Sister















 「んー……」



間違いなく過去最高に、僕は対応に困っていた。
原因は、目の前の可愛らしい少女――
旅の同伴者であり僕達のアイドルのような、そんな存在だ。
今、彼女はベッドの端に腰掛けて、なにやら長いこと唸っている。

実はここ数日、は何かを考え込んでいて、食事時以外はずっと手のひらなどを見つめて物思いに耽っているのだった。
あまりに考え込みすぎているので、悟空は愚か三蔵まで心配していたほどだ。

理由は分からない。
いい加減しびれを切らした僕達が訊いてみても、可愛らしい表情カオで「まだないしょです」と言うだけだからだ。
その内、知恵熱でも出してしまうんじゃないかというくらい悩んでいるのは分かっているのに。
何も出来ない。
何も言ってもらえない。
そんな自分が酷く、歯がゆい。
彼女はきっと、僕のこんな想いに気付いてなどいないのだろうけれど。



 「
 「え、あ、はい?」
 「もう教えてくれても良いんじゃないですか?」
 「はい?」
 「ずっと何を考え込んでるんです?」
 「えーと……な、ないしょ、です」



もう一度訊いてはみたが、どうやらまだ教えてくれる気はないらしい。
困った、複雑そうな表情カオの彼女をそれ以上問い詰める気にもなれず、僕は人知れず嘆息した。



 「……無理に、とは言いませんけど。でも、あまり根を詰めちゃ駄目ですよ」
 「そうは言われましても。……もう時間ないんですよね」
 「え?」
 「女の子には色々あるんです」



その色々、というのを僕は教えて貰えなかった。
というよりは、訊いて良いモノか微妙に悩む言い方だった為に教えて貰わなかった、か。
そして、僕は仕方なしに他愛のない話に話題を変えた。



 「そういえばチョコがあるんですけど、、好きですよね?」
 「チョコですか?はい、好きです」



とりあえず、少しでも息抜きをさせようと、目線を合わせつつの好物を差し出してみる。
すると、彼女もこちらの意図を察したのか、思考を止めて僕を見た。
こういう些細な気配りができるのも、彼女の素敵なところだと思う。



 「ありがとうございます。どうしたんですか、これ?」
 「さっきそこで買ってきたんですよ。美味しそうだったので」
 「ホント美味しそうですvでも、作るの大変そうな形ですねー、これ」



そう言うと、しげしげと花型のチョコを眺める
それは5枚の大きな花びらが少し重なり合った形で。
確かに、普通のチョコよりもそれは作るのが面倒そうに見えた。



 「それほど大変じゃないと思いますよ?型に流し込めば良いだけですから」
 「あ、なるほど。ところで、これ何て花でしょうね?」
 「そうですねぇ。南国の花、のような気はしますけど」
 「ハイビスカスじゃないですけど。んー、プラー……」
 「プラ?」
 「プラなんとかだった気がするんですよね。あれ、プルだっけ?うーん……」



数分ほど二人で頭を捻ってみたが、答えは出ず。
はふっと苦笑した。



 「分かんないですね」
 「そうですね。今度図鑑か何かがあったら調べてみますか?」
 「……んー、いえ、良いです。名前なんかなくても私こういう花、好きでいられますから」



にっこりと嬉しそうにチョコを口に入れる
こうしていると、本当に幼い少女にしか見えないんですけどね。
さっきまでとは、全く違って。



 「くすくす。はどんな花でも好きだって言うんじゃないですか?」
 「いえいえ、そんな事ないですよー。流石にラフレシアとかは『好き』っていうより『凄い』です」
 「ああ、世界最大の花でしたっけ?」
 「実際に見た事はないんですけどねー」



和やかで。
穏やかな会話。
三蔵といる時とも、悟浄といる時とも。
ましてや悟空といる時とも違うその空気が。
僕はとても気に入っている。

でも、にこにこと楽しそうに花について語る彼女に、ふと、思い出してしまう。
それは、時々、その空気が過去と重なるから。



――悟能。



華喃も。
華喃も花が好きだった。
偶に、花畑で摘んできて。
家の、居間にはいつも綺麗な花が。
白い、花が。
僕はそれを見ると心が和んで。
華喃には、その名前の通り花が似合ったから。

もっとも。
僕が最後に見たのは、倒され、踏み躙られたハナだったけれど。





――悟能。
――悟能。
――ゴノウ。


 ――いさん」





すると、そんな過去を見つめる僕に優しい声が。





 「……八戒さん?」





僕を呼んでくれる、優しい声がした。





 「八戒さん?」
 「はい?何ですか、



でも、僕に呼びかけるの瞳は。
綺麗で。
純粋で。
透明で。
何処か哀しげだった。



 「……何でもないです」



何でもない表情カオなど、してはいないのに。
は、こういう風に僕が昔の事を考えたりしている時には、何も言わない。
彼女はただ、全てを知っている瞳で。
僕の傍にいてくれるだけだ。
どうして人の心が分かるかのように、生きられるのだろう。
罪人の懺悔を聞くシスターのように。
何も訊かず。
何も語らず。
ただ、ほんの一言。
説き伏せるでも怒るでも悲しむでもなく。
何故、そっと欲しい言葉を。



 「でも、八戒さんは『八戒』さんですよ?」



貴女はくれるんですか?



 「え……?」
 「八戒さんは、『八戒』さんです」
 「?それは、どういう……」
 「私が一緒にいたいのは、今の『八戒』さんです」



小さなか細い手を伸ばして、彼女は僕の頬に触れた。
その手はとても温かくて。
彼女が今確かに目の前に存在してるんだと。
教えて。



 「だから、そんな表情カオしないで下さい



哀しげな微笑は、どこか華喃とダブるのに。
は確かに生きていた。










その夜、珍しくは悟空・三蔵の部屋で眠る事となり、僕は悟浄と部屋に二人だった。
彼女はあの後もいつも通りで。
いつも通り、可愛らしい笑顔で馬鹿騒ぎの中心にいて。
決して、僕にあれ以上の何も、言わなかった。



 「無理、させちゃってるんでしょうか……」
 「あン?」



ふと、知らずに漏らした呟きだったが、それに悟浄が反応を返してきた。
どうやら、耳聡くそれを拾ったらしい。
先ほどまで後ろを向いていた真紅の瞳が僕を見つめ、訝しげに細まっていた。



 「ンだよ。誰が何を無理してるって?」
 「あ、いえ……。今日、ちょっと色々ありまして」
 「チャン?」
 「…………」
 「だろ?ちょぉーっと、今日元気なかったからな」
 「分かってるなら訊かないで下さいよ」



その一言に悟浄は、シニカルな笑みを浮かべた。
少しばかり意地の悪そうな、そんな表情カオだった。



 「自分が無理させてるって自覚あんのかと思ってな」
 「もちろん、ありますけどね……」
 「お前が今日何言ったか知らねぇけどよ。あんまイジメんじゃねぇぞ?
  なんかずっと悩んでたみたいだしよー。お前の気分悪くするんじゃないかってな」
 「え?」



その、イマイチ噛み合わない台詞に首を傾げる。



 「ちょっと待って下さい。何の話ですか?」
 「はぁ?」
 「僕が気分を悪くするって、どういう事です?」
 「どうもこうも……何、ひょっとしてチャンがここ最近悩んでたって話じゃねぇの?」



が。
が僕のせいで悩んで?



 「……っちゃー。口滑らしちまった」



すると、半ば呆然とした僕の耳に、届いた呟き。
その内容に、体の中を氷塊が滑り降りる。

悟浄、貴方何を知ってるんですか?



 「悟浄。どういう事か説明して下さい」
 「嫌だ」
 「悟浄!」



思いがけず語気が荒くなった。
けれど、それに怯むような人間ではなく、悟浄は呆れたように、諭すように口を開く。



 「あのな。チャンが誰にも相談しない事にオレ等やお前が関わって良いと思う訳?」
 「でも、最近を考え込ませてたのは僕なんでしょう!?」
 「そうだけどな。勘違いするんじゃねぇぞ。
  チャンが悩んでたのは『お前のせい』じゃなくて『お前の為』だ。
  しかも、今回はお前だけど、オレや三蔵、悟空の場合にだっては一生懸命考えてくれる……」



だからシケた面してに心配かけんな。



そう続けた悟浄の言っている後半部分の意味は分からなかったが。
それでも前半は理解できて。
が。
で。
だから。
確かに、そう言うかもしれない、と思った。
僕のせいじゃなく、僕の為だと。
他の人間であれば、自分の行為の言い訳に他人を使うとか、捻くれた考えが頭を擡げるけれど。
が言うのであれば、そんな事少しも思い浮かばない事実に苦笑する。



 「今もお前の為に頑張ってくれちゃってるんだから、冷たい飲み物の一つでも運んでやったら?」



と、悟浄はニッと口の端を持ち上げて、僕に顎である方向を示した。
なんとも柔らかい瞳で言う彼に、僕は視線をずらし隣の部屋へ続く扉を見る。
少し、あちらの和やかな会話が漏れてきていた……。


結局僕達は皆、彼女に弱いんですよねぇ。
きっと。










そして、隣へ行くとは悟空と一緒になって、一心不乱に何かを作っていた。
いや、何かではない。
白い花だった。
光沢のある折り紙で丁寧に丁寧に花を作っていたのだ。
ひとひら。
ひとひら。
花びらにカールをつけて。

夜遅くまで作っているのを三蔵が見かねて止めるように言ったが、彼女は止めなかった。
手伝おうかとも言ったのだが、「八戒さんは駄目です」と言われてしまい、それもできなかった。
結局、僕がその花の意味を知る事になるのは、これから数日後だった。


それは、野宿するのが決まり、僕達は森の中の割合広めの場所を今夜の宿と決めた後の事だ。
各自、いつも通り野宿の準備を始めた矢先、不意にが僕の袖を引いた。



 「八戒さん、一緒にお水汲みに行ってくれませんか?」



此処からほんの少し行った先に小さな川がある。
はその方向を指差して、どこか不安そうにしていた。
あの、たくさん作った花の入った袋を片手に。



 「僕、ですか?」
 「はい。やっぱり忙しいですか……?」
 「いえ、大丈夫ですけど」



いつもなら料理担当の僕を煩わせないように悟浄や悟空と一緒に行こうとするに、首を傾げる。
二人と喧嘩でもしたんでしょうか?
いえ、でもそんな様子はなかったし……。
それに、花をどうする気なんでしょうね?

花で、数日前の事を思い出して、少しだけ緊張してしまう。
がしかし、あまり黙っているとの不安が大きくなる。
とりあえず、向こうででも理由は聞く事にして、僕は悟浄を振り返った。



 「じゃあ、火を起こしておいて頂けますか?」
 「おー、任せろ」
 「!頑張れ!!」



途中、妙に力の入った悟空の声援があったが。
彼はその直後、悟浄に地面へ叩き付けられていた。
後々思い返してみれば、気付いていなかったのはどうやら僕だけだったようだ。



 「いってぇな!何すんだよ悟浄!?」
 「るせぇ!手前ぇみたいなデリカシーのない奴は地面と仲良くなってろ!!」
 「何でオレがデリカシーないんだよ!?」
 「そういうところがに決まってんだろうが!」


 「喧しいっ!」



そして、三蔵の一括と、聞き慣れたハリセンの小気味良い音を背に、僕達は歩き出した。



 「行きましょうかv」
 「……何だか、あのやり取りも久しぶりな気がします」
 「皆、の事が心配でそれどころじゃありませんでしたからねぇ」
 「はい?」
 「いえ、何でもありませんよ」



よく聞こえなかったらしい彼女を笑顔でごまかし、僕は前を向いた。
道は人が偶に通るらしく、それなりに整っている。
偶に木の根や草が飛び出していたりするので、にそれを教えて川を目指した。
自然に手を繋いで、僕と彼女は黄昏の路を往く。










何分か歩いた末に到着した川原には綺麗な清水が流れていた。
さらさらと、なんとも涼しげな音色に彩られた其処は、見るモノをほっとさせる。
僕は、知らず知らずの内に深く息を吸い込んでいた。
静かな隣が気になり、そちらにそっと視線を送ると、はそこで同じように静かな深呼吸していた。

ただ、違うのはその雰囲気。
僕が和んで息を吐き出したのに対して。
は緊張をどうにか鎮めようとしているようだった。
何か、大切な事を告白するかのように、その瞳は真摯な色を宿していた。

そして、少しの間沈黙したはやがてあの花を取り出した。
彼女の手のひらの上できらきらと、柔らかく輝くその花はとても綺麗で。
でも、それを見つめるの表情は哀しいくらいに優しかった。
それに何も言えないでいる僕を真っ直ぐに見つめて、彼女の桜色の唇が音を紡ぎ出す……。



 「……色々、考えてみたんです」
 「そういう事をして良いのか、迷惑じゃないのか、とか」
 「気分を悪くさせたらどうしよう、とか」
 「でも、どうしても言いたくて。ない事にしたくなんかなくて」





――生まれてきてくれて、ありがとうございます。





え?



 「今日、誕生日ですよね」



思いがけない言葉に、気の利いた台詞も浮かんでこない。

まさかずっと、その為に、悩んで……?
僕がこの世に生を受けた事を怨んでいたから。
呪っていたのを知っていたから。
誕生日に祝っていいものか、と。
僕なんかの、為に。
こんな僕なんかの為にが。

驚きに眼を瞠る僕だったが、しかしそれ以上の驚愕が直後、僕を襲った。





 「八戒さんと、華喃さんの」





続けられたその一言に、僕はぎくりと固まった。
の口から出てきた名前は、自分の名前の次に、いや何よりも僕に馴染んでいて。
大切な人と自分を失った日を思い出させる。
そんな、かけがえのない名前だから。
それが良い意味でか悪い意味でかは分からないけれど……。



 「私、華喃さんにもいつかお礼を言いたいなって思ってたんです。お誕生日とかに。
  でもどうすれば良いのか全然思い浮かばなくて」
 「…………」
 「それで、この前のチョコを見て、ふっとお礼にはやっぱり花が一番良いかなって思って。
  本当はちゃんとした花が良かったんですけどね。これっていうのがなくて」
 「お礼……?」



は華喃がどういう人で、僕とどういう関わりを持った女性だか、誰よりも知っている。
でも、逢った事は絶対にないはずで。
一体何のお礼だか、分からない。

すると、疑問を抱いている僕の様子を見て取ったは、その音にしない疑問に応えた。



 「今の八戒さんがいるのは、『猪 八戒』っていう優しい人がいるのは華喃さんがいたからです」
 「…………っ」
 「だから、そのお礼、です」
 「僕は……優しい人間なんかじゃ、ありませんよ」
 「私が優しいと思うんです」
 「でも、……」



頼りのない呼びかけ。
しかし、そんな僕とは裏腹に、彼女の声は淀みがない。



 「私が八戒さんは優しいと思うんです。八戒さんが決めて良い事じゃありません。
  だって、これは私の感想で。私の気持ちだから」



はどこか諭すような、そんな少し厳しい言葉をはっきり言った。
外見とはかけ離れた、厳しさ。
でも、それは優しさを内包した、厳しさだったから。
すとん、と心に言葉が落ちてくる。

本当に、貴女は……眩しい。
眩しすぎて直視できないほどに。



 「だから、私は華喃さんにこう言うんです。私が、とても言いたいから。
  本当に、生まれてきてくれてありがとうございました。って……」



は一度深々と頭を下げる。
そして、見ている僕の目の前で、彼女は手にしていた花をそっと川に流しだした。
それほど流れの速い訳じゃない川に、綺麗で儚い花が咲く。



 「っ!何してるんですか!?」
 「ああ。届く……かなって」
 「えっ?」
 「天国に花の配達なんて出来ませんし、お墓もありませんし。
  だから、こうすれば届くかなって、思ったんです」



それが、彼女がずっと考えた末の答え。
馬鹿馬鹿しくて。
非科学的で。
全然意味のない事かもしれないけれど。
僕は、純粋にその花が華喃に届く気がした。



華喃。
華喃、見ていますか?




そして、は自身の手を組む。
澄んだ声が、水の流れる音に混じってその場に響いた。





――どうか、華喃さんに届きますように。





そっと瞳を閉じて祈る彼女は、やはりシスターのようだった。
背筋を正して生きる、綺麗な女性だった。



華喃、彼女が、今の僕の大切な人です。
時々、凄く頑固で。
少し遠慮がちの。
とても優しい人です。



 「馬鹿みたいですよね?」
 「いいえ。そんな事……ありません」



これは愛でも恋でもないかもしれません。
でも僕は、彼女を今度こそ守りたい。




 「届くと思います?」
 「ええ。きっと」



僕を許してくれとは言いません。
でも、見守っていて下さい。
彼女を守り抜くと、貴女と白い花に誓います――……。
















 ―作者のざれごと♪―

はい。という訳で、八戒さん誕生夢、如何でしたか?
これは以前、フリー配布を行っていた代物で、ほぼ手直しなしです。
(使いまわしてんじゃねぇよ、とかは言っちゃ嫌です)
個人的には連載にしようとしていた話の細々とした設定があったりなんかするのですが。
まぁ、そんなもの分からなくても、読めなくもないかな、と。
細かいところは無視して、雰囲気で読んで頂ければ幸いです。これは、本当に雰囲気とか情景重視で書いたので。
っていうか誕生日を祝おう!と思って書き始めたはずなのに、何故だか重い話に……。
んー。最遊記だからなのか、書くのが私だからか……。
きっと両方でしょうね、ええ。
しょうがない。だって、華喃出したかったんだもん(開き直り)
そうそう。花はプルメリアをイメージしました。
シスターは姉と修道女をかけてあります。綴り同じなんですよ?知ってました?

以上、八戒さんお誕生日夢で『Sister』でした!

※現在フリー配布は行っておりません。