花冠 は独り、自室で本を読んでいた。 読んでいるのは下界の恋愛小説で、天蓬から借り受けたモノだ。 もちろん、彼がどのように本を調達しているのかは謎である。 『告白の時に男の子からティアラを貰えると幸せになれるんだって!』 『なァに?ソレ??』 『女の子は誰かのお姫様なんだって意味らしいよ?』 初々しい少女達の会話を読んだ処で、はフッと小さく溜め息を吐いた。 「お姫様、ね……」 内容はよくある、少し鈍い女の子が、いつも叱りながら助けてくれる男の子をスキになるというお話。 そんなモノとは縁遠いは、頭の隅でこんな話はないだろうと思ってしまう。 物語はいつも王子と結ばれた処で終わる。 けれど、結婚したからといって倖せになれるモノではないだろう。 確かに、王子と結婚してしまえば幸せだろう。でも、ソレはイコール倖せじゃない。 「誰しも憧れるモノなのかな……」 何時か、誰かが自分を救ってくれると、思いたいのだろうか。 神に縋るのと同様に。 けれど。 それなら神は何に縋れば良いのだろうか。 其処まで考えたはゆるゆると頭を振って、思考を遮った。 そして、頭を切り替えてもう一度本の世界に戻る。 がしかし、ソレを邪魔するかのようにその時、勢い良く部屋の扉が叩かれた。 「姉ちゃーん!遊びに来たー!!」 聞こえてくるのは元気の良い少年の声。 無意識に口元を緩めながら、は彼を出迎えた。 「いらっしゃい、悟空。今日はどうしたんだ?」 「へへへ……」 目線を合わせるように屈むに、悟空は心底嬉しそうな笑顔を見せ、彼女の前にあるモノを突きつけた。 「コレ作ったんだ!」 視界を彩る白と緑。 キョトンとしながら見つめると、ソレは歪な形ながらも花冠だった。 「天ちゃんの部屋にあった本に作り方書いてあったんだ。だから作って、姉ちゃんにあげようと思ったんだけど……」 じっと花冠を凝視するに段々と不安が募り、悟空の声は小さくなっていく。 「でも、やっぱり形悪いからもっと上手いの作ってくる!!」 居たたまれなくなった悟空は急いで花冠を後ろに隠そうとした。 しかし、そうする前にはソレを悟空の手から取り、自分の頭に乗せた。 「似合うかな?」 少女のような無邪気な笑みを浮かべたはそう問い掛けた。 その笑みの鮮やかさに。 その声の柔らかさに。 悟空は言葉を失った。 すると、そんな彼の様子に彼女の笑みはほんの少し苦くなる。 「似合わない、だろうな。やっぱり」 分かってはいたと、言外に告げるに、悟空の焦燥感が募っていく。 そして、自分でも驚く程大きな声で彼は告げた。 「んなコトねェよ!凄ェ似合う!!」 ソレは心から贈る言葉だった。 悟空の真っ直ぐな視線を受け止めたは柔らかな笑みに戻り、優しく悟空を抱き締めた。 「ありがとう、悟空。とても嬉しいよ」 「本当に?」 「本当に」 凝視してしまったのは、今まで考えていたコトに誂えたようだったから。 だから、決して迷惑でも何でもなく、寧ろ自分なんかの為に作ってくれたコトが嬉しくてしょうがないのだと。 は悟空に告げた。 その腕と声の温かさに、悟空は何処かしら安心して身を委ねている自分を見つけた。 そして、つい先日、天蓬がこういう人はこう呼ぶのだ、と言っていたのを思い出す。 「……姉ちゃんって『お母さん』みたいだ」 突然の意外なその一言に少し驚いて、は悟空から少し身体を離し、彼の顔を覗き込む。 「お母さん?」 「天ちゃんが言ってたんだ。一緒にいてほっとする、いつも傍にいてくれる女の人って」 笑顔でそう言ってのける悟空に、は心底癒されるのを感じた。 自分は、この子に必要とされているのだと。 例え、ソレが自惚れでもそう思うコトができるのだと。 その考えが誰よりも何よりも彼女の心を潤した。 そして、不意にくすりとは笑った。 唐突に思いついた考えが酷く可笑しなモノだったからだ。 「姉ちゃん?どうかした??」 「私が悟空のお母さんになるには、金蝉と結婚しなきゃいけないんじゃないかと思ったらつい、ね」 「けっこん??」 「ずーっと一緒にいますって男と女で約束するコトだよ」 「ソレってお母さんと違うのか?」 「ちょっと違うな。お母さんは育ててくれる人だから何時か離れなきゃいけないけど、結婚した人とは死ぬまで一緒にいる」 厳密に言えばかなり違うのだが、子供にはこんな説明で良いだろうとは判断した。 すると、話を頭の中で反芻していた悟空は妙な表情をしながら口を開いた。 「お母さんになるのに、どうして金蝉とけっこんしなきゃいけないんだ?」 「だって、悟空の『お父さん』は金蝉だろう?」 本人が聞けば、即座に否定するだろうけど。 大袈裟なほど、彼等は親子だろうと思う。 「そうなのか?」 「うん。今度、捲簾と天蓬に訊いてみると良いよ。きっとそう言う」 話を全部聞き終わった後、悟空は神妙な表情で考え込んでしまった。 少し性急に話し過ぎただろうか、とが様子を窺っていると、悟空はイキナリ顔を上げた。 「じゃあ、姉ちゃんと結婚する!」 「……は?」 「オレ、姉ちゃんとずっと一緒にいてェもん。だから、結婚する!」 良いコトを思いついたとばかりに得意げな悟空の様子に、は一瞬呆気に取られたがすぐに満面の笑みを浮かべた。 ――楽しみにしてるよ。 私には豪奢な飾りの冠はいらない。 誰かのお姫様なんてガラじゃないのを知っている。 だから、そんなモノは求めていない。 けれど、この花冠だけはそっと手元に置かせて欲しい―――……。 そして次の日。 に言われた通り、捲簾と天蓬に質問に行った悟空が、天蓬に入れ知恵されて金蝉を『パパ』と呼んだという。
|