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貴方とは違う人に。
貴方の面影を見る。
だから。
Life Is
W
onderful?
、35
「俺、孫 悟空っていうんだ。よろしくな!」
ニカッと人懐こい笑みを浮かべる少年に、とりあえずお礼を言って、私はほっと息を吐いた。
声をかけてきた彼
――
孫くんが救急車を呼ぼうとするのを必死に止めて、今私は喫茶店にいる。
なにしろ、唯の貧血だ。
救急車なんて呼ばれたら恥ずかしすぎるし、ハタ迷惑すぎる。
なので、この辺りで休憩できるような所はないかと尋ねて、私はここまで案内してもらった。
目立たない喫茶店だったので、教えてもらわなければ分からなかったに違いない。
「なぁなぁ、アンタなんて言うの?」
「はい?」
「名前だよ、名前!教えてくんなきゃ呼べないじゃん」
その言葉に、まだ自分の名前を名乗っていなかった事に気付いた。
異性とはいえ、一応助けて貰った人に名前を教えるのは当然だろう。
流石に名刺まで渡す必要はないかと判断し、私は孫くんに向かって一度頭を下げた。
「あ、ごめんなさい。私は如月 すずって言います」
「へぇー。すずか!良い名前だな!」
……年下に呼び捨て。
その馴れ馴れしさに、普段であれば眉を顰めるところなのだけれど。
どうしてだろう。この孫 悟空という子の雰囲気がそうさせるのか、あまり嫌な気分はしなかった。
「ありがとう。私も孫くんの名前、素敵だと思いますよ」
「『悟空』!」
「……はい?」
「『くん』はいらねぇし、『孫』って呼ばれるのもなんか慣れねぇし、だから『悟空』で良いよ。
敬語もいんねぇ。だって、すずのが年上だろ?」
「いや、そういう訳には……」という私に対して、しかし、孫くんは頑として譲らなかった。
そんな態度から、馴れ馴れしいとかではなくて生来の人懐っこさから、彼に対して嫌な感じがしないのだということを悟る。
まぁ、どうせ、すぐに別れることになるのだから、と面倒だから私は折れることにした。
「えっと、悟空?は学校は良いの?」
「今日、講義ねぇから大丈夫!予定とかも特にねぇし」
……講義?
高校生なら、普通『授業』って言うんじゃ?
なんだか、少し妙な感じがして、目の前の少年をマジマジと見つめてしまう。
そういえば、何故か、悟空は私服だった。
高校で私服校がないとは言わないが、基本的には制服だろう。
私服で、講義。
それは、つまり……?
「大学……この辺りなの?」
「おう!最遊学園大学部って奴なんだけどさ。知ってる?」
「えーと、うん。聞いたことくらいならあるかな……」
予想通りの返答に、自分の認識能力の低さを突きつけられたような心地になった。
いや、でも。
この容姿で大学生はちょっと卑怯だと思う。
ちょっと、いや、かなり。
だって、身長はあまり変わらない(つまり、男子大学生としては低い)し。
確かに精悍な顔付きはしているが、ある年齢に達した男の人の、男臭さというかむさ苦しさというか、そういうものが一切ない。
おまけに行動が無邪気の一言に尽きる。
こんな屈託なく笑う人間なんて、下手したら小学生でさよならだ。
見えない。絶対に、大学生には見えない!
今時の男子大学生は怖いなんて話をよく聞くけれど、大学生に見えないんじゃ警戒のしようもないじゃない。
そんな風に、世の理不尽さにちょっと想いを馳せていると、
悟空は運ばれてきたハンバーグに齧り付きながら、私へと話題を移した。
「なぁ、ところですずってこんな所に何しに来たんだ?
オレ、今まですずのこと見かけた覚えねぇし、ここらの人じゃねぇだろ?見る所ねぇと思うけど」
キャリーバッグに視線がいっている悟空。
別に観光都市でも何でもない場所に、明らかに旅行者と思しき人間がいたことが余程珍しいらしい。
まぁ、確かにこの辺りは住宅地だし、少し外れた所はオフィス街だ。
正直に言って、神社仏閣でさえ見るほどのものがない。
だから、その好奇心は的外れでもなんでもないのだ。
がしかし。
男子大学生に、正直に細かい事情を話すほど、私は無警戒な人間ではない。
だから、その質問はやんわりとごまかしながら、その場を逃れることにした。
「まぁ、ちょっとね……。ところで、悟空はこの辺りに住んでるんだよね?」
その話し振りから判断して、そう水を向けてみると、悟空はそれに対して素直に頷いた。
「そうそう。こっからちょっとの『プラザ桃源』ってとこ」
「…………」
がしかし。
続いて発せられたその言葉に、私は思わず押し黙る。
何故なら、そこは……
「……ねぇ。悟空のお家って誰か『TOGEN』で働いてるの?」
自分がこれから住むことになる社宅の名前だったからだ。
警戒心も何も、こうなってしまえば関係ない。
驚くほどの偶然に頭が働かず、私は気がつけばそんな言葉を口走っていた。
すると、その一言が流石に不思議だったのだろう、悟空はキョトンと可愛らしく目を見開いた。
「そうだけど……。何で分かったんだ?」
「えっと……。私これからそこに行こうとしてたから……」
今後の付き合いも考えられるから、隠し立てするのも憚られる状況になり、仕方なくそう口にする。
流石に今から引越し作業をするとは言わなかったけれど。
まぁ、間違ったことも言っていないのだから、問題ないだろう。
と、悟空はその言葉に目を丸くする。
「え、マジ?知り合いでも居んの??」
「えーと……まぁ、そんな感じ、かな」
歯切れが悪い私の言葉に、悟空はほんの少し首を傾げたけれど。
気にしないことにしたのだろう。
最後のニンジンを口に放り込んで、人懐こい笑みを顔中に広げた。
「じゃあ、荷物運んでってやるよ!」
「え?」
「すず、まだ顔色良くねぇし、重いんだろ?それ。
人に親切にされたら、お返ししなきゃだもんな」
「親切って……」
されたのは寧ろ私の方で……。
予期せず与えられたその言葉に、戸惑いしか浮かんでこない。
悟空が言っているのは、多分、今食事を奢っているこの状況のことなのだろう。
でも、これはここまで連れてきてくれたお礼であって。
親切と呼べるような代物では、間違ってもないのに……。
「親切になんか……私はしてないよ?」
そう、私は人に構っていられるほど、余裕のある人間じゃない。
そんな優しさ、生憎持ち合わせていない。
もしかしたら、前はあったのかもしれないけれど。
今は、もう、ない。
気付けば、悟空のお蔭でほんの少し紛らわせていた、空虚な気持ちが舞い戻ってきていた。
もう、随分前から私の傍らにあったそれは、少し気を抜くとすぐに私を取り込んでしまう。
そして、そんな風に一瞬にして空気の淀んだ私に気付いたのかそうでないのかは分からないけれど。
悟空は、常人よりも生気に満ち溢れた瞳で私を見た。
「何言ってんだよ、してくれたって!」
その瞳は。
「喫茶店連れてったくらいで、普通こんな風に奢ってくんねぇもん」
どこまでも一生懸命で。真摯で。
「だから、オレはすずにお返ししなきゃって思うんじゃん」
いつかどこかで見た、誰かを、思い出しそうになった。
「……ありがとう」
「へへっ。どういたしまして!」
でも。
浮かんできそうになったそれを、無理矢理に打ち消して。
私は目の前の幼い彼に笑みを浮かべる。
違うよ。
違う。
悟空は……あの人じゃない。
あの人は子どもっぽくて。
優しいけれど。
こんな風に、まっすぐではない。
だから、重ねるのは、駄目だ。
「じゃあ、悪いけど案内してくれないかな。この辺りよく分からなくて」
「おう!任せとけ」
でないと、またあの空虚に捕まってしまうから。
貴方は貴方で。
彼は彼だと、当たり前のことを確認しないと駄目なんだ。
......to be continued
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