知ってると、思ってた。
それは勘違いも甚だしかったけれど。
Phantom Magician、19
「うえぇええぇーっ」
美しくも壮大な緑溢れる森の中。
雰囲気抜群のそこをぶち壊すような呻き声があたりを満たしていた。
何を隠そう、その発信源はあたしである。
『いい加減慣れなよ、』
「……慣れねぇよ。何でこんな気持ちの悪い方法慣れなきゃいけないんだよ」
お約束通り、姿現わしをして気持ち悪くなるあたし。
頼むから、誰かどこでも○アとか、体に負担のかからない物体作ってくれ。
切実な想いを胸に、とりあえず体を起こす。
まだ気分は悪いが、完全回復させているような時間の余裕がないのが現状だった。
で、目に入るのは、うん。木。
あたしたちは、さっぱりどこだか分からないけど、とにかくどこぞの森?山?の中にいるらしかった。
『たちが住んでるところの山一つ向こうの森の中だよ』
「はぁー。よく分かるね、スティア」
『僕だからね』
うん。いや、さっぱりその根拠が分からないけれども。
まぁ、とにかくあたしたちは今、そんなところにいるらしかった。
山一つ向こう、ねぇ?
遠いっちゃ遠いけど、近いっちゃ近いわな。
なんとなく、リーマスたちがあたしをお泊りに行かそうとした理由が分かる気がした。
もし、あたしがうっかり二人を探しに出たりなんかしたらマズイ距離だ。
遭遇する確率は低いかもしれないが、絶対にそれはない、と二人は思えなかったのだろう。
(何しろ、極度の方向音痴(自分で言ってて悲しいが)が発覚した娘だし)
そして、そんなことになってしまっては困る。
万が一にも、あたしをリーマスが襲ってしまったりしたらと想像すると、あたしだって嫌だ。
そんな重いもの、背負いたくないし、背負わせたくもない。
『で?』
「うん?」
と、そんな風に自分の思考に埋没していたあたしを、スティアが見上げていた。
『どうやって捜すつもりなの?』
……一応聞いといてやろう、という言葉が、言外に聞こえた気がする。
むぅ。なんて失礼な奴なんだ。あたしが考えなしな子みたいじゃないか。
その反応にムッとしたものが込み上げてきたが、へそを曲げられても困るので、あたしは素直に答えることにした。
「そりゃあ、もちろんしらみつぶ
――……『却下』
……やっぱ殴って良いかな。
『君がそんな愚にもつかない発想するのが悪いんだよ。
この時間もない時に、そんな無駄なことできるわけないじゃないか』
「愚にもつかないって……っ」
凄ぇ表現だ。どんだけ酷い答え出したんだ、あたし。
「いや、そこは主人公のミラクル体質でどうにかなるかなって」
そう、主人公って奴は物凄い強運と引きの強さ、そしてトラブルメイカーの素質を兼ね備えてるものなのだ。
ちょっと出歩けば、管理人に追いかけまわされたり、あてずっぽうで言ったことが的を射ていたり。
物語の進行上仕方がないとは思うんだけど、あいつらマジ、日常刺激だらけだよね。
『にそんなものはない(きっぱり)』
「えええぇ!?なんでだよ!」
『だって、って主人公の友達とかそういう準レギュラーなキャラじゃないか』
「あたしって自分の夢でも主役になれないの!?モブキャラ!?」
『うん。それも、主人公に“大変だーっ!”って知らせ持ってくるタイプ』
「一番鬱陶しい奴キター!」
なんて表現だ。……いじめだいじめ。このドSめ。
と、あんまりな言い草にやさぐれそうになったが、ふとこんなじゃれ合いをしている場合じゃなかったと思いだす。
コイツわざとあたしとリーマスの愛の時間を削ってるんじゃないだろうな。
「〜〜〜〜〜とにかくっ!
そんなこと言うからには、もっといい方法知ってるんだろうな!?」
「でなきゃ殴るゾ、今畜生っ」と、睨めつけてみる。
……ふっと余裕の笑みを返された。
む、むかつく……っ!
で、スティアはその余裕の表情のまま、ぺっと汚いものでも投げ捨てるような適当さで、一本の杖を吐き出した。
(いや、吐き出すって言っても、胃の中からおえって出したワケじゃないから。大丈夫、汚くない)
それは、なんとあのやたらと御大層なあたしの杖だった。
「で、何でスティアが持ってるかなー」
『が完全に忘れて出てきたからだよ。
言っとくけど、君、杖なしじゃ魔法使えないからね。今度から肌身離さず持っててよ?』
「ごめんごめん。
動物もどきは杖いらないとか言ったのどこのどなたでしたっけ?」
『一般論ではね。君は普通じゃないんだから無理だって』
いよいよもって、この前の杖なしでできる魔法云々カンヌンという説明は意味のない物だったらしい。
説明端折ったり、意味のない説明したり、こいつなんなんだ。
「あたしは普通だ!」
『キャラはね。でも、君普通の魔女じゃないでしょ。だって
僕の魔力使ってるんだから』
「……まぁ、そうだけど」
『でしょ?』
「ってことはなに?あたし、杖なしじゃ魔法使えないの?」
『
eres correcto。ついでに僕がある程度の距離にいないのも駄目だから』
「うわー。面倒臭ぇー」
何であたしの夢のくせに、ままならないんだ。
普通に人間離れした魔力を持った子とかいう設定で良かったのに。
『そんな子じゃ、僕がこうしている意味がないじゃないか』
「…………」
くぅ。反論できない自分が悔しい。
いたらいたらで人のことけなしたり、色々役立たずだったりするけど、
スティアがいないと色々ストレスをぶつける場がなくなるのも確かだった。
と、憮然とした表情であたしが黙り込んだのを見て、奴は『で、話は戻るけど』と強引に会話を軌道修正した。
話が脱線しまくった原因はお前だと思いながらも、不承不承それに乗っかる。
『まず、その杖を地面に立ててー。あ、突き刺さないでね』
杖を地面に立てる。
『頭の中に逢いたい人を思い浮かべてー』
リーマスリーマスリーマスリーマス。
『手を離す!』
ぱっ!
言われた通りに手を離すと、杖は重力に従ってカランカランカラーンと良い感じの音を立てて転がった。
『…………』
「…………」
『……よし、あっちだ!』
「結局、訪ね人ステッ○じゃねぇかっ!」
そして、あたしは華麗に変身すると、スティアの背中に足でしがみつきながら移動を開始した。
うん?何で飛んで移動しないのかって?
阿呆なやりとりしてる間に、日が暮れちゃったんだよ!
うああああぁあぁーもう!おかげで鳥目発動だよ!
さっきまでのクリアな視界が嘘みたいに真っ暗だよ!
なんていうの?さっきまで眼鏡してたのに、それを外して尚且つ電気が消えちゃったみたいな。
物の輪郭が全く分からん!
『ありえない。本気でありえない』
『え、の頭の中身が?』
『案内するって言いながら、思いっきり足引っ張ってるお前の存在がだよ!』
『だから、こうやって運んであげてるじゃないか』と不満そうな声が下から聞こえてきたが、無視する。
そのくらい当然じゃんか。
おかげで、あたしは必死に足に力を入れて、猫の背中にしがみついてなきゃいけないんだゼ!?
せっかく羽があるのに!未だに一回もまとも飛んでないってどういうことなんだよ!?
結局、この前地面に戻るのも、飛んでっていうか降りてって感じだったしね!
嗚呼、くそ。足が疲れてきたっ!
『ふぁいてぃーん』
『やる気ねぇっ!しかも、韓国語かよ!』
『僕ってホラ。国際的だから』
『スペイン語話せるくらいだからな!』
『あれ、良く分かったね』
『マンキン読んでたからだよ!っていうか、お前も元ネタそれだろ!』
『
eres correcto』
『このオタク!』
『それが分かる君もね』
ビュンビュンと耳元で聞こえる風の音に負けないくらいの勢いで(一方的な)言い争いをしながら、気を紛らわす。
でなきゃやってられないってのが正直なところだ。
考えてもみて欲しいよ。目がロクに見えない中、森の中を凄い速さで疾走するって心境をっ!
そして、そんな恐怖の時間が30分も過ぎた頃だろうか。
急に、さっきよりも明るいなーと感じる場所に、あたしたちは辿りついた。
何でだと思っているあたしへの説明は一切ないまま、スティアは徐々にスピードを落とし、やがては完全に停止する。
『うーん。まぁ、こんなところかな』
こんなとこってどんなとこだー。
ちょお、説明プリーズ!
『……はいはい。ちょっと開けた場所。見れば分かるでしょ』
『だからよく見えないっての。んで?なんで止まるの?リーマスいるの?』
きょろきょろとあたりを見回しながら、あたしは当然の質問をする。
その割には近くに生き物の気配もしないし、音もないんですけど?
『いないよ。まぁ、それなりに近くにいるみたいだけど』
『?先回り??』
『ある意味ね』
回りくどい答えに、頭の上にクエスチョン・マークがたっぷり浮かぶ。
すると、そんなあたしをスティアは問答無用で体からゆすり落とした。
『んぎゃっ!』
『油断大敵だよ、』
『乙女を地面に落とすとか何事だ!』
『余所事だ』
『酷ぇっ!』
ギャーギャーと力の限り抗議する。
ああ、こんな時に目が見えないなんて!
暗い中落とされるのも怖いし、奴の足を嘴で攻撃できないのも悔しいしっ。
マジ、なんでよりによって鳥になってんだよ、あたし!
せめて!せめてフクロウだったら、暗くても
無問題だったのに!
フクロウは苦手だが、自分がフクロウになる分には襲われないので良いなーと思う。
と、地団太踏んで悔しがってるあたしに対し、
『ちょっと失礼』
かぷ。ひょい。
『うわぁ!?』
スティアは全く意に介さない様子であたしを持ちあげた。
もちろん、奴は猫の姿なので、まさかの首根っこを銜える形で。
かぷっていった!かぷっていったよぉおぉおぉおおぉー!?
『放せ放せ!とうとう本性表したな!?あたしは喰っても美味くなーい!!』
『大丈夫大丈夫。はそれなりに美味しそうだよ』
『ひぃっ!何が大丈夫なんだそれぇえぇえええぇー!!』
恐ろしい発言に、必死になって自由を手に入れようともがく。
必死。もう文字通り必死です。
夢の中で猫にあんぐりされるなんて寝覚めが悪すぎる。
『あーもう』
と、いい加減それが鬱陶しかったのか。
スティアは今まで聞いたことのない声を出してきた。
それはぞっとする位冷たくて。
焦げそうなほど、激しい、何かが込められた声だった。
――動くな。黙れ――
低い低いその言葉に。
ピタッと効果音が付きそうな程、勢いよくあたしはその動きを止めた。
状況が状況だけに冷や汗が噴き出してくる。
首筋を抑えられてるのだ。
その声に、言葉に怯えるのは最早本能と言って良い。
嗚呼、これがプレッシャーっていうんだな、と納得できる程の圧力だった。
と、あたしがガチガチに固まって大人しくなったのを悟ったのか、
スティアはいつもの気楽な感じに態度と口調を戻した。
『そうそう。そうやって大人しくしてくれてれば良いんだよ。
全く、は手がかかるね』
『…………』
そして、奴はひょいと身軽にあたしを銜えたまま何か(多分、木だろう)高い物体を駆け上る。
『はい、到着。降ろすよ?』
『…………』
流石にあたしが怯えきっているのが分かっているのか、
さっき地面に落とした時とは打って変わって、それは優しい動きだった。
が、そんなものにあたしは絆されない。絆されてたまるものか。
さっきのスティアは間違いなく……本気だった。
食べるとは言わないまでも、簡単に誰かを傷つけることのできる声だったんだ。
そう思えば、今日のステイアはどこか変な気がしてきた。
なんていうか、不機嫌っていうか。イライラしてるっていうか。
いつもの毒舌とはちょっと違って、もっと刺々しい感じで。
何だろう、行き場のない苛立ちをぐつぐつ煮たたせて、それを封じ込めようとしてるような。
そんな、妙な雰囲気。
あたし、何かした……?
心の中で思わず問う。
こういう時、嗚呼、言葉がなくても通じることは凄いことだな、と思う。
それが良いことか悪いことかは、場合によるけど。
そして、スティアはそんな声にならない声を受けて、一度大きく溜め息を吐いた。
それが誰に向けたものなのかは、本人にしか分からない。
『まぁ、したっていうかしてるっていうか……。
でも、僕もそれが分かっててここにいるんだから、君にこうして当たる権利はないはずなんだけどね。
だけど、やっぱり、こう見てるとどうしてもムカつくっていうか。
あー、うん。だけど、やっぱり八つ当たりかな、ごめんね、』
唐突に謝られた。
まぁ、酷い扱いだったのは確かなので、それに関しては特になんとも思わないけど。
『したっていうかしてる』……?
『スティア……。あたし何を……』
『は残酷だけど悪くないって話だよ』
『分かんない。そんなんじゃ分かんないよ……』
『君は分からなくて良いよ。だから、もう忘れて。許して?』
許しを請いながら、スティアはあたしを突き放す。
案内人があたしから遠ざかった瞬間だった。
誰よりもこの世界で近いと思っていた、言葉はあれだけど、家族みたいな気易い存在が。
急に頑丈だった足場が崩れたような錯覚に、あたしは思わず彼の名前を呼ぶ。
怖かった。
食べられる恐怖よりも、ずっと。
目の前の存在が自分の知らないものになることの方が、よっぽど怖かったんだよ。
『スティアっ』
だからあたしは。
『そうしてくれたら、肉球1日触ってても良いから』
『あれ?あたし今まで何してたっけ?覚えてないなーおかしいなー?』
あはははははー。
全てを笑って誤魔化した。
でも、このまま微妙な空気でいるよりは、こんな風に茶化してしまいたかったんだ。
だって、あたし、スティアのこと嫌いになれないから。
ねぇ、君は一体誰ですか?
......to be continued