チル散ル満チル、8 どのような取引を行ったのか知らないが、 子どもは悟空の嘆願後、比較的迅速に組織内にある自分達の居住区へと連れてこられた。 相変わらず折れそうな細い身体。 いや、明るい照明の下で見るその姿は、病的なほどで。 正直に悟浄は気持ち悪いと思った。 こけた頬や薄い肢体。 血色の悪い頬や唇は、子どもにはあるまじき青白さだ。 ぶっちゃけて、いつ呼吸が止まってもおかしくはない容貌を子どもはしていた。 その時、子どもは生きてるのか死んでるのかも分からないほどに淡々と眠っていたが。 僅かに上下する胸がなければ、悟浄は間違いなく目の前にあるのは死体だと思ったことだろう。 「…………っ」 三蔵に担がれてきた子どもを見た瞬間、さんざん気にかけていた悟空は、流石に顔色を変えた。 前は暗かったからよく分かっていなかったのだろう。 この惨状とも言ってもいい状態を。 悟浄や八戒でさえ絶句しているのだから、この感受性豊かな少年には中々刺激の強い光景だ。 完全に三蔵が極悪非道の人攫いにしか見えない。 明らかに体調が悪そうな人間、しかも子どもを俵担ぎにするなんて間違いなくコイツは鬼畜だ、と再確認する悟浄であった。 「……はぁ。三蔵、貸して下さい」 「……フン。勝手にしろ」 その光景を見かねたのか、八戒が子どもを受け取る。 そして、丁寧な仕草で子どもを横抱きにすると、あからさまに表情を歪めた。 それは嫌悪なのか、同情なのか、憤りなのか。 おそらくは本人でさえ判別不能だろう。 その気持ちは悟浄も最初に抱いたものなので、複雑な心境が手に取るように分かった。 「……とりあえず、部屋を用意してあげなきゃいけませんね」 ざんばらの髪が顔にかかっていたので、両手の塞がっている八戒に代わって払う悟浄。 顕わになったのは、ぐったりしているものの、彼が思った以上に整った顔立ちだった。 ざっとではあるが、子どもがこの組織に関わった経緯を知ってしまったがために、思わず嘆息する。 きっと。 きっとこの子どもは、両親さえ生きていればそこそこ愛らしく、そこそこ幸せな人間になれたのではないだろうか。 どうも人殺しの才能のようなものがあるらしいが、日常生活であればそれが開花することなどなかっただろう。 それなりの容姿でもあることだし、きっと。 きっと、多くのまともな人間に囲まれて。 自分たちと関わることなどなく。 感情を欠落させることなく。 どこまでも、『人』としてあれたのではないかと、思う。 まぁ、それこそ今更で、自分がそんなことを思うのはお門違いなのだが。 「東の角部屋開いてただろ。そこで良いんじゃねぇ?」 とりあえず悟浄は、例え偽物だったとしても子どもが昇る朝日が見れるように、そんな提案をしてみた。 「なぁなぁ、マジにこの部屋にすんの?」 とりあえず、悟浄の提案を受けて連れてきた部屋は、普段使われていないせいか物がなく。 悟空は大いに不満そうな表情をした。 もちろん、必要最低限のものはある。 部屋の場所も、自分の部屋と近いから問題ない。 広さも、ベッドやらソファを置いても余裕があるのだから、子どもには十分すぎるほどだろう。 だが。 その部屋にはあまりにも色どりがなかった。 悟空の中で子ども部屋というのは、色々おもちゃが散乱している上に壁紙やらなにやらがファンシーなそれだ。 とにかく、賑やかな印象なのである。 だが、明らかにそれとは違う現実の光景に、ぶすっと頬を膨らませた。 自分の言葉で子どもがここにいるという思いがある悟空としては、部屋であろうともっと気を配るべきだと思ったのだ。 悟空の顔色からそれらを読み取った三蔵は溜息を吐き、八戒は苦笑した。 「ええ。ここなら他の人達ともあまり接触はないでしょうしね」 間違いなく人付き合いの経験が少ないであろう子どもを慮ると、この隅の部屋は何かと都合が良い。 元々この施設が地下にあることもあり、窓から子どもが逃げ出す心配もない。 (ちなみに、窓はある。ただし、そこに映し出されるのは偽物の風景だけれど) そして何より。 子どもが無関係の人間を殺す心配がない。 この子と逢った時のことを思えば、いきなり攻撃されることもありえるのだから、それは当然の配慮だった。 がしかし、理屈は分かっても、納得ができない悟空は思ったことをそのまま口にした。 「でも、ここ殺風景じゃん」 「しゃーねぇだろ。ここは託児所じゃねぇんだからよ」 組織の施設の一つがファンシー……。 まったくもって笑えない。 確かに、子どもの部屋としてはあんまりだと思うが、かといって、この子どもに可愛らしい子ども部屋が似合うかと言われると。 なんというか、想像がつかないのが正直な感想だった。 「でもさぁ、せめてぬいぐるみとかおもちゃとか……」 が、なおも喰い下がってくる悟空に、八戒は子どもをベッドに降ろしつつ口を開く。 ……後で点滴でも持って来た方がいいかもしれない、と思いつつ。 「確かにそれも良いですけどね。まずはこの子がここに慣れるのが先決です。 ここ以上に殺風景な場所にいたらしいですからね。 いきなり、そんなに物のあるところに連れてこられたらパニックになると思いますよ?」 「……そんなもんかなぁ?」 「そんなもんだろ」 面倒臭そうに応じる三蔵は、明らかに適当だった。 だが、その言葉で何がしかの折り合いをつけたらしい悟空は、「早く起きねぇかなー」などと子どもの顔を覗き込み始めた。 とはいっても、薬で眠らされているらしいから、そうそう起きはしないのだろうが。 とりあえず、三蔵は今にも頬をつつきだしそうな悟空を目線で制しつつ、暇つぶしに煙草を銜える。 その様子を横目で見ていた悟浄も、便乗してハイライトを取り出すが。 「……やめてくださいね?」 笑顔を浮かべた男の姿に、さっさと煙草を戻した。 まぁ、考えるまでもなく、この保父を自称する男が、 不健康の塊のような子どもの前でそんな蛮行を許すはずがなかったのだ。 だが、即座にその言葉に従った悟浄と違い、三蔵は不愉快そうに片眉をあげるだけだった。 そして、そのままマルボロに火をつけてしまう。 「三蔵っ!」 思わず八戒が声を荒げるが、対する三蔵はどこ吹く風といった様子だ。 子どものために禁煙なんて、一体どこの子煩悩の親父だ、とでも思っていそうだった。 大体、最終的に三蔵も子どもを連れてくることを了承したのは確かだが、それは何も子どものためなどではない。 あくまでも、それは煩わしくされたくなかった彼自身のためである。 それなのに、煙草が吸えなくなるなど、本末転倒だ。 ので、彼は深く深く紫煙を吸い込み、恨めしげな八戒・悟浄の視線を軽く流しつつ、ふっと吐き出した。 「……知るか」 「!!」 どこまでも俺様な態度に、長年の付き合いの男たちは諦めた。諦めざるをえなかった。 だが、そんな中、 「三蔵!」 最も長い付き合いである少年だけは、その横暴に対抗した。 持ち前の反射神経を駆使し、三蔵の手から煙草とその箱を奪い取ったのである。 「「「…………」」」 その場に一気に殺気が満ちる。 大人げないということなかれ、これが彼らの日常だ。 ちなみに、もちろん本気と書いてマジと読む。 「やめろよな、三蔵」 「…………手前ぇ」 「今は、我慢してくれよ」 「返しやがれ、馬鹿猿が」 「ヤダ」 かちりと撃鉄の上がる音が部屋に響いた。 まさに一触即発という雰囲気。 がしかし、それはこの場でもっとも幼い人物によって破られることとなる。 「あ」 ぴくり、と。 今までほとんど動きもしなかった子どもが、反応した。 何に? 煙草の匂い? 怒声? いいや、満ち満ちた殺気に対して。 流石に、子どもの前で銃弾を打ち込む気はなかったらしく、三蔵は舌打ちをしつつ愛銃を懐へと仕舞う。 そして、気まずさを打ち消すかのように子どもに声をかけた。 「オイ」 あまりに簡潔な一言。 だが、それは子どもの意識を覚醒する手助けの一つとなったようだった。 「オイ、起きろガキ」 面倒臭そうに子どもへと手を伸ばす。 だがしかし、次の瞬間、彼は仕舞ったばかりの銃を再び披露する羽目に陥った。 なぜならば。 「……チッ、冗談じゃねぇぞ」 その細い指先が、己の眼球を目がけて振るわれたからだ。 この時のことを、三蔵は生涯忘れないだろう。 それはあまりに得体の知れない恐怖。 まるで、子どもが人を殺すためだけに存在しているかのような違和感。 呼吸をするように。 どこまでも自然に、無意識に。 この子どもは人を殺してきたのだろうし、これからも殺すのだろうという奇妙な確信。 嗚呼、そうだ。 確かこのような人間を、人はこう呼ぶのだ。 人間失格、と。 ......to be continued
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