。二十三歳独身。
職業、フリーアルバイター。
現住所、千本中立売骨董アパート管理人室。
現在、同じ屋根の下に暮らす美少年に夢中です。





君との未来は 五 里 夢 中 〜前編〜





姉さまは萌太の一体どこが良いんです?」


至極真面目な声で言われたその一言に、私は危うく指を切るところだった。
現在地、私が管理人代理を務める骨董アパート3階。
石凪萌太・闇口崩子の家出兄妹が住む、一室。
私の彼氏の家である。

その、四畳間という小ぢんまりとした場所で、私は崩子ちゃんと二人、刃物を手に語り合っていた。
こう言うと、凄い殺伐として聞こえるけれど、簡単に言えば彼氏の家にご飯を作りに来たってだけ。
本当はこの場には萌太もいるはずだったが、崩子ちゃんからバイトが長引いたらしいとの話をすでに聞いている。
なので、彼氏の妹と二人で夕飯作り。
メニューはカレー。欠食児童であるところの二人の為に、野菜たっぷり具だくさん。
(肉も入れたいところだけど、崩子ちゃんベジタリアンなんだよね。)
別に簡単だから手を抜いているとかでは断じてない。ちゃんとルーから作ってるもん。
普通、ボリュームあって、リーズナブルで、尚且つ日持ちするものって言ったらカレーじゃない?


「どこがって言われてもねぇ……」


むうぅと眉を寄せながら、隣でじゃがいもの皮を剥いている美少女に目を向ける。
彼女は基本表情豊かな方ではないのだが、しかし今は、興味がそそられた、というような表情カオをしていた。

どういう訳だか、愛用のバタフライナイフでもって、うすーくながーく皮を剥いている。
正直、じゃがいもってデコボコしてるからブツブツ切れちゃうし、 りんごよりもぬるぬるして小さいから難易度が高い上に、 第一料理に使うのだから、そんな風に剥く必要性が全くないっていうか無駄なのだが、それは敢えてつっこまないでおく。


「……うーん」


それにしてもここは料理するのに適した場所じゃないなぁ、とつくづく思う。
ここってのはあれよ?生活空間がとか、この部屋がっていうより、寧ろこのアパートが。
そう。本来なら料理は台所で作るべきなのだろうが、このアパートには恐るべきことに台所がない。
共同の炊事場はあるのだが、まぁ、なにしろ共同という位なので、アパートの他の住人と出逢う可能性が生じるのだ。
もちろんこのアパートの面々は個性的で皆大好きなのだが、今はプライベートと言って差し支えないので、敢えて逢わなくてもと思う。
向こうだって、管理人代理が年下の男の子とイチャラブしてる姿なんて見たくもないだろう。

ということで、静かに作業しようとすると簡易のコンロでも持って部屋に来る方が都合が良かった。
物があまりない部屋なので、狭いと言っても二人で座って作業するスペースくらいなら確保できるのだ。
これは閑散としているというよりも、敢えての物の少なさのようだった。
お金がない、場所がないということももちろんあるのだろうけれど、それ以上に雑然としたものが好きではないのだろう。


「んー……」


この兄妹はシンプルなことを至上主義とでもしているのかなー?
崩子ちゃんは基本ごてごてした飾りのないワンピースって格好だし、萌太だって、気がつけばツナギ姿だし。
いや、崩子ちゃんのワンピース姿、清楚で可愛いし似合ってるんだけどね。
萌太のツナギは言わずもがな。
これはあれか。美しいものは身を飾る必要がないとかいう奴か。
……いや、寧ろ、飾るものが人物に釣り合わないっていうか邪魔とかいう神の領域なのか。

改めて、崩子ちゃんに目を向ける。
うん。この崩子ちゃんの雰囲気は、シンプルなワンピース姿だからこそだ。萌太グッジョブ。
……しかし、何を食べたらこんな美少女ができるんだろう。遺伝か。遺伝なのか。


「どうかしましたか?姉さま」
「え?あー、うん。なんでもー?」


と、予想外の質問に思考が凄まじい勢いで横道に逸れていたが、対する崩子ちゃんはあっさりと話を元の位置へと戻す。


姉さま。姉さまは萌太の一体どこが良いのかとお聞きしているのですが、聞こえていますか?」
「聞こえてる聞こえてるー。萌えた大地一帯のどこが良いのかーって話だよね」
「そんな話はしていません」
「あれー?」


ちっ。流石に苦しかったか。
良いじゃない。萌太について語るよりも、緑化について語る方がよっぽど地球にとって有意義だよ。


「私にはこちらの話の方が意義のあるように思えますが?」
「……うーん。それは気のせいだと思うよ?」
「思えますが」
「気のせいだねー、きっと」
「思えます」
「…………」


崩子ちゃんは譲るつもりが全くないようで、口調がどんどん断定的になっていった。
えー、どうして私が彼氏の妹に彼氏への愛を語るなんて、そんな羞恥プレイに耐えなければならないのー。
意味が分からないー。


姉さまは言ってはなんですが、萌太などよりよほど大人の女性です。
 それなのに、何故敢えて萌太などとお付き合いしているのかが私には分かりません」
「実の兄を『など』扱いなんだ……」
「もちろんです。他にどのような呼称がふさわしいと?」


崩子ちゃんはいつもの無表情を変えることなく、切り終わった野菜をボウルに移しつつそう言い切った。
……どうでも良いことだけど、『大人の女性』って嫌味に聞こえるな。
どうせ私は十近く下の子に手を出している犯罪者ですよ!って気分になってくる。
……法律上、犯罪者なのは確かだしねぇ。卑屈にもなるよ、そりゃあ。

その淡白にして圧迫感のある視線から逃れるように、私はコンロに火をつける。
玉ねぎを鍋にぶち込んで、飴色になるよう炒めながら私は口を開いた。


「萌太は……かなり大人だよ?」
「あれは大人ぶっているだけです。姉さまやみー姉さんのような大人とは違います」
「まぁ、15歳を大人扱いしちゃいけないし、できないとは思うけどさー。
 実際なんていうか、『大人びてる』よ。萌太はね。
 子どもしてられるほど暢気じゃなくて、でも、大人になれるほど人生生きてない、そんな感じ」
「……何故萌太なんです?そんな半端者よりも、姉さまにはもっと相応しい大人の男性が身近にいるのではないですか?」


崩子ちゃんの問いに、思わず沈黙する。
バイト先にはそりゃあ中身やら何やら無視すれば同じ位の歳の人はいるし、前の職場にだってそれなりに男の人はいた。
だから、相応しいかはともかく、年下を敢えて選ぶ必要性はない。
いや、私ショタ好きだけど、別に手篭めにしようとか、恋愛対象にしようってんじゃないし。
じゃあ、何故萌太と付き合っているのか?
同情じゃあない。
親愛でもない。
恋愛として。
そんなものは……


「……萌太本人にだって言ったことないんだけどなぁ」


こんな恥ずかしいこと、本人は愚か、他の人にだって言うつもりはないんだけど。


「将来の義妹の頼みです」
「え、萌太プロポーズしてくれんの?」
「いざとなったらさせましょう」


だから、教えてください。

無表情のまま可愛らしく小首を傾げられた。
これはつっこむべきところなのだろうか。
っていうか、それプロポーズ本人たちの意思ないじゃん。


「教えてくれたら、萌太の秘密をお教えしましょう」
「裏取引だー!」


どうしよう、ここに悪女への道を進もうとしている美少女がいる!
可愛いから許すけど!美少女で小悪魔って間違いなく王道だよね!!

まぁ、しかし、萌太への愛は確かなので、語ろうと思えば語れるんだよね。
今までにだって、友だち相手に語ったことはあるわけだし。
けど。
妹相手って……難しいなー。もう。


「……えーと、まぁ、まずは顔だよねぇ」
「ふむ。身内としては正直理解しかねますが、一般的客観的にそこそこ見られる顔ですからね」
「あとはー、しなやかな身体?ソフトマッチョが好きなのよー、私」
「それなりに鍛えていますから」
「で、大きなポイントとして声でしょう」


私、声フェチだし。
あの普段から甘く囁いているような美声は、いくら聞いても聞き飽きないと思うの、私。
15であれって、末恐ろしすぎるよね。

そんな感じで、他にも萌太が好きなポイント(具体的には綺麗な手とかサラサラの黒髪とか)を鍋を片手に色々挙げていった私。
普段、年下ってことを伏せていてあんまり両手放しで自慢できないから、鬱憤でも溜まっていたらしい。
結構スラスラ言葉の出てくる自分に自分で驚いたわ。
そして、そんな私に対して、全部聞き終えた崩子ちゃんはこう言った。


「つまり姉さまは萌太の身体が目当てなんですね?」


うん。違う。


「嫌だわ、崩子ちゃん。そんな人聞きの悪いー……」
「ですが、今の姉さまの話を聞いていると、外見的特徴しかなかったように見受けますが」
「そうだった?」
「はい」


生真面目に頷いた崩子ちゃんが可愛くて、思わずその形の良い頭を撫でる。
嗚呼、本当に崩子ちゃんは可愛いなー。
特に、こっちの求める反応を間違うことなく返してくれるあたり、最高。
がしかし。
それとこれとは話が全く別物なのである。
だって。


「こっから先は、本人にまず言わなきゃだから、また今度ね?」


見た目については、本人を前に散々絶賛しているので、今更恥ずかしいも何もない。
でも、内面に関してはやっぱり、本人にまず言うのが筋だと思う訳で。

萌太がスキです。
優しい眼差しも、柔らかい声も、身に纏う煙草の匂いすら愛しい。
でも。
それよりなにより。
私がスキなのは、萌太自身。
ちょっとヤキモチ焼きなところも。
本音を笑顔でごまかしちゃう気ぃ遣いなところも。
妹想いのシスコンなところだって。
萌太であれば、全部スキ。
っていうか、それがなきゃ萌太じゃなくない?って思う。
まぁ、言わないけど。


「じゃあ、僕には話してもらえるんですね?姉」


と。
そんな風に崩子ちゃんを上手いこと回避できそうだった私の耳に。
とろけるような美声が届く。

背後に美少年が立っていた。