「信じる」なんて言葉、僕の辞書にはなかった。 Phantom Magician 〜mirage night〜 僕は怒っていた。 それも、ただ怒るのではなく、激しく腹を立てていた。 ちなみに、それは目の前のミカンがちょっとばかり甘すぎるからでもなく、 (オレンジの一種らしいが、酸味が少ない。いや、食べやすいけれども!) ソバ、とかいう灰色のスパゲッティ的な物を「吸って食べろ」とか言われたからでもない。 (音を立てて食べるのが普通とか、やっぱり日本の文化は謎だ) 『さて、リドル君。今日は一体何の日でしょう?』 と、に尋ねられて、うっかりと自分の誕生日を思い浮かべてしまった自分がいたせいだ。 12月31日。 新年を間近に控えた、暮れの日。 今から五十年以上前のこの日に、僕はこの世に生を受けた。 ホグワーツに生身でいた時は、崇拝者からたくさんの なにしろ、僕の本体は現在ヴォルデモート卿として、絶賛活躍中だ。 友人達はことごとくあちらに媚びへつらうことだろう。 彼ら、彼女らにとっては、ヴォルデモートこそが学友で。 トム=リドルは。 僕は、存在すら知らない、ただの幻影なのだから。 「…………」 分霊箱を作る時にはまるで考慮しなかったこと。 自分のスペアを作るということの意味。 自分は自分でしかないのに、幽霊にでもされるような最悪の気分。 それに対して、思うことがないでも、ない。 そう、僕は影。 本体が消えなければ、表に出ることのない、影だ。 そのことは仕方がない。 そう、頭では分かっている。 この感情も、本物じみた偽物だと、分かってはいるのだ。 けれど。 『きょ……うは、大晦日、だろう?』 彼女は。 は。 他の人間の知り得ないことを知り、類い希なるお人好しの彼女なら。 自分の誕生日を知っているかもと。 この身に、誕生日なんてまるで意味がないことを知りながら、 それでもなにか祝いの言葉を言ってくるのではないかと。 そう、思ってしまった。 がしかし。 『そう!なんだ、分かってるじゃん。ってことでおこたでみかん食べよう!』 『…………は?』 『だぁ〜かぁ〜らぁ〜、大晦日はおこたでみかんで紅白からの年越しソバがてっぱんでしょ?』 結果、見事にその期待は裏切られたのだけれど! オコタってなんだ、ミカンってなんだ、コウハクってなんだ、ソバってなんなんだ!! 嗚呼くそっ!けしからん程コタツがぬくい!! と、そこまで考えて、はたと自分の思考に待ったをかける。 今、自分はおよそあり得ない単語を思い浮かべなかったか? 『期待』? この僕がに? それも、素晴らしい闇の魔術道具ではなく、たかだか祝いの言葉を『期待』? 「〜〜〜〜〜っ」 あり得ないあり得ないあり得ない! 今のは気のせいだ気の迷いだいや寧ろそんな事実はなかった うん期待?なんだいそれは僕はそんな物知らないよ? 「……リドルが頭を抱えて悶えてる。なんだこの色気!」 『え、そこ?』 「いや、だって眉根寄せて溜め息吐いてるとか、エロくね?」 『そりゃあ桃色吐息だったらそうかもしれないけど、ほぼ100%違うと思うよ』 と、気分を落ち着けるべくミカンに手を伸ばそうとしたら、 べしっと、の使い魔に手を叩かれた。 「…………」 『…………』 そろ〜 べしっ 「……なにをするんだ、この馬鹿猫が!!」 『失礼な奴だな。誰の許しを得て好き勝手食べてるんだよ。これは僕のみかんだ! 欲しければ跪いて僕にお願いするのが筋ってものだろう?』 抗議する僕に、にゃごにゃごと何事か応える猫。 しかし、コイツがなにを言っているのか僕には分からない。 まぁ、間違いなく碌なことは言っていないに違いないのだが、 しかし放置するのも気に入らないので、僕は唯一通訳できる人間に剣呑な眼差しを送った。 すると、はその視線の強さにミカンへ伸ばしていた手を引っ込め、 それはそれは居たたまれなさそうに縮こまりながら口を開く。 「えーと……あー、スティアのみかんを勝手に食べるなってさ」 「…………」 『…………』 「なんだか大幅に言い回しが変えられている気がするんだけど、僕の気のせいかな」 「あ、あああ、あたしは一字一句変えてないよ??」 目が右往左往する姿のどこにも説得力はないが、まぁ、責められるべきはではないだろう。 全ては、この! 『なにも一字一句伝えてくれて良いのに。このタダ飯喰らいめ!って』 んにゃーとかなんとか、ムカツク声で鳴いている畜生が悪い! というか、仮にも食べ物が載っている所に乗ってくるとか、衛生観念はどうなっているんだ。 小汚い畜生のくせに、ソバ啜ってるとかどうなんだ、実際! いっそ喉に詰まらせろ! 「、甘やかすのはペットの為にならないと思うよ」 「……甘やかしてるつもりないんだけど。なにしろ俺様だからさー。リドルと同じで」 「チッ。愛玩動物ならそれらしくしてほしいね」 『僕がペットなら君はヒモだよね。ご愁傷様』 「なぁ、お前ら。間取り持とうっていうあたしのなけなしの努力を少しは理解しろよ」 凄まじく重い溜め息と共に、過剰な要求を突きつけてくる。 そんなもの勝手にやってる君が悪いんじゃないか、とこちらこそ溜め息を吐きたい気分だ。 確かに、今後と共にいるのなら、この猫とも結果的には一緒にいる必要がある。 必要はあるが。 『いや、そんな努力必要なくない?』 別に、必要以上に関わらなければ良い話じゃないか。 まぁ、向こうから向かって来る分には撃退するに吝かではないけど? 僕がつっかかってるんじゃないんだ。向こうが全て悪いんだよ。 「そもそも努力しなければ良いんじゃないかい?」 『うんうん。無駄な努力って奴だよ』 「『だって、コイツと仲良くしたくないし』」 「〜〜〜〜〜〜〜」 嫌な感じに猫と台詞のタイミングが被った。(これじゃ、コイツと気が合うみたいじゃないか) しかも、指差す動作まで同じである。 結果、そのことに気づいた瞬間、お互いに凄まじく不機嫌な表情になった。 「『真似するな!』」 ら、やっぱり抗議のタイミングも被った。 わざとか?わざとなのか?? まさか、一字一句同じ、ということはないだろうが、内容的にはきっと似たり寄ったりだろう。 またタイミングが被ってはあらぬ誤解を受けそうなので、 仕方がなしに僕は猫の首に手を伸ばした。 如何にムカツク猫だろうと猫は猫。 首根っこさえ押さえてしまえば、本能的に抵抗はできなくなるはずだ。 ところが、そんな僕の目論見は実行に移す前に計画倒れした。 そう、僕達のやり取りを無言で見ていたが、 もうなにも言いたくないとばかりに首を振った後で、僕の臑を力の限り蹴りつけたのである。 ガンッ 「〜〜〜〜〜〜っ」 「……まったりする気がないなら、こたつ出ろよ!!」 余談だが、蹴られた足は思いっきりコタツの脚にぶつかった、とだけ言っておこう。 ……嗚呼、この女殺してやりたい。 そして、その後もひたすらに歌番組?を見たり、 (なんだか馬鹿みたいにデカイ動く衣装を着た人間とか、やたら人数多くて群がってる連中がいた) とくだらない言い争いをしている内に、年明けまであと僅か、という時間になっていた。 すると、彼女は今まで「寒い寒い」と極限まで潜っていたコタツから、名残惜しげに這い出ると、 「よし!んじゃあ、行こうか」 「は?」 完全防寒を済ませた後、人をコタツから引っ張り出そうとし始めた。 がしかし、である。 僕は彼女からどこかに出かけるなんて話は聞いていないし、 このぬくいコタツからわざわざ出る必要性も感じられないので、 「放してくれる?」 「ふぎゃ!」 普通に彼女の腕を振りほどいた。 その拍子にが転んでコタツの角に頭をぶつけていたが、まぁ、気にしない。 「り〜ど〜るぅううぅうううぅっ」 「どこかに行くならその猫を連れて勝手に行ったら良いじゃないか」 僕を巻き込むな、と言外に告げて、しっしっとを追い出しにかかる。 と、そんな僕の様子を見て、彼女は面白いくらい表情を歪めて、不穏なことを言い出した。 「くっ。リドルもとうとうこたつの魔力の餌食に……!」 「!?」 コ タ ツ の 魔 力 だ と !? なっ!ただの暖房器具かと思っていたら、闇の魔術でも掛かっていたのか!? くそっ!僕としたことが!! が無防備に使っていたものだから、すっかり安全な代物だとばかり! まさか、一定時間入っていることによって、なにかあるのか!? 「くっ。道理で妙に居心地が良いと思ったが!」 『ぶはっ!!』 「謀ったのか!?!!」 「……は?」 『ぷーっくっくっく!あーっはっはっはは!!』 と、僕がを睨み付けると、 彼女はフクロウが百味ビーンズでも喰らったかのような間の抜けた表情を晒し。 その横で凄まじい勢いの猫が腹を抱えて転げ回っていた。 「…………」 「…………」 「…………」 「……スティアっ」 僕は無言で立ち上がった。 ……普通にこたつから脱出できた。 頭がイカレたピンク色になっている訳でも体調が悪くなる訳でも魔力が枯渇する訳でもなく。 本っっっ当に、普通に出られた。 場の空気が一気に凍り付いたのはきっと気のせいではないだろう。 「……」 「うぁい!?」 「君、紛らわしい言い方したよね、今」 「いやいやいや!リドルが勝手に勘違いしたん……」 「?」 「っ!はい、すみませんあたしの言い方が紛らわしかったです! でもまぁ、丁度こたつから出たし、ちょっとそこまで付き合って下さいおにーさん!!」 「君の兄になった覚えはないっ!!」 「ひぃっ!言葉の綾なのに!!」 とりあえず、の軽い頭は叩いておくとして。 猫にあるまじき笑い方をしている目の前のこれをどうしてくれよう……! チッ。自分の手に杖がないことがこれほど不便だったとは思わなかった。 気に入らない奴がいるのに呪えもしないだなんてっ! 「リドルさん、リドルさん!表情ヤバイよ!?」 「ふっ。大丈夫だよ、。僕は怒っている時ほど美しいと言われたことがあるんだ」 「それ、崇拝者の意見だから!第三者的には超怖いよ!」 本気で顔色を変えて震え上がっているだった。 それを見たら、少しは溜飲が下がったので、僕は猫に見せつけるようにを抱き寄せる。 「ひいぃいいぃ!?」 と、耳元で絶叫された。 もう、恐慌状態とはこういうものだ!と手本にしたくなる位の見事な狼狽えっぷりだった。 僕のような美形に対してするものでは決してないそれに、やりすぎたかとも思う。 しかし、同時になんだろう、もっと聞きたくなるような……? 『閑話休題っ!!』 ばきっ 「ぐはっ!?」 と、思考が血迷った方向に迷走しそうになった瞬間、 目の前の景色が激しくぶれた。 そして、一瞬の後の空白の後に、顎と後頭部に激しい痛みが残る。 『ふぅ。危ない危ない。もうちょっとで、リドルまで新たな扉を開ける所だったよ。 そういうのはもう本当にクィレルだけで十分だから』 「り、リドル!?大丈夫!?」 『大丈夫、大丈夫。たかだか脳震盪だよ』 「お前マジでアッパーカットとか、なに?肉弾戦極めたいの?シャイニングなフィンガーなの?」 『どっちかっていうと、爆熱ゴッドフィンガーかな』 「パワーアップしてんじゃねぇかっ!」 …………。 ………………………………………。 なんだろう。僕が今、多大なダメージを受けたのに、 なんだか激しく阿呆なことを言い合っている気がするんだが。あそこの変人達。 も僕のことを心配するなら、最後まできっちりしたらどうなんだ。 猫よりはの方がまだまともだと思うものの、 しかし、そこで僕は『ペットは飼い主に似る』という有名な格言を思い出す。 ……ということは、の方がまともじゃないのか? 嗚呼、駄目だ。 まともな思考が出来ない位、強く頭を打ち付けてしまったらしい。 呻き声を上げながら立ち上がると、すかさずが僕を支えようと腕を絡めてきた。 「えーと、リドル本当に大丈夫?歩ける??」 「……この後に及んでどこかに連れて行くつもりなのかい」 「いや、だってスティアじゃ意味ないし」 「?」 『言い方酷っ』 意味がないとはどういうことだ? どこか不満そうな猫の声を聞きつつ、僕達はその姿勢のまま場所を移動する。 月明かりが妙に眩しい夜。 すでに石造りの廊下の火は落とされ、人の気配がない城を見下ろしながら、 気づけば、僕たちは中庭を一望できる屋根の上に座り込んでいた。 不安定な場所だったが、まぁ、がなにかしら魔法で足場を造ったのだろう、落ちる心配はなさそうである。 今の移動魔法といい、この魔法といい、本当にでたらめな力の持ち主だ。 姿くらましのできないホグワーツでこうも一瞬に移動するだなんて、荒唐無稽もいいところだろう。 と、僕からそんな多大な評価を受けている彼女はというと、 「……うー、マジ寒い。あり得ない」 白い息を自分の手の平に吹きかけながら、摩擦によって手を温めようと無駄なあがきをしているところだった。 猫を襟巻きのようにしている辺り、見た目はかなり珍妙なそれ。 本日何度目になるか分からない、僕の溜め息を誘う姿だ。 (なにが嫌って?この女に負けて、しかも一緒にいることになった自分が嫌すぎるんだよ) すでに日付が変わろうという時刻。 しかも、季節は冬まっさかりであり、気温は零度を軽く下回る。 その結果、最初は僕を支える目的で組まれていた腕は、 が暖を取るために血の気が失せる程のきつさで掴まれてた。 壊死させる気か、この女……。 「こういう時ホッカイ○のありがたみが半端ないよねー」 「……とりあえず放してくれないかな。痛い」 「え?あたしは寒いんだよ?」 腕を取り戻そうとすると、何故、放す必要が?とでも聞こえてきそうなくらい超然とした態度で首を傾げられた。 ……なんて自己中心的な女なんだ。 そんなこと、僕には至極どうでもいいことなのだが、まるでそれが理解できていないらしい。 着ぶくれているために特に役得もない現状でこの態勢を維持する意味はあるのか? 答えは否である。 僕も寒いのは確かだが、それは腕の自由と引き替えにする程のものではない。 「……はぁ」 仕方がなしに、僕は力ずくで腕を引き抜こうとしたものの、 この女は中々に握力があるらしく、少しも取れる気配がなかった。 「そんなに寒いんだったら、魔法でどうにかしたら良いだろう!僕にくっつかずに!!」 「はっ!……そういえばあたし魔女っ娘だった!」 当然の指摘をしたら、何故だか「ありがとう、リドル!」と掛け値なしに本気でお礼を言われた。 今更何を言い出しているんだ、この馬鹿は?と、心の底から呆れていると、 はそこでくるん、と無造作に杖をふるい、一気にその場を暖気で包み込む。 こんなことがやれる位なのに、すっかりさっぱり魔法でどうにかするという頭がなかったらしい。 心地よい温度に触れた途端、彼女の横顔が、まぁ、間抜けな位にふにゃりと緩んだ。 目尻が下がり。 その柔らかそうな口元が花のように綻んで。 「…………」 本当に、という少女は綿飴かなにかでできているかのようだ。 ふわふわと甘くて。 そのくせ、触るとベタベタするんだ。 と、次の瞬間、僕の視線なんて知らぬげに、綿飴女はそれは嬉しそうな笑顔をこちらへ向けてきた。 「ふぉー、魔法万歳☆」 「……おめでたいよね、君」 「うん?なにが??」 「別に。ところで、なんで、わざわざこんなところに連れてきたのか、いい加減教えてくれる?」 てっきり場所を変えてカウントダウンパーティでもするのかと思ったが、 この見るからに暗く静かな雰囲気からすると、そうでもなさそうだ。 考えるのも面倒だったので、さっさと話せ、と少女を促してみる。 すると、は「ウィ ムッシュ!」と、妙に滑舌よく答えると、 自分の腕時計に目を落とした。 その仕草に連想されることなんて一つしか無いのだが、 とても、そんな華やかなものと縁遠い景色に、疑問符ばかりが募っていく。 「おお、流石リドル。完璧な時間だゼ」 「?いや、だからなにを……」 そして、は僕を置いてけぼりにしたまま、無駄に明るい声を張り上げた。 「はい、じゃあ、カウントダウン開始! よんじゅなな!よんじゅはち……じゃなかったにじゅに!にじゅいち――」 『20、19、18、17、16――』 「じゅうご、じゅうよん、じゅうさん、じゅうに、じゅういち――」 『10!』 「きゅう!」 『8!』 「なな!」 『6!』 「ご!」 『4!』 「さん!」 『にー!』 「『いち!!』」 ゼロ。 そう彼女が叫んだ瞬間に、世界が突然、極彩色に切り替わった。 「!」 一番多いのは、青。 次いで、白、黄色、桃、オレンジに緑、赤とまたたく光の洪水。 一気に明るくなった視界に、目が眩む。 「これは……イルミネーション?」 月明かりなど、まるで目ではない位に、ホグワーツは中庭を中心として光り輝いていた。 電飾とは違う、なんだか柔らかくも冷たい光は魔法でできたなにかだろうか。 ところどころ動く黄緑の光は、妖精が発するそれだろう。 色彩が、まるで銀河のように足元を埋める。 城の輪郭も光が帯となって示しており、先ほどまで暗闇に沈んでいた様子が嘘のようだ。 「…………」 けれど、なによりも僕の目を捉えたのは、光ではなかった。 寧ろ、その反対。 溢れんばかりの光の中、それが置かれていない、空白の場所。 闇で書かれた、その言葉。 「Happy New Year And Happy Unbirthday Riddle!」 そして、すぐ横からも、それは聞こえた。 さっきとは違って。 綿飴みたいにふわふわしていて。 甘ったるい、声だと思った。 僕はそれに対してとっさになんと言って良いか分からず、無言のままを見る。 「Happy Unbirthday」? 誕生日じゃなく? 確かに、僕の誕生日はさっきのカウントダウン終了と同時に終わった。 だが、誕生日を祝われたことはあっても、 そうでない日を祝われるなど、幾ら経験豊富な僕といえども、ない。 がしかし、僕の戸惑いなんてまるで気づかず。 はにこにこと楽しそうに、自慢げに胸を張る。 「なんでもない日おめでとう、リドル!これがあたしからのプレゼントでっす☆」 「これって……?」 イルミネーションなんて、デート好きの女子じゃないんだから、別に嬉しくもなんともない。 そもそもなんのプレゼントなのか、また、 一体なにをもってそんなものをプレゼントに選んだのかを知りたくて発した問いだったが、 しかし、彼女の答えは相変わらず僕の予想の斜め上をいっていた。 「んっと『リドルの毎日を明るく楽しくさせる券』?」 「……はっ?」 「だからさー、これからはあたしがリドルの毎日を明るく楽しくさせるってことだよ」 「!」 自信がそんなにある訳じゃないけど。 でもさ、毎日馬鹿やって。 こんな風に綺麗な物見たり。 美味しい物食べたりは、できると思うんだ。 「色々考えたんだけど、やっぱりさ。 あたしにとって、一番幸せだなーって思えるのって、そういうのなんだよ。 簡単で。でも、すっごく難しいこと」 「…………」 「誕生日は1日しかないけど 、なんでもない日って奴はいつだって傍にある。 だから、年がら年中のお祭り騒ぎを、リドルにあげる」 まるで上からのような物言い。 けれど、何故だろう。 それは不思議なほどに、嫌みが感じられなかった。 そのことが信じられなくて、僕は目を細めながら、口を開く。 「それは同情かい?それとも、責任感? 僕っていうなんでもないものを、君の都合で残した事への?」 我ながら、辛辣な言葉だと思った。 けれど、それはどこまでも事実で。 飾らない言葉で、どうしても僕が訊かなければいけないものだった。 そして、は僕の率直な皮肉を、 「そうかもね」 真正面から、笑って受け入れる。 「でも、それでもあたしはリドルに生きていて欲しいんだ」 「っ!!」 生まれて初めて言われたその言葉に、息が詰まった。 存在を蔑まれたことはあった。 母にすら見捨てられた身だ。 誕生日を祝われたことは限りないけれど、それでも存在への渇きは、消えようがない。 そう思っていた。 まして今は、人間ですらないというのに。 生きているかどうかも、分からないのに。 それ、なのに。 「家族になろうよ、リドル」 ふわふわの声の持ち主が、僕に手を差し伸べる。 嗚呼、苦しい。クルシイ。くるしい。 なんだ、コレは。 知らない。 こんな感情は、シラナイ。 でも。 「……それはプロポーズととって良いんだよね?」 気がつけば、僕は差し出された手に、唇を寄せていた。 + + + + 「――という夢を見たんだ」 どう思う?スティア。 正直、リドルのあたしへの印象が酷すぎる感じはしたけど、凄くフレンドリーだったよね? なんか素敵なじゃれ合いっていうか、あり得ないほどの距離感っていうか。 そんな気はするんだけど、でもそこはかとない現実味があった気がしない? 眩しい朝の光に包まれた元旦の朝。 開口一番そう訊くと、頼れる黒猫さんは一瞬黙った後、 『とりあえず、ホグワーツにこたつって似合わないね』 と、明後日の方向の返事を寄越してきた。 こうなると、大体の話の流れはいつも同じだ。 即ち、 「そこかい!?いや、確かにそうだけど!」 『いやぁ、だってホグワーツって電子機器、基本使えないでしょ? 一体どうやって動いていたんだろうという純粋な興味がだね?』 「夢にそんな裏設定求めんなよ!きっと火の精とかそんなんが耐熱ボウルにでも入ってるんだよ!」 『いや、それよりハグリッドの尻尾爆発スクリュートとかの方が可能性高いんじゃないかな?』 「怖ぇよ!確かに火は噴いてるけど、あたしヒトカゲの方が良い!」 ……こんな風に良い感じに話が脱線する。 いや、楽しいんだけどね? 楽しいんだけど、どうしてこう、いつもいつも通過儀礼の如く阿呆なやり取りをしなきゃならないんだろう。 大いなる疑問に溜め息を吐きたい気分になってきたあたしだったが、 しかし、黒猫さんはそこで『まぁ、とにかくさ』と綺麗な金色の瞳を細めた。 それは、大事なことを言う時のスティアの癖。 『良いんじゃない?初夢は正夢になるって言うし』 望む言葉に、自然と口元が緩む。 夢の中では自分の姿をリドルとして見ていたので、起きたときは奇妙な感じがしたものだが、 あんな風に幸せそうに笑えていれば良い。 そう、思った。 「やっぱり!?」 『うん。夢を持つことは良いことだよ』 「だよねだよね!」 『さて、ではここで問題です』 「……うん?」 『初夢の定義とは? @大晦日の夜見る夢 A元旦の夜見る夢 B二日の夜見る夢 さて、どれでしょう?』 「…………ちなみに答えは?」 『諸説あるからね。全部正解で全部不正解?』 「あたしの中では@一択だから良いんだよ、馬鹿野郎っ!!」 信じる者は救われる! ―作者のつぶやき♪― この作品はact.Kを訪問下さった皆様に捧げます。 はい。という訳でお送り致しました、リドル夢いかがでしたか? リドルの誕生日を祝う話とか年越しを祝う話は数あれど、みかんにこたつで始まる話はそうはあるまい! と、相変わらずのマイナー一直線な思考で書いたお話になります。 リドルが連載で阿呆なことをしていなければ、こんな年越しもあったんだよーという希望を込めてのお話ですね。 ご希望の方は、topメールフォーム又は拍手にてご一報下さると管理人小躍りします。 *現在、配布はしていません。 以上、年越し記念フリー夢、 連載『Phantom Magician』設定の短編、『mirage night―幻夜―』でした! |