チル散ル満チル、5







彼らの間には、重苦しい雰囲気が常につき纏っていた。
任務の間も。それ以外の時も。それは等しい質量を有していた。
別段、ここ数日、何かが普段と違っていた、というワケではない。
激しい喧嘩もしていなければ、誰かが死んだ知らせを受けたということもなかった。
ただ。
ただ、彼らは出逢ってしまっただけだ。
どうしようもない、生き物に。
どうにかしてやりたくなるほど、憐れな子どもに。


「…………」


けれど、誰もがその事に対しては口を閉ざした。
何故なら、言ってどうにかなるような問題ではないからだ。
それに正直な話、今更という気もあった。
実験台にされることを知りながら引き渡した自分たちが、一体どんな表情カオで「心配だ」などと言えるのか。
口が裂けたって、そんな虫の良いことは言えない。
言えないが、しかし。


「なぁ、三蔵ー」
「却下だ」


だからといって忘れられる存在ではない。
あの子どもはそれだけ印象的で、無垢だった。


「何だよ!?まだ何も言ってねぇじゃん!」


いつかどこかでしたような言葉を吐きながら、それでも口火を切ったのは、やはりというか悟空だった。
彼は時折このような役回りを自覚的に、あるいは無自覚的に行う。
今回も、やはりそうだった。
誰かが何かを言わなければ、確かにこの雰囲気は長い間変わらなかったであろう。
だが、口に出したが最後、確実に後悔する一言を、しがらみだらけの大人組が言うはずもなく。
結果、それが許される悟空が、いつも辛い話題の先陣を切る。
そう、だからこそ。
カリスマ性のある三蔵ではなく、気配りのできる八戒でもなく、バランス力の優れた悟浄ですらなく。
悟空こそが、この集団の中心足り得るのだった。


「どうせ、いつもと同じくだらないことだろう。却下だ」
「違ぇって!くだらないことなんかじゃねぇよ!」
「ど〜せ、また『腹減った』とかじゃねぇの〜?」
「だから、違ぇっての!確かに腹は減ってるけど、そうじゃなくてっ!」
「って、腹減ってんのかよ」
「だ〜か〜ら〜っそうじゃねぇっつってんじゃん!聞けよ、俺の話!」
「時間の無駄だな」
「どうかーん」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


まるで聞く耳を持ってくれない二人の男に、悟空は頭が沸騰しそうだった。
分かっている。
分かっているのだ。
二人が悟空の言葉を先読みし、どうにか会話を打ち切ろうとしているということは。
もちろん、その気持ちも分からなくはない。
しかし、ここで言葉を飲み込むのは、自分ではない。
そんな自分でいたくない。

そして、悟空は最終手段とばかりに、唯一この事態を静観している人物へと視線を送った。
それは鬱陶しいほど熱く、断ることこそが面倒と思わせるような視線だった。


「……はぁ。二人とも、ちゃんと悟空の話を聞いてあげて下さい」


諦めたかのような八戒の口添えによって、悟空はようやく本題に入れると胸を撫で下ろした。







「んで、何よ?小猿ちゃん」


しぶしぶ話を聞かされることになった悟浄と三蔵だったが、素直に聞くつもりはさらさらないようで。
あくまでも、茶化す雰囲気はそのままに、悟浄は悟空にとっての禁句を口にした。

西遊記という物語からとったコードネームの『悟空』という名前を、悟空自身は気に入っている。
だからこそ、それを種にからかわれるのには我慢が出来ない。
日常から戦場まで、悟空はまるでそれが不文律であるかのように、その言葉を否定する。
時には、そのせいで直前までの会話を忘却の彼方にすることもしばしばだ。
悟浄の狙いはあからさまにそれだった。

ところが、悟空はその言葉にこれといった反応も示さず、急かされるように口を開いたのだった。


「やっぱ、あいつ気になるんだ!」


それはおそらく、三蔵の気が変わらない内に言いたいことは言ってしまおうとしたからであろう。
そう、どんな窮地でもほぼ確実に反応する言葉に気づかないほど、彼は今、真剣だった。


「……あいつ、だと?どこのどいつだか分かるようにしゃべれ、猿」
「だから、あいつだって!この前の悟浄が殺されそうになった奴!」


そのあまりな形容に思わず物申したくなった悟浄だったが、 眉間の皺が5割増しになっている人物に目線で制され、口を噤む。
仕方がないので、悟浄は同じく仏頂面になることで不満を表した。
と、邪魔者を瞳だけで黙らせた三蔵は、とうとうこの話題に触れる時が来たのかと嘆息した。


「この前のガキがどうした」
「だから、気になるんだって!」
「だから、どうした」
「どうしたって……」
「何が言いたいんだ、手前ぇは」



「まさか、あのガキを助けたいだとかとち狂ったことを言い出すんじゃねぇだろうな」
「!!!!」



思わず、息をのむ。
それは考えを見通されたからではない。
自分が単純なことは自覚しているので、そのくらい日常茶飯事だ。今更驚かない。
悟空が驚かされたのは、その声と瞳に感じた圧力だ。
三蔵の瞳が言っていた。

「お前にその覚悟があるのか」と。

他者の事情に踏み込むには、覚悟が必要だ。
相手と正面切って臨む、覚悟が。
相手の生きる道に関わる、その覚悟が。

挑むようなその視線での問いかけに、しかし、悟空はひるまない。
そらすことのない瞳はどこまでも強く。強く輝き。
その場にいた者の目を射った。


「でも……」


覚悟、などと小難しいことは悟空には分からない。
けれど。



「オレ、あいつの名前も知らねぇっ!」



名前どころか、年も性別も。
そんな些細なことすら、あの子どもは口にできる状況ではなかった。
どうして組織にいるのか。
なぜあんなに細い体で、人智を外れた行いができるのか。
悟空は知らない。
何も。何ひとつ。

だから、知りたいと思った。


「助けたいとかそういうんじゃねぇけど、なんか嫌なんだよっ」


ただ、それだけなのだ。


「…………」


そして、そのあまりに真っ直ぐな言葉に対して、


「……あ〜」
「……三蔵?」
「……………………ちっ」


いつも通り、大人かれらは抗えなかった。







自分の部下が、先日の任務以来、どこか様子がおかしかったことには気づいていた。
けれど、なにしろ、連中も餓鬼ではない。
勝手に解決するなり、ふっ切るなりするだろうとは思っていたが……、


「流石にこれは予想外だな」


豪奢極まりない執務室。
風通りと外観、機能性を危ういバランスで実現した、己の城とも言えるその場所で。


「予想しない手前ぇが甘ぇんだよ」


『組織』の上層部のひとり、『観世音菩薩』と呼ばれる女性は三蔵に銃を突き付けられていた。
しかし、彼女はあくまでも自然体で問いかける。
彼女らしく、いかにも豪放磊落に。


「で?要求は何だ、脅迫者」
「……ガキを一匹さらってこい」


「いいぜ?ただし、有料だがな」





......to be continued