オコサマ的な彼女
ある日の昼下がり、三蔵は途中で家庭科の授業を抜け出し、一人で住宅街を歩いていた。
「……何でこのオレが高校にもなってアップルパイなんて甘ったるいモンを作らなきゃいけないんだ……。ブツブツ……」
何かゴチャゴチャ言っているが、所詮サボリである。
そして、三蔵が家に帰ろうとそのまま歩いていると、道端に小さな女の子がしゃがみ込んでいた。
真新しいランドセルと目に痛い黄色のカバーからして、小学校一年生だろう。
三蔵は一瞬だけ彼女に視線を送ったが、面倒事は御免だとでも言うように、完全無視ですぐ傍を通り過ぎようとした。
がしかし、
がしっ!
そうは問屋が卸さないのが世の常って奴で、三蔵はものの見事に少女に捕まってしまった。
「……オイ、このクソガキ」
「か弱い美少女が困っているのに声も掛けませんの!?」
「自分で言うなよ……」
キッと見上げてきたのは三蔵と同じタレ眼の、確かに可愛い女の子。
何気にツッコミを入れつつ、三蔵は少女の手を外そうとしたが、彼女はしっかりと三蔵のズボンの裾を掴んで離さなかった。
「……離せ」
「嫌ですわ!お家に帰らないと家の者が心配するじゃありませんの!!」
「知るかっ!」
ソレから少しして、同じようなやり取りを繰り返すと、どうにかこうにか三蔵は少女から裾を奪還した。
思いっきり睨んでくる少女に背を向けて、三蔵は半ば早足でその場をあとにしようとする。
多少の後ろめたさはあるが、面倒は避けたいというのが本音である。
しかし、少女は軽い足音を立てながら、三蔵の後ろを追ってきたのだ。
いつまで経っても、彼女は三蔵から離れようとしない……。
仕方がないので、かなぁーり不本意ながらも三蔵は振り返った。
「……付いて来てんじゃねェよ」
「お家まで送って下さるのでしたら、付いて行きませんわ」
「邪魔だ。失せろ」
「仕方がありませんから、交番でも良いですわよ」
「……人の話聞いてんのか、このクソガキ」
「そっちこそ、『人の話はきちんと聞きましょう』って習わなかったんですの?今時幼稚園児でも知ってるコトですわよ。
あ、分かりましたわ。貴方学校ほとんど行ってないんでしょう。あら?図星??図星ですのね。
そんなだと世の中渡っていけませんわよ。それとも何ですの?世間知らずのボンボンかしら。
親の脛齧ってて威張るなんて格好悪いにもほどがありますわ。ワタクシのように必要性がないのにやってるなんて滑稽ですわねv
あ、それとワタクシには『 』という素晴らしい名前がありますのよ?変な呼び方しないで頂けます?」
大人顔負けの毒舌を披露するに、三蔵のイライラはピークに達しようとしていた。
まァ、無理はないだろう。
コレだけボロクソに言われて(しかもかなり年下に)忍耐力というモノに無縁の彼が我慢していられるハズがない。
(というか、ソレ以前に、彼女は『知らない人に付いて行ってはいけません』とは習わなかったのだろうか……??)
「迷子を助けないなんて、人として最低ですわよ!」
ビシッ!
腰に手を当ててそう言い切る彼女に、ついに三蔵の決して丈夫ではない堪忍袋の緒が切れた。
「……ああ?」
そして、三蔵は鋭い視線をに送り、殺人的オーラを振り撒きながら歩き出した。
は、流石に機嫌が極悪な彼に付いて行こうとするほど命知らずではない。
黙ってその場に立ち竦み、三蔵の背中が見えなくなるまで見送ったのだった。
「……どうしましょう?また迷子に戻ってしまいましたわ」
ポツリと呟かれたその一言が三蔵に届くコトはなかった……――。
偉っそうな少女――と別れて数時間後、三蔵は自宅のマンションで新聞を広げていた。
はっきり言って、最悪な気分である。
すると、賑やかな声が聞こえ、ドアがイキオイ良く開いた。
「たっだいまァー!」
そう言ってズカズカ入り込んできた悟空はともかく、臆面もなく堂々と家宅侵入をやってのけているのは八戒、悟浄のお馴染みナンバーだ。
大きな声に、三蔵はこれでもかという位思いっきりガンを飛ばした。
「っるせぇんだよ!ちったぁ、静かに入ってこれねぇのかっ!!」
「……なんか、三蔵機嫌悪くねェ?」
「そのようですね。どうかしましたか?」
「……クソ生意気なガキに逢っただけだっ」
そう言いつつ、先程のやり取りを思い出したのか、彼の顔は渋面になってしまった。
あそこまで子供らしからぬ口調で話す子供も珍しい……。
というか、ほとんどいないだろう。
いたら恐すぎるっ!
「あ、子供って言えばさァー。なんか近所で誘拐があったらしいゾ?」
「まだ誘拐だとは決まってませんよ、悟空。『登校中にいなくなった』ってコトだったでしょう?」
「そうだっけ?」
「ま、何にしても、物騒な世の中だこと」
何気なく悟空が報告したその事柄に、三蔵は僅かに反応を示した。
もちろん、彼の頭をよぎったのは、口達者なあの少女。
家に帰れたのだろうか……?
いくら小賢しくとも、アレだけ小さいのだ。
三蔵の時のように知らない人間に声を掛け、ついて行ってしまうコトだって充分考えられる。
もし、それが変質者だったら……?
いや、彼女が声を掛けなくとも、向こうから話し掛けてくるコトもあるかもしれない。
そうなると……。
酷く気分が悪い。
もやもやとした気持ちを抱えた三蔵が深く考え込んでいると、話の続きなのだろうか、八戒の声が僅かに耳に入ってきた。
「さんのお宅はかなりの資産をお持ちでしょうから、色々と大変でしょうね」
―――ワタクシには『 』という素晴らしい名前が……。
三蔵はチッと舌打ちを一つして、おもむろに玄関へと向かった。
「三蔵?何処へ――……」
「煙草が切れた」
苦しい言い訳をして三蔵が出て行った後、「昨日買ったばっかなのに?」と首を傾げる悟空がいた。
ちなみに、未成年だという事実にツッコミを入れるような常識人は此処にはいない。
「……チッ」
何だかんだで結局、放っておけなかった三蔵は、と逢った付近を徹底的に捜していた。
子供の足ではそう遠くには行けないハズだ。
がしかし、そんな考えを嘲笑うかの如く、少女の姿は何処にも見出すコトが出来ない……。
本当に一瞬だけ彼らを使って探そうかとも思ったが、そうすると笑われるか、黒い笑顔付きのお小言を頂戴するが関の山である。
流石にソレは、彼の有り得ない位高いプライドが許さなかった。
少し捜索の足を伸ばした三蔵は、やがて小さな公園に辿り着いた。
入り口にいた、やたらとデカイデブ犬を一睨みで退散させて、視線を走らせる。
がしかし、やはりと言うか、少女の姿は全く見えない。
と、此処でもないか、と思ったその時、鮮やかな黄色が微かに眼に入った。
無言でその方向に近づくと、ヒョッコリと小さな人影が現れた。
「アラ?さっきの薄情者??」
思ったよりもケロリとしている声に、三蔵は怒鳴り散らしたいのを必死に我慢した。
迷子を見捨てた彼に、どう考えても非がある……。
そう。例えその迷子がどんなに毒舌を言ってきてもっ!
いくら俺様を貫く彼でも、その位は認めざるをえなかった。
「どうなさいましたの?……は!まさか貴方……」
「あぁ?」
「まさか貴方も迷子ですの?いい年して」
「んなワケあるかぁあぁあぁあぁーっ!!」
やっぱり慣れないコトはするもんじゃないらしい。
怒鳴った後、妙にすっきりしている彼がいたとかいなかったとか……。
すると、思いっきり怒鳴られたはちゃっかりと(!)何時の間にか付けていた耳栓を取り、三蔵を見上げてきた。
「じゃあ一体何ですの?」
ジィー。と遠慮なく不審者を見るような視線を送ってくる彼女を見て、
「親の顔が見てみたい」と自分のコトを棚に上げて思った三蔵だが、仕方無しにに手を差し伸べた。
キョトンと彼と手を交互に見比べる。
そして、彼女は再度同じ科白を繰り返した。
「……何ですの?人身売買??」
「何でそうなるっ!早くしろ。オレも暇じゃねェんだよ」
その言葉に、彼女はようやく彼の行動の意味を正確に読み取ったが、やがて首を横に振り出した。
「無理ですわ」
「あぁっ!?何が無理……」
「話は最後まで聞きやがりませ。だってワタクシ……」
自分の右足首を指差して、彼女はこう言った。
「足捻ってますもの」
それから五分後……。
慣れない手つきでをおんぶしている、世にも珍しい三蔵の姿が目撃された。
「……重い」
「まァ。女の子に向かって失礼極まりない男ですわね」
「コッチはさんざ探し回って疲れてるんだよ……。じっとしてやがれ」
「最初に連れて行ってくれれば、疲れなかったと思いますわ。人が貴方を信用して頭をさげてましたのに」
「…………」
「…………」
「……勝手に信用してんじゃねェ。つーか、何時頭なんぞ下げた!?」
「だって、ワタクシ、貴方のコトよく見かけますもの」
「……無視かよ」
「前、子猫に餌をやってましたでしょう?一応、変質者の類ではないと思いましたのよ」
「…………」
「…………」
「……大体、なんで茂みの中になんかいやがったんだ、手前ェ」
「だって言ってるでしょう。この耳は飾りですの?」
「チッ。で、……はどうしてあそこにいた?」
「ブッサイクな犬から隠れていただけですわ。他の人が噛まれてましたし」
「小賢しいな」
「おりこうさんと言って欲しいですわね」
「誰が言うか」
―作者のつぶやき♪―
あまりに最遊記作品が暗すぎるので、ギャグ作品を一つ。
うふふ。古いなぁ。文字大きくしたり変えたり、なんとも目に痛い工夫を凝らそうとしていたかつての自分がいるよ。
なんていうか、涙がにじんでくるのは気のせいですか……?
さすがに、文字サイズ変更は痛すぎたので、修正させて頂きました。っていうか、させて下さい。後生だから!
ちなみに、これ御題は【ランドセル】で、旧管理人の颯さんからの「三蔵とカップル設定のギャグ甘」ってリクエストだったり。
ヒロイン設定が特殊すぎた。ギャグにはできても甘味が足りない。
ので、糖度をあげるためのおまけつき。
以上、『オコサマ的な彼女』でした!
おまけに興味のある方は↓へどうぞv短いですけど。