好奇心は猫をも殺す。知ってはいたけれど。
Butterfly Effect、39
「……えっと、すみませんが、もう一度言っていただいていいですか?」
特に大した山も谷もないままにバレンタインが過ぎ、
明日は素敵な日曜日☆という日の朝食後、
寮へ戻る道すがらに声をかけてきたシリウスさんに、私はとりあえずそう問い返していた。
すると、突然のことに聞き取れなかったと思ったのだろう、
機嫌の良さそうな表情はそのままに、シリウスさんは先ほどと一言一句違わない言葉を返してくる。
「この間の礼に、明日
一角獣を見に行かないか?」
と。
その瞬間、
いやこの間のお礼ってなんですかクッキーですか
でもそっちもバレンタインのお花くれましたよね
それならおあいこじゃないんですかちがいます?
と、頭の中で言えない言葉がぐるぐると駆け巡る。
何故言えないかと言えば、言ったら面倒そう、というのと、
続けられた『
一角獣を見に行く』という言葉の破壊力に他ならない。
一角獣。
原宿系はもちろんファンタジー好きからセーラー〇ーンファンまで幅広く女子に人気の、あの幻獣を?
明日見せてくれるってことですよね?そうですよね??
動物好きとしては、ほとんど勢いに任せてOKしてしまいそうな自分がいるが、
そこで、冷静な理性が、「いやちょっと待て」とストップをかける。
ハリーポッターで
一角獣……。
それは、つまり闇の帝王フラグでは?
細かいことは流石に忘れているけれど、
ちょうどこのくらいの時期にノーバートとバイバイして罰則夜の森探検じゃなかったかしら??
闇の帝王なんて危険人物と、少しでも接触しそうなのは、嫌すぎる。
がしかし、
一角獣。
ここで逃したら、二度とお目にかかれないに違いない、
一角獣……。
無言で、ぐらんぐらんと心を揺らしていると、
プレゼンが足りないと思ったのか、シリウスさんが補足説明+アピールを追加する。
「
一角獣は本当に美しいぞ?
子どもの内は毛が黄金色で、大人になるに従って輝くような白銀に変わるんだ。
天気に良い日なんか、体全体が光ってるように感じるくらいだ」
興味関心+1。
「それは、きれいでしょうねぇ」
「ああ。しかも、ハグリッドの話だと今、珍しく子どもの
一角獣が何匹かいるらしい」
「!」
キュン死に予感+2。
うわぁー見たい!本っっ当に見たい。
どうしよう。当然、見に行くのは昼だろうから、光る金の子馬ちゃんが見られると?
なにそれ、眼福の予感しかしない!
段々自分の瞳が輝いていくのが分かる。
がしかし、私が乗り気になってきたところで、
シリウスさんがとどめとして放った一言は、逆効果100%を発揮するのだった。
「実は、
一角獣を見に行くのは仕事でもあってだな」
「仕事、ですか?」
「ああ、なんでもケガをしてそうな
一角獣がいるらしくてな。
ちょっと様子を見てきてくれとダンブルドアから頼まれているんだ」
「…………」
はい、不穏な気配+10。
思いっきり、原作と同じ流れなので、さっきまでのわくわく感が一気に沈静化する。
比重が偏り、心の天秤が断る方にがくんと傾いた。
がしかし、私が口を開く前に、シリウスさんは何故私の協力が必要か言い募る。
「俺一人で行っても良いんだが、そうなると、おそらく
一角獣を見つけること自体が難しい」
「……はぁ」
なんでも、
一角獣はマグルでも有名な話ではあるが、
女性好きなんだそうな。
特に、大人の
一角獣ほど女性の魔法使いに懐く、と。
偶に出てくる設定ですよね。「穢れなき乙女を好む」とか。
私が穢れなき乙女かどうか、っていうのは横に置いておくとして、
この世界の
一角獣はそこまで厳密な選り好みはしないのだろう。
でなければ、幾ら見た目が小さな女の子であったとしても、
自分と同学年だった友人の友人、なんて相手に、
「君、穢れなき乙女だよね?だから必要なんだ」と暗に誘わないはずだ。
(それで誘ってきてたりするとデリカシーを疑う)
「つまり、女の人がいた方が良いんですね?」
「そういうことだ。
一角獣はなにしろ速いからな。
ケガをしてるかもしれないし、追いかけまわすよりも寄ってきてもらいたいんだ」
「……えっと、なら女性の先生に協力を仰いだ方が良いのでは?」
「
一角獣にだって好みがある(きぱっ)」
真顔で、先生方に大層失礼なことを言うシリウスさんだった。
まぁ、学校の先生方に若手の女性がいないのは確かではあるけれど。
それでも、言い方って物があると思う。
「それなら、さんはどうです?私よりよっぽど頼りになると思いますけど」
最後のあがきとばかりに、親友を売ろうとした私だったが、
その案は「変な動きをして不審がられそう」という、なんとも言えない言葉で切り捨てられてしまった。
(彼女の方が、私よりよっぽど動物の扱いに慣れていて好かれるっていうのに、軽く納得がいかない)
「頼む!他にこんなこと頼める相手もいないんだ。このとおり!」
「…………」
で、結局、目の前には私を拝むようにしているシリウスさん。
こんな風に真正面から素直に頼み事をされると、私は弱い。
そもそも、ブラック家には後見人になってもらったり、最初に助けてもらったりと借りがいっぱいだ。
責任感+5。
義理+3。
とうとう、心の天秤が反対に落ちてしまい、
私は、かなり渋々ではあるものの、明日、禁じられた森に行くことを了承するのだった。
……『お礼』の定義について、私は後でよく確認する必要があると思う。
とりあえず、ないとは思うけれど、万が一に備えて色々な準備をした後、
私は翌日、指輪を外した状態で、人目につかない城の壁際に立っていた。
どう考えてもお昼にかかる時間に呼ばれたので、
サンドイッチなどを詰めたバスケットも用意してあり、我ながら、中々気が利くのではなかろうか。
仕事に付き合うわりには、ピクニック感が満載だが、
シリウスさんには、
一角獣が出ても出なくても、気にしなくて良いという言質は取ってある。
なので、身の安全を確保しつつ、お散歩気分でいる方が、精神衛生上よろしいだろう。
と、早めに来た私だったが、それほど待つことなく、
シリウスさんは軽快な足取りで待ち合わせ場所にやってくるのだった。
ただ、近づいて来た後、何故だか私の姿を凝視して固まってしまったのだが。
「……
パンツ姿も可愛い」
「はい?」
ひょっとしてあれだろうか?
禁じられた森に行くにあたって、装備が足りないのだろうか。
幸いにも日差しの眩しい、うららかな日和だったので、マフラーはないものの、
厚手のジーパンにセーター、ついでに暖かいコートと、寒風対策も万全なはずだが。
「あ、いや、その……だな。……っその、クマはなんだ?」
「ああ!これですか?」
やがて、かなり言葉を選んだような気配を醸し出しつつ、シリウスさんが指さしたのは、
私の背中に揺れているクマのぬいぐるみだった。
なるほど、確かに、小さな子どもでもないのに、背中にクマがいれば、戸惑う気持ちはわかる。
私も、クマが可愛いとは思いつつも、背負いたかったわけではない。
「いや、手持ちにリュックとかがなかったので、さんに相談したらこれを貸してくれたんですよ。
物がすっごくたくさん入るみたいで」
このクマさん、見た目はともかく、機能は完璧な四次元ポ〇ットである。
もちろん、バスケットもこの中に収納してあり、両手を開けて散策可能。
軽いのに物はガンガン詰め込めるので、正直私も欲しいと思ってしまったくらいだ。
ええ、見た目はともかく。
「……やっぱり変ですか」
機能面のみで借りてきたけれど、失敗だったかもしれないと、少し落ち込む。
なにしろ、シリウスさんなんかは、森ではなくデートにでも行くんじゃないかってくらい、
黒い皮のパンツにジャケットで、オシャレ度が半端なかった。
その横に、ただでさえ着ぶくれているのに、クマのリュックを背負った女がいたら、
誰に見られる訳ではないとしても、ミスマッチすぎるだろう。
っていうか、痛い。痛すぎる。
でも、昨日今日で、いきなり高性能なリュックだのカバンだのが用意できるはずもないし。
と、私が暗い声を出したので、シリウスさんは慌てたようにフォローを入れてくれた。
「いや、変なんかじゃない!よく似合ってる!!」
「いえ、自分でも分かってはいたんです。ただ、便利だったので……」
「便利なのが一番だろう!?当たり前だ!!」
似合っているって言われるのも、それはそれで微妙なのだけれど、
ここでくだらない時間を取るのもバカバカしい。
なので、私は程よいところで話題を切り替え、シリウスさんと森を目指すことにした。
が、芝生を通り、森の入ったところで、私は歩みを止める。
止めざるをえなかった。
「??どうし……」
「いえ、あの……手を……」
困ったように眉根を寄せながら、私は自分の右腕を見る。
悪いこともしていないのに、そこをシリウスさんの大きな手がしっかりと掴んでいて、
正直に言えば、私は連行されていた。
歩くペースは加減してくれているので、
引っ張られることはないものの、かなり歩きづらい。
森の中は、道らしい道もないので、木の根が出ていたり、石が転がっていたりと、
足場がかなり悪いのだ。
何故、握る?
「あ、ああっホラ、森は暗いだろう!?転んでケガをしたらまずいからな!」
いや、寧ろ手を掴まれていた方が転びそうなのですが?
不信感たっぷりで見つめるものの、シリウスさんはちっとも腕を離す気配がない。
確かに森の中は葉が茂っているせいで暗いが、天気は良いし、
目が慣れれば何の問題もないのだけれど。
シリウスさんの言葉を額面通り受け取るなら、心配してくれているようなので、
ここで、手を振り払うのは、幾らなんでも感じが悪すぎる。
利き腕を取られているので、転んだ時に咄嗟に手が出るだろうか、と内心不安を覚えながら、
私はせいぜいケガをしないように、足元へ注意を払うのだった。
それから、小一時間は歩いただろうか。
普段の運動不足が祟って足は疲れたし、シリウスさんもなんだか妙に反応がぎこちないしで、
早くも帰りたい気分になってきた私だったが、
急に視界が明るくなったので、顔を上げる。
「うわぁ!」
さっきまでの鬱蒼具合が嘘のように、木々が開けた場所に、
それは綺麗な池があったのだ。
こういうところだと、水が濁ったり淀んだりしていそうなものだが、
藻がはびこってはいるものの、水自体は透明度が高く、魚の姿も見受けられる。
なんていうか……シシガ〇様がいそうな感じ。
季節的に、段々新芽が出始めているのもあるだろう、
全体的に目に映る色彩が、森の入り口付近よりも明るい。
少し早めではあるけれど、こんな丁度良さそうな場所がこの先にあるとも思えないので、
私たちはレジャーシートを広げて、ランチタイムと洒落こむことにした。
ここだけ切り取れば、完全にこれは遠足である。
久しぶりだなぁーと思いながら、ぽいぽいとクマさんの中から、
おしぼりだのバスケットだの、ポットだのを次々と取り出していく。
(ドラえ〇ん好きとしてはたまらない時間だった)
で、大方の準備を終えたところで、「あれ、そういえば」と我に返る。
百円ショップもないので、紙皿も紙コップもここにはない。
で、城で普段使っている立派なカトラリーも流石に気が引けて借りなかったので、
ナチュラルにバスケットから手掴みしてもらうつもりだったけど。
「…………」
シリウスさんっていいところの跡取り息子だったのでは?
キャラ的には全然大丈夫そうな気がするけれど、
この状態って行儀はあんまり良くない……ですよねぇ?
この状態で食べるよう勧めて良いのだろうか、と、
軽く悩んだ私だったが、どうやらシリウスさんは私の葛藤に気づいたらしい。
マグカップにポットから直接紅茶を注ぐと、
ひょいっと、いかにも気軽な動作でバスケットの中を覗き込んだ。
「お、サンドイッチか。具は何があるんだ?」
「え?あ、はい、えっとBLTサンドと、卵サンド、あとチキンです」
「どれも旨そうだな。これは?」
「これはデザートですね。フルーツサンドです」
個人的な好みになってしまうが、
私が近所のパン屋さんでよく買うラインナップである。
だって、イギリスの定番とかよく分からなかったし。
男の人的にはカツサンドだのコロッケサンドだのがあった方が良かったとは思うけれど、
万が一残った時に食べるのは私なので、そこは勘弁してもらった。
それでも、自分で食べる時には絶対に無理な量が入ったバスケットだ。
頑張ってある程度は平らげてほしい。
なんだか、大丈夫そうな空気を作ってくれたので、
私はとりあえずシリウスさんにバスケットを差し出した。
「お好きな物をどうぞ」
「おう。なら、まずはこれだな」
一番手前にあったからか、シリウスさんはBLTサンドに手を伸ばした。
てっきり、大好きなチキンからいくかと思ったのだが、予想が外れた。
それとも、これはあれか。私が勝手に照り焼きチキンにしたせい?
日本ではメジャーなソースだけれど、外国の人には未知の味だったかな……。美味しいんだけど。
だったら仕方がない。
責任を持って食べよう、と私は照り焼きサンドを手に取った。
しょうゆ:みりん=1:1の分かりやすい味つけだが、
色々使えるので、一人暮らしでも重宝した懐かしい味である。
(屋敷しもべ妖精のみなさんにお願いする時も説明がしやすかった)
ふわふわの食パンが良い感じに照り焼きソースを吸っているのを見つつ、
こぼさないよう気を付けながらパクリと口を開く。
そして、口に広がる和の味に、思わず頬が緩んでしまう。
シャクッと噛みしめた時のレタスの食感も良い感じだった。
流石、プロ?は違うなぁ、とご機嫌で2口3口食べた私だったが、ふと、
「…………っ」
「!」
私を凝視する視線に気が付いてしまう。
「……えっと、まだありますよ?食べます??」
そんな、物欲しげに見てこなくてもっ!
それともあれだろうか?毒見的な?
他の人が美味しそうに食べていれば、美味しいかもっていうリサーチですか??
でも、味覚は人によって違うから、あまりアテにされても困るんですが。
いや、私は美味しいと思いますし、お勧めしますけれども。
と、すでに手の中が空になっているシリウスさんに、
バスケットを渡そうとした私だったが、
次の瞬間、シリウスさんがどこか悪戯っぽい顔でにやりと笑った。
「いや、これで良い」
その笑みに不穏なものを感じる刹那、
私はサンドイッチごと腕を掴まれ、流れるように手を移動される。
シリウスさんの口元へ。
私が驚きに目を見開く中、視線の先で、シリウスさんの薄い唇が大きく開けられた。
そして、私の手の中にあったサンドイッチが赤い口の中に吸い込まれていく。
驚いて力が入ってしまったせいだろう、とろりとソースが私とシリウスさんの腕に垂れ。
「ん……。美味いな」
私は、シリウスさんが艶めかしく自分の手を舐めるところまで、呆然と見届けてしまった。
「〜〜〜〜〜っ」
ぱっと。
いつの間にか解放されていた腕を回収し、
私は食べかけのサンドイッチをナプキンの上に置いて、
垂れてしまったソースを必死になっておしぼりで拭う。
かーっと自分の顔に熱が集まっているのが分かり、泣きたいような叫びたいような気持ちになった。
ううううぅうぅあぅああぁああぁ!
何してるの何してるの何してくれちゃってるの!?
人の物食べるとかどういうこと!?
っていうか、舐める!?今の感じで!!?
流し目とか絶対いらなかったよね、しかも!!
そんな色気ダダ漏れにされると目のやり場に困るんですが!
なにこれ、恥ずかしいっ!ものすっごい恥ずかしいんですけど!?
一気に血が沸騰し、心臓が煩いくらいに自己主張してくる。
親友が、シリウスさんを18禁指定生物扱いする意味が、
ようやく身に染みて分かったような気がした。
君子危うきに近寄らず……って出来たら苦労はない。
......to be continued