チル散ル満チル、4







異様な沈黙が続く中、彼らは自分たちが捕まえた子どもを見ていた。
淡い金の髪に、やはり淡い青の瞳。
その面差しを見るならば、それは少女のようでもあったが。
しかし、女顔の少年と言われれば、それで納得できてしまえそうなそれだった。
この場合、性別など、どうでも良いことでは、あるけれど。


「……手前ぇは何者だ」


やがて、観察を終えたらしい三蔵が、四人の心を代弁して子どもへと問いかけた。
いや、問いかけというと語弊が生じる。訂正しよう。
三蔵は、隊の代表として、子どもに尋問・・を開始したのだ。
それが拷問になるかどうかは、子ども次第である。

だが、その問いに対して、子どもは不思議そうな、何を言われたのか分からないといった表情カオをした。
暴れる気配はない。
思えば、子どもは先ほどから『暴れる』という行為を何一つしていなかった。
逃げようと暴れることも、怯えて暴れることもなかった。
やったのは、ただの殺戮行為だけだ。


「……お前は『組織』の人間だな?」


子どもが答えないのを見てとって、三蔵は表現を改めた。
なんといっても、まだ稚い子どもだ。『何者』と問われても意味が分からなかった可能性がある。
だが、子どもはその問いの意味も把握しかねたらしく、不思議そうに三蔵を見ていた。
そして、三蔵が更に簡単な質問をしようとした時、子どもはぼんやりと口を開いた。


「……ちがう?」
「違う?組織の人間じゃねぇとでも言うつもりか。なら、何故そんな格好でここにいる」
「……ちがう」


子どもは、三蔵の言葉に応えない。
ただ、「ちがう」「ちがう」とだけ繰り返し、三蔵だけでなく、八戒、悟空、悟浄と周りに立つ面々へと目を向けた。
悟浄に押さえつけられているため、それは目線だけの動きだったが、何かを思案していることだけは確かだった。
だが、それ以上の言葉はない。
それを受けて、三蔵は八戒へと視線を移した。
子ども相手ならば、自分よりも彼の方が向いているだろう。
その判断に反対する人間もおらず、八戒は心得たとばかりに頷いた後、子どもが動けないのを確認しながら目線を近づけた。
もちろん、近づきすぎるなどという愚行は犯さない。


「何が違うんですか?」
「…………」
「僕は『猪 八戒』と呼ばれています。君の名前は?」
「……はっかい?」
「ええ。はっかい、です」


その一見人当たりの良い笑顔に、少しは効果があったらしい。
子どもは目の前で自己紹介を始めた人間を、じっくりと見つめた。
特に何の感慨もなさそうな視線ではあったが、しかし、目の前の人間を認識はしたらしい。
八戒が質問をすると、子どもは答えないながらも、八戒の口が動くのを見ていた。
そして、八戒が何のことはない質問を続けるのを受けて、ようやく子どもは自身の疑問を口にした。


「はっかいは……ねさせない?」
「はい?」
「はっかいは、ねさせない?」


見た目に反して、随分と幼い口調で、子どもは問いかける。
だが、この位の子どもの特徴として、その問いの意味は分からなかった。
分からないながらも、それが子どもにとって重要な問いなのだということを理解した八戒は、それに対して頷いてみせた。
すると、子どもは驚きに目を見張ったかと思うと、「ねさせないの?」と再度繰り返した。


「ええ。寝させませんよ?」
「ねさせない……はっかいは、ねさせない……へん……」
「変?僕がですか?」
「うん。はっかい、へん」
「どうしてですか?」
「?だって、みんな、ねさせた。手ぐるぐる。うごけなくした」


八戒の質問に不可解そうにしながらも、子どもは徐々に話をするようになった。
まるで、自分が話ができることを思い出したかのように。
淡々と、淡々と。


「動けなくした?君のことを、ですか?」
「うん。ほとんど。寝てた。注射いっぱい」
「…………」
「にい、注射すき。起きると、注射。人いっぱい」
「……ニイというのは……ニイ=ジェンイーのことですか?」
「にいは、にい。白いにい」


八戒はその言葉に、自分の思い浮かべた人物だという確証を得る。
白い、とは白衣を着ているからに他ならないであろう。
注射が好きで白衣で『にい』だなんていけすかない人物は、彼の知る限りたった一人だった。


「……三蔵」
「……どうやら、このガキは奴の実験体モルモットらしいな」


――即ち、狂科学者マッドサイエンティスト、ニイ=ジェンイーの実験対象モルモット
事実を認識した途端、その場にいた全員が嫌悪に表情を歪めた。
暗殺やら何やらをするなら、確かに子どもや女で腕が立つ方が便利だ。
なるほど、奴に人体実験などといったことをされていたのなら、この異常性も納得がいく。
納得はいくが、しかし。


「……イーご趣味で」


声に出さないまでも、皆が皆、悟浄の言葉に賛成だった。
いくら便利だからといって、年端もいかない子どもを人間兵器に仕立て上げるのは胸糞が悪かった。
子どもは純粋で、染まりやすい。
これほど仕込むのが簡単な存在はないという位に、真っすぐだ。
……だから、子どもは、好きじゃない。
自分たちのような汚れた存在の傍にいて良いものじゃないと、無意識に思うからかもしれないが。
できることなら、関わらずにありたいと、思う。
こうして、その想いは決して実を結んだりしないと知っているけれど。

と、同情とも嫌悪ともつかない視線を一身に浴びた子どもはというと、 久しぶりにたくさんしゃべって疲れたのだろうか、息を切らせてぐったりとしていた。


「……まずいっ」


いや、違う。
足や腕からの出血と痛みで、意識が朦朧としだしたのだ。
大の大人でさえ辛い怪我なのだから、当然とも言えるが。
あまりに子どもが平然としていたから、気づくのが遅れてしまった。


「とにかく、早く連れ帰りましょう」


適当な布で子どもの足を圧迫止血し、念のため手足を紐で縛り上げた後、八戒はその小柄な体を抱き上げた。
その、棒のような手足と、体の軽さに一瞬顔を顰める。


「しっかり。すぐに手当してあげますから!」
「……う、ん」


とろんと、焦点の定まらない瞳で子どもは八戒を見上げる。
それは酷くあどけなく。
最初から最後まで、その子どもは無垢な表情のままだった。







「おやおや。三蔵御一行様、おかえりなさ〜い」
「「「「…………」」」」


組織の中でも、最も大きな医療施設のある建物の中。
最下層で三蔵たちを出迎えたのは、皮肉気に口元を歪めて嗤う、白衣の男だった。
正直、こんなことでもなければ、逢いたくない人物の筆頭である。
当然、そのふざけた態度と口調に、全員の表情は険しかった。


「おんやぁ?挨拶は人間関係を円滑にする潤滑油ですよ〜?
『おかえりなさい』には『ただいまダーリンv』って返してくれないと。ね〜?」
「……ふざけたことを抜かすな。気色悪い」


特に、小脇に抱えたうさぎが気色悪い。
程度の低い腹話術のように動かしているところも、話しかけているところも不気味でうざい。
全員の心が一致した瞬間である。
早く、この話題を終わらせるべく、三蔵は後ろに控える八戒とその腕の中にいる生き物を示した。


「『兵器』の回収は終わった。とっとと手当することだな」
「うん?ああ、僕の可愛いうさぎちゃん、ちゃんと連れ戻してもらえたんだ?
嗚呼、良かった。正直もう戻ってこないだろうと思ってたからねぇ。助かったよ」


そう、ニイはもうこの可愛い可愛いうさぎさんとはもう逢えないだろうと思っていた。
予想としては、三蔵一行に殺されてしまうのが半分で。
三蔵一行を殺して逃げてしまう・・・・・・・・・・・・・・のが、半分だった。
だから、こうして目の前に戻ってきたうさぎを、さてどうしようかと内心首を捻る。

が、そんなことはおくびにも出さず、ニイは後ろに連なっていた部下に合図を送った。
すると、すぐさま用意されていたストレッチャーがやってきて、受け取った子どもを太いベルトで拘束する。
それは、怪我をしていようが、意識がなかろうがまるで容赦のない戒め方だった。


「それじゃあ、さっさと連れてってしちゃおうか。
ああ、あんまり顔近付けちゃ駄目だよ〜?首筋を噛み切られるからね」


ニイもそれを特に過剰だとは思っていないらしく、ついでとばかりに部下に指示を飛ばす。
その、あまりといえばあまりの内容に、八戒は思わず男を引きとめていた。


「貴方は……」
「うん?なんだい?」
「貴方は、何とも思わないんですか?」
「それが一体何に対するものなのか、いまいち分かりかねますねぇ。
あの子をああして動けなくしていることに、だとしたらそれは見当違いというものですよ?
だって、あ〜でもしないと、こっちが殺されちゃいますから」
「そうしたのは、お前だろうがっ!」


人間兵器にしたのはお前だろう、と。
思わずといった様子で声を荒げた悟浄だったが、それに対してニイは心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「おやおや。どうやら勘違いをされているようですねぇ。
あの子を人殺しにしたのは僕じゃあ、ありませんよ?」
「ん、だとぉ……?」


「あの子は、最初から人殺しだったんですよ」


その、あまりにも意味の分からない言葉に、はぐらかされたと、悟浄は憤る。
しかし、それすら軽くいなしたニイは、「気になるなら調べてみたらどうです?もう関わることもないと思いますけど」と、 背を向けたまま、ひらひら手を振って去って行った。





......to be continued