日常的な非日常を君と。 Phantom Magician 〜solar eclipse〜 その日は、ホグワーツ中で皆がそわそわとしていた。 特に、天体に興味のある人たちが。 占いに傾倒している人たちが。 そして、なにより珍しい物事に目がない連中が。 「お待ちなさい、ポッター!! 太陽を直接見てはいけないと何度も注意したはずですっ」 「すみませんマクゴナガル先生っ!でも、知的好奇心が抑えられないんです!」 「自重なさいっ!」 「無理です!(きぱっ)」 そう、今日は待ちに待った日食の日。 世界の終わりを暗示しているとか、大地震が起こるとか、まぁ、色々な迷信が飛び交う特別な日だ。 なんでも、この日は霊的なパワーだかなんだかが高まる日でもあるらしく、 ここ一か月は魔法使いがいそいそとグッズを売りだしたりで、大変騒がしかった。 って、あ、それは日本にいた時も大して変わらなかったか。 廊下の向こうでジェームズがマクゴナガル先生に取っ捕まって説教を受けている姿を見て、 ああいう男子とかチビッ子いたなーと、故郷で見た日食を思い返してみる。 太陽を直接観ると目を傷める、というのは小さい頃から理科で習うことだが、 興奮すると、そんな基礎知識は忘却の彼方に行ってしまうものらしい。 かくいうあたしも、流石にそれはしなかったが、わくわくと空を見上げすぎて首が痛くなったものだ。 あの時は曇りで、微妙にしか見えなかったが、 ちらっと見えた太陽がチェシャ猫の口みたいな三日月型をしていて感動したのを覚えている……。 「さぁて、そろそろ時間だな……。 今日もちょい曇ってるけど、これなら、まぁ、観えるだろ」 そして、あたしは世紀の天体ショーを観るため、 きちんとこの日のために用意していた日食グラスを片手に中庭から空を見上げた。 (マグルの世界では200円もしないで買えた日食グラスだが、 魔法界では中々そんなリーズナブルな商品はないらしい。 あるのは、望遠機能付きとか、太陽エネルギーが吸収できるとかいうちょっと高級なものばかりだ。 もちろんそれでも買ったが) 「あ!?ずるいよ、!君ばっかりっ!」 が、なんとも自己中な男が目敏くもそれを見つけて駆け寄ってくる気配がしたので、 着けたのも束の間、すぐにグラスを外すこととなった。 奴はその速い足を生かしてあっという間に距離を詰めてきたものの、 叫び声のおかげで、それをひょいとよけることに成功する。 なにすんだこの野郎、とばかりに横を見ると、 むすっと不満そうにしているジェームズの表情が目に入った。 いつもへらへら笑ってばかりの男なので、こんな表情をしているのは酷く珍しい。 「なにがずるいんだよ。これ、あたしの金で買ったんだけど。 っていうか、邪魔。折角、太陽が欠け始めたんだから邪魔すんな」 「友達が困ってるんだから、快くグラスを貸してくれたって良いじゃないか!」 「こんな時ばっかり友達かい!絶っっ対ぇヤダ! 貸したらもう戻ってこない気がひしひしするっ! っていうか、悪戯グッズ買いすぎて金がなくなった馬鹿のことなんて知るか!」 「酷いや!同じ片思い同盟の仲間なのに!!」 「どぅあれが、片思い同盟だボケっ!!」 失礼な言葉に、ジェームズの軽いおつむをぶん殴る。 あいたっ!とかなんとか叫んでいるが、無視だ無視。 実はちょびっとだけ貸しても良いかなー、なんて気になったりなんかしてたのだが、 調子の良い言葉を吐きやがるのを見て、なにがあっても貸すのは止めようと心に誓う。 そもそも、会う度に糞爆弾を投げつけてきた奴のなにが友達か。 どう考えても一から十まで貸してやる義理がないことに気づき、あたしはそこで癒しを思い浮かべる。 もちろん、マイ エンジェルのリリーのことだ。 ジェームスにグラスを貸すぐらいだったら、 あたしは愛しのリリーを探して、姦しい女生徒の群れときゃっきゃうふふと観察会に参加する方を選ぶ。 正直、一緒にいる占いにのめり込んでる子たちにはできるだけお近づきになりたくないのだが、 それはもうこの際だ。目を瞑ろう。 「おお、そうだ。そうしよう。オイ、ストーカー。リリーどこにいるか知ってる?」 「なんでにそんなこと教えなきゃいけないんだい? っていうか、人に物を訊く態度じゃないよね、それ!君、本当に失礼すぎるよ!?」 「大丈夫。ジェームズの顔ほどじゃないから」 「どういう意味っ!?」 が、やはりあんまりお近づきになりたくない心情が影響したのか、 気がつけばあたしはジェームズをおちょくってしまっていた。 …………。 ……………………あれ? おかしいな。こんな予定じゃなかったんだが。 ただでさえ、この馬鹿はリリーとラブラブのあたしが気に入らないというのに。 こんな訊き方じゃ間違いなく教えてもらえないだろう。 案の定、ジェームズはその言葉に気を悪くしたらしく、 もはやムキになって、あたしのグラスに手を伸ばしてきた。 「もう良いから、それ貸してよ!」 「嫌だっつのっ!」 ダッシュでそれを避けるが、そこは現役クィディッチ寮代表選手。 ぴょんぴょんとび跳ねたり、ちょこまかと動きまわったりしてくる動きが速すぎてあたしは防戦一方だった。 そもそも、奴の方がでかくて素早いのだから、あたしは不利でしかない。 これはもう、魔法で退けるしかないか!と覚悟を決めた瞬間、ふっとあたしの手からグラスが消えた。 「「!!」」 「こんな奴相手になにやってんだよ、ジェームズ?」 いや、正確に言えばどこぞの犬っころに奪われていた。 犬のくせに気配絶って近寄るとか高等芸会得しやがって!! 「手前ぇ、ヘタレ!なにしやがる!?」 「ふふん。シリウスはヘタレでも、やる時はやる男だからね!」 「くっそ!ヘタレのくせに!!」 「よし、分かった。お前らそこに並べ。呪いの実験台にしてやるっ!」 「「ええ〜?」」 さっきまで喧々錚々といがみ合っていたあたしたちだが、実はよっぽど気が合うらしく、 二人揃って顔を見合わせて「だって、ヘタレはヘタレじゃん。ねぇ?」と頷きあった。 すると、怒髪天を突く犬が一匹。 「 お ま え ら ぁ ……っ!」 「うわぁ、見ました?奥さん。血管が浮き出てますことよ?」 「わーお!きっと図星を指されて本性を現したんだね!」 「ヤだなぁ、ジェームズ。シリウスの本性っていったらヘタレってことじゃん。 もうすでに周知の事実って奴だよ」 「あ、それもそうだね☆」 「〜〜〜〜麻痺せよ!」 「「護れ!」」 うん。シリウスをからかうのマジ楽しス。 と、そんなお馬鹿なやりとりをした後、怒鳴り散らすシリウスの後ろに目を移すと、 そこにはちょっと距離を置いてこちらを窺う鼠公と、 あ た し の リ ー マ ス がいるのが分かり、 動物連中と戯れるのはさっさと中止して、思わず黄色い声を上げる。 「リーマス!こんな所で奇遇だね!一緒に日食観ない!? あたし、この日のために日食グラス買ったんだよ!!」 「!?君、僕の時と態度違くない!?」 「当たり前だろ、ボケ!」 「で、でも。い、いつものこと、だよね?」 「黙れ禿げ。近寄るな禿げ。っていうか消えろ禿げ」 「〜〜〜〜〜っ!」 「……はぁ。おっまえ、相変わらずリーマス以外眼中にねぇのな」 ただでさえ煩い連中が騒いでいるが、それを軽くあしらう。 そして、あたしはきらきらと我ながら素晴らしい笑顔で、日食グラスをリーマスに献上した。 「はいvじゃあ、これ!」 「……君に借りるくらいなら、僕はシリウスの奴を拝借するから結構だよ」 「あ、そっか。シリウスも持ってるんだよね!お坊ちゃまだもんね! じゃあ、二人並んで観察できるね!ひゃっふー!」 「こういうのは静かに一人で観た方がきっと気分が良いと思うよ。主に僕の」 「それもそうだね!こんな馬鹿どもは放っておいて、静かに二人で観よう!」 「……君、基本的に僕の話聞いてないよね」 相変わらずクールなリーマスにメロメロになりながら、 それでもめげずに口説きまくる。 正直、こんなことをやってる間にも太陽はガンガン欠けているのだが、 リーマスと観れなければ何の意味もないため、今はとりあえずスルーする。 いや、だってよ!? リーマスにがっつり避けられてる現状じゃ、絶対一緒になんか観られないと思ってたのに、 当のご本人がこんな風に来てくれちゃったりするんだから、このチャンス逃してたまるもんか! たとえどんなに真っ黒い笑顔見せつけられても、に、逃げるもんか! と、あんまりあたしが必死だったのを見るに見かねたのか、 それともその姿が自分にダブったのか、ジェームズがここである提案をした。 「まぁまぁ、リーマス。グラスは多いに越したことはないんだからさ。 どうせだから、皆で観たら良いんじゃないかい?」 すると、我らがリーマスはそれに対して天使のような微笑みを浮かべる。 「……ジェームズ。それは僕に対する挑戦とみて良いのかな?」 「っ!違う違うっ!大丈夫!君をに近づけたりはしないからさ!」 青い顔をしつつも、こそこそとリーマスになにか耳打ちするジェームズ。 本来ならば、一緒に観れるように段取りをしてくれている彼に感謝すべきなのだろうが、 正直に邪魔者以外の何者でもないので、あたしは気づけば怒声を張り上げていた。 「っておいぃいいぃ!なんであたしそっちのけで適当なことほざいてんだ手前ぇ!!」 がしかし、あの眼鏡野郎はそんな声、右から左に完全に聞き流す態勢を取ると決めたらしい。 そして、それはそれは爽やかに、それはもう茶目っ気たっぷりに奴はこう言った。 「ってことで、どうせなら、雲の上から日食を観よう!」 あたしが箒駄目だって分かってて言ってやがんな、この野郎! 数分後、呼び寄せ呪文であっさりと箒を呼び寄せた悪戯仕掛け人は、それに跨っていた。 ぽつん、と自分の箒もなく、地上に突っ立ったままのあたしを残して。 くっ!あの鼠野郎もふらふらしながら乗れてるっていうのに、なんであたしは乗れないんだよっ!! あまりの悔しさに、それはもう不機嫌にこの状況を作り出したジェームズを睨みつける。 「……、視線が痛いよ。そんなに熱く見つめられたら火傷しちゃうじゃないか」 「頭沸いてんのか、お前。 っていうか、一緒に観るって言ったよな?言ったよな、お前」 「もちろん言ったさ」 「じゃあ、この状況はなんだ。あたしだけ走ってお前ら追いかけろってか」 ぶすっとむくれると、ジェームズが大げさに目を丸くしたのが見えた。 我ながら、酷い表情になっている自覚はある。 けれど、折角の日食を悪戯仕掛け人と観れるというサプライズに有頂天になったのも確かで。 それなのに、こんな仕打ちを受ければ文句の百や二百、飛び出してこようというものである。 すると、さっきまで1mほど上の方にいたジェームズは苦笑しながら、あたしの目線まで降りて来てこう言った。 「なにも、君を置いてくなんて言ってないじゃないか。 は僕の後ろに乗ったら良いよ」 「……は?」 思いがけない言葉に、目が点になる。 そんなあたしに気付くと、ジェームズはくすっと笑みを零してウィンクした。 「まぁ、僕としても面白そうだから、君にはリーマスのところに乗って欲しかったんだけどさ。 リーマスが断固拒否するもんだから。 ピーターのところじゃ心配だし、シリウスとじゃ喧嘩しそうだろ? ってことで、言いだしっぺの僕に白羽の矢が立ったってワケ」 そして、目の前に男の子らしいしっかりした手が差し出された。 リーマスとはまた違う、健康的で逞しいそれだ。 「それとも、僕じゃ不満かい?」 いや、不満に決まってんだろあたしはリーマスが良いって言ってんじゃねぇか。 リリーのこと追いかけてセブのこと苛め抜いてる陰険野郎となんか観たって楽しくもなんともないんだよ。 考えたら分かるだろ、お前だってリリーじゃないその他大勢とだったら、文句たらたらになんだろ。 とか、まぁ、言いたいこととか、当然のセリフは心の中に押し込めて。 現代日本人として、あたしはその一応気遣いある言葉に、苦笑を零した。 「学校一の箒の乗り手で、不満なワケないじゃんか」 まるでお姫様のように、恭しくあたしはその手を取った。 ま、ジェームズと一緒に観る日食も、悪くはないかな。多分ね。 そして、ジェームズの箒の後ろで見た日食は酷く美しく、神秘的で。 あたしは周りが呆れるのにも気づかずに、わーわーと歓声を連発した。 故郷で見たそれとは比べ物にならないくらい、くっきりとした輪郭を見せる太陽は圧巻だ。 障害物もないため、手を伸ばせば届くような錯覚すらしてくる。 一緒にいる相手が相手なのでロマンチックとはほど遠かったが、 それでも、あたしは今日という日を決して忘れないだろう。 嗚呼、こいつリリーにもこういう風に攻めたら良いのにな。 お馬鹿なことばっかりしてないで。 そうすれば元が良いのだ、リリーだってちょっとクラっときてもおかしくないものを。 「ねぇ、ジェームズ?」 「うん?なんだい?」 「一応言っとく。今日はアリガト」 「ははっ!いえいえどう致しまして?」 「……お礼にちょっと良いことアドバイスしてあげようか」 「?良いこと??」 こうして、素晴らしい景色に招待してくれたジェームズには、 グラスを貸した程度じゃ、まるで報いることができそうにない。 そう思うと、気がつけば口からぽろっと言葉が転がり出てきた。 「次にこういう日食があった時は、プロポーズとかに使うと良いよ。 ホラ、リングになった時に手を伸ばして、『君のために取ったよ』とかなんとか言って指輪出すワケ。 かなーり古典的で臭いけど、ジェームズなら違和感ないし。リリー案外こういうの好きだよ?」 「〜〜〜〜〜〜っ!!君って奴はっ!!」 「ふふ。礼には及ばないさ」 「いいや、ここは敢えて言わせてもらおう!君に出会えて良かったと!」 「…………っ」 ぶふっと噴き出しそうになるのを、奴の背中に頭を埋めることで必死に耐える。 どうやら本気で感激しているらしいジェームズに、今回のオチを告げるのは止めることにした。 次の金環日食、300年後らしいよ、ってさ。 だって、あたしたち、悪友じゃん? ―作者のつぶやき♪― 2012年、5月21日。 全国各地で観察できるはずの金環日食、皆さんは観れましたか? 残念ながら静流さんのいた場所はがっつり曇ってたのでテレビ越しでのお目見えとなりましたが。 何百年に一度とか言われちゃうと、普段興味がなくても気になりますよね。 という訳で、気がつけば勢いでこんなもの書いちゃいました☆ ホグワーツでも金環日食が日本と同じように見れたという無理のある設定ですが、 まぁ周期とか細かいことはお気になさらず(笑) 外国に行けば、300年後じゃなくてもどうにか見られますよ、ええ。 ご希望の方は、topメールフォーム又は拍手にてご一報下さると管理人小躍りします。 *現在、配布はしていません。 以上、金環日食記念フリー夢、 連載『Phantom Magician』設定の初短編、『solar eclipse―日食―』でした! 追伸:お相手がまさかのジェームズで私もびっくりです☆ |