ヒトツノ愛ノカタチ 「……」 突然、電話で呼び出されて。 行きつけの酒場で飲んだ後、二人で悟浄の家まで行った。 彼の家に行くのは、初めてだった。 だって、其処は悟浄だけの領域だったから。 そして、悟浄は家に着いて開口一番、真面目な表情で私の名前を呼んだ。 その瞬間、思った。 嗚呼、終わった。と。 一目見て分かった自分が嫌になる。 悟浄の紅い紅い燃えるような瞳が、曇っていた。 まるで罪悪感に耐えるように。 それを見て、私は笑った。 「ようやく見つけたのね、本気で大切にしたい人」 「……悪ぃ」 こうなるのは分かっていたから、笑う事ができた。 「謝らないで頂戴。それだと私が可哀想な女みたいじゃない」 「……悪い」 何度も謝る彼の俯いて見えない顔を私は覗きこんだ。 「やけに素直ね?それも、彼女の影響??」 「オレは、別に……」 言い淀む悟浄。 そんな悲痛な表情しないで欲しいのに。 私、貴方が思ってるほどショックなんて受けてないのよ? 最近、私の所に来なくなって。 来なくなる直前の貴方は、何かに酷く悩んでいるような。 それでいて、酷く柔らかい雰囲気だったから。 私から別れを切り出さなかったのは、どうしてなのかしらね。 知っていたのに、貴方をフッてあげられなかった。 別に貴方を苦しませるつもりはなかったのだけれど。 だから、良いのよ。 こんな我侭な女に罪悪感を感じなくても。 私は貴方としばらく一緒にいられて愉しかったんだから。 お互いにかりそめの愛を囁いて。 決して馴れ合う事もなく。 そんな関係が、愉しかったわ。 「ねぇ、悟浄。そんな情けない表情しないでよ」 「……ンな情けねぇ表情してる?」 「ばっちり」 「…………」 「悟浄。そんなに罪悪感を感じる必要はないはずよ? 私達が最初に付き合った時の約束を忘れたワケじゃないでしょう?」 ――私か貴方。 ――どちらかに本気で大切にしたい人ができたら。 ――その時は別れましょう。 「自惚れないで頂戴ね。 私には、貴方以外にもたくさん言い寄ってくる男がいるんだから」 「……は、もてっからな」 「そう。だから、貴方を特別だと私は思っていないのよ。 他の男に替えるだけ。だから、同情はいらないわ」 そんな信じられないって表情しないでよ。 私の笑顔は本物でしょう? 「私は本当に気にしてないわ。だから、私なんかより彼女に心血注ぎなさい」 そう言い置いて、私は玄関へと向かった。 後ろで私に手が伸ばされた気がしたけれど。 振り向かない。 振り向いてなんかやらない。 「」 けれど、その決意も悟浄の情けない声を聞いたら吹き飛んでしまって。 「私、悟浄の事わりと好きだったわ」 ドアを開けながら。 最高の笑顔で一度だけ振り返ってあげた。 それに対して、悟浄はようやくいつものシニカルな笑みを浮かべた。 うん。やっぱりそうでなくちゃ。 特別な表情を見せるのは彼女だけにしなさいね。 「オレも、がわりと好きだったみてぇだワ」 「他の男よりマシってだけだけどね」 「他の女よりイケてただけだけどな」 その言葉を背に、私は外に出た。 今の気持ちを代弁するかのように、外は澄んだ綺麗な星空で。 闇はすっきりと晴れ渡っていた。 心はフラれたばかりというのに穏やかだった。 さざなみもたっていない。 覚悟を決めていると、案外嫌な事も静かに受け入れられるのね。 そして、そのまましばらく歩いて。 悟浄の家が見えなくなって。 もう一度空を見上げた私。 あまりに空が綺麗すぎて、目には涙が溢れていた。 フラれた事が哀しいんじゃないわ。 悟浄と別れた事が哀しいワケじゃないの。 ただ、私はまた独りになってしまった。 悟浄に出逢った時、安心したの。 自分みたいな人間が他にもいたのね、って。 誰も愛せなくて。 誰も信じられなくて。 そんな、壊れた人間が。 でも、悟浄はもう壊れてなんかいないのね。 本当に、大切な人を見つけられたみたいだから。 ありがとう。 壊れた人間も直る事ができるって証明してくれて。 私は、相変わらず独りだけど。 いつか素敵な人に出逢えるかもしれないもの。 「さようなら、悟浄」 祝福代わりに、そう呟いた。 すると、ふっきって頭を切り替えようとする私の耳に、慌しい足音が届く。 段々と近づいてくる……。 驚いて振り返ると、すぐ目の前まで来ていた誰かに抱きすくめられた。 香ったのは、甘くて強いハイライト。 「……セクハラで訴えるわよ?悟浄」 「に……言い忘れた事があったからな。そんな遠くまで行ってなくて、安心した」 「困った君ね。何を言い忘れたっていうの?」 今までありがとう。 「そう言うの、忘れてた」 涙を流していた私に気付かないふりをしながら、悟浄はそう囁いた。 本当に駄目ね。 こんな所、見られたら誤解されるでしょう。 心の中で彼女さんに謝って。 「どういたしまして」 私は最後、たった一人の同士に口付けた。
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