大切だけど、唯一ではない。 でも、唯一ではなくても、大切で。 Butterfly Effect、44 『よもや、かような場所で彼の方の眷属と相まみえようとは。 母君によくよくお聞かせせねば!』 犬のようにご機嫌に尻尾をする黒狐。 まぁ、確かにこいつの毛が欲しかったが為に、その母とは接触したし、 その時に大量の魔力を吸い取られたりはしたが。 まさか、あの女がそれを恩に着ていたとは思わなかった。 なにしろ、僕にとっては数年前でも、向こうにとっては十数年前になる。 その差は大きい。 まさかの恩人発言に目が丸くなる思いだが、 ちょいちょい気になるポイントがあったために、僕はとりあえずつっこみを入れる。 『いや、眷属っていうか、本人なんだけれども』 『なに?』 ところが、黒狐はその言葉に尻尾を振るのを止めた。 『見え透いた嘘を言うでないわ。かように弱弱しい姿で笑わせる。 我が恩人ぞ?もっと麗しくも猛々しい魔力に満ちているお方に決まっておろうが』 …………。 …………………………。 麗しくも猛々しい魔力ってなんだよ。 魔力にそんなもんあるのか? まぁ、は異世界のそれなので質が違うことは僕でも分かるが、 それ以外なんてそこまで大きく変わるものでもない気がする。 前と比べてかなり弱ってるのは事実だけどさ。 と、そんなことを思いながら、『いや、事情があって弱ってるだけだから』と、 うんざりした口調で勘違いを訂正する。 幻想を打ち砕いて悪いが、僕はそんな御大層なものではない。 がしかし。 妙に人を美化している狐野郎には通じなかったようで、 僕を可哀そうな奴を見るような目で見つめてきた。 『いくら事情があろうとそこまで変わるはずがないであろう』 いや、お前とは初対面だから。変わり具合の比較できないから。 コイツの母に言われるならまだしも、コイツにしたり顔で言われる覚えはない。 ないのだが、はっきり言って相手をするのがメンド……げほげほ。 相手をする無駄を悟り、僕は話題を別方向へと投げることにした。 『……で、なんでお前ここにいるの?』 『お前呼ばわりとは、なんとも失礼な奴よ。 ……まぁ、良かろう。恩人殿に免じて、広い心で許してやる。 それはもちろん、奇妙な力を感じたからだ。母君より様子を見てくるように言われたしの』 僕も猫集会の時に感じたことだったが、 黒狐曰く、禁じられた森は魔力の発生源から近かったために、あの時、それはもう凄い騒ぎになったそうだ。 そもそも、一角獣を傷つけるような、得体のしれない奴が徘徊していた訳だし、 これは流石に捨て置けない、とフットワークの軽い黒狐が様子を見に来た、と。 (下っ端がパシらされてる感が溢れていたのはきっと気のせいではない) で、発生源はすでにもぬけの殻になっていたものの、 そこに残っていた一角獣の血の匂いを追って、ここまで来たらしい。 『つまり、この一角獣とは友達でもなんでもない、と?』 『友?そんな訳がなかろう』 『いや、だってお前、仲良くの膝枕使ってただろうが』 命の恩人に懐く一角獣は『有り』だとしても、野次馬のお前は『無し』だろう、普通。 と、僕の指摘にふん、と鼻を鳴らし、黒狐は口を開いた。 『?嗚呼、この得体の知れない娘か』 『お前こそ失礼だな』 『得体が知れない者を得体が知れぬと言って何が悪い? 我は最初、この一角獣を傷つけたのはこの娘だと思った位だ』 黒狐は言う。 この娘は、気持ちが悪い、と。 この場にいてはいけないような。 同じようで違うのが、ざらりと神経に触る、と。 『ただの?我が攻撃をしようとした瞬間、こやつが否定しおってな。 今と同じように、娘の気配がおかしいことを言ってやったら、 “そんなことはない。慣れれば微睡む程に心地よい。”などとぬかしおって』 で、そこまで言われたら引き下がれない!と、何故か二匹で膝を陣取った、と。 どこぞの闇払いあたりが聞いたら歯ぎしりして羨ましがりそうなことを平然と行ったのは、そういう経緯らしい。 まぁ、にもにも危害が加わらないなら、どうでも良いかと、 そろそろ存在をスルーしようかと思った僕だったが、 しかし、その後のコイツの発言は、それを許してくれなかった。 『確かに、違和感自体に慣れてしまえば、どうということはなかったのぅ。 漏れ出る魔力も、人間にしては中々の質ではある……。 おお!良いことを思いついた!』 不意に、コイツは目を輝かせたかと思うと、音も立てずに、その場でスルスルと姿を変えた。 「「『は!?』」」 動物もどきとは似て非なる変化。 漆黒の毛並みは艶やかな髪に。 しなやかな腕は肌色に。 ただ、母と違って化け方に年季が入っていないせいだろうか、 形こそ人型ではあるものの、下半身は狐の時と同様に毛に覆われ、 なにより、特徴的な尻尾と耳が残った状態の、いわゆる獣人がそこには立っていた。 で、 「お主、我の妾にならぬか?」 「……は?」 狐男は片手での顎を捉えると、そんなふざけたことを宣ったのである。 自分のに対する想いは、実のところ、かなり複雑極まるものだった。 彼女と自分が過ごした日々は数か月にも満たないし、満足に会話もしたことはない。 けれど。 自分の中には、彼女と過ごした日々がどうしたって存在するのだ。 そう、自分ではなく、『私』として。 サラザール=スリザリン――いや、蛇野サラとしての記憶が。 名もなき子猫にのばされた温かな手の平の記憶が。 僕に彼女を他人と思わせてはくれない。 だから、その『私』が彼女に抱いていた、いっそ歪んでいると表現したくなるような愛情も、知っている。 あの男はに憧れていて。 彼女が眩しくて。 どうしようもなく狂おしく想っている。 彼女は自分がいなくても生きていけることを知っているから。 自分は、彼女がいなければ『生きて』はいけないことを知っているから。 何をしても、何年掛けても彼女を手に入れたいと願っている。 けれど。 それはやっぱり、自分の心でも記憶でもありえないのだ。 自分はスティアで。奴じゃない。 奴じゃないが、それでも、彼女が好ましい気持ちに嘘偽りはない。 に抱くのとは違う、その気持ち。 敢えて言うならば、初恋の相手のような、それはそれは微妙な感情である。 「えええぇえぇ?狐が超絶美形に化けた上に、ぐりさんに迫ってるとかどういうことぉ?」 目を見開くとは裏腹に、そんな間の抜けたことを言い出すのはもちろんだ。 目の前に変質者が出たんだから、君はもう少し危機感を覚えろ、と僕は言いたい。 だが、いつもなら出てくるへの軽口は、 目の前で繰り広げられる茶番があまりにも神経に触りすぎて、欠片も出てこなかった。 「見目はそう悪くない。器量は、まぁ一角獣が懐くくらいなのだから、悪くはなかろう。 となれば、手元に置いておくにやぶさかではない」 「……ええと、あの、ちょっと離れてもらって良いですか?」 「光栄に思うが良い。そなたのような者が我に侍るなど、本来であればまずないこと。 しかし、その類稀な力に免じて、傍に置いてやろうというのだ。 どれ、では早速、一つ味見をば……――」 ぶちっと。 話をまるで聞かない狐野郎がの口元に顔を寄せようとした瞬間、 自分の中でなにか――堪忍袋の緒的なにかが切れる音がした。 『麻痺せよ!!』 「ぷげらっ!?」 勢いよく尻尾を振り、赤い光を狐にぶち当てる。 少しばかり力が入りすぎて、奴の体が吹き飛んだりしたが、まぁ、ご愛敬というものだろう。 寧ろ、アバダらなかった自分に拍手をしたい気分である。 「……ぐぅっ、きさ……なにを……っ」 流石、九尾の狐。 そんじょそこらの魔法生物と違って、ガキでも麻痺呪文一発では気絶しないらしい。 『麻痺せよ 麻痺せよ 麻痺せよ』 「ぐふっ!」 まぁ、それなら重ねがけすれば良いだけなんだけれども。 常人であれば、下手をすると一生目を覚まさないレベルの呪文をうっかりと叩き込んでしまい、 僕は鋭く舌打ちをする。 全くもって忌々しい。 『ちっ。おかげで魔力が底をつくじゃないか。どうしてくれるんだ、この駄犬が!』 「おおぅ。スティアさんお冠」 なら、知り合いであればともかく、こんな見ず知らずの変質者になにかされそうになったら、 僕が助けるまでもなく、容赦なく自分の身を守れるだろうとは思うのだが、 それとこれ、黙って見ていられるかというのは別問題だ。 一角獣も、を守ろうとしたのか、いつの間にやら立ち上がってはいたものの、 僕の猛攻に驚いたのか、目を丸くして、気づけば僕らと距離を取っていた(失礼な) と、咄嗟のことだったので、魔力をやはり使いすぎてしまったらしい。 僕は、体がひたすらに怠く、重くなっていくのを感じながら、 最後の力を振り絞って、へ凭れかかる。 「スティア?どうしたの??」 『変態のせいで、精神的に疲れた。もう一歩も歩きたくない』 「マジか」 ぐでぐでの僕に、流石に思う所があったのか、が慌てて両手で抱き上げてくる。 仕方がないので、このまま本体のところに連れて行ってもらおうかと思う。 すると、そんな僕に、彼女は意外な提案を口にした。 「スティアさんスティアさん。魔法使って疲れたんなら、魔力的な物補充したら元気になる?」 『……また随分とピンポイントな発言だけど、どうしたの?』 「いや、今ぐりさんと話してたじゃん。聞いてなかったの?」 『自己主張の激しいキャラの濃い狐と話してたから、君たちの話は聞いてなかったよ』 「ああ、うん。キャラは確かに濃そうだ……。 ……ゴホン。だからね?ぐりさん、今困ってるんだって」 の話を要約すると、どうも、は今、魔力が溢れて体の外に出やすくなっており、 日常で勝手に魔法が発動してしまって、困っているのだそうだ。 例えば、寝癖が酷いとなれば、勝手にブラシが飛んできて直そうとするし、 重い鍋を持とうとしたら、急に軽くなるどころかふわふわと飛ばしてしまう、といった具合だ。 「私もよく分からないんですけど、普通に杖を使うのと違って、 勝手に出ちゃう魔法は、魔力を引き出しすぎちゃうんですって」 おかげで、魔力が溢れているにも関わらず、使い過ぎの欠乏症状――急激な眠気に襲われて、 日常生活にも若干の支障があるようだ。 どうも、一角獣に触れ合いに来ているのも、余った分の魔力を吸収する性質が角にあるのを期待してらしい。 「それで、スティアって分霊箱でしょ?となると、魔力吸収できるじゃん?」 「協力してもらえるならその方が良いって言われたんです」 『へぇ。誰に?』 まぁ、訊くまでもなく、サラザールなスリザリンだった男だろう。 そう思った僕だったが、彼女たちは創始者は創始者でも、別の男の名を挙げた。 「「ゴドリック=グリフィンドール(さん)に」」 『…………』 瞼の裏に鮮やかに甦るのは、燃えるような赤毛を一つに束ねた、 快活に笑う男。 破天荒なようでいて、周りをよく見ていて。 困っている人間に積極的に関わろうとする、変な奴。 そいつが、差し伸べる手を、幻視する。 ただ、当たり前のように述べられた名前は、千年も前に死んだ男の物だ。 と、僕が怪訝そうにするのを、どう思ったのか、 は、なんだかばつが悪そうに、頬を掻きながら付け足した。 「まぁ、本人じゃなくて絵だけども」 『……ああ、あれか』 そういえば、今では必要の部屋と呼ばれるあそこには、 ロウェナが遺した馬鹿みたいに大きな絵があるのだった。 ホグワーツの廊下に飾ってある、後世の人間が描いた絵とは違う、 サラザールがいなくなってすぐの、彼らの姿が描かれた絵が。 魔法界の絵は、描いた者の腕ではなく、描かれた者によって、 三次元の存在との意思疎通がどれだけ図れるかなどが変わる特性を持つ。 つまり、絵描きが平凡でも、稀代の魔法使いを描けば、かなりコミュニケーションが図れるし、 逆に凄腕の絵描きが描いても、モデルが平凡であれば、簡単な受け答えしかできない絵になるのだ。 (もちろん、絵自体の写実性などは絵描きの腕で変わるだろうが) その点、ホグワーツの創始者は、歴史上でも類稀な魔法の第一人者だ。 当然、その辺にある絵とは一線を画す。 また、絵は描かれた後に、どれだけ本人の情報を絵に伝えたかによって、 本人とほとんど同じになるか、若干違う存在になるかが変わる。 本人、またはかなり近しい存在が描き、伝えたとなれば、かなり近しい物にはなるだろう。 (後年のサラザールとされる絵が特に例として分かりやすい。 奴は流暢に話すけれど、本人が一つも関わっていないものだから、 見た目は違うし、中身も典型的な闇の魔法使いみたいになっている) まぁ、僕は一度も彼らの絵と話したことがないのだけれど。 僕と同じ、紛い物。 それと交流することに、なんの意味がある? サラザール本人なら良い。 大切な友人のその後を、絵に聞いて確認できるだろうし、 心の内を整理するきっかけにもなるだろう。 でも、僕は。 僕は違うから。 サラザールだけれど。 サラザールじゃないから。 記憶とよく似た、 けれど、やはり違う存在が。 気持ち悪くて、気持ち悪くて。 関わりたくなんて、ない。 向こうがそうなのと同様に。 「スティア?」 と、思考が沼の底に沈むような感覚でいたその時、 掬い上げるように、が僕の名前を呼んだ。 僕は、そんな彼女が心配そうな表情になる前に、 至極興味がなさそうな調子で、口を開いた。 『は、あいつらのところによく行くの?』 「ぐりさんぐりさん、スティアが、創始者の絵のとこよく行くの?だって」 「よく、とまでは行かないですけど、それなりに行きますね。 サラとかさんと行く時もあれば、一人で行く時もありますけど……」 間にを挟んでのやり取りに、しかし礼儀正しく話す。 そこに、気づかわし気な色を見つけてしまい、舌打ちしたい気分になる。 は、彼女がサラと呼ぶ男と僕の関係を、おおまかには把握している。 僕が奴から生まれたことも。 その記憶を有していることも。 だから、僕が彼らに対して複雑な心境を抱くであろうことも、 想像がついてしまったのだろう。 話の逸らし方に失敗したことを悟り、さて、ではここからどうしたものかと思った僕だったが、 幸いにも、がずれた話を元々の位置に戻しにかかったため、 から労りの言葉をかけられることは、無事回避された。 「んで?結局、スティアさんはぐりさんから魔力吸い取れるの?」 『……まぁ』 寧ろ、魔力がもらえるなんて願ってもないくらいなのだが。 「うっし!ぐりさんぐりさん、できるって! で、どうしたら良いの?スティアのこと撫で繰り回せば良いの?」 『撫で繰りとか……普通に触ったら良いじゃないか』 表現が嫌だなぁー、と思っていると、 しかし、僕の言葉を伝えられたが、申し訳なさそうに眉根を寄せた。 「え、でも、触られるの嫌いでしょ?嫌なこと頼むの、どうかなーと思って」 『!』 「え?スティア、触られるの嫌いだったっけ??」 ……そう、僕は本体と違って人との接触が嫌いだ。 だって、触っても触られても嫌なことばかりだった記憶がある。 サラザール=スリザリンであった時のそれは、もはやご拷問でしかない。 触らなくとも鮮明に。 触れば一層、鮮烈に。 なだれ込んでくる人の心の、なんておぞましいことか。 けれど、はそんな僕のことなんて知らないはずなのに、どうしてそんなことが言えるのだろう。 『まぁ、否定はしないけど』 「え、そうなん?あたしめっちゃもふってたけど!?」 『うん。君にセクハラされたのがトラウマで』 「マジで!?」 とのやり取りで、僕が肯定したのが分かったのだろう、 そこで、は、穏やかな声で、自身も困っているはずなのに、その解決策を撤回する。 「だったら、やっぱり触らせてなんて言えませんね。嫌がらせみたいですし」 気遣う訳ではなく、至極当然のことのようには笑った。 だから僕は。 『でも、だったら多分、嫌じゃないよ』 「え?」 ちょこん、と座る彼女の膝に、ひらりとその身を翻した。 肉付きの薄いその膝は、と違ってあまり居心地が良いとも思えなかったが、 気にすることなくその場に丸くなる。 「えぇ??」 頭上からの困惑した声が聞こえてくるので、思わずくすりと笑みが零れる。 『触りたいんでしょ?』 「……よかったね、ぐりさん。スティアの貴重なデレが来たぜ☆」 「いや……でも、大丈夫ですし!」 慌てたは、そう言って全てをなかったことにするらしく、笑みでその場を取り繕った。 その態度に、自身に対して呆れの溜め息が漏れそうになった。 が、間違いなく彼女が気にするので、それはあっさりと飲み込む。 はそんな負の感情の機微に、変に聡い。 特に、相手の不興を買った、ということに関する感覚は鋭すぎる。 被害妄想、と言えれば良いのだろうが、彼女の勘は大体において当たっているので性質が悪い。 そして、そのことに彼女は気付いている。 気付いていて、目を逸らす。 悪意を向けられていても、それに気付かなければ、彼女の心は表面上平穏だからだ。 嫌われている気がする。 でも、それはきっと自分の気のせいだ。 だから、普通に接しよう。 嫌われていると確信した相手に、にこやかに接することはかなりの難易度だ。 だから、彼女は確信を拒む。 そして、とうとう逃げられないところまで現実を突き付けられると、諦める。 良いんだ。 だって、私もあの人のことはあまり好きじゃなかったんだから、と。 心が酷い軋みを奏で、血を噴いているのに、 彼女はそう言って、相手を赦し、全てを無に帰す。 その在り様は、いわば逃げの一手。 深い人間関係も、それに付随する喜びも悲しみも、そして傷さえも受けたくないと願う、保身の心だ。 そして、自分は。自分達は。 その心を例えようもなく、美しいと思う。 『撫でたいのなら、そう言えば良いのに』 傷は確かにあるのに、彼女はそれで他者を責めない。 責めても良い場合だってあるのに、互いの傷をこれ以上拡げないために、傷を忘れる方を選ぶ。 彼女にそのことを言えば、きっとそれは難しい表情で、これはそんな良い話じゃないと言うだろうけれど。 そこまで考えて、そしてぽろりと洩れてしまった自分の発言を受けて、嗚呼、と思う。 嗚呼、やっぱり、自分は彼女のことが好きなのだ。 それが例え、に向けるような唯一絶対のものではないにしても。 自分に触れても良いと許容するほどに。 自分に向けられた訳ではない好意の記憶が、居心地悪くなるくらいに。 『僕が人に触られるのが嫌なのは、気持ち悪いからだ。 でも、はこうしていても別に気持ち悪くもなんともない。 だから、触られても、きっと嫌じゃない』 僕の声が聞こえない彼女は、どこうとしない僕に困ったような表情をしていることだろう。 けれど、きっと、だ。 やったことがないから分からないけれど、きっと、そうだと思う。 そう思える自分は、案外悪くない。 『僕は今から寝るから』 「うん?」 『だから、触るのは膝枕料だとでも思っておけば良いよ』 そんな僕の言葉を、が伝えれば、上でが柔らかく微笑んだ気配がした。 「……君は、なんていうか、大人だねぇ」 そして、そっと。 繊細なガラス細工を扱うような丁寧な仕草で、彼女は僕の背を撫でる。 の触り方とはなるで違う、酷くぎこちないそれだ。 けれどその優しさは、 幼子の頭を撫でているかのようだった。 「そんな、気を遣わなくても良いのにねぇ」 「スティアにそんなことを言うのはぐりさん位だと思うよ?」 「そうかなー。そうだとしから、周りに碌な大人がいなくて、すみません状態なんだけど?」 「……それも否定はしないけど。でも、なんかスティアが子どもみたいな言い方だね?ぐりさん」 「え、子どもでしょ?」 「『は?』」 予想外の言葉に、思わず頭上のを振り仰ぐ。 何度も言うが、僕にはサラザール=スリザリンであった時の記憶も、蛇野サラとしての記憶もあるワケで。 つまりは、精神年齢で言えば、なんか及びもつかないほどなワケで。 けれど、僕との訝し気な声は、には納得いかなかったようだ。 不可解なことを聞いたように眉根を寄せる。 「いや、だって、この子ってあれでしょ?まだ生まれて何年も経ってないんでしょう?」 「えーと、うん。まぁ、そうかな?」 『まぁ、“僕”になったのは割と最近だよ。でも……』 「じゃあ、前世の記憶持ってる子どもみたいなものじゃない? まぁ、私にはそんなものないから偉そうには言えないんだけど、 でも、幾ら記憶があっても、経験がなかったら、それってなんか違うでしょう?」 『っ!!』 「スティア君は、スティア君だよ」 にこりと音がしそうな位綺麗な笑み。 それが、『私』の好意が明確な『僕』の好意にとって代わった瞬間だった。 「あ、ごめんなさい。こう呼ばれるのも嫌いだよね!?ごめんね、ついうっかり……っ」 『良いよ、別に。は、僕にとって姉みたいなものだから』 「おお、リリーにも認められなかったスティア呼びが遂にあたし以外に解禁された! でも、ごめん後半なんて言った?聞き取れなかったんだけども」 『……さぁね』 「????」 願わくば、このまま彼女がこのまま何事もなくこの世界から去ることが出来ると良い。 そんなことしか、僕には祈れない。 懺悔は心の中にある。 ......to be continued
|