その日、俺が出逢ったのはやたらと自由人で綺麗な姉さんだった。





空ゆくへのコールバック





「って、自由なのは良いが、一体何時になったら帰ってくんだ、ちゃんよぉ……」


ぐったりと本来の主のいない部屋で、殺人鬼が一匹唸っていた。
殺人鬼っていうか、俺だが。
俺っていう人殺の鬼だが。
零崎人識、人生で数少ないお留守番の巻……ってかぁ?


「ん?ところで、鬼って数え方は『匹』で良いんだっけか?
『人』はなんか違ぇ気がするが、かといって『頭』っつーのもなんだな。
人にとって重要ってこたぁないだろ。寧ろ邪魔なくらいだ。
有害以外の何物でもない。もっとも俺は何者でもないけどな。
……こんな時、欠陥だったら適当なこと言い出すんだろうが、俺には生憎そこまでの語彙はないか」


ぶつぶつと独り寂しく呟いてみる。
そして、日本人の良心こと炬燵にのんべんだらりとしながら、時計を見た。
短針が指し示すのは、午後7時。
(電波時計なんつー、最新式のものなので狂ってるってことはないだろう)
途中で若干うとうととして風邪をひきかけたのを除けば、 こんな限りなくどうでも良いことに思考が逸れるくらいの時間は、の帰宅を待っていることになる。


「何で俺はいつもこうなんだろうな。
何かやろうとすると想定外の邪魔が入るっつーか、上手くいかないっつーか。
親切心やらなにやらを発揮した時に限って、大体こんな感じでぐだぐだ終わるんだ。
実は神サマでもついてんじゃねぇのか。『び』と『ん』と『ぼ』と『う』って頭に着く神サマとやらが。
それかアレか。こういう奴を『器用貧乏』とでも言うのかね。
かはは。器用で貧乏なんて自分で言っててそのまますぎて、笑いも起きねぇぜ」


……駄目だ。
自分で自分の言葉に対してリアクションとって、しかも、矛盾まで起こしてやがる。
元々、何かを待ち受けるのはあまり性分じゃないことも手伝ってか、むやみに疲労ばかりが蓄積しているらしかった。


「慣れないこともしたしな」


ちろり、と目線だけで隣りのキッチンを見つめた。
いや、正確にはキッチンではなく、冷蔵庫を、だが。
今日は3月14日。所謂ホワイトデー。
世間では飴やらマシュマロやらブランド品やらの需要が跳ね上がる、なんとも恐ろしい日であり。
同時に、バレンタインの告白の返事を世の男共がお返しと共に示す日でもある。
普通は告白の返事の方が難易度が高いんだろうが。
そこはそれ、あのが嫌いな人間とこうやって付き合っているなんて有り得ないので、そこまで酷い想像はしていない。
(まぁ、あくまでも『そこまで』なのがポイントだ。そこそこの酷い想像はしている。ガチでありそうで怖い)

で、問題は『宿なし文なし職もなし』とないないづくしの自分が用意できるプレゼントだ。
生活費はそこらの一般人から頂けば良いのだが、いかんせん、プレゼント代に流石にそれはないと思う。
高いもんを買ったら、一発でにバレて、死んだ方がマシって位の冷たい視線を寄越されるに違いない。
下手したら、その場で三行半を叩きつけられかねないだろう。


「そういうところは、やっぱり俺としてもきっちりしておきたいところだよな。
が、バイトっつっても俺なんかを雇ってくれるようなところがまともであるはずがないし、 短期間じゃ、せいぜいたかが知れてる。こういう時、自由業殺人鬼は辛いぜ」


中途半端な金で買ってもやっぱり出所は追及されるだろうし、プレゼントも間違いなく中途半端なものになる。
よって、これも却下。

金がなくても手作りならできるだろう愛に溢れた手作り品が!!とか、どっかのクソ馬鹿兄貴あたりは言いそうなもんだが、 それは、手作りだって材料費やらなにやらはかかるっていう現実を知らないからこその台詞だ。
(あの兄貴はパトロンがいたせいで、金銭感覚が若干薄い。世間知らずはこれだから殺したくなる)
自慢じゃないが、手先はそこそこ器用なので、何かを作ることは可能だが、なにしろ先立つものがない。
そして、男からの手作り品は、女子のウケがあまり宜しくないのが世情である。
(一週間前コンビニで立ち読みした女性誌参照。なんで店員さんは男が女性誌を見てるとあんなくすくす笑うんだ)
なんでも、自分より家庭的なことができる男には、負けた気分になるのだとか。
主夫やらオト○ンやらが出てきたおかげで、多少の風向きは変わったようだが、まぁ、避けるのが無難だろう。


「そうなると、さて、肩たたき券くらいしか俺の取れる道は残されていないんだが」


まさかそんなものをあのの手作りチョコのお返しで渡す?
手間暇、時間も金もかけずに心だけ込めて?
いやいや、それもない。
断じてない。
そもそも、自分の心すら掴みきれない俺にどれだけの想いが込められるっていうんだ。

というワケで、考えに考えた結果、ここはもう男の手作り料理しかない!という結論に到ったワケだ。
仕事で疲れて帰宅した時に暖かくて美味い料理が彼氏と一緒にお出迎え、という所謂サプライズプレゼントである。
これなら最低限の軍資金を、それこそ手間暇、時間で補える上に、オ○メンな印象は与えない。
(やっぱり、一週間前コンビニで立ち読みした女性誌参照。その内店員さんの視線が酷く生温かいそれになっていた)

材料費はとりあえず、舞織に借りた分と、欠陥を脅して頼みこんで手に入れたカンパで賄い。
買い物を終えたら、その足での家のキッチンを拝借し。
料理に着手したのが、まぁ、自分で思い出して驚きの午後三時。
俺の計算では、若干の失敗とケーキまで作ることを考えての時間で。
早く帰宅するかもしれないがあつあつの料理を食える位の、丁度良い時間で。
だがしかし。
仕込みはすでに完璧、あとはもう火を通すだけっていう状態で材料はいまだ放置されたまま。


「……遅い」


愛用のクッションを抱え込んで、とりあえずごろごろと転がってみる。


「幾らなんでも遅いだろ」


さらに転がってみる。


「あの残業大っ嫌いなが?八時近くまで残って仕事??
 いやいやいや、それはないだろ」


さらに転がりつつ、テレビを消してみる。


「っていうか、一昨日メールした時に夜空けとけっつっといたんだから、 幾らなんでも、連絡くらい寄越すよなぁ」


クッションを潰して伸ばして放り投げつつ、携帯を確認する。


「…………」


炬燵のコンセントを引き抜きつつ、エアコンのリモコンと上着に手を伸ばす。


「……………………」
「これはあれだ。決してが心配だとかそういうことじゃなくてだな」
「折角、俺が骨身を削って作った料理が、このまま完成しないのがあまりに哀れだからであって」
「そう、心配とかそんなんじゃないワケだ。俺のせいでが妙なことに巻き込まれてるかもなんて考えてもいない……」



「ま、戯言だけどな」



ひょいと気軽に鍵開けナイフを仕舞い、俺は温かな空間に背を向けた。







スタスタと。
足早に、どこにでもありふれている町並みを何度も通り過ぎる。
路地の暗がりに目を向けては、嘆息し。
外灯に照らされたうら寂しい公園を歩く人影に視線を彷徨わせ。
しかし、どれほど探しても、を見つけることはできなかった。

まずは、閑静な住宅街を通り抜け、の職場に足を向けてみたが、そこはすでに明かりもなく。
行きつけのスーパーからはたまた飲み屋、更には少し足を延ばして美容院なんてものにも行ってみたが、 そこに望む人影を見つけることは遂になかった。
は行動範囲がかなり広い人間だが、プライベートではお気に入りの場所に行くことがほとんどなので、 心当たりを潰した後は、正直もうお手上げ状態だった。
すでに時刻は九時を回っている。
淡い期待を胸に、彼女のアパートに戻ってみるものの、見上げた部屋に灯りはなかった。


「……ちっ」


いよいよ焦燥が胸を焦がし始める。
俺が狙いなら、携帯なりなんなりを使って何らかのアプローチがあっても良さそうだが、 今のところ、自身の携帯が鳴ることはなかった。


「って、まず鳴らすのが先ってかぁ?」


おもむろに自身の携帯とナイフを取り出し、通話口をストラップの揺れる耳に近づける。
数十回のコール。
永遠とも思えるその時間が経過した後、電話口に出たのは想像していた低い声でも機械で変調した声でも、 かといって、愛しの彼女のあっさりとした声でもなく。


『ひと……っくっしゅん!ハクシュン!クッシュ!』
「…………」


まさかの耳元でのくしゃみのオンパレードだった。


「……あー、?」
『グシュ、ちょ……っ待っ……ヘックシュンッ!』
「ちょっと落ち着け。っていうか落ち着こう。まずアレだ。深呼吸だな?
 吸ってー吐いてー。吸ってーまた吐いてー。ホラ、続けてみろ。はい、吸って――
『クッシュン!くしゅクシュッ!グシュ……ハー……クシュ――


なんだか、妊婦を励ます助産師になった気分でを落ちつけていると、 その内、くしゃみの合間に「あー」だの「うー」だの、鼻声でが呻いているのが聞こえてきた。
これは……もしかしてもしかしなくても。
深く考えるまでもなく。
まぁ、風邪だろう。
っていうか、風邪だろう。

無事かと言われれば、多少の疑問が残るが、 とりあえず最悪の事態とは程遠そうな現状に、思わずほっと安堵の息が漏れる。
が、こんな状態で家にいないという疑問には、答えを貰わないワケにはいかなかった。


「……落ち着いたか?」
『……ずずっ…ん。ギリで』
「かはは。すげぇ鼻声。んで、風邪っぴきのさん、どこほっつき歩ってんだよ?お前」


がしかし、その問いに対するそれは、酷く予想外で。


『……は?ぐず……っ家に、いるわよ、ずっと』
「は?」
『クッシュン!!風邪引いてんだから、出るワケ……くっしゅ!ない、でしょ。
帰ってから、……っと寝てる、わよ、ぐしっ。
っていうか、そういうワ、ケだから、今日の約束ちょっと無……ヘックシュン!』
「……あー……」


だからだろうか、寧ろその言葉に酷く納得した。
納得して。


『……理だから。……人識?ねぇ、聞いてる??』
「聞いてる聞いてる。聞いてるから……ちょっと黙れ」
『は?』


駆けだす脚に力を込める。


『ちょ……黙れって、何様のつもり、なの?』
「そりゃあ、アレだ。彼氏サマ?」


階段を2段飛ばしで跳ね上がり。


『意味分かんな……っくし!』
「良いから、黙ってろって。くしゃみ出んだろ?」


僅かな時間さえもどかしいというように、扉を開け放つ。


「そりゃあ、そうだよな。外なんか探したって、見つかるワケがなかったんだ。
俺としたことが、そんな初歩的なことからつまづいてたぜ」



――青い鳥しあわせは、家の中って相場が決まってる。そうだろ?



「ただいま、
「……おかえり、人識」


思わず苦笑すれば、彼女もつられて笑みを零した。







ぐすぐすと鼻水をすする彼女にティッシュを差し出すと、はそれは不機嫌そうに眉根を寄せつつそれを受け取った。
明らかに不承不承というその様子は、珍しく子供っぽい。
本人にそのことを指摘してみれば、「こんなみっともない状態で男に逢いたい奴がいるか」と返された。
……確かに、いつも小奇麗にしているにしてみれば、現状は不本意極まりないだろう。
俺としては、偶には弱っているも趣があって良いと思うが、言えば殴られそうなので。
とりあえず、が見つからず自分がいかに大変だったかを訴えることにした。


「家にいるんだったら、もうちょいアクション起こしてくれよ。
気配なんて全然なかったっつーの」
「それは、まぁ、確かに悪かったと思うわ。ごめん。
でも、しょうがないでしょ。医者に貰った薬飲んだら、もう死んだように寝ちゃったんだから。
っていうか、気付かない人識も悪いでしょ、どう考えても」
「一応、ちらっとは寝室も行ったんだがな」
「ウチの羽毛布団は高級品なのよ。人ひとりくらい余裕で埋もれるってゆーの?
でも、あたし一回くらいくしゃみして起きたわよ?それにも気付かなかったの?」
「……そん時は俺もうたた寝してたんだろーよ」
「やっぱり、人識だって悪いじゃないの、それ」


呆れたようなの眼差しに、若干の居心地の悪さを感じる。
が、普段は毎日仕事をしている人間が、今日に限って部屋で休んでいるなんて普通は考えないだろう。
そして、自分以外の人間が活動する音を聞いて、気にせず寝ている方も寝ている方だと思う。
まぁ、それだけ眠りが深かったってことなんだろうが。

とにかく、の具合が悪いということは、今日俺が用意したあれこれは確実にお役御免ということで。
(まさか、消化に悪い油物やらケーキやらを病人に食べさせるワケにはいかないだろう)
それは冷蔵庫に早々に仕舞い、俺は手早くのために雑炊を作ることにした。
計画は多少狂ったが、手料理を振舞うという一番の目的はどうにか達成できそうだ。
幸いに白米はすでに炊いていたので、材料をキッチンに並べた後、その米を水にさらす。


「〜〜〜♪」


トントン、とキッチンにリズミカルな音が溢れる。
ザワザワ、とどこか遠いテレビの音が居間を満たす。
それは、驚くほどに安心するアンサンブル。
会話はなくともどこか気安い空気に、なるほど、家って奴はこんなものなんだろうな、と妙な感想が湧いた。
熱くもなく。
冷たくもなく。
気を使う必要はなく。
取り繕う義務もない、そんな場所。


「……かはは。俺にもそんな場所があったとはな。傑作だ」


欠陥が見たら目を丸くしそうな位、柔らかい表情を自分がしているのを感じながら、 ほんの僅かな間、俺は天井を仰いで瞑目した。



――偶には、こんな日も良いだろう?



どこか知ったような表情カオで、そんなことを言い出す兄貴の姿が、ふと鮮明に浮かんだ。

そして、数秒の後に、俺はその笑みを背に包丁を振るい、葱を細かく刻んでいった。


「材料あんましないから、卵雑炊とかで良いか?」
「……ん。ありがと。……くしっ」
「…………」


もう何度目になるか分からないくしゃみに、手は止めずにの顔を顧みる。
咳は全くないのに、くしゃみが凄いせいでの鼻は真っ赤になっていた。
赤鼻のトナカイのようで、なかなかに珍しい光景である。


「……にしても、凄いくしゃみな。って鼻から来るのか」
「そう。いつも2月に体調崩すんだけど、今回はなかったんで気を抜いたらこのザマよ。
本当に、一生の不覚だわ。こんな阿呆な姿を人識に晒すなんて……」
「そうかぁ?別に言うほどのもんでもないと思うけどな」


ぶつぶつと呟きながら、どこか恨みがましい視線を寄越してくるの前に完成した雑炊を並べつつ、
俺はその言葉に首を傾げた。
すると、はそんな俺にレンゲを突き付けて、威嚇するように声を上げた。


「甘い!甘いわ、人識。そんな適当な慰めでカバーできるレベルじゃないのよ、これは!
まぁ、かといってマジマジとなんか見たらぶっ飛ばすけど」
「かはは……」


物騒なセリフに苦笑いを浮かべる。
弱っているはずなのに力強く言いきられたそれに、俺は惰性のように感想を求めることしかできなかった。


「んで、お味は如何?」


がしかし。


「そうね。とりあえず……」


が。


「みっともない姿見られてもお釣りがくるくらいには、美味しいわ」


そう言ってあまりにも可愛らしく笑うので。


「なぁ、
「ん。なに?」
「俺は、が例えトナカイみたいに鼻赤くして唸ってても……」
「?」



――でて触ってキスして笑って愛してやんよ。



今まで、ずっと言っていそうで言っていなかった告白をしつつ。
とりあえず、宣言通りその赤く染まった鼻の頭に、啄むようなキスをした。







―作者のつぶやき♪―

ホワイトデー設定で人識君の夢をお届けです。
ぶっちゃけ、バレンタインのアンサー話。
片方書いたらもう片方書かなきゃだろってか、待ちぼうけくらう人識くんとか絶対可愛いっ!というノリで続きました。
ヒロインさんとの絡みが少ないのはご愛敬☆
アンケートでは甘い話が求められているようなので、これでも頑張ったんですけどねぇ。
っていうか、人識くんがエセすぎるw

期間限定(3/14〜3/21)でフリー配布です。
ご希望の方は、topメールフォーム又は拍手にてご一報下さると管理人小躍りします。
*現在、配布はしていません。
以上、ホワイトデーフリー夢『空ゆく君へのコールバック』でした!