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騒がしい夏・幕間 後編

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 「観世音」


二人の会話が途切れるのを待っていたかのようなタイミングで上から降ってきた低く良く通る声に、は弾かれたように顔を上げた。
中二階に続く緩くカーブした階段の中ほどから、こちらを見下ろす一人の青年と目が合う。
彼はからすぐに目を反らし、カウンターに座る女性に声を掛けた。


 「話は終わったか?」
 「ああ」
 「ならさっさと支度しろ」
 「コレで充分だよ」


短い遣り取りの間に、青年は長い金糸の髪を翻して階段を降り切ってカウンターに歩み寄り、彼女を見下ろす。


 「随分と行儀がいいな、観世音」


機嫌の悪さを隠そうともしない仏頂面。
眉間に寄った皺。


 「玄奘先輩?そんな格好して、どうしたんですか?」


驚きの余り挨拶をすっ飛ばしてそう声を掛けてしまったに、彼はきつい眼差しを向けた。
その傍らでは、観世音が吹き出している。


 「三蔵なら上の部屋に居る。人違いだ」
 「ええっ!?玄奘先輩じゃないんですか!?」


第二ボタンまで外した白いYシャツの肩にサラリと流れる金糸の長い髪。
を睨む眼差しは、鮮やかな紫暗。
冷たく見えるほど整った、白皙の美貌。

何もかもが、似ている、などというレベルではない。

目の前の青年と三蔵が違う所といったら、髪の長さくらいなものだ。
が素っ頓狂な声を上げるもの無理はなかった。
青年の形のいい眉が神経質そうに寄せられる。


 「違う、と言っている。二度も同じことを言わせるな」


心底腹立たしげに言い捨てられ、は即座に謝った。


 「ごめんなさいっ」
 「わかればいい」


青年は不遜な表情でを一瞥し、相変わらずカウンターの上に座ったままで肩を震わせて笑う観世音に剣呑な眼差しを向けた。


 「何が可笑しい」
 「そう怒るなよ、金蝉。皺が消えなくなっちまうぞ」


言って尚も笑い続ける観世音を睨み据え、金蝉、と呼ばれた青年はチッと舌打ちした。


 「余計なお世話だ。クソババァ」


煌びやかな容姿と口を吐いて出る言葉の齟齬にクラクラする。
青年の方が三蔵よりも線が細く華奢な分、繊細な印象を受けるから尚更だ。
目を丸くしているに、観世音が今更のように「そいつは俺の甥っ子で三蔵の従兄弟の金蝉だ」と紹介してくれた。

――双子じゃないんだ………。

そうは思えど、はこれ以上余計な事は口にすまいと無言でこくこくと頷く。


 「だから此処へ来るのは厭だったんだ。次からは、俺に用があるならてめぇから出向きやがれっ」


低くドスの利いた声音で吐き捨て、金蝉は身を翻した。
動きにあわせて、長い金糸が細身の長身に纏わり付く。
黒いズボンに包まれた長い足が大きなストライドで図書館の扉へ向かった。


 「外で待つ。さっさと来いっ」


そう言い置いて、金蝉は外へ出て行ってしまった。


 「相変わらず短気な男だ」


乱暴に閉められた扉を眺め、組んだ膝の上で頬杖を着いた観世音が優雅に笑う。


 「…行かなくていいんですか?」


随分怒っていたみたいですけど、と心配そうに扉の向こうを気にするだったが、彼女は鼻で笑い飛ばした。


 「気にするな。奴の不機嫌は今に始まったことじゃねぇ。精々待たせておけばいい」


顎を反らして高飛車に言ってのける。
高慢な表情も、この女性がやると不快感より似合うという妙な感心の方が先立つから不思議だ。
先程の青年も、三蔵もまた然り。
流石、血は争えないといったところか。


 「でも…」
 「お前こそ、三蔵の奴に会いに行かなくていいのか?」


逆に自分の方に水を向けられ、は困ってしまった。
別には、本を読みに来ただけであって、三蔵に会いに来たわけではない。


 「行くなら気を付けろよ。今のアイツの機嫌の悪さは金蝉の比じゃねぇからな」


の返事を待たずして観世音は可笑しそうに笑ってカウンターから降りた。
の脇を擦り抜け様に、物問いただ気なの視線に答えて紅い唇の片方を吊り上げる。


 「二日酔いだ」
 「はあ」


わかったような、わからないような。
じゃあな、とヒラヒラと片手を振って去り行く背中に、は取り敢えずペコリと頭を下げたのだった。

再び、重厚な扉が開いては閉まると、は大きく深呼吸をした。

―――――っ、吃驚したぁ。

ここ最近で一番の"吃驚"だ。
が。
安心するのはまだ早かった。


 「―――っ!!!」


館内の静寂を突き破って、突如響きに響き渡った大声に、は思わず身を竦めた。


 「………〜」


大声の正体がわかると、はすぐ傍のカウンターに突っ伏したくなった。


 「ちょっと聞いてよっ、!!」


脱力し切っているの心境などお構いなしに、はヒールの音も忙しなく階段を駆け下りる。


 「あのねっ、今、今、玄奘さんの所に昨日の花火大会の写真を現像して焼き増しして持っていったのよ!」


足を動かすのももどかしい、といった風に捲くし立てながら走って来てガシッとの両手を握り締めた。


 「そしたらね。驚かないで聞いてね!?信じてね!?」
 「な、何?」


余りの勢いに、ここは図書館だから、とか、もう少し静かにした方が、とか、当然の注意するのも躊躇われるほどだ。


 「玄奘さんが二人も居たのよ!!」


きーん、と耳鳴りがしたかと思った。


 「一人でも凄いのに、二人よ!?二人!!もー、余りの神々しさに目がチカチカしたわよっ」


両手をブンブンと振り回されては、耳を塞ぎたくても塞げない。


 「夢か幻かと思ったわー。眼福、ってああいう状況のことを言うのよ!絶対」


どーでもいいんだけど………


 「ゴメン、。手、痛い」


ぐったりとが訴えると、ハタと我に返ったらしいは慌てての両手を解放してくれた。
取り戻した両手で、が耳をマッサージし始めると、は物凄く不服そうな顔になった。


 「何、。その顔は信じてないわね!?」


腕組みして肩を怒らせたを、は苦笑いで見つめる。


 「ううん。そんなことないよ?」
 「じゃあ、どうして驚かないのよ!」
 「さっき、此処で会って死ぬほど驚いたから」
 「え!?」


が元々大きな瞳を更に見開いた。
『玄奘さんが二人』というの発言はこの上なくその通りだと思う。
金蝉という青年を見て、三蔵がウィッグを着けただけだと思わない人間が果たして居るのだろうか。
二人を別々の場所で見かけて、他人だと見抜ける人物がどれほど居るだろう。
その二人を一遍に見てしまったの驚愕は計り知れない。


 「此処に来たの?あの人?」
 「うん」
 「ってことは、此処に居た司書の観世音理事長にも会ったとか?」
 「うん、会ったよ。へえ。あの女の人、理事長さんだったんだー」


世間一般の『理事長』というイメージからは掛け離れた非常に破天荒な雰囲気の美女だったが、彼女の纏う色々な意味で周囲を圧倒する空気を思えば何となく納得のである。
司書、というイメージは欠片もないのだが。
ないのだがしかし、彼女なら現役の学生なのにバイトと称して三蔵や八戒に司書の仕事を押し付けそうだ。


 「入学式の時に壇上で挨拶してたじゃない。もしかして…覚えて、ないの?」


恐る恐る、といった風に聞いてきたに、はそうだったけ?と首を傾げる。


 「あんなに強烈な印象の美人を忘れられるなんて………凄いわね」
 「あはは。いやー、それほどでも」
 「褒めてないから」
 「…ははははは」


乾いた笑いが、の引き攣った唇から漏れた。
の呆れる視線から逃れる為に、は話題の転換を試みる。


 「理事長さん、玄奘先輩達の親戚なんだってー。そう言われてみると、理事長さんと玄奘先輩達ってどことな〜く似てると思わない?」


ニコッと上目遣いに笑ってみると、はやや呆れ顔を崩した。


 「似てるって言うか、玄奘さん達が女装したらああなる、って感じ?」


ポンッ、との脳裏に『女装した三蔵と金蝉』の想像図が浮かんでしまったのは言うまでも無い。
ちなみに髪の色はしっかり金→黒に変換されている。

素晴らしく言い得て妙だ。

は顔を見合わせて、沈黙すること僅か数秒。
ワンテンポ置いて同時にプッと吹き出した。


 「あははははは〜。上手い!」
 「でしょでしょーっ?」


最早、此処がどこであるのかすっかり忘れて笑い転げる二人。
するとまたまた上から降ってきた声。


 「館内ではお静かに」


今日は、よく上から声を掛けられる日だ。
やんわりと二人を咎めた声は、そう言えばいつの間にか居なくなっていた八戒のものだった。
彼の姿を階段を振り仰いだ視界に認めたものの、何を言ったものかとは困った。

――ドコへ行ってたんですかー?とか?…いつ居なくなっちゃったんですかー?とか…うぅんと、後は、玄奘先輩が二人も居て吃驚したんですよー、はちょっと違うかな?

救いを求めるように曖昧な笑顔を貼り付けた顔をに向けると、彼女も表情を強張らせている。
微妙な沈黙が流れる中、八戒が革靴の音をコツコツと響かせながら達の傍まで来た。


 「非常に興味深くて楽しそうなお話なんですけどね。お願いですから、間違っても本人達の前でそれを言うの"だけ"は止めて下さいね?」


血の雨が降りますから。
にっこりと綺麗に微笑んだ口元。
翡翠の双眸は全然笑っていない。
ピキッと、己の表情筋が硬直するのをははっきりと自覚した。


 「ゴ、ゴメンナサイ…」
 「………」


何とかボソボソと小さく言葉を発したと、顔を強張らせたまま何も言わないの脇を通り過ぎ、八戒はカウンターの中に入る。
それを横目で追いながら、どうにか穏便に立ち去る為にはどうするのが一番いいかとがその方法を模索していると、無言で立つを八戒が呼んだ。


 「さん」
 「…はい」


ギクシャクとが体の向きを変えると、八戒の"笑顔"に出会う。

――う"っ…。怒ってる。絶対、怒ってるーっ。

ギクシャクと、は笑う。


 「何でしょう?」


ほっぺが、痛い。


 「ちょっとこっちへ来てくれますか?」


にっこり。


 「はい?」


にっこり。


 「…わかりました」


八戒の笑顔に気圧されて、はおずおずとカウンターの前に立つ。



 「そこじゃなくて、こっちです。中に入ってこの椅子に座って下さいませんか?」


八戒の端整な長い指がパソコンの前の椅子を指し示す。


 「はいっ?」


にっこり。


 「わかりました。わかりましたからっ」
 「何ですか?」


その笑顔、止めて下さい。

とは、は『口が裂けても言えない』と思った。







八戒に言われるままにカウンターを回り込んで中に入って椅子に座る。
それを待っていたかのようなタイミングで、今までずっと黙っていたが口を開いた。


 「。私、外で待ってるわ」


言われて、彼女と悟空とランチの約束をしていたことを思い出した。


 「あ、待って、


扉に手を掛けた友人を呼び止め、が椅子から立ち上がろうとすると、背後に立っていた八戒がの両肩に手を着いた。


 「あのぉ。私これから悟空と待ち合わせして、と三人でお昼ご飯食べに行くんです」
 「すぐに済みますよ」


今度はちゃんと、湖面の様に深く澄んだ両の瞳も微笑んでいる。


 「でも」
 「その辺ブラブラしてる。此処、クーラーきつ過ぎるから身体が冷えちゃったわ」


は顔をしかめながら、扉を押し開いて外へ出た。


 「後でね」


八戒への挨拶は無い。――会釈すら。
目上に対する礼儀をきちんと心得ているにしては珍しいことだ。
もしかしたら。
彼女の想い人である八戒が、だけをこんな風に呼び寄せたことが気に障ったのだろうか。


 「…怒っちゃったのかな」


友人のらしくない態度に、が漏らした独り言に八戒が少しだけバツが悪そうな笑みを浮かべた。
の背中にやんわりと話し掛ける。


 「そうですか?僕には、違う風に見えましたけど」
 「どんな風にですか?」


が八戒を振り返ろうとしたら、座っている椅子の高さがガクン、と下がった。


 「わっ!」
 「ああ、すみません。少し、椅子の高さを調節させて下さいね」


笑い混じりの声が肩のすぐ後ろ辺りから聞こえる。


 「吃驚したぁ。下げる前に言って下さいよー」


落っこちるかと思いました。
頬を膨らませて口を尖らせたに、八戒は「すみませんねえ」とのんびり言う。
ギッギッ、と音を立てて、一度下がった座席が座っているごと上に持ち上げられた。


 「さんの髪、ちょっと気になったものですから。整えさせて下さい」


後ろから耳元で囁かれて、は微妙に気恥ずかしい。


 「はあ。いいんですか?私のコレって完全な癖っ毛ですよ?もー、すっごい頑固で」


肩にかかる茶色い髪を人房摘んでしげしげと眺める。


 「後ろで絡まってほつれているのは、癖は癖でも"寝癖"なんじゃありません?」


クスクスと八戒に笑われてしまい、は身を縮こませた。


 「…今日は、ちょっと寝坊してしまったものですから」


ボソボソと言い訳する
だらしない、とか思われてしまっただろうか。
八戒の表情を窺おうとしたが、少し動いた時点で「じっとしていて下さいね」と頭の位置を彼の両手に固定されてしまった。

八戒の指が、後ろ髪に触れる感触がした。
そのまま、ゆっくりと毛先まで梳かれる。
何度も、何度も、繰り返し。


 「あの、さっきののことなんですけど」
 「何です?」
 「八戒先輩には、どう見えたんですか?」


ふっ、と八戒が軽く息を吐いたのがわかった。


 「八戒先輩?」


じっとしていろ、と先程言われたのを律儀に守って、は目線だけを斜め上に持ち上げるが、当然真後ろに立っている彼の顔は見えない。


 「僕の口からは、ちょっと言い辛いですね」


やや、トーンの下がった声。


 「そうですか」
 「そんなに気になるのなら、後で、さんの方から彼女に聞いてみては如何です?」


八戒の提案に、は躊躇いを禁じ得ない。
返事をしないに、八戒の声が、の髪を梳く指と同じくらい優しくを諭す。


 「大丈夫ですよ。決して、貴女のせいではありませんから。それにね、さん。彼女は怒ってなんかいません。大丈夫です。僕が保障しますよ」


穏やかな口調は、不思議とを安心させた。
八戒は、よりとの付き合いはずっと浅い。
面識だって、数えるほどしかない。
の方が、彼女のことは解かっていると思う。
そんな彼の言葉を、素直に信じてしまえるのが不思議だった。

他の誰かの言葉だったなら、何を根拠の無いことを、と思っただろう。


 「これ位解れれば、ブラシを使えますかね」


独り言のような八戒の呟きに、は少々凹む。


 「…そんなに、こんがらがってたんですか?」
 「ははっ。念には念を入れただけです。無理に引っ張ると、傷んで切れ毛になってしまいますからね」


一旦離れた八戒の指が、再び髪に触れ、同時にブラシが当てられる。


 「へえ。そうなんですかー」
 「ええ。ですから、さんが自分で手入れする時にも気を付けた方がいいですよ」
 「はあ」
 「気の無い返事ですねえ。折角綺麗な髪をしているんですから、きちんと手入れしてあげて下さい」
 「…はい」


――何だか、八戒先輩ってお兄さんみたい。

八戒にされるがままに彼の両手に髪を委ねる。

――男の人に髪をいじって貰うのなんて、美容師さん以外には八戒先輩が初めてかも。

でも、嫌じゃない。
何だか、擽ったい気分だ。


 「あ。八戒先輩っていつもブラシ持ち歩いてるんですか?」
 「まさか。コレは悟浄のですよ」


悟浄の紅い髪は、よりも長い。
風に靡いていた、癖の無いサラサラのストレートを思い出す。


 「悟浄先輩の髪ってとっても綺麗ですよね!きっと、私と違ってちゃんとお手入れとかしてるんでしょうね」


彼があの大きな背を丸めてヘアパックやトリートメントをしている図を想像すると、それはそれで微笑ましいような。
クスクスとが笑うと、八戒もくすりと笑った気配。


 「さんの髪って、猫っ毛なんですねえ」
 「はい。パーマとか、かかり辛い髪質だって美容院で言われちゃいました。そのくせ、寝癖とかはしっかり付くんですよ」


睡眠をこよなく愛し、朝はなるべくギリギリまで寝ていたいにとって、それは毎朝感じる小さな不満だ。


 「あはは。でも、柔らかくって手触りがいいですよ」


八戒の褒め言葉に、は、エヘヘ、と照れ笑いする。


 「さんは、猫みたいですね」
 「あ、それ、良く言われます」
 「でしょうねえ」
 「え?」


即答されてしまい、それは一体どういう意味なのだろうかと、自分で言っておいて気になるである。
振り向こうとすると、また八戒の両手に顔を前に向けられてしまった。


 「ほらほら。動かないで下さい」
 「…スミマセン」


――私は猫で、悟空はお猿さん。悟浄先輩は、河童って言われてたよね?じゃあ、八戒先輩って何になるんだろう?

は、うーむ、と考えてみたがちっとも当て嵌まる動物が思い浮かばない。

――あっ、玄奘先輩は猫科っぽいかも。

知らず笑みを漏らしていたを、八戒がブラシで髪を梳かしながらひょいと覗き込んだ。


 「どうしたんです?何だか嬉しそうですけど」
 「えっ!?」


もしや、声に出してしまっていたのだろうか。


 「おや?今度は赤くなりましたねえ」


揶揄いの色の浮かぶ翡翠の双眸から、はフイッと顔を逸らした。


 「そ、そんなことないですよっ」
 「そうですかねえ」
 「気のせいですってば」


はにっこりと笑う。
だが、八戒は誤魔化されてはくれないようだ。
じーっと綺麗な色の瞳に見つめられて、の視線が泳ぐ。


 「あー、そういえば、玄奘先輩の具合、如何なんですか?理事長さんから、二日酔いって聞いたんですけど」


途端に、すうっと翡翠の双眸が細まった。


 「どうしてそこで三蔵が出てくるんです?」
 「え!?いえ、何となく」


一瞬、の顔に動揺が走ったが、すぐにきょとんとした表情に変わる。
それを見逃す八戒ではないが、敢えてそれ以上は触れずに、またの髪を梳かし始めた。
彼女がホッとした様子が、後ろからでもわかる。


 「昨日の夜、花火大会が終わった後に彼女に呼び出されて、明け方近くまで付き合わされてしこたま呑まされたそうですよ。
  お蔭様で、僕と悟浄は先程彼に盛大に八つ当たりされてしまいましたよ」


八戒の言う『彼女』とは、今さっきが挙げた人物を示す単なる代名詞に過ぎない。
ただ、会話の流れでそう言っただけだ。
けれど、はそうは取らないだろう。


 「そうだったんですかー。大丈夫なんですか?」
 「ええ。二日酔いは別に病気ではありませんからね。半日も寝ていれば復活しますよ」
 「じゃあ、もうすぐ復活なのですね」


今はそろそろお昼時。
ちょうど半日だ。


 「そうですね。あれだけ大声を出せれば心配要らないでしょう」


八戒の声に、僅かにうんざりした調子が混じる。


 「何か、良くわからないけど大変だったんですね」
 「ええ、まあ」


八戒は、普通に話すの前に回りこんでその表情を確かめたいという衝動を持て余していた。

は、素直な娘だと思う。
少々惚けたところはあるが。
何より、良く笑う娘だ。
けれど。
感情が筒抜けのようでいて、彼女の見せる実に様々な表情のどこまでが本当なのか。


 「困ったものですね」
 「はあ」


誰に向けたものでもない呟きに、そんな反応を寄越したに、八戒はほろ苦いものを感じずにはおれなかった。


 「――終わりましたよ」
 「有難うございます」


椅子から立ち上がって、頭を下げて笑ったに、八戒も微笑む。


 「それじゃあ、また」
 「はい。失礼します」


もう一度八戒にお辞儀して、は外へ出た。
探すまでもなく、の姿はすぐに見つかった。
その辺をブラ付く、と言っていた彼女は出入り口近くの煉瓦造りの壁に背中を凭せ掛けていた。


 「お待たせ、


ぼんやりとした表情のに、声を掛ける。


「………ぁあ。ううん。じゃ、行こっか」


先に立って歩き出す彼女の後姿を、は立ち止まったまま、見つめた。


 「?どうしたの?」


不思議そうな顔のは、怒っているような雰囲気はない。


 「んとね。、さっき…ちょっとだけ怒ってたのかなーって」


は、酷く驚いた顔をした後、頬を歪めた。


 「怒ってないわよ」
 「本当に?」


歪めた頬はそのままに、は口元に薄く笑みを吐く。


 「怒ってたんじゃないわ。本当よ」
 「じゃあ」
 「ただ、失敗しちゃったのよ」
 「…何を?」
 「どうってことありません、ってフリ」


彼女の言葉の意味が解からなくて、それ以上に、どうしてそんなに哀しい顔で笑うのかが解からなくて。


 「大丈夫?」


結局、に言えたのはそんな事だった。


 「まあ、空元気も元気の内ってね。失恋如きでめげるさんじゃないわよっ」


ツン、と顎を反らしては笑って見せたが、はそれどころではなかった。


 「ええっ、失恋!?」
 「しーっ!!声が大きいわよっ、!!」


の大声に、慌てたに飛びついて口を塞ぐ。


 「ほーひふほほーっ?」
 「悟空君と合流したら詳しく話すわ。取り敢えず、行きましょう?」


声を潜めて耳打ちされて、は口を塞がれたままでこくこくと頷いた。


 「こーなったら、夏休みは遊び倒すわよっ、!!」


歩き出しながら、握り拳を固める


 「う、うん」


彼女に並んでも歩き出し、勢いに圧されて頷く。

そんな風にして、の大学生になって最初の夏休みは始まった。

今まで、長期休みには必ず付いて回っていた『宿題』などというものはない。
およそ二ヶ月に渡る長い休みは、ぽっかりと空いてしまった空白の様にも思える。

どう過ごそうが。
何をしようが。

全くの『自由』。

喜びもあるが、戸惑いもある。
けれど、それを上回る期待と大きな高揚感。

――どんな休みになるのかなー。

想像もつかない。
だから、余計に楽しみで。


 「夏休みかぁ」


取り敢えず、最初の大きなイベントは月末に行くサークルのキャンプだ。

澄んだ青空をレンズ越しに見上げるの瞳は、ふんわりと微笑んでいた。





 





presented by ......羽柴あおい様(2004.11/25)






―管理人のつぶやき♪―

著作権は【Night mare】の羽柴 あおい様の物です。
勝手に持ってっちゃわないで下さいね。

嗚呼、段々と自分が本当に不届き者な気がしてまいりましたっ!
こんなに、こんなにたくさん素敵な文章を書いて頂けるなんて!!
もう、連載物の域に達してますよね、本当に。
っていうか、これ、頂いても良いんですよね、本当に!?

菩薩さまはもちろん、金蝉さんまで御登場ですよv前回には名前だけですが、捲兄ちゃんも出て下さいましたしw
羽柴さまは、「勝手に出しちゃってすみません」とおっしゃってましたが、
無問題です!寧ろ大歓迎です!!
寧ろ、嬉しいサプライズに終始にやけっぱなしです!

羽柴さま、本当に素敵な夢をありがとうございましたw


Special Thanks  羽柴 あおい様 (http://aoihashibanm.jog.buttobi.net/)