望むのは勝者だけだ。
望むのは敗者だろうか。








     勝利







人気の薄い地下の一室。
一人の男と一人の女が、男が背中を向ける形で立っていた。

女は目を瞑り、壁にも垂れるようにして男を待つ。
すると、何度目かの轟音の後、男は鼓膜の保護の為につけていたヘッドフォンを外して振り向いた。



 「……後ろに立たれると気になるんだけど」



がしかし、同じくヘッドフォンをした彼女には届かない。

仕方なく溜め息を洩らし、彼は手にしていた拳銃を置いて歩み寄った。
声を掛けながら、ゆっくりと近づく。



 「こんな所で寝るなんて器用な奴だな……」



そして、その華奢な肩を叩こうとしたその時、今まで見えなかった黒曜石の輝きが彼を射抜いた。



 「もう止めるの?」



彼女は別段興味もなさそうにヘッドフォンを外し、彼と向かい合う。
きちんと整えられたスーツ姿は、目の前の彼とは驚く程対照的だった。しかし、同時に対称的でもあった。



 「相変わらず、よくもまァそんな撃ち方で当てられるわね」
 「アンタ程じゃないけど……」
 「あたしが当てられるのは当然でしょう?」



そう言いながら、彼女は指を組む。
まるで拳銃を持っているかのような仕草だった。
彼女はそのまま銃のようなその手の先――二本の人差し指を、目の前に立つ男の胸へと押し当てる。



 「足は肩幅に。目標は両目で見据え。撃つ時は躊躇わない……」



「BANG!」と手が跳ね上がり、心臓を撃ち抜いた。
そして、初めて笑顔を見せて彼女は彼を小突いた。



 「マニュアル通りにやってるんだから、当たらない訳ないじゃない」
 「……普通はマニュアル通りにやっても当たらないモンだと思うがね」
 「ソレはどっかで何か間違ってんのよ。まァでも……」



彼女は突然、何かを思い出したかのように彼を睨みつけた。
常人なら竦んでしまうような怒気。しかし、彼は黙ってその激情を受け止めた。



 「実際の現場だと、曲撃ちが一番役に立つんでしょうけど?」



ソレはさながら紅蓮のように。



 「聞いたわよ、ヒステリアの事件。即行早撃ちズドンと一発で時限爆弾止めたんだって?すごーい」
 「表情と言動が一致してねーんだけど……」
 「何言ってるの?私は笹塚の命知らずっぷりが凄い馬鹿だって言ってるのよ」



彼女は笹塚と呼んだ彼のくたびれたシャツの襟首を掴み上げた。
身長は彼女の方が小さいはずだが、そんなモノは関係なしとばかりに彼女はその手を緩めない。

人工的な切れかけの電灯が照らす中、彼女はその強い眼差しで笹塚を見据えた。



 「早撃ちって何よ、早撃ちって!
  そういう危ない状況なら尚更キチンと狙い定めるべきでしょ!?その場にいた人間全員殺す気!?
  笹塚一人が死ぬならまだしも、大勢いたんでしょ、其処!そんなに死にたいならあたしに言いなさい!!」





―――誰にも迷惑かけないで直々に撃ち殺してやる。





彼女はそう吐き捨てると途端にいつもの冷めた表情に戻って、笹塚の襟首を放した。
あれだけ怒鳴ったにも関わらず息を切らしていないのは流石と言えるだろうか……。

そして、彼女は笹塚に背を向けて、先程まで彼が撃っていた人型の的を見据えた。



 「……笹塚なんかに惚れたのはあたしの一世一代の賭けね」
 「……賭けって、何だ」
 「別に大したコトじゃないわ」



と、突然彼女はクスリと笑みを零した。
笹塚には表情を窺い知る術などなかったが、それでも、彼女は自嘲しているように見えた。



 「そういえばさ、言ってなかったね」
 「何が?」
 「笹塚にあたしが惹かれた理由と将来の夢」



告白は結構前にしたけれど、ソレはただ自分の気持ちを吐露したかっただけで。
別に付き合ってくれとかいうモノじゃなくて。
言われる側のコトなんてちっとも考えなかった、ただのエゴ。





笹塚。   何。   好き。   ?   笹塚のコト、好きだよ。   そう。   好きでいて良い?   さァ。





 「あたし笹塚のコト最初大っ嫌いだったんだよね」
 「……そりゃ初耳、だな」



でも。



 「なんだかさ、いつも生気のないって言うかやる気のない、死人みたいな感じじゃない?笹塚って」



でも、ソレは。



 「嫌悪なんて生易しいモノじゃなかった。あたしは笹塚を憎悪していた……」



でも、ソレはね?



 「でも、いつだったかな。気付いちゃったんだ」
 「…………」
 「あたしが憎んでいたのは、笹塚に重ね合わせた自分自身だったって」



意志も主張も何もかも。
何もない空気みたいな昔の自分を見るようで。今の自分を見るようで。

同属嫌悪ですら、同属憎悪ですらなかったんだ。





 「あたしはソレに気付くまで何一つ笹塚を見ていなかったのよね」





でも、気付いてしまえば、笹塚自身を見つけるのなんか簡単で。



 「笹塚はあたしとなんか全然違う、対極みたいな奴だったわ」



生きるコトに飽いているかのような、その態度。
何物にも執着を持たないかのような、その姿勢。

自分と同じで全然違う何かに、惹かれていった。



 「結構最近なんだけどね、何処ぞのクソジジィに笹塚の家族皆殺しを聞いちゃったのよ……」
 「……で?」
 「正直、何の皮肉もなくあたしは笹塚が羨ましいと思った」



その言葉に、笹塚は僅かに眼を見開いて前を見据える彼女の背中を見つめた。

信じられない言葉だったからじゃない。
その言葉に嫌悪を抱いたからじゃない。
ただ、いつも気丈に振る舞う彼女の声が、震えていたから。



 「……?」



今まで聞いたどの声よりも、彼女――の声は哀しげだった。



 「……あたし、泣けなかったのよ」
 「…………」
 「泣きたかったけど、泣けなかったし、笹塚みたいに変われもしなかった……」



薄情な自分。
お前が忘れて良いはずはないのに。

生きているコトを教えてくれた人がいなくなった時、ただ呆然と立っていたあたしはなんて酷く傲慢で。



 「だから、余計好きになったの」



大切な誰かの為に変わった笹塚をあたしは尊敬する。

前の彼の方が良かった?   あっそ。
前の彼の方が本当?   じゃあ今の彼は偽者だって?

あたしはそんな笹塚のコトなんて知らない。知らなくても良い。
過去なんて大っ嫌いだ。


くるりと振り返ったは笑っていた。
悲壮な雰囲気も、自嘲的なソレもない笑顔は、酷く歪で。





 「で、あたしの目下の夢は笹塚に胸を張って『あたしは倖せだ』って言うコトなのよ。
  それでその時、笹塚にも倖せだって自分から言わせる、ソレがあたしの賭けの勝利条件。
  どう?一生賭けるに値する無謀さだと思わない?」





泣いてもいないのに、泣き顔と形容するに相応しい。

笹塚はその笑顔を見て、静かに手を伸ばした。
向かう先は、頭一つ分小さい、彼女の頭。
まるで幼子をあやすように、笹塚はの頭を撫で始めた。



 「……ちょっと、馬鹿にしてるの?」
 「あのな……」
 「何よ」

 「泣くコトが良いコトなんて誰が言ったんだ?」

 「は……?」
 「泣くコトが哀しむコトとイコールじゃ、ないだろ……」
 「……」
 「別に泣くななんて言う気ないけど……」





―――アンタ笑ってる方が良いよ。





 「笑って『好きだ』って言われて、嬉しくなかった訳じゃないし……」



ボソリと小さな声でそう言うと、笹塚はから離れ踵を返した。
その姿はいつもと同じくたびれた感じで、凛々しさなんかとは無縁で。

でも。



 「笹塚!」





でも、好きだなァ。





 「今、今何て言った?もっかい言ってみよう?ね!」
 「……カルビ定食」
 「ってそんなコト一言だって言ってないでしょ!何よ、カルビって!!」
 「……が食べたい」
 「そんなリクエストいらない!」
 「奢ってくれ」
 「……」
 「……」
 「ジャンケンで勝った方が奢るので、どう?」
 「……良いんじゃないか?」



勝っても負けても構わない。でも。



 「「ジャンケンホイ!」」
 「「あいこでしょ!」」
 「「あいこでしょ!!」」

 「なんか、馬鹿げたコトしてる気になってきた……」
 「人生の勝利者は常に馬鹿なのよ」





―――君を勝たせるのも一興か。










 ―作者のざれごと♪―

この作品は旧サイトキリバン11111を踏んだ明衣様に捧げます。
コレを書く為に、捨てる寸前だったジャンプのネウロを読み直しました。
っていうか笹塚さんの口調がさっぱりさっぱり分かりませんでした。コレで良いのだろうか……。
何故かシリアス。何故か射撃場。
確か、うん。ヒステリアの事件から数週間後とかで書いた気がする。
おかげで、ヒロインさんがそのことを前面に出している……。曲撃ちとかお前馬鹿だろ!みたいな。
えー、ヒロインさんは笹塚さんと同僚で、同じように家族が殺されてしまっているとでも思っておいて下さい。(補足説明)

以上、旧サイト11111打記念『勝利条件』でした!
明衣様、こんなんでも良いのなら、どうぞ貰ってやって下さい。