悩んで悩んで、それで出した結論に、
不安や戸惑いがないなんて、言わない。









     Life Is Wonderful?、45








お金だけ置いて立ち去った店から、八戒さんは私を追いかけてこなかった。
まぁ、絶縁状を叩きつけてきたようなものなので、それも当然だろう。



 「あ……頼んだ紅茶、全然飲んでない」



はた、とどうでも良いことに思い当たると、それに対して隣りから盛大な溜息が返された。



 「……、今そんなんどうでもよくねぇ?」



その呟きに、今更ながら、悟空がいることに思い当たる。
自分で外へ促しておきながら、酷いとは思うけれど、自分のことでいっぱいいっぱいだったのだから仕方がない。
そして、ごく不満そうな表情を見て、ああ、この子は色々訊きたいのを我慢していてくれたんだな、と悟った。
まぁ、それもそろそろ限界のようだけれど。



 「結局、何が何だったんだよ」



「言いたくなきゃ言わなくてもいいんだけどさ」と。
そう言いながらも話してくれることを期待してやまない、瞳がそこにはあった。



 「…………」



それに対して、どこまで話したものか一瞬だけ迷う。
ここまで盛大に首を突っ込んできたくらいなのだから、多少は話をしないと何をどう勘違いするか分からない。
がしかし、悟空に話せば、間違いなく三蔵さんに筒抜けだ。
(悟空が隠しごとに向いているとは思わないし、そもそも隠す必要性を感じるかは疑問だ)
すでにさんざん迷惑をかけているような人、それも仕事の上司に対して、これ以上の恥を晒すのはとても嫌だ。

がしかし、あくまで迷ったのはほんの一瞬で。
気がついた時には、口が勝手に動いていた。



 「うん。さっきの人は、元恋人の友達なの」
 「は?恋人の友達?」
 「違う違う。元恋人の友達。私、その人とね。別れてきちゃったの。
  多分、私がフッたことになるんだと思うんだけど、どうなんだろ。
  もうしばらく、話もしてなかったから、自然消滅って奴なのかな?」



きっかけはあった。
でも、それがなくても、いつかはああなったと思う。
ただ、幕を引いたのが私で、悟浄じゃなかったという違いだけ。

……私は、悟浄に見切りをつけられたくなかったんだと、思う。
それなら、いっそ自分の手でと思わなかったと言えば、それは嘘だ。



 「それでね。さっきの人は何も言わないでいなくなっちゃった私を心配して来てくれたの。
  ほら、社宅に引っ越してきちゃったでしょう?それも黙ってたから」



嘘は何一つ言っていないけれど、故意に隠したことがある。
恋人と夫では、その印象は大違い。
それが分かっていて、私は笑ってそれを隠した。



 「言葉にしちゃえば、そんなとこなの。ね?思ったより大したことないでしょう?
  自分でもこんなことくらいで情けないんだけど、心配かけちゃってごめんね」



よくある話だ。
本人にはどれほどの重大事件であっても、周囲からしてみれば「へぇ」ですむような、そんな話。
がしかし、そう言った瞬間、悟空は驚くほど大きな声でそれを否定した。



 「『こんなことくらい』じゃねぇよ!」
 「え?」
 「、それですげぇ悩んだんだろ?
  それなのに『こんなことくらい』なんて言っちゃ駄目だ!」
 「っ!」



まっすぐな言葉に、息をのむ。
それは、きっと。
自分にはもう言えない、言葉だから。
見栄とか、意地とか、つまらないものに邪魔されて、なくなってしまったまっすぐさだから。



 「俺は馬鹿だし、まだガキだから、なんでそんなことになったのか分かんねぇけど。
  がすっげぇ、それが嫌だったことくらい分かる。
  でも、嫌でも何でもやらなきゃいけないって思ったんだろ?
  だから、その誰だか知らない奴フッてきたんだろ?
  だったら、もっと胸張ったって良いじゃんか……」



自分で言っていて、段々意味が分からなくなってきたのだろう、
徐々に勢いのなくなっていく悟空。
けれど、その言葉は確信に満ちていて。
驚くほどに、温かい。

思わず、私は天を仰いだ。


嗚呼、もう。
本当に、この子は……眩しすぎる。
直視してしまうと、涙が滲むほどに。


不意に歪みかけた視界をどうにか収めて、私は悟空に笑みを向けた。
それはきっと、自然で。



 「ありがとう、悟空」



初めて彼に向けた、心からの微笑だった。










 「でもね?フッた方が胸を張るのっておかしくない?」
 「おかしくねぇよ!……多分」
 「そうかなぁ……」
 「そう!」



悟空と二人、他愛のないことを話しているかのような調子で帰路に着く。

思っていたのとは、大分違う形になってしまったけれど。
とりあえずの決別に、私は胸を撫で下ろしていた。

八戒さんがこの後どうするかは分からない。
けれど、もう一波乱くらいはありそうだ。
そんなことは分かっているのだけれど、私の心は妙に晴れやかだった。
それは言いたいことを言いきったからかもしれないし。
完全に開き直ってしまったからかもしれない。
とにかく。
不思議とすっきりとした気分だった。
昨日までの欝々とした気分がまるで嘘のようだ。

だから、私はその気分も手伝って、隣を歩く彼に声をかけた。



 「ねぇ、悟空」
 「ん?なに?」





――パフェでも食べに行こうか?





 「心配かけちゃったお詫びに、ね?」
 「!……おう!」





後悔はするだろう。
自己嫌悪だってするに違いない。
それでも。
それでも、これは必要だったのだと。
例え、この先どんな風に転ぼうとも。
いつかの自分はきっと思えるだろうから。

とりあえず、今は今を精いっぱいに。











不安だらけな私だけど。
不安のない選択なんて、そもそもが間違いなのだと思う。









......to be continued