気付かない。
気付くはずがない。

―――気付いて欲しい。





Fake×Fake





俺には幼馴染の女子がいる。
丁度10年位前に引っ越してきて、笑った顔が好きだと、いつの間にか思っていた。

アイツはスポーツも勉強もそこそこで、学校で意外と人気があるらしい。
だが、以前の可愛らしい様子は外見にしか残らず、今や男子を手玉に取る悪女になってしまった。
今も目の前で昨日とは別の男子と連れ立って歩いている。

人の気も知らないで、俺に気付くと小悪魔的な笑顔を浮かべるアイツを、怒鳴りつけたくて仕方がない。
けれど、ソレは本人の問題だし、俺が口を出すべき問題じゃないのが分かっている。
だから、俺はアイツがヒラヒラと振る手を無視して歩き出そうとした。
すると、突然足元が急な階段になっていて……。


「うわっ!?」


俺はベッドの上で飛び起きた。


「……最悪だ」







今日は、朝会があるために部活の朝練はない。
そのせいで、いつもより遅く家を出る羽目になったワケだが、俺が学校へ向かおうと数歩歩き出したその時、軽快な足音が後ろから響いてきた。
その相手が簡単に予想できてしまう自分に呆れつつも、後ろは振り返らない。

今は、振り返りたくない。夢見が悪すぎだ。

すると、俺のそんな考えはまるで届かず、向こうから隣りに並び声を掛けてきてしまった。


「おっはよー、タツ!」
「朝から無駄にテンション高いな。
「竜が低いんだよ」


そう言って、幼馴染――は笑った。
こうしていると、昔と大して変わらないように見える。
学校へ行ってしまえば、コイツが変わった事を否応なく見せ付けられるのが分かっていても。

そして、は手を空へと向け、気持ち良さそうな様子で猫のように伸びをした。


「竜と登校するの久々だね。明日辺り下校も一緒にしたいなー?」
「無理だ」


無垢そうな笑みを浮かべるに、俺はきっぱりと拒否の意を伝えた。
同じような台詞を言って、今まで結構な数の男と付き合ってきているのを知っているだけに、この誘いを受ける気にはならなかった。

もし仮に、コイツと付き合うような事になっても、それじゃその他大勢と同じ結果になるだろう。
つまり、数日でフラれる、と。……冗談じゃない。

すると、俺の答えが気に入らなかったのか、は不満一杯の表情カオで前に回り込み、俺に指を突きつけた。


「この超絶可愛い私の誘いを断るのは竜位よ!この不届き者!!」
「断ったんじゃない。無理なんだ」
「無理ぃ?何よそれ。じゃあ、十五文字以内で理由を述べよ!」
「『サッカー部の練習試合があるから』」

「……」
「……」


俺がきっちり漢字を含めて十五文字以内で答えてやると、は指折りそれを数えた挙句、何か言いたそうに口を開閉していた。
しかし、何も言い返せないのか目尻に涙を溜めて、コイツは悔しそうに拳を握り締める。
こういう処は昔から変わっていない。
負けず嫌いのくせに、口では絶対に俺に敵わないんだ。

そして、結局何も言えないまま、は俺に背中を向けた。


「……竜の馬鹿ぁ!!」


そんな捨て台詞を残し、アイツは学校の方へ走り去った。


「小学生か……?」


俺はこの時、いつも同じような会話をしているせいで、大しての事を気にかけていなかった。
アイツが誘いを断られると冗談交じりで逃げてしまうのは至って普通だと。

がしかし、後でそれを充分に後悔する事になるとは、思いもしなかったのである。







それはその日の放課後の事だった。
俺が風祭と部活の買出しに行った、その時。

は雑貨屋から、酷く機嫌良く出てきた。
隣りにいるシゲに今まで見た事がない位綺麗に微笑んで。
俺には見せない、笑顔で……。

そして、それを見た瞬間、俺の頭に血が上った。
きっと、シゲが練習をサボったとか。がシゲと付き合おうとしているみたいだとか。そんな理由じゃなくて。



アイツがあんな表情カオを俺以外の奴に見せたから。



「水野くん?どうかした??」
「……っの、馬鹿!」


隣りで声を上げる風祭はほとんど眼に入らなかった。
思わず駆け出すと、向こうも俺に気付いたらしく、倖せそうな表情カオで手を振ってくる。

今まで、他の奴といた時はそんな表情カオ、見せなかったくせに。
お前は、シゲが好きだったのか?


!」
「やっほー。偶然だね、竜」
「お。タツボン、そない急いでどうしたん?今丁度お前の話してたとこ……」

「……お前、何してるんだ?」


不思議そうな二人の様子が酷く苛つく。


「え?何って買い物だけど……」
「そんな事は見れば分かる!」


嫌な感情を隠そうともせず詰め寄る俺に、は不安そうな眼をしていた。
シゲと顔を見合わせて、気遣わしげに俺を見つめた。


「どうしたの?竜、今日変だよ??」


すると、俺が答える前に風祭が追いついてきて、息を切らしながら隣りに並んだ。


「み、水野、くん。ちょ、速……」
「ポチやないか。どないしたん、タツボン」
「それが、僕にもよく……」


がしかし、そんな二人の会話は無視して、俺はを睨みつけた。
その怒気に気付いたんだろう、は更に不安の色を濃くした。

でも、今は構っていられない。余裕が足りない。


「竜、どうして怒ってるの?」
「今度はシゲに手を出したのか」
「……え?」
「俺のチームメイトだぞ!?お前の遊びに巻き込むなっ!」


一瞬、は酷く傷ついたように見えた。
でも、激昂している俺には、そんな事は気付けなくて。気付くはずがなくて。
ほとんど八つ当たりに近い形で、を責めたてた。


「遊びなんかしてない……」
「嘘を吐くな!」
「嘘じゃないのに……」


すると、俯いたを庇うようにシゲが俺とコイツの間に入ってきた。
……それもまた、俺を煽る要因にしかならない。


「いい加減に止めや。ほんまおかしいで、今日のタツボン」
「おかしくなんかない。大体、シゲもシゲだ!練習をサボったかと思えば、原因はだなんてっ」
「別にええやん。すぐ戻ろ思たし」
「良い訳がないだろ!」


やる気のなさげなシゲに今度は矛先を向けると、シゲはその様子を見て心底意地が悪そうな笑みを浮かべた。


「あー、分かった。お前、妬いとるんやろ?」
「なっ!?」


否定しようとして、一瞬口篭もった俺に、シゲは容赦なく言葉を続けた。
さっきまで、にほとんどしゃべらせなかった俺みたいに。


「まぁ、分からんでもないけどな。俺らにあたるのは筋違いとちゃう?」
「ふざけるな!今はそんな話は……」
「ふざけてへんて。ええ加減認めぇや!」
「だから、違うって言ってるだろ!」
「違わん!」
「違う!」


周りに人がいるのもお構いなしに二人で首元を掴んだ。
今までの不満も全部シゲにぶつけて、殴りつけたくなってくる。

そして、風祭が必死に俺達の喧嘩を止めようとした直後、が俺達の隣りに来て。そして。


「竜の馬鹿!」


パンッと乾いた音を立てて、は俺の頬を張り倒した。
思わず、その場にいた全員が唖然と見守っていると、はボロボロと涙を流しながら、俺を睨んだ。

そういえば、コイツは泣きながら怒るんだったな、とぼんやり思い出したが、そんな俺の様子はお構いなしでは怒鳴った。


「何でいきなり喧嘩売ってんのよ!馬鹿竜!!シゲちゃん巻き込んで、そんなに楽しい訳!?」
「馬鹿ってなんだ!馬鹿って!!」
「馬鹿だから馬鹿って言ってんの!シゲちゃんは明日の為の買い物に付き合ってくれただけで、デートじゃなかったんだから!」
「明日ってなんだよ!?」

「明日は引っ越してきてから10周年おめでとうのお祝いなの!朝、誘ったでしょ!!竜とお祝いしたかったから!!
家に帰ったらまた誘おうと思ってたのに、何でこんな処にいるの!?」

「……なっ」
「しかも、『手を出した』とか『遊び』とか、人聞きの悪い事言わないでよ!」


予想もしていなかった一言に、俺はどうすれば良いかも分からず、を見つめた。

そして、シゲの方を見ると、肩を竦めて、少し不機嫌そうな様子だ。
でも、決して否定はしなかった……。

バツの悪い思いをしつつも、急速に頭の冷えた俺は、苦し紛れに口を開いた。


「普段の行いが悪い奴が悪い……」


すると、その一言がきっかけで、はいよいよ本格的に憤慨し、冷静さを完璧に失った。


「鈍い鈍いとは思ってたけど、まだ気付いてないの!?」
「……何をだよ」

「私がいつもいつも色んな男の子と一緒にいたのはね!
人が一生懸命気を引こうとしてるのに、全然相手にしてくれないどっかのサッカー馬鹿に『私』を認識させる為よ!!
いつもいつも女の子に囲まれてる鈍感男に同じ気持ちを味わわせてやろうとしてたの!!
なによ、小島さんと仲良くおしゃべりしてるくせに私はしちゃ駄目だって言うの!?」


一瞬、が何を言っているのかが分からなかった。
あまりに突然すぎて。あまりに信じられなくて。

けれど、自分に都合の良いように解釈してしまいそうになる自分を叱咤して、俺はに問い掛けた。

自惚れて良い訳がない。
だって、そんな事、初めて聞いた。


「……誰の話だ?」


我ながら間の抜けた台詞だと思ったが、他に言葉は浮かばなかった。
すると、案の定、も同じ印象を受けたらしく、顔を高潮させて声を上げた。


「〜〜〜〜っ!ほんっと信じらんない!!」
「だから、誰の事なんだ?」
「水野 竜也ってサッカー大好き人間以外いる訳ないでしょ!」



「いい加減気付いてよ!馬鹿竜!!」



実は、その一言を聞いた直後の事はあまり覚えていない。
ただ、気がつけば、何時までも泣いている素直じゃないを抱き締めて、俺はその場に立っていた。

すると、その瞬間は身を硬くしただったが、すぐに気が抜けたのか思いっきり泣きじゃくり始めた。


「竜の馬鹿竜の馬鹿竜の馬鹿竜の馬鹿たれぇ……」
「泣くなって……」
「泣くに、決まってんでしょ。こんな鈍感な奴、泣かなきゃ、気付いて、くれないんだから」
「……悪かった。だから泣き止めよ」
「ヤダ。ずっと、ずっと泣いてやる」


そして、俺は宣言通り泣き止まないと、小学生の時よくしたように手を繋いで帰った。
ご近所の目はかなり恥ずかしかったが、俺は今日で一番の笑みが浮かぶのを止められなかった……。





気付かなくて悪かった。
気付こうとしなくて悪かった。
でも。

―――最後に気付いたんだから、許してくれよな。





「俺ら存在無視かい」
「シゲさん、買出しどうしましょうっ?」
「……カザ。お前はあーゆー他人に迷惑を掛けるバカップルになるなよ」
「はい……」







―作者のざれごと♪―

この作品は旧サイトキリバン(?)10600を踏んだ明衣様に捧げます。
ぎゃあー!なんていうか、めっさ書き直したいっ!もう嫌だ。いつ書いたんだこれ!?
と、思わず過去の倉庫から引っ張り出してきて思いました。
いや、よろずサイトになったら上げなきゃなーと思いつつ、幾星霜。
生まれて初めて笛!の水野君を書いて、難しかった覚えだけはあります。
「ヒロイン出番少ないかも?で、展開早いかも??」とか思いつつも、まぁ差し上げた物は直さずに。断腸の思いで直さずに。
……まぁ、とりあえず、水野君は余裕全然なくて、実は嫉妬深いというイメージがあるのでこんなんなったようです。
サブタイトルは『熱い男・水野 竜也』で。

以上、旧サイト10600打記念『Fake×Fake』でした!
明衣様、こんなんでも良いのなら、どうぞ貰ってやって下さい。