の曲識の姿が見えなくなってしまったからだろう、 男達は殺気だった表情と声で、ワケの分からない青年を恫喝した。


「何の用だってこっちは聞いてやってんだろうがよっ!殺されてぇのか餓鬼!?」
「あの兄ちゃんの関係者かぁ!?あ゙あ゙ぁ゙?怪我したくなきゃ下がってな!」
「そりゃあ、家賊だもん。関係者以外の何者でもないねー。
まぁ、正直あっちが兄ってことには若干の不満を覚えなくもないんだけど、こればっかりは仕方がない。
で、最初の質問に戻るけど、僕の家賊に何の用?」


頭の悪い相手の物言いに、はぁ、とは物憂げに嘆息する。
本当は、彼は噂の曲識の店――ピアノバー クラッシュクラシックに行くことを楽しみにしていたのだ。
ところが、ここに彼がやってきた理由が・・・・・・・・・・わざわざのこのこと現れてくれたりなんかしてしまった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ために、 は断腸の思いでそれを諦め、現在に至っている。


『実は最近トキの周りがキナ臭いっちゃ』


全ての発端はやはり、軋識だった。
彼はその牧歌的な服装とは似合わず、コンピュータ関係ではプロ顔負けの技術を持つ人間だ。
零崎一賊の広報担当、とこっそりなどは評価している。
そんな彼が、曲識の店が地元の暴力団関係者に目を付けられている、とに話したのである。
詳しい大人の事情は右から左に聞き流したが、まぁ、とにかく曲識の店の立地がなにやら関係しているらしい。


『んで?なに、僕に行ってこいって?』
『そうは言ってないっちゃ。でも、どうせ行くんだろう?』
『だからさー。僕曲識大好き人間じゃねぇっての』
『でも、お前は行く』
『…………』
『これは経験則だっちゃよ』


軋識の人選は間違っていない。
身軽なは常に予定がすかすかで、しかも人識と違って家賊を助けに行くことになんの躊躇も覚えないからだ。
といっても、それは曲識に限定されることではなく、狙われているのが軋識であろうと双識であろうと、 はあっさりとその招聘に応じたことだろう。
家賊を心から愛しているワケではないくせに、は同族意識で腰を上げる。
嫌々でも、面倒でも。
彼にとって、零崎とはこの世界で生きていくためにかけがえのない場所だから。
それが無くならないためであれば、彼はいつだって全力を尽くすのだ。


「家族、だと?」


と、の言葉に男達は色めき立った。
散々嫌がらせめいたことをしても、店を荒らしに行ってもまるで効果のなかったところに、 切り札ともいうべきものが自分から転がり込んできてくれたのだから当然だろう。
嫌がらせは、常人と違う感覚の曲識には通じなかったし。
店はそもそも荒らすこと自体が曲識の能力・・の前には不可能だったのだ。
がしかし、身内をぼろぼろにすることは、幾らあの鉄面皮相手でも効果があるだろう、と彼らは単純にも思ったらしい。
しかも、その身内の青年はどこからどう見てもチャラい今時の優男である。
彼らはそれは嬉しそうに舌なめずりしながら、青年に襲いかかった。


「あーあ」


それが、人生における最大最悪の選択肢であったことにも気づかずに。


「あんまり、思い通り過ぎて……つまんね」


一人の男はひゅん、と何かが風を切るような音を聞いた。
けれど、そのことを知覚する前に、彼の耳からは盛大に血が噴き出している。


「ひっ…………!」


男達の目には見えなかった。
が優雅な所作で傘を水平に構え、レイピアや槍のように突撃をかけて一人の耳たぶを刺し貫いた様も、 その勢いのまま回った背後で別の一人の延髄を刺し貫いたのも、なにも。


「手前ぇっ!?」
「あー、うっせぇ。僕、音符はただのおたまじゃくしにしか見えないけど、耳悪いワケじゃないんだからさ。
そう何度も耳元で怒鳴られると不愉快なんだけどー。
っていうか、そうじゃなくても不愉快。僕、今ちょー不機嫌。
おっさん達弱すぎだしー曲識の店見れなかったしーこれからアンタ達のとこ潰しに行かなきゃだしー」
「あぁっ!?」


一人は声もなく倒れ、一人は耳を抑えながら悶える中、 最後の一人は無傷なことも手伝って、状況判断が追いつかず、高圧的な調子を崩せない。
それは多分、とても不幸なことだった。


「まぁ、つまりはね?零崎のはじまりだ」







「ひとーり」
「ふたーり」
「さんにーん」
「よにーん」
「ごにーん」「ろくにーん」「ぎゃ」「しちにーん」「はーちにーん」「くにーん」「じゅうにーん」 「じゅういちにーん」「じゅうににーん」「げぇっ」「じゅうさーん」「ぐ」「じゅうしー」「じゅうごー」 「じゅう……あれ何人だっけ?まぁいっか。じゅうななにーん」「じゅうはちにーん」「じゅうくー」


ばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばた

が通った後には、人であった物が転がる。
常人では、おそらくなにが起こったかも分からない常軌を逸した光景に、恐れ戦くだろう。
いや、常人でなくとも、荒事に慣れた暴力団関係者だってそれは同じだった。


「ひ……った、たすけ……!」


けれど、彼の瞳に見つめられた人間は誰一人として逃げることができない。
軽薄な口調とは裏腹に、その瞳はどこまでも重く深かった。
彼の弟は人を殺そうがなにをしていようがとにかく笑顔が可愛い奴だが、 はその点、彼とは反対の道を行く。

殺人鬼一賊だ、などと言うと同じ殺し名の中でも快楽殺人者を思い浮かべる者がいるのだが、 今の表情カオを見れば、誰一人としてそんなことは口にできないに違いない。


「曲識が殺す相手を限定してることもその能力も、知られなければ知られないだけ良いんだ。
そのことは家賊の誰もが頷くことだと思う。
まぁ、僕が悪人ばっかりヤってるせいで菜食主義者なことはうっかり広まっちゃったけど」


は、憂鬱そうだった。


「アンタらもねぇ。さっさと諦めてくれれば良かったのに。
いつまでもちょっかい出して、あれ?変な能力持った奴がいるぞなんて気づかなければこうはならなかったよ」


何度も何度も嘆息して、滔々と彼らに愚痴をこぼす。
その整った顔は生理的な嫌悪に染まり、 顰められた眉もこのままいけば、それで固まってしまいそうなくらい深い皺を刻んでいる。
嫌々やっている。それを隠そうともしない表情である。
へらりと笑っているのが地顔のような普段とは、まるで別人のようだった。

血が、肉が。
悲鳴が、怒声が、断末魔が。
なのではない・・・・・・


「駄目なんだよ。全然駄目。相手が曲識だって分かってなくたって、そんなこと思った時点でおしまいなんだよ。
なにがどうなって一賊の害になるか分からないからね。可哀想だけど、ごしゅーしょーさま。
本人にはそれを秘匿する意志がこれっぽっちもないときてるし、僕がやるしかないよね。
嗚呼、まったく。レン兄じゃないけど、とんだ面倒事、押しつけられたもんだよ」


彼は人を殺す行為自体を厭うていた。


『なんで、僕を助けたんだ?』


零崎双識に殺人鬼として見出された時、は自身の血で血塗れだった。


『そりゃあ、出来たてほやほやの弟が死にかけていたら助けるだろう?
まぁ、それが救いにならないことは重々承知しているのだがね』
『弟?アンタ頭沸いてんのか?死ね変態』
『うふふ。景気よく死にかけたわりには元気だねぇ』
『煩ぇな。好きで死にかけたのに何で邪魔しやがったのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って言ってんだよ』


零崎双識に助けられてしまった時、自身で付けた傷で死にかけ・・・・・・・・・・・・だった。
そんな彼に、一賊の長兄はただただ優しく易しく哀れむような瞳を向けたものだ。
のやってしまったこともその心も、この先進む道さえ全部分かっている、とでも言うように。


『だから言っているだろう?私は弟に死んで欲しくなかったんだよ』
『僕はアンタの弟じゃねぇ』
『大丈夫。君の兄は頼れる男だ。安心したまえ』
『黙れキチガイ』

『僕は人をヒトを殺したんだ大事な人だったんだでも殺した死んだ僕がボク殺して そんな人殺し生きてる価値アル?ない死にたいシニタイしにたい殺した僕がでも しょうがなかったうそだ違う殺したかった?いやだチガウ僕はぼくはボクハ僕違う 好きだったのにカアサンでもかなしいのにクルシイノニ僕は悪いことをしたのか・・・・・・・・・・・?』


人を殺すことに罪悪感を持つことのない自分。
大事な人を壊してしまったのに悪いと思えない自分。
彼はそんな自分を呪った。
呪って呪って呪って、最後にはこんな奴、人類における癌だと思った。

自分は、死ななければいけないのだと。
常識に照らしてみれば、それはなんとも容易い結論。
だから、彼は自身の行為とその意味、己の心を悟った瞬間、自分の喉を掻き切った。
一切の遠慮容赦なく、彼は死ぬはずだったのだ。
けれど、それは通りがかったとかいう針金細工に邪魔された。
しかも、そいつは自分も同じようなもので、そいつらが集まって家賊を作っているとか抜かしたのだ。

死にたかった。でも、彼は同時に死ねないとも思った。
癌は一つあっただけで、もう駄目なのだ。
それなのに二十数個すでにあると言う。
だったら、自分が死ぬ意味がない。
他の癌細胞を残らず消してから自分も死ぬ?
嗚呼、人間のためにはそれが最も素晴らしい結論だっただろう。
でも、はそうしなかった。
だって。



だって、今の自分みたいに孤独で寂しくて悲しい奴らを殺さないといけない社会なんて、間違っている・・・・・・



それが、零崎 の原点。

だから、彼は己を――家賊を全肯定した。
彼らが人殺しに罪悪感を持たないのは、それが罪悪ではないからだと、肯定する。
増えすぎた人間という種を、この世界が受け入れられる数まで選定し剪定する、なによりも正しい存在だと彼は説く。
だから、自分たちは死ななくても良いんだと、絶望の果てで彼は希望を見いだした。

だから、嫌でも面倒でも、彼は人を殺さなければならない。
だから、気が乗らなくても引きこもりでも、家賊は人を殺さなければならない。

そのためだったら、は身代わりでも情報操作でもなんでもやろう。
殺す相手を限定する曲識のことが多少気に食わなくても、 馬鹿みたいだなって思ったって、庇って守って隠してやる。
殺されかけたって、その相手が条件を満たさない限り殺さない徹底した菜食主義者の曲識を彼は隠匿する。
双識の言うような愛故にではなく。
軋識の言うように愛故にではない。
ただ、彼が彼であるために、それは必要なことだった。


「ふふ。うふふふ。あはははっははっはははっははっははっっっははっはははははは!」


屍の山を気軽に足で踏みにじり、無表情のまま、は笑った。
見せしめのために、死んだ暴力団構成員の腹の中から腸を引きずり出し、 そこらへんの電柱に引っかけたり、蝶結びをしたり、時には体にぐるぐる巻きながら。
笑う。わらう。ワラウ。笑えよ。


「なんだ、手前ぇっ!!!」


何度目になるか分からない問い。
それに対し、はこの時だけ華咲くような笑みを浮かべることにしている。
うっとりと見惚れてしまいそうな美しい笑み。


「知らなかった?」


けれど、その変わり様はあまりに激しく。
殺気も相まって、見た者を一瞬で凍り付かせてしまうそれだった。

もちろん、息を飲む暴力団の幹部も親玉も、ひとつの例外はなくそうなるのだろう。
心理的にも、肉体的にも。
ただただ、冷たく凍える。


「僕はただ可愛い物が大好きな殺人鬼だよ?」


君の内蔵も可愛く蝶々結びにしてあげる。





ただ見捨てられない場所なのだと、眉根を寄せて。





......to be continued