今日も元気にセクハラ敢行!
Phantom Magician、47
その日、あたしはぼんやりとホグワーツの城をそぞろ歩いていた。
珍しく、迷子でもなく、目的地があるワケでもなく。
散策、探検、という名目で。
普段のあたしであれば、そんな行為は自殺志願と取られても仕方がないものだ。
自分でも、無謀だとは思う。
けれど、偶には、あたしだってふらふら出歩きたくなる時がある。
(実は、ひとりでふらーっと出掛けるの好きなんだよね)
授業のない休日である現在、それを止めてくれる友人は早々に図書室に籠ってしまっていることだし。
口煩い案内役は、どうしてだか尻尾で「いってらっしゃい」と見送ってくれたことだし。
授業に遅れる心配がないことも手伝い、あたしはぼけらっと足を動かしていた。
こつこつ、と軽い足音が、石造りの廊下に木霊する。
長閑な陽気が窓から洩れているところからして、多分、他の生徒は外で遊ぶなりなんなりしているのだろう。
徐々に冬へと向かっているひんやりとした城の中では、あたしが歩く音しかしなかった。
(……そういえば、掲示板に『ホグズミード休暇のお知らせ』とかあったかもしれない。あたしに関係ないが)
ああ、この機会に壁に色々マーキングしちゃいたいなぁー。
『 ここに参上!
夜露死苦!』とかそんなんじゃなくて、普通に『談話室はこちら』みたいなの。
こんだけ色々入り組んでるのに、案内板がないって辺り、この城不親切設計なんだよねぇ。
魔女狩りがあったっていう中世ならいざ知らず。
もう忍びの地図的なものが、学校に備え付けられていても良いと思うんだけど。
それか、やっぱり案内板。
『→校長室』とか『→トイレ』とか、公共施設なら大概あるんだけど。
ん?でも、あたしが学生の時とか、校内に案内板はなかった、か?
学校の公開とかがある時に、玄関に案内図が出てくることはあったけど、普段はなかった気がしなくもない。
「……はぁ。所詮儚い夢だったか」
っていうか、人の夢は須く儚いものだよね。
どこか達観したような言葉を、分かった風に口にする。
それは、ここ最近、あまりしていなかった行為だった。
そう。本当に、最近色々ごちゃごちゃ考えすぎて、疲れてきてしまったのだ。
賢者の石のこととかヴォルデモートのこととか。
それになにより。
『名もなき魔法使い』のこととか。
もう、頭空っぽにして、妄想話とかで現実逃避したい。
(夢で現実逃避ってのもなんかおかしいけど。まぁ、夢の中でも夢と現実ってあるじゃん?)
うん。もう良いよね。
なんだか、考えても考えてもちっとも答え出そうにないし。
よし。もう切り替えよう。
今一時だけでも、頭の中妄想でいっぱいにしよう。
「……嗚呼、どっかにボ○ス落っこちてないかなぁ」
色々、乙女として間違った思考に突っ走っているが、生憎ここにはそれを制止してくれる黒猫はいない。
ので、あたしは石造りの廊下に、
「贅沢は言わない。でも、今この場にあたしのチェシャ猫があたしを攫いに来てくれないかしら」
などと妄想フィルターを全開にする。
城だもんね。ハートじゃないけど、城だもんね。
胡散臭い騎士とか、真赤な女王様とかには殺されるから逢いたくないし。
ペタはあの真っ白モードが可愛くてしょうがないけど、アリスのものだし。
となれば、ここで期待すべきは愛しのチェシャである。
双子は、うん。きっと庭で兵士をからかってて城の中までは入ってこないだろうしなぁ。
きっと、このまま自分の部屋に帰ると、「遅い」とかなんとかご機嫌斜めの猫がいる訳よ。
「俺、ずっとが帰ってくるの待ってたのに……」とかなんとか若干しょげ返りながら……きゃー!
で、他の人の匂いとかに眉寄せて、ぎゅっとしてきちゃったりなんかして……っ!
いや、寧ろあれかな?
見つかったら危ないのは分かり切ってるけど、あたしに一刻でも早く逢いたくて、そこの角から現れるとか!
うふふふふーと幸せな妄想で、思わずにやける。
流石に、スティアの前でこんなきゃっきゃっうふふvなことを考える勇気はあたしにはない。
がしかし。
今、奴はいない!
即ち、これあたしの天下☆
一時の幸せに、浸るあたし。
が、結論から言えば、そんな平和な時間は長続きしなかった。
「ミス 。そこで一体何をしているのかね」
「……いや、普通に歩いてるだけですけど」
不意に。
あたしをビックリさせるのが目的じゃないのかコイツってくらい、不意を打つ形で。
気配を消した影
――スネイプ教授が目の前に現れた。
何故だかあたしが何かやらかしているという勘違いを胸に抱く、独身三十男が行く手を遮るこの状況。
思わず「うわぁ」って
表情になっちゃったのは仕方がないよね。
愛しのキャラがいるんじゃないかって期待してたところから陰険教師来たらね。
ふいー。まったくあたしが温厚なことに感謝してほしいよ。
これでキレやすい人だったりしたら「呼んでねぇよっっ!」って力一杯涙目で怒鳴ってるところだっての。
やれやれ、と危うく難を逃れたスネイプをどや顔で見る。
がしかし、奴からしてみれば、あたしからそんな微妙な表情される覚えなんてないワケで。
それはそれは不愉快そうに顔をしかめた。
「何だ、その
表情は……。非常に馬鹿にされている気がするのだが
――「気のせいです」
「ふん……。どうだかな……」
異常に素早くはっきりその言葉を否定したが、
スネイプは納得がいかないような様子でこっちをじろじろと見てきた。
なんていうか、やっぱりあたしが何か悪いことをしてるんじゃないかって探りまくってるような視線である。
あたしとしては、あまりに堂々と不躾すぎて、抗議することすらできない。
(現代日本であれば、セクハラで訴えられてるよ、ホント)
が、まぁ、あたしは実際に何一つ違反なんぞしていなかったので、
寧ろ、さぁ減点できるもんならやってみやがれとばかりにない胸を張ってみた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ふん」
よし、勝った。
スネイプは結局、何一つ収穫がなかったらしく、不満そうに鼻をならしてさっさとあたしの横をすり抜けた。
何かに噛まれた傷でもあるかのように、
片足を引きずりながら。
「!!!!」
で、それを見たら。
がしっと。
「……何かね、」
「え、あ、いやー……」
あたしは、思わずスネイプの腕を引っ掴んでしまっていた。
え、ええっと。
どう言い訳したもんか。
『魔法薬学で訊きたいことがあって……!』
いや、ない。全然訊きたいことなんて皆無。
こう見えて、こいつの授業って、嫌味さえなければ余すところなく分かりやすい授業だったりするのだ。
っていうか、ハリーならともかくあたしに素直に教えてくれる気が果てしなくしない。
『スネイプ先生に相談したいことが……!』
ねぇよ。相談役としてこんだけ向いてない人間珍しいよ。
そして、やっぱりあたしの相談になんぞ乗ってくれるワケがない。
『実はあたし、スネイプ先生のことが……!』
……何の罰ゲームだ。
その後に続く言葉が『陰険で根暗で大人げない人にしか見えないんです!』としか続かないっての。
喧嘩売ってんのか。
選択肢を瞬時に3つ程頭に浮かべてはみたものの、それらを全て即行で却下。
上手い言い訳が浮かばず、さてどうしようと思うが、そこで「あれ?」を気づく。
何故、あたしは言い訳をする前提で考えてるんだ??
自分の学校の先生が足を引きずっている。
↓
もしや何か怪我をしたのでは?
↓
とりあえず、「大丈夫ですか?」と声をかけてみる。
……何一つ不自然なところのない、日常のワンシーンである。
幾ら苦手な先生でも社交辞令の一つとしてそのくらいは言うだろう。
仲が良ければ、「医務室に行ったらどうですか?」と心配するのだってアリだ。
まぁ、仲良くないんだけど。
でもまぁ、心配ついでに、ぺろっと服捲って傷の具合を確かめるのも、子どもならどうにか許される範囲だろう。
と、それに気づいてしまえば、なんのその。
あたしは顔中に「良い子」の仮面をへばりつけて、スネイプを見た。
ら、何故だかスネイプが心の底から表情を歪め、身体を仰け反らせた。(失礼な)
「な、何だ……っ!?」
「いや、何っていうか……。足、どうかしたんですか?大丈夫ですか??」
「…………っ!!!」
「あ、ひょっとして医務室行くところなんですか?
えーと、結構痛そうですけど、肩貸した方が良いですか??
それとも誰か呼んできます?」
そして、医務室まで付き合ったあたしに、あわよくばその傷見せろ。
下心満載(いや、決して厭らしい意味ではなく)のあたしのセリフだったが、
表面上は、嫌いな先生でも人として心配する心優しい生徒である。
で、それがどうも奴のあたし像とかみ合わなかったらしく、スネイプはそんなあたしの姿に怖れ慄いていた(酷ぇ)
「……貴様っ!何が目的だっ!?」
「…………先生はあたしを何だと思ってるんですか」
いや、もう本当にお前、あたしにどういう評価下してんの??
スネイプとの関わりを考えるにあたって、あたし、そんな人間失格な行いはしていないはずなんだが。
(若干、生徒としては失格しているような気がするが)
……第一印象がまずかったんだろうか。
が、考えていても、もはやそれは今更どうしようもないので、
あたしは海より深く谷より暗い溜息を吐いて、スネイプの腕を引っ掴む。
大人をズルズル引きずっていけるほどの体力やら腕力はあたしにはないが、
そこはそれ、頭脳で補えば良い話である。
「……はぁ。とにかく行きますよ」
「なっ!何をする……!?どこに連れて行く気だ!」
「いや、この状況で医務室以外のどこに行くんですか。
なに、それとも、消毒液は沁みるから嫌だとか子どもみたいなこと言う気じゃないでしょうね?『先生』。
大の大人がそれじゃ、生徒に示しがつかないですから。はい、行きますよー」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
適当に喧嘩を売りつつ、足を踏み出す。
流石にここまで言えば、プライドの高いスネイプのこと、抵抗をすっかり諦めるだろう。
そして。
「医務室はそっちじゃない!この馬鹿者がっ!!」とスネイプが怒鳴るのはこの数秒後のことである。
で、その後、どうにかこうにかスネイプを医務室へ突っ込んで、足の傷を確認し。
(え、スネイプとの絡みはどんな様子だったかって?
それはにやにやしながらお好きに想像してください☆)
傷と生足を見られたことに羞恥と怒り心頭の教授をマダム ポンフリーにばっちり押し付け。
あたしは、てくてくと自室への道を歩きだした。
(後ろで奴が怒鳴り散らしてた気がするが、うん、間違いなく空耳だ)
その道すがら考えたのは、さっき逃げ出してしまった、この世界のこと。
どうやら、現実(夢?)って奴はどんだけ逃げても、追いかけてくるものらしい。
だったらもう、腹をくくって立ち向かうしかなかろう。
「……うん。やっぱ、それっきゃないかな」
明らかな噛み傷を確認したあたしが、次にするべきことは。
『……で、四階廊下に一緒に特攻かましてくれ、と?』
「流石スティアさんご明察〜☆」
惰眠を貪っていたスティアを叩き起こして懇願することだった。
他に誰もいない自分の部屋に戻ってすぐ、そんなことをのたまいだしたあたしに、
スティアはなんとも気だるげな様子で目を細める。
人間であれば「げんなり」もしくは「うんざり」といった様子だろう。
まぁ、猫なんでいまいち分かんないけどねー。
で、そのげんなりしたお猫サマは、大きく嘆息しながら、あたしと視線を合わせた。
『また、君は面倒臭いことに自分から突っ込む……』
「いや、だってもう巻き込まれてるっていうか、なんていうかだし」
というか、そもそも、何故今までそうしなかったのかってくらいの名案だと思うんだけど。
何でフラッフィーがいるのか分からない?
分からないなら、確かめれば良いだけの話だ。
何かを狙う人間がいる?
そもそも、それが何か分からなきゃ対処を間違いかねない。
だったらもう、知るっきゃないでしょ。
ここまで話が展開しているのだ。
今更あたしが何かしたところで、もう悪い方になんて転がりようもあるまい。
「ってワケで、禁じられた廊下でデートしようぜ!」
きゃあ、あたし生まれて初めて男の子をデートに誘っちゃった〜☆
内心の不安を誤魔化すために、あえて適当な態度を取ってみた。
がしかし。
そんなあたしのなけなしの勇気を振り絞った素敵な提案に、スティアは若干気乗りがしないらしく。
可愛い眉間に皺を寄せて視線を逸らした。
『そういうのはデートって言わないんだよ……はぁ……』
「チッチャイことは気にするな!それ!ワカチコ!ワカ○コー!」
『いつ、君お笑い芸人になったの……。
頼むから、ちょっとテンション下げてくんない?ウザすぎて話がちっとも前に進みそうもない』
むぅ。あたしなりに、重い話題を軽くしようと頑張ってたのに。
が、まぁ、心の底からっぽい懇願をされてまで、おちゃらける趣味はないので、
あたしは大人しくベッドの上に正座をした。
『で、つまりは、は四階廊下に行って、賢者の石が本当にあるかどうか知りたいってことなんだね?』
「ああ、うん。まぁ、その通り。
なんていうか、そこがもやもやしてる限り、何をどう考えたって前に進まない気がするんだよね」
『まぁ、確かにね。
君の手元にある材料だけじゃ色々決め手に欠ける。
でもさ、。君、チェスだってできないし箒だって乗れないくせに。
別に行くのは良いけど、一体どうやって罠突破するつもりなの?』
どうやら、しぶしぶでも、行ってはくれるらしい。
がしかし、行くなら行くで、色々と気になるらしいので、
スティアはあたしに禁じられた廊下の攻略法を訊ねてきた。
まぁね。前もリーマスが狼になっちゃった日とか、色々計画穴だらけだったし。
心配する気も分からなくはない。
がしかし!今日のあたしには死角はない!
そして、あたしはふっと、余裕綽々の笑みを浮かべて、彼に答えた。
「そこは、困った時のスティア頼みで!」
『……いや、そこは悪びれようよ!?なに、あっけらかんと言ってるのさ!』
「え、だってスティアこの前助けてくれるって言ったじゃん」
『言ったけれども!あの時はあの時!しかも、君が殊勝に頼んだからだろ!?
っていうか、それって計画じゃないし!思いっきり他人任せだし!!
君、世の中の“できることは自分で解決しよう!”って頑張ってるヒロインを少しは見習えよ!?』
「いや、だってあたし普通の人だもん。自分で解決?いやいや無理無理。何言っちゃってんの。
あたしもね?自分でできることならやるのは吝かじゃないですよ?ええ。
でも、世の中には分相応不相応があるっていうか。
人間、手に負えないものは素直に無理っていうべきだと思うの。
下手に手を出された方が、後々面倒なことってあるでしょ?これはその類じゃないかと思って」
『うわ……言い訳キター』
スティアがドン引きだった。
が、あたしは押してダメならもっと押せ!の精神で、ここぞとばかりに押しまくる。
「スティアなら大丈夫!なんとかなるよ、絶対大丈夫だよ」
『止めろ止めろ!こんな後ろ向きな場面でその台詞を使うんじゃない!!』
「……スティアはカー○キャプター派か。ちなみにあたしは……ふふん。
魔法騎○派だけどね」
『いや、僕が言うならまだしも、君じゃそんな上手いこと言えてないよ!?』
「とま〜ら〜ない〜未来を〜めざ〜して〜♪」
『うーたーうーなぁぁぁあぁあああぁー!!』
「っていうか、スティアってその都度頼まないといけないタイプの人っていうか猫なの?
えー、知らなかったー。あたしの案内人ともあろう猫がケチだなんて……っ!」
『いや、猫じゃないし!ケチとかの問題でもないし!!』
「うんそうだね。猫じゃないね。あたしの困った時の相談役で案内人だもんね」
『……ぐ……っ!!』
唸るスティア。
普段は、なんだか手玉に取られている印象が強いのだが、
今日のところ、軍配はあたしの方にあがったらしい。
怒涛の舌戦にスティアは破れ、それはもう仕方がなしに『分かったよ……』と了承した。
そのがっくりした首筋に凄まじいまでの哀愁が漂っていたのは、多分気のせいではない。
で、スティアはこう見えて案外に潔いので、了承したのだから、と、
あたしとは違ってまともに計画を立て始めた。
まぁ、計画と言っても、ぶっちゃければスティア無双なのだが。
そう。奴はあたしのことを一回とっくりと眺めたかと思えば、
『はぁ……えーと、っていうか、賢者の石確認するくらいだったら、
正直、僕、のこと置いていった方が楽なんだけど』
ごく普通にあたしをこの部屋に置いていこうとしやがったのである。
「え、ここまで来てあたしをハブにしようってか」
『だって、僕一人なら、さっさとフラッフィー突破できるし、鍵だって捕まえられるし』
「あたしだって魔法で援護できるよ、多分」
『あのさ、君にできることは僕にできることなの。それに援護なんかこの僕にいると思う?』
「いや、でも背中に目が付いてるワケじゃないし。人手があった方が何かと良いじゃん?」
『……分かった。はっきり言おう。邪魔』
「……サーセン」
きっぱりすっぱり、食い下がるあたしに対して真実を突き付けたスティアであった。
若干寂しいっていうか除け者感溢れてて哀しいとか、まぁ、色々思う事はあるんだけど。
流石に、自分のわがまま通してスティアを危険に晒すのは頂けない。
唯でさえ、無理を言っている自覚はあるのだから。
なので、あたしは恨みがましい視線を向けつつも、その提案を受け入れた。
…………。
……………………。
うぅうぅー。でもさ。やっぱりさ。
人に危ないことやらせて、自分はぬくぬく結果待ちっていうのも、人としてどうなのって気が……。
理性では分かっていても、やっぱり感情的に割り切れない部分があって、若干悶々とする。
すると、スティアはそんなあたしの心情お見通しらしく、ぴっと前足をあたしに突き付けてきた。
『まぁ、にしてもらいたいことがないワケじゃないよ』
「え、マジで!?なになに?あたし何したら良い??」
『うん。まぁ、四階廊下に僕一人で行く分には何一つ問題がない。これは良い?』
「ふんふん」
『が、しかし、ここで実は時期的に大層な問題がある』
「……はい?」
『いや、思い返して欲しいんだけど……』
そして、スティアが口にしたのは、目から鱗の、とんでもない落とし穴だった。
そう、時期。
この、師走に入ったばかりという時期に行く四階廊下には、本来あるべきものがない。
賢者の石編における
鍵アイテム。
他の巻では、その存在はこれっぽっちも視認されない、時期限定のそれ。
『そう、今現在“みぞの鏡”は四階廊下にはない』
「!!」
言われてみて、思い出す。
そうだ。
みぞの鏡は、最初から四階廊下にあったワケではなく、当初は別の場所に安置されていたのだ。
だから、ハリーはその鏡と出会い。
だから、ハリーはその鏡の虜となり。
それを危惧したダンブルドアが、その鏡を侵入者対策に流用したのである。
それは、確かクリスマスの頃。
まだ、ハリーはその鏡に出会ってもいない。
が。
じゃあ、その時期まで待てばいいんじゃないかいえば、そう、単純にことは運ばない。
『今後も四階廊下に動く可能性は低い。なぜならば……』
「ハリーが今、幸せだから?」
『そう、その通り』
ハリーがみぞの鏡の虜になったのは、もう逢えない家族にそこでなら逢えるからだ。
死者と共にあることは、どれほど卓越した魔法使いでも、おそらくはできないだろう。
だからこそ、ダンブルドアは死の秘宝に、魅せられたのだから。
孤独で。
虐げられていて。
そんな少年が、本当の家族を夢見るのは、嗚呼、当然のことだ。
だがしかし。
この世界で、少年は家族と共にある。
愛されて。
虐げられることもなく。
健やかに、成長している。
そんな彼が、何らかのきっかけで見たみぞの鏡の虜に、果たしてなるだろうか?
ロンは、ならなかった。
それどころか、ハリーに忠告さえした。
それは、彼が兄弟の間で霞んでいようがなんだろうが、愛されていたからだ。
この世界のハリーならば、きっとロンのように反応するんじゃないだろうか。
全ては推測の域を出ない。
けれど、これは、おそらく確信といってもいいものだった。
「……じゃあ、どうする?」
まさか、ハリーみたいに境遇的に恵まれない子を連れて来て、
鏡の虜にさせるワケにもいかないだろう。
そう思っての問いかけに。
『うん。だから、がちょっと鏡の虜になってきてくれない?』
もう、そこの醤油ちょっと取ってくれない?くらいの気軽さで。
スティアは至極あっさりとそんなことを口にした。
「……ハァっ!?」
……誰か止めてくれよっ!
......to be continued