それは、きっかけ。
Phantom Magician、179
「ということで、僕たち付き合うことになったよ」
そう言って、にこやかなリーマスの笑顔に遭遇したのがついさっきのことだ。
照れも衒いもないその表情に、どうにか上手くいったらしいことが分かり、
私は晴れやかな笑顔で、手を繋いでいる二人を祝福した。
「まぁ!おめでとう!そうしていると、とってもお似合いだわ」
「そうかい?ありがとう、リリー」
「私も自分のことのように嬉しいわ。ただ
――……
と後ろで引きずっているポッターが生ける屍みたいになっているのは何故か、訊いても良いかしら?」
リーマスはとても爽やかな笑顔だ。
それは良い。
彼女が出来たのだから、不機嫌な表情でいる訳がない。
がしかし、とポッターの瞳は 死 ん で い た。
というか、ポッターに至っては、ローブからなにから、全身がずたボロである。
嗚呼、これは……暗躍していたのがバレたわね。
一目でそう確信したものの、リーマスが共犯であるところの私にどう出るか分からないので、
背中に冷や汗をかきながらも、そしらぬ表情を装う。
すると、流石にポッターのようにされるということはないようで、
リーマスは笑みをドス黒い物へと変えながら、あくまでもにこやかに顛末を語った。
「いや、実はね?と僕が付き合うにあたって、色々お膳立てをしてくれたみたいなんだ。
だから、その『お礼』をしただけなんだよ」
それは、日本語で言うところのお礼参りという奴じゃないかしら。
がしかし、藪を突いて蛇を出す趣味は私にはないので、そこは軽くスルーする。
「……そうなの。で、は?」
「ああ、彼女はね。とってもシャイなせいで。
告白の直後に、僕に向かって全身金縛り術を掛けてきたものだから」
「えぇっ!?」
「あれは、青い光線とその後の光景が目に痛かったなぁ」「ひぅっ!」
「その後の光景??」
青い光線は全身金縛り術のはずだが、その後の光景とはなんだろう?
のことだから、きっと自分のやったことに青くなったり慌てたりだろうが。
それは別に目に痛くもなんともないはずだ。(寧ろ
ばかわいい)
がしかし、リーマスから感じる威圧感は目の前で獲物を掻っ攫われた猛獣のそれだった。
軽く追及しようかとも思ったが、リーマスの有無を言わせぬ笑顔にすっぱりと諦める。
「……それならまぁ、仕方がないわね」「なっ!?」
「うん。しかも、その上逃げ出したからね。仕方がなかったんだよ」「仕方がない!?どこが
――!!」
「……君は黙っててくれる?」
「っはい」
聞き捨てならない言葉に、一瞬だけ生還した。
しかし、まったく顔を見ることなく発せられた一言に、あえなく撃沈された。凄まじい悲壮感である。
まるで、念願叶って長い冬を乗り越え、
これからはめくるめくラブラブ学生生活が始まるゼ☆ひゃっふー!とでも思っていたのが、
力いっぱい裏切られたかのようだった。
(いやいや。この二人が付き合ってもきっとベタ甘展開にはならない、と大多数は思っていたのだけれど)
(ええ。もちろん、これから先もないわよ?きっと。分かっていないのは、本人ばかりよね)
付き合ったといっても、どうやら、ほぼ想像通りの力関係のようだ。
ほんの少しの憐れみを覚えるが、
これも彼女の望み?のはずなので、私はにこにことそれを見るだけにした。
嗚呼、本当に良かった。
ポッターの計画を聞いた時は、かなりのバクチを打ってしまったと思ったものだが、
こうして、結果オーライになったのならば、何も言うことはない。
ちなみに、今回の件で私がなにをしたのかというと、のピンチ作りである。
事前に、とブラックが二人で空飛ぶオートバイに乗ることを掴んでいたポッターが、
それを利用することを思いついたのだ。
『
――ということで、今回は“吊り橋作戦”でいこうと思うんだ』
『“吊り橋作戦”?』
『うん。簡単に言うと、ピンチを一緒に乗り切ることで、親密度を上げるっていうことかな。
ホラ、吊り橋って揺れるからドキドキわくわくするだろう?』
『わくわくについては言及を避けるけれど……そうね。ドキドキはするわね』
『で、多少なりとも好意がある場合、そのドキドキを恋のドキドキと錯覚するらしいんだよね。
結果、一緒に吊り橋を渡ると、親密度が急上昇!』
『……つまり、二人を一緒にドキドキさせようっていうことなの?』
『その通り!もちろん、吊り橋である必要はないよ。
必要なのはあくまでもドキドキだからね。トラブルを起こすのさ』
まず、ポッターがリーマスを箒に誘う。
もちろん、学校のボロ箒などではなく、ちゃんとした箒で、だ。
(どうするのかと思ったら、まさかの自分の箒レンタルだった。
噂では、例え悪戯仕掛け人であろうと、おいそれと触れないと聞いていたのだけれど。
を危険な目に合わせるつもりはない、というのはどうやら口だけではなかったらしい)
そして、それとなく、オートバイに乗る二人に注意を向けさせ、
私がオートバイとサイドカーのつなぎ目を切断するところを目撃させる。
そうすれば、リーマスはそれを助けるはずだ、と。
あの時。
リーマスが、脇目も振らずに、一直線にへ手を伸ばした、あの瞬間。
私は心から、安堵の溜息を洩らした。
だって、彼は。
間違いなく、への焦燥を露わにしていたから。
『実はリーマスなんだけどさ。
どうも、のことがスキになったみたいなんだよね』
ポッターの話は、いまいち突拍子がなくて信じられなかったけれど。
あの表情は、信じられる。
――!!!
無事に、を掴まえて。
彼が浮かべた、あのクシャクシャの表情。
まるで、宝物を手に入れたかのような。
まるで、酷く恐ろしい目にあったかのような。
複雑極まりない、あの姿が、なにより私の胸を打った。
「良かったわね……。」
思わず、遠い目にもなろうというものだ。
がしかし、そんな風に浸っている私がお気に召さなかったのか、
は口を尖らせて、私を現実に呼び戻そうとする。
まぁ、もっとも
――……
「リリー、リリー。しみじみ言わないで。
あたし今、凄まじく居た堪れない気分なのっ」
「うふふ。それは無理だわ。
だって私今、娘をお嫁に出した気分なの」
「っ!」
すぐに、顔を真っ赤にして、口を噤むことになったけれど。
ちなみに、リーマスが間に合わなかった時は、
ポッターが落下地点に先回りし、アレストモメンタムで助ける手はずだった。
まぁ、ポッターの読み通り、その必要はどうやらなかったようだけれど。
「本当に、に怪我がなくて良かったわ」
「そうだね。それに、もちろん君にも」
「それについては、そうね。お礼を言うべきかもしれないわ」
にこにこと微笑むリーマスと、現実を思い出して青褪めたの二人を見送った後、
私は捨て置かれたポッターを回収し、適当な空き教室で一息入れることにした。
なにしろ、朝起き抜けに怒涛の展開だったので、少し疲れてしまったのだ。
すると、リーマスの姿が見えなくなったことで回復したらしいポッターは、
私の独り言に応じてくる。
二人で思い出したのは、ブラックの鬼気迫る
表情だろう。
「まさか、あそこでシリウスがあんな動きをするとは思わなかったよ。
本当に、透明マントを貸しておいて良かった」
「…………」
正直、そのマントのせいで私はセブルスと絶縁状態になってしまっているので、
素直に感謝もしづらいが……まぁ、確かに。
あれがなければ、今頃私はブラックの呪いを受けていたことだろう。
本当はが落ちていったその時、
万が一の場合は、私もポッターと一緒に杖を向けて助けるつもりだった。
がしかし。
ブラックが、攻撃してきた張本人を捕まえるべく、怒り心頭で塔へ突っ込んで来たのだ。
ポッターから借りていた透明マントとかいう物のおかげで危うく難を逃れたけれど、
すれすれを呪いが掠めたのには、私もひやりとさせられたわ。
(しかし、この透明マントとかいう物体で、数々の悪戯の絡繰りがよく分かった。
もちろん、現在は私の手で没収中である)
で、もちろん、それを宥めて連れて行ったのは、
が助かったのを見届けたポッターである。
どうやら、そこでネタばらしというか、全てはポッターが黒幕ということをバラしたらしい。
「が実は女の子で、リーマスとくっつけようとしたって言った時のシリウスの
表情は見物だったね!
いい加減気づいても良さそうなものだけど。本当に、皆洞察力って奴が足りないよ。僕と違って!」
「そうね。ただ、その素晴らしい洞察力があれば、
ブラックから殴られるのも予想出来ていたと思うけれど?」
いつまでも、いっこうに手当する気配のないポッターに、
私は溜息を着きながら、魔法で氷嚢を出してやる。
指さした先には、見事な青あざがあって。
ポッターは、片目がパンダのような有様だった。
がしかし、本人はまるで気にした様子もなく、カラカラとなんでもないことのように笑う。
「男同士のコミュニケーションの一環だからね。このくらい普通ふつう。
……はっ!もしかして、心配してくれてるのかい!?」
「ええ。ものすごく無駄なことをしたと、今しみじみ感じているところだけど」
自分も関わったことで、誰かが青たんを作っていたら、普通の人間は気にするところだ。
それなのに、ポッターは渡された氷嚢を、まるで宝物のように恭しく抱きしめる。
そこまで喜ばれてしまうと、なんだか今までの態度はやりすぎだったかしら、と思わなくもない。
(……というか、抱きしめていないで目に当てて欲しい。溶けちゃうじゃない)
「無駄だなんて!リリーに心配して貰えたら、僕は2倍速で怪我が治るよ!
あ、でも、治らない方が長く心配して貰えるのかな……?」
「そうね。治らないほどの怪我なら、罪悪感のあまり貴方の顔を見ないようになると思うわ」
「っすぐに治すよ!リリーのために!!」
高らかに宣言するポッター。
なんだか、本当にすぐに治しそうで少し怖い。
その、あまりに真っ直ぐすぎる好意の表し方に若干引きつつ、
私は、これだけ叫ぶ元気があるなら、放っておいても大丈夫だろう、と腰を上げる。
すると、呼んでもいないのに、ポッターもひょいっと立ち上がり、
一緒になって歩き出した。
帰る場所がなにしろ同じ寮なので、仕方がなしに二人で並んで歩く。
「…………」
「…………」
正直、気まずいなんてものじゃない。
大体ね?
今まで、二人っきりになるなんてあり得なかったのよ。私とポッターじゃ。
それなのに、なんで肩を並べちゃってるのかしら……。
まぁ……前と比べれば、嫌じゃないけれど。
ちらり、と横目でポッターを見る。
そもそも、私達ってどういう関係なの?
友達の友達?同じ寮生??
他人というには近くて、友達ではありえない。
なんとも、微妙な距離感。
まさに、今の状態のようだ。
と、そうして見ていると、ポッターが実は自分よりずっと背が高いことに気づいた。
いつも遠巻きに見ていたり、話をしていてもそんなに近づかないから分からなかったけれど。
こうしていると、それがよく分かる。
手だって、比べ物にならないくらい大きかった。
多分、掴まれたりしたら、私の手なんてすっぽり包まってしまうのではないだろうか……。
と、じろじろ見すぎたのだろう、次の瞬間、
ポッターのはしばみ色の瞳が、不思議そうにこちらを見つめてくる。
「?なんだい??」
「っなんでもないわ」
それが、なんだか気恥ずかしくて。
私はぱっと、怒ったような
表情を作って、そっぽを向いた。
「?僕、また君を怒らせるようなことしちゃってたかな??」
「別に。なんでもないって言っているでしょう」
そう、なんでもないわ。
「?リリー??」
「リリーなんて呼ばないで。ポッターのくせに」
「酷いなぁ。リーマスみたいに、僕のこともファーストネームで呼んでよ」
「ごめんだわ」
「簡単だよ?『ジェームズ』って言うだけ。Jamesでジェームズ。
なんだったら、ジェムでも良いし!」
「 い や 」
この動悸もきっと、共犯者になったせい。
ただの吊り橋効果に、決まっている。
自分の中に芽生えた、その小さな種を、
私はこの時、そっと見なかったことにした。
もちろん、見なくたって。
種はいつか花を咲かせるものだと、知っていたけれど。
+ + +
それからの数年は、矢のように、光のように通り過ぎた。
この事件のおかげで、私とポッター
――ジェームズとの距離が縮まって。
付き合いだしたのは、最終学年の頃だっただろうか。
一足先に付き合いだした達に、ニヤニヤされながら、私は彼の告白を受け入れた。
大げんかして別れそうになったりだとか、
皆でこっそりと、しかし盛大に花火を上げてみたりだとか。
思い出は、数限りない。
セブルスとは、一言も話せないままで終わってしまったけれど。
いつ思い出しても。
思い出すまでもなく。
ホグワーツでの日々は、本当に、輝かしいものだった。
卒業後、私達は迫りくる闇の帝王の脅威に対抗する為に不死鳥の騎士団に入った。
そして、ジェームズとも結ばれて。
危険と隣り合わせの状況でも、子どもに恵まれた。
騎士団の皆も、そのことを我が事のように喜んでくれたわ。
この暗いニュースばかりの中、新しい命を授かることほど、気の晴れる物はないから、と。
幸せだった。
本当に、怖くなるくらいに、幸せだったの。
だから。
「ヴォルデモートが、お主等の子を狙っておる」
ダンブルドアのその言葉を聞いた時、
ショックを受ける反面、「嗚呼、やっぱり」と思ってしまった私がいた。
嗚呼、やっぱり。
幸せだけでは、いられない。
世界はいつだって、変わっていく。
The second part is the end.
......to be continued