すみません、この子阿呆なんです。







Phantom Magician、119







迫ってくる赤色に、まさか嘘だろ嘘だよねと、心が悲鳴を上げる。
がしかし、一度の瞬きの後、襲ってきたのは生暖かい空気と暗闇。
現実は無情で。
そしてなにより容赦がない。



「…………」



喰 わ れ た 。

そのことを認識するのに掛かった時間は数秒。
そのことに危機感を抱いたのは数十秒後のことである。



「マジか。マジで喰われたんか。
え、あの、さっきまでのフレンドリーさはどこへ!?
……いゃああぁぁぁあー!助けて!あたしまだ死にたくない!!」
『ああ、うん。とりあえず落ち着こうか』



安心のスティア印……!

黒猫さんのなんとも心強い声が聞こえてきたかと思えば、
勝手に・・・あたしの杖が光を灯して、あたりをぽぅっと明るく照らす。
と、てらてらとどこか湿り気を帯びたピンク色の壁に全方位囲まれていた。



「怖っ!」



周囲に牙らしきものが見えるために、恐らくは飲み込まれてはいないようだが、
生き物の体内なんて場所にうっかり入るなんて、ピノキオでもグランゾートでもないために未経験すぎる。



「ぎゃっ!よだれ垂れてきた!!え、これ毒じゃないよね?毒じゃないよね!!?」
『毒は牙にあるんだよ。だから、大丈夫。これはただのよだれ。べとべとで気色悪いけど』
「ゼペットじいさんマジすげぇよ。どう考えたって住む気力起きねぇよ」
『そもそも、胃酸で死ぬから。気力うんぬんの問題じゃないから』
「助けてウィンザート!」
『マイナーすぎて共感が欠片らも浮かばない叫びをありがとう』



え、メグさんがロリからお姉様まで演じ分けてる面白アニメなのに?
そりゃあ、英雄伝ワタルの方が有名だけれどもっ。



『君の親友なら、大方の台詞まで把握しているかもしれないけど、一般人じゃ分からないよ』
「それ、あたしの親友が一般人じゃないみたいじゃんか」
『腐ってないけど、一般人とは言い難いオタクさんじゃないか』



いや、うん。
あたしも偶に会話についていけなくて困るけど。
それは向こうも声優談義にまったく付いてきてくれないからお互い様っていうか。

って、そんな話はまぁ、良いとして。
現実問題、マジどうしようって話である。



「っていうか、本気でさっきの従順なバジリスクどこ行った。
なんであたし食べてんの?人間食べるのなんか巨人だけで十分なんですけど」
『いや、この世界で巨人とか言ったら多大なる語弊が生じるから』



完全に素敵刈り上げの兵長が出てくる方の巨人のつもりで話していたのだが、
ああ、うん。そういえば、この世界にもいたね!巨人!!
ハグリッドとか、半巨人だったわ。
(凄く素朴かつ重大な疑問だが、その体格差でどうやって子作りしたんだろう。人体の神秘??)



『止めろ、想像するな。しかも進撃の方で』
「だって、あたしこっちの世界の巨人見たことないんだもん」



と、危ない危ない。
またもや話が脱線するところだった。てへぺろ☆
しかもよりにもよってずれる先が巨人の子作りなんて乙女失格にも程があるだろう。
微妙にずしんずしんと振動があるここから抜け出すことがまず肝心だ。
子作りについては外でも考えられる!

と、そんな風に結論づけた瞬間、強烈な左フックがあたしを襲った。



「うごふっ!」
『だから、そもそも考えるのを止めろって言ってるんだよ?分かる?』
「ぶったね!親父にもぶたれたことないのに!!」
『嗚呼、じゃあ、初体験だね。おめでとう。次はその脳天かち割って良い?』
「……嫌だわ、この子バイオレンスすぎる!」



ドメスティックバイオレンス――略してDVって奴だろうか。
そうこっそり口にしたら、『お望みなら鎖で縛って部屋で飼ってあげようか?』とか言われた。ガタブルだ。
なんか放っといたら本気でそうしてしまいそうなスティア。
それもはやDVじゃねぇよ。ヤンデレだよ。ヤンデレ好きだけれども!

チッ。ここでさっきの憂さ晴らしをしても良いんじゃないかと思っただけなのに。
ケーに見つかったときにシカトしやがった恨みを忘れた訳じゃないぞ、あたしは。
ケーとバジリスクがいなくなった直後に死んだふり解除しやがって。
あたしはなにか?生け贄かなにかか。
……順当な役割だよ、こんちくしょう。



『それは悪かったとは思ってるけどさ。それとこれとは話が別』
「ぶーぶー」
『こんにちは、虚偽の反映』
「!!」



暗にあたしのこと家畜って言いやがったな!
(いまいち意味が分からない人は紅蓮の弓矢の歌詞を見るべし。サンホラ愉しいよ、意外と)



がブーイングするのが悪いんだよ』
「ここまで俺様貫かれるとびっくりだわ。
……で?なんだかんだ叫んで落ち着いたんだけど、これからどうすんの?ってか出られんの、これ?」



確か原作でもハリー喰われてたなぁ、なんて思いながら、周囲を見回してみる。
当然、出口も何もなく、寧ろ奈落の底への入り口☆って感じのトンネルが奥に続いているばかりである。
……これ、どう考えても食道だよなぁ。
蛇の体の構造なんて知る訳がないが、まぁ、相手が生物である限り間違っていないはずだ。
入ったら生きながら溶かされること請け合い。超危険。

と、あたしの一抹の不安に対して、黒猫さんは安定のドヤ顔だった。



『え、寧ろここでそれ訊かれると思ってなかったんだけど。
君、自分の手にあるのも分からないの?馬鹿なの?……あ、ごめん』
「素で謝るなよ。地味に傷つくだろうが」



不満たらたらの表情で、口で示されたそれに目を落とす。
言わずもがな、グリフィンドールの剣とかいう、ボス戦専用扱いの武器である。
もうあれだ。持ってるだけで勇者っぽい。
がしかし、だ。



「こんなもん使えるくらいだったら、そもそも魔法いらない気がするんだけど、あたし」



チート乙な設定はあたしにはない。
人並みの体力かつ、人並みの腕力である。
当然、全部金属でできている剣なんぞ、持ち上げるだけで腕が震える。
スティアに渡されたときも、そのあまりの重さにびっくりしたものだ。
いや、魔法使いで万年運動不足な人たちに比べれば、かなり良い動きできる自信あるけども。
剣道やってた訳でもないし、これでバジリスク退治とか、え、普通に無理じゃね?



『一寸法師は勝ったけど』
「胃袋まで行って腹を刺しまくる度胸はあたしにはない。(キパッ)
ついでに言うと巨人化もできないし、つーかそもそも、バジリスク退治したくないし」



ぽろっと思うまま口にしてみて、嗚呼、そうだ、と思う。
さっき口元を撫でられて、どこか気持ちよさそうに目を細めていたこいつを殺す、だなんてあたしにできるはずがない。
いきなり物音のする方行ったなと思ったら、ピーターフルボッコにし始めたことには唖然としたし、
リーマスしめだしたのを見た時は咄嗟に魔法を放ってしまったが、
あたしはもう見てしまったのだ。
穏やかそうな一面を。
大人しく、それでいて雄大な姿を。
今もバジリスクは即死の「にらみつける」は使わないし、「どくどく」も封じている。
悪戯仕掛け人を殺す気はないのだろう、と確信してしまうと、とてもとても殺す気は起こらない。



「今もさ、ひょっとして危ないから、とかそういう感じであたしのこと口に避難させてるんじゃないの?」



もしくは、お前邪魔、ってのも可能性があるが。
でも、ごっくんとされていない以上、高確率で前者な気がする。
なんか、喰われる直前、微妙にシューシュー言ってたし。
あれ、多分言い訳とか謝罪とかそういう系じゃね?
ケーになんかやたらと懐いてたみたいだし、
そいつが姫抱きにして連れてきた相手、そうそう殺さないでしょ、多分。

と、その言葉に黒猫さんはこっくりと頷きを返した。



『まぁ、そんなところだろうねぇ』
「あたし、そんな相手の口、ザク斬りにすんの嫌だよ。血も見たくない」



我ながら、こんな状況でなに我が儘言ってんだ、な気がしなくもないが、
いや、でもここは譲れない、譲っちゃいけないポイントだとも思う。
すると、そんなあたしの心情はとっくの昔にご存じなスティアは、
あっさりと、「じゃあ、残された方法は一つだ」などとのたまった。



「なになに?どうすんの?煙でも出してくしゃみさせるの??」
『ピノキオから離れろ。簡単だよ。今、君はバジリスクの口の中だ。
でも、君は獲物じゃないから、バジリスクは口蓋で潰してしまわないように細心の注意を払って口を軽く閉じている。
自分の口に空気を含んでいるのを想像してもらうと分かりやすいかな。
で、その状態なら、渾身の力を加えればなんとか唇が開けられるさ』



きっぱりはっきりと言われた言葉には大層な説得力があった。
ふむふむ。なるほど、ととりあえずは頷いてみる。
がしかし。
それには大きな問題点が一つある気がひしひしするんだが。
まぁ、つまり、だ。



「唇に辿り着く前に牙がずっしりなんですが」



檻のように前方を囲む牙は絶望しか煽らない。
アオザメの歯を想像して頂きたい。隙間なんぞほぼないわ。
あったとしても、スティアはともかくあたしは通れないし、
かといってスティアだけ生還するなんて断じて許せん。

そして、まっすぐそれらを指さしたあたしに対して、スティアは微妙に呆れたように口を開く。



『だから、グリフィンドールの剣で牙切れば良いじゃないか。のこぎり的に』



…………。
……………………。
格好悪っ!










その後、いい加減この鬱空間から逃げ出したい、ということで、ひぃひぃ言いながら剣を使うこと数分。
剣本来の切れ味も手伝ってか、あたしは驚異的な早さで牙を一本撤去することに成功した。
その間も若干足場は安定しないわ、よだれと汗で手は滑るわ、不快指数は悪化の一途を辿っている。
……いかん。厚意から今の状況になってるって考えても、段々バジリスクに殺意が。
さっきまで、散々殺したくないとか言ってたじゃねぇか、とかつっこんではいけない。
そういう奴は蛇に喰われて肉体労働の一つも経験してみれば良いんだ。
絶対、心がささくれ立つから。



「うぅううぅ、これ、あたし唇持ち上げる体力もうないんだけど」
『なくてもやらないとやばいよ?今、ここ現在進行形でバジリスクの毒液充満してるし』
「!!!!」



あっさりと告げられた言葉に、体が飛び跳ねる。
そういえば、バジリスクの毒は牙にあるのであって。
そして、その牙を途中でぶったぎった訳で。
ということは、今目の前でどっくどくと流れ落ちて来ているのは、そのまんま毒な訳で。



「○γ×△※Σ◎▽〜っ!!?」
『はい、目と口閉じてー。大丈夫大丈夫。人間の皮膚は優秀だし、これは気化するようなものじゃないから。
体内に入り込まない限り安心だよ。もし入ったなら、すぐ不死鳥締め上げてくるし』



止めろ、フォークスが可哀想すぎる。

思わずスティアを静止しつつも、コンマ一秒の判断でその言葉に従うあたし。
それでも、即死の毒がすぐ目の前にあるという現実に涙が出てくる。
え、しかもあれですよね。
あたし、そのぶった斬った牙のところから外に出るっていうミッションですよね。
ということは、今さまに毒がしたたり落ちてるその場所潜り抜けなきゃですよね。
毒の滝に突入するようなもんですよね、それ!?
心の底から激しく遠慮申し上げたい……!



『うん。まぁ、それはそうだとは思うんだけどね。
……いい加減僕もここから出たいからさっさと進め』
「ひっ!」



げしっと、後頭部に軽い衝撃が走る。
いきなりの理不尽なそれに態勢を崩し、あたしは前方へと転がった。
途中、びっしゃあぁ!と全身がずぶ濡れになったのは気のせいだと信じたい。
(無理なのは分かってるよ!分かってるけど、嘘を信じたい時だってあるだろ!?)
目と口どころか、鼻も手で覆って、息を止める。
文字通り必死だ。
できなきゃ死ぬ。
と、人が死の恐怖と戦っている間にも、スティアの声で呪文が連発された。
清めよスコージファイとか言ってるから、多分もうちょいしたら目が開けられる)
と、その呪文が止み、そろそろスティアからお許しが出ようというまさにその瞬間、


ずしん!



「!」



さっきから断続的に襲ってきていた揺れの中でも一際大きいものが起こり、
あたしは、さっきまであんなに焦がれていた外へと放り出されていた。



!」



そして。
そして、伸ばされた、腕。
とっさのことになにもできずにいたあたしだったが、その人は身を挺してそんなあたしを受け止める。
重い衝撃。
だけど、あたしが受けたのは、彼とは比較にならないくらいのもので。
呆然と目の前にある鳶色を、あたしは見つめることしかできない。
そして、少し離れたところで、いつの間にか手放していた剣が地面に転がる音を聞いた。



「う……ぐ…げほっ」
「り……ます?」



周囲では、獣の吠える声や、鈍い衝突音、そんなものが響いていたが、
何故、と思考する余裕は今のあたしにはない。
ただ、



「受け身くらい、ちゃんと取ってよ」



ただ、あたしの背中に回る腕と、目の前の彼しか、見えなかった。



「りー、マス……」
「一応訊くけど、大丈夫?怪我はない?」
「え?あ……うん。ない、と思う、けど」



眉根を寄せた彼との至近距離に、目眩がする。
彼が大人の時でさえ、こんな真正面から、こんなに近くで彼の顔を見たことはない。
長いまつげに、薄い唇。
瞬きのひとつにさえ、体温が上がる。

一気に体中の熱が顔に集まり、ぱくぱくと酸素を求めて口が震えた。
お礼を言わなくちゃ、とも、謝らなくちゃ、とも思ったけれど。
息が、できない……。

と、そんな一杯いっぱいなあたしの姿を間近で見てしまったリーマスはというと。



「……で?いつまで、君、僕の上に乗ってるの?」



極上のブラックスマイルを浮かべていらっしゃった。



「う、え、あ、ご、ごめ!」



即行で謝り、どうにか体をずらそうとするが、いかんせん色々ありすぎたためか、全く足は言うことをきかなかった。
っていうか、腰が抜けて立てなかった。
ああ、うん、力が全く入らないとか本当にあるんだね!
でも、なにも今このタイミングで起こらなくても!!
足ぷるぷるする!超ぷるっぷる!!

ただでさえ、リーマスにはスティアの陰謀でゲイと誤解されたままなのだ。
それで押し倒したままとか、うん、軽く死亡フラグ!!

がしかし、こればっかりは気合いでどうにかできるものでもないようで、
あたしは世にも情けない表情カオと声で平謝りしながら、動けないことをリーマスに説明した。
すると、素敵紳士なリーマスは仕方がなさそうにあたしを抱き上げ(!!)、



「重い」



ぺいっとそれはもう気軽に、近くまでやってきていた鹿めがけて放り投げた。



「ぎゃっ!」
『うわっ!なんだい!?っていうか、軽っ!』



と、器用にそれを角で受け止める鹿……ってオイ。
これ、あれじゃね?ジェームズじゃね?
(眼鏡の模様がある鹿なんて他に思い浮かばない……って、あ、CMでいたわ。
カクカ○シカジカとかいたわ。いや、しかし奴は四角眼鏡……!)
ってか、いつのまに動物もどき習得してたん……!?
ちょ、え、あたし置いてけぼりでそんなことして良いと思ってんの、ちょっと!

っていうか、いつのまにかあたりには静寂が戻ってきていた。
その場に大蛇の姿はなく、いたのは真っ黒くて巨大な犬と、あたしを支える鹿。
そして、隅っこの方で縮こまっているピーターの役立たずだけである。
え、あれ。マジでバジリスクは?



「ひょっとして退治……!?」



まさかまさかとは思うが、そうとしか思えない状況に、一気に顔に上った血がさーっと下りる。
バジリスクが殺されて嬉しいかと言えば、答えはノーだ。
微妙に仲良くなれそうな気配がしていたから、なおさら。
リーマスに気を取られてさえいなければ、命乞いができたかもしれない、なんて最悪にも程がある。

がしかし、そんなあたしの罪悪感に満ちた言葉は、不意に登場した第三者によって遮られた。



「なんだ、お前見てなかったのか?さっきジェームズが魔法仕掛けた途端、
いきなり光っていなくなっただろうが」



黒犬から一気に美青年へと姿を変えたシリウスが、呆れたような表情カオでこっちに歩いてくる。
ああ、うん。冷静に考えれば、一介の学生なんかに退治されるような相手じゃないって分かってはいるんだけど。
ホラ、なにしろ2年生のハリー(当時12歳)に、
フォークスの助けがあったとはいえ倒されてたの知ってるもんだからさ。

と、あたしがそんなことを内心思っていた次の瞬間、
無表情のリーマスがシリウスの頭に渾身の一撃を加えていた。



「がっ!!」
「え、あ、え?」



なんで、いきなりバイオレンス!?
普段そんなことをしそうにない相手の謎の行動に、一瞬頭が付いていかない。



。君は今、なにか見た?」
「へ?」



なにかって、黒犬がのされるのは見ましたけど……って、あ。



「見てないよね、なにも?」
「見てませんっ!犬がシリウス化したとか、ええ、もう見てませんとも!」



ぶんぶんと力強く首を横に振る。
がしかし、一言も二言も余計なことも口走っていたと気づいた時にはすでに後の祭り。



「……へぇ。見たんだ?」
「ひ…………っ」



妖しいリーマスの笑みは、好きだけどやっぱり恐ろしいと身をもって知りました。まる。









だからもう許してやって下さい……!









......to be continued