チル散ル満チル、2







『……散開。八戒は悟浄とルートXで獲物を狙え。悟空とオレはルートZで向かう』
『おっしゃー!』
『りょ〜かい』
『了解しました』


ヘリから出る直前に、三蔵はそう言った。
それに対する各自の反応は、全くもっていつも通りで。
死地へ向かうときでも。
そこらにのんびり買い物に行くのでも。
どちらでもまるで同じであるかのような調子だった。


「正直、それが良い事なのかなんなのか、僕にも判断しかねるところですけどね」
「あん?」


このフロアの最後の一人を絶命せしめた所で、悟浄は怪訝そうに八戒を振り返った。
何の前触れもない状態での一言だったのだから当然だ。
唐突な八戒の言葉がまるで理解できなかったのだろう。
おそらく、八戒自身でさえ、悟浄が突然同じ事をしたら訊き返すに決まっている。
だが、訊き返されたからといって、それに答えるほど八戒も人が良いわけではなかった。
別に悟浄にわざわざ聞かせようと呟いたわけでもない。


「いえ。ただの独り言です」
「はぁ?お前なぁ〜……」
「それよりも悟浄。次のフロアで最後ですけれど、今までに兵器っぽいもの見当たりました?」
「……はぁ。見てねぇよ」


のんびりと質問をしてくる八戒に、これ以上は無駄だと悟ったのだろう、悟浄は懸命にも問い質す事を放棄した。
今までにそれらしいものは見なかったし、持ち出そうとした奴も皆無だ。
聞いていた大きさから、隠す事はできても持ち運ぶのには難儀そうだと推測される。
持って逃げようとしたら、すぐに捕捉できただろう。


「ですよねぇ……。おかしい……」
「何がよ?べっつにおかしくも何ともなくねぇ?」
「いやぁ。次のフロアってどうも隔離室みたいなんですよねぇ」


顎の下に手を添えて、上品な仕草で首を傾げる八戒。
その言葉に、悟浄も得心がいった表情カオになった。
隔離室――まぁ、簡単に言ってしまえば牢獄のようなものだ。
別に兵器相手に優遇を求めている訳でもないが、兵器とは即ち精密機械。
一般に通気の悪い隔離室に置いておくような代物ではない。
それでは、折角の機密情報も全てパーである。


「……ハズレか」
「……みたいですねぇ」


おそらくは三蔵と悟空が向かったルートの方が正解だったのだろう。
ここまで結構な数の施設の人間が配備されており、二人はそれを受けてこちらが正解だったに違いないと思ったのだが。
どうやらそれはただのフェイクだったらしい。
良い所はあの二人がいつも通りに取っていくのだろう。
器用貧乏組としては、骨折り損のくたびれ儲けもいいところである。


「ま。つってもオレは骨なんか折ってねぇけど〜」
「なに、オヤジギャグ言ってるんですか。止めて下さいよ。同い年の僕までオジサン臭く見えるじゃないですか」
「あぁ?誰がオヤジだっつーの。お前こそ滅多な事言うんじゃねぇよ」


なんだかやる気まで失ってしまったらしい悟浄と軽口のやり取りをする。
しかし、次のフロアにまだ何人かいるであろう施設の人間の抹消はまだ終わっていない。
ハズレだろうがなんだろうが、これも任務だ。
面倒だと思いながらも、八戒は次の扉に向かって歩きだす。


「滅多な事と言われましても……。実際、貴方の行動って若々しさに欠けるんですよねぇ」
「それを言うなら三蔵だろ。あれはオッサン通り越してジジィだ。
その点オレは綺麗なお姉チャンと若者らしくスポーツしてるゼー?」
「……そういうところがオヤジ臭いんです……よっ!?」


やれやれと八戒が呆れたように溜め息を吐いたその瞬間。


ぞわり。


と、二人の背筋に尋常でない怖気が走った。
それはまさに今向かおうとしていた扉の先から発されるものに反応しての事だった。
それは殺気。
邪気ではなく。
悪気でもない、純粋な殺意だった。


「「……」」


二人は思わず息を殺し、お互いに視線を交わした。
戦わずとも、相手の気配で実力が分かる場合がある。
しかし、この相手は……読めない。

まるで負という負の感情を煮詰めたかのような。
それでいて、一切の不純なものを排除したかのような、殺意。
激しい炎のくせに、冷たい青色をしているかのような、殺気。
おそらくは相当な実力者なのだろうとは思う、が。
自分達の持つ定規では測れないのだ。
まるで、円の外周を真っ直ぐな定規で測ろうとしているかのように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、それは無為。


……ごくっ


そのあまりにも奇妙な感覚に、思わず悟浄の喉がなった。
これほどのプレッシャーを感じたのは、いつ以来だったろうかと思う。
もしや……本当にこっちが本命だったのか。

しばし思考を巡らせるが、こうしていても埒が明かない。
三蔵たちが応援に来るのを待つという手もあるが、しかし、八戒たちにもプライドというものがある。
敵対勢力を完膚なきまでに抹消してきた、そのプライドが。
少数精鋭である自分たちを相手に、今まで殺せなかった対象はいなかった。
確かに自分たちだって苦戦はする。
それでも、自分たちはずっと生き残ってきた。
(いつぞやのカルト教団の教祖を相手にしたときは、流石に死ぬかと思ったが)
ましてや、今回は気配の感じからどうも二対一といった様子である。
ここで尻尾を巻いているような、そんな大人しさで彼らはここまで生きては来なかった。


「…………」
「…………」


暗黙の了解で、八戒は後方を、悟浄は前方を固める。
そして、悟浄が己の獲物を構えると同時に、八戒は目の前の扉を勢い良く開け放った。

果たしてそこは。


「…………?」
「「!!!!」」


夥しい量の血の海だった。
そして、そのフロアの中央に、人がいた。
恐らくはこの惨劇を作り出した張本人。
先ほどから感じている殺気の、体現者。


「なに?」


赤黒い鮮血に染まりながら、首を傾げる、年端もいかない幼い子ども。
組織の『秘密兵器・・・・』がそこにはあった・・・





......to be continued