ホグワーツの教育資源として。
構内に数多くの魔法生物が生息していることが挙げられる。





Butterfly Effect、43





『……えー、人を探していますー。 嫌な匂いの奴ですー。心当たりがある人はどうぞー』


日当たりの良い中庭の一角。

そこは、 今まさに睡魔に負けようとしている猫が。
たまたま通りかかっただけだけど、会議に気づいて耳をぴんとした猫が。
猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫――…が。
とにかく猫が埋め尽くしていた。

それは、定例猫会議という名前の、 ホグワーツの猫による猫のための集会である。


『ふふふ。まぁ。棒読みねぇ?』
『あまり期待はしてないからね。猫と人じゃ感覚も違うし』
『――という訳で、どうかしら?気になる匂いの人間はいる?』


そして、圧巻なのがその自由気ままなはずの猫達が、 僕の横で嫣然と微笑む一匹の猫に注目していることだった。
彼女はくすりと笑うと、まるで猫の王ケット・シーのように、皆をまとめる。

十数年前はただの一匹にも相手にされなかった若猫は、 今や彼らの頂点に君臨しているようだ。
まぁ、そのことは一番最初から分かっていたのだけれど。
やはり一気に時間を飛ばすと、そのビフォアアフターに驚きが起こる。

猫たちは彼女の一言に、それぞれが気になったことをにゃごにゃごと言い募る。

やれ、スリザリンのほとんどの生徒が臭くて嫌だ、だの。
いやいや、肌の黒い男の子と淡い色の女の子はいい匂いがする時がある、だの。
グリフィンドールの転入生の匂いは本当に嫌だ、同感、だの。
果ては、匂いではないけれど、スリザリンの転入生の雰囲気が気持ち悪くて嫌だ、だの。

きっと、原作通りクィレルにヴォルデモートが取りついていたならば、 猫たちはその匂いにブーイングの嵐だったに違いない。
なにしろ、猫はニンニクの刺激臭が嫌いだから。
嗚呼、でも、生臭い匂いは猫も好きだから、奴の匂いも良い匂いに感じたのだろうか?
自分と普通の猫の感覚にどれだけ違いがあるのか分からないので、こういう時に少し困る。

その後も、十数分はその場で猫たちの報告に耳を傾けていたけれど、 これ以上のめぼしい情報は得られなさそうだった。
そもそも、猫の集中力は強制されて続くような代物ではない。
脱線に脱線を重ねるところも出始めたので、頃合いだろう。

僕はとりあえず、この集会に混ぜてくれた上に、 一番最初の議題として振ってくれたミセス ノリスに礼を言った。


『ありがとう。参考になったよ』
『少しは、と付きそうな表情だけれど?まぁ、仕方がないわね』


鷹揚に頷く彼女の姿は、何も変わらない僕と違って、貫禄たっぷりだ。
すると、そんなことを考えて彼女を見ていたせいだろうか、 ミセス ノリスはお返しとばかりに僕を足の先から頭の天辺まで眺めると、 ふさふさの尻尾をゆったりと振りながら口を開いた。


『貴方、迫力がなくなったわね』
『…………』
『クリスマス前まではもう少し覇気があった気がしたのだけれど。 見込み違いだったかしら?』


鋭い問いかけに、僕は一度返答に詰まる。

流石ホグワーツの観察者。
まさか、そこに気づかれるとは思わなかった。
言ってはなんだが、たかが使い魔の猫如きに。

クリスマス休暇の前と違って、今の僕の中には、魔力の核がない。
だから、迫力がないと言われれば、その通りなのだろう。
魔法は行使できても、それは自分のオリジナルから分け与えられた魔力による物なのだから。
自分で魔力が生み出せない僕は、もらった分を使えば、どんどん弱くなっていく。
度々補充はしていても、突発的ななにかで爆発的な力を発揮することなんて出来はしない。


『…………』


真白の空間にいる、もう一人の自分に思いを馳せる。
まるで人柱のようにあそこに捕らわれる、金の髪の青年の姿は、 もうあそこ以外では取ることができない。
皆が寝静まる頃に、あちらの体に意識を移して、滅茶滅茶になった世界の架け橋を修復しているけれど、 当初の予定通り、大した進捗状況にならなかった。
もちろん、手は抜いていない。
抜いてはいないが、物理的に無理な物は無理なのだ。
だから、本体も嫌な表情はしつつ、文句を言いにまでは来ない。


『……そろそろ、撒餌に気づく頃かな』


ホグワーツの中を徘徊できるとは言っても、に基本ついて回る必要があるため、 僕自身にそこまで厳重な警戒は不可能だ。
一応、リドルに自分がいない間のの護衛はさせているけれど、 それでも、長いこと彼女から離れることは絶対にできない。
なにしろ、ヴォルデモートが一番狙いたくて無防備なのが、己を破滅させた彼女なのだから。

でも。
目くらましが二人もいたら、どうだろう?



スリザリンの名前を持つ少年と。
世界を揺るがすほどの力を持った少女が、いたら?



ヴォルデモートの性格を考えれば、間違いなくそこに興味を持つ。
記憶も曖昧な、にはまず目が向かないだろう。
それが、僕の狙い。
譲ることのない、唯一の身の安全。

と、僕が大嫌いな子孫について考えたその瞬間、突然に。


『っ!』


ピキッと。
世界が割れるような、嫌な感覚が背中を貫いた。

途端、周囲の猫たちも異変を感じて、一気に毛を逆立てる。
不安に掻き立てられて、周囲を威嚇して回る若い猫に、 落ち着こうと盛んに体を舐める老いた猫。
爪を研ぐ者、歯をむき出す者。
とても収集が付かないそこで、ミセス ノリスが深く息を吸う。


『静粛に!』


すると、途端に、猫たちが静かになった。
体を動かす、こそりという音すらさせずに、彼らは彼らの王を見る。


『私たちは猫。敵の囁きさえ拾う耳と、暗闇を見通す目を持つ者。
慌てず、騒がず、あくまでも優雅に主人を守りなさい。 無様な姿は許さないわ』


本当は誰よりも自分の主人の元に駆け付けたい彼女は、 しかし、毅然と他を落ち着かせる。
そして、そんな彼女の号令で、ホグワーツ中の猫たちは、次々この中庭をあとにした。


『……今のは、結局なにかしら』
『……どこかで誰かが殻を破ったんだろう』


思い浮かぶ、焦げ茶色の瞳に、一度だけ瞑目する。

には、悪いと思っている。
争いごとが嫌いな彼女を、僕がこの世界に引きずり込んで、留めているのだから。
しかも勝手に囮にしているだなんて、なら間違いなく怒って泣くだろう。
それでも、僕は。
それが最善だと判断するなら、迷わない。

と、これ以上ここにいる意味がないことを確認して、僕が立ち去ろうとすると、 ミセス ノリスはその朱色の瞳を細めた。


『ねぇ。ずっと前に、貴方によく似た子がいたの。 凄く生意気で、偉そうで、危うい子。 ご主人の為なら、破滅してしまいそうな、困った子よ。 貴方、彼のことを知っているんじゃない?』
『……嗚呼。あいつなら、もういない』


いるのは、彼女のために、彼女の大切な人間を破滅させかねない出涸らしだ。







数日後、予想通り、がとうとう自分の力を開放したことを知った僕は、 に連れられて彼女の元へ訪れていた。


「ねぇ、スティア。あたしが今なにに絶望しているか分かる?」
『そうだね。圧倒的なヒロイン力の無さかな』
「うわーむかつくけどその通りだよこんちくしょうめ」


目の前に広がる幻想的な光景に、僕の唯一が崩れ落ちる。
まぁ、彼女の気持ちも分からなくはない。
なにしろ、同じ世界から来たはずの親友が、見るからにTHE☆ヒロインだったからだ。
具体的にはどんな感じかというと、 ホグワーツの1階教室であるはずの場所が、まるで森の一角のように木々に囲まれたお花畑になっており。
花の咲き乱れるその中心で、それは美しい一角獣ユニコーンと黒い狐?が、座り込む少女の膝に頭を預けているのだ。
突然、異世界に入り込んでしまったような、そんな現実離れした光景である。
これで、少女の頭に花冠でもあって微笑んで入れば完璧だっただろう。
まぁ、実際の少女は項垂れるに目を丸くするばかりだったが。


「えーと、さん?大丈夫?転んだ??」
「うん。人生にちょっと……」
「人生!?」


戯言を言っているだったが、流石にこんな距離を置いて話すのも馬鹿馬鹿しいので、 一角獣ユニコーンに目を輝かせつつ、一人と二匹に近づいていく。


「まぁ、それは今更として……。しかし、この子がそうなんだ? ケガとか大丈夫?ってか、その黒い奴なに??」
「えーと、最初シリウスさんかと思ったんだけど、なんかこの子の友達?みたいです。 なんかいつの間にか部屋に入って来てて、ビックリしたよねー。 そのおかげか、この子も体調は大分良いみたい。ただ……」
「ただ?」
ストップ。それ以上進むと死ぬよ?』
「は?」


僕の不穏な言葉に流石に足を止めた
すると、そんな彼女の腹すれすれに、ブォンと音を立てながら風が通り過ぎる。


「!?」
「こら!」


ぎょっとしてが見る先には、今まさに腹を抉らんと振り回された角があった。
咄嗟にが奴の鬣を掴んで引き留めなければ、少し当たっていたかもしれない。


『……とりあえず、折っとくか』
「待て待て待て待て!こいつも悪いけど、ちょぉーっとスティアさんも落ち着こうか!? 今、折るとか不穏な言葉が出てきた気がするけど、気のせいだよね?そうだよね??」
『大丈夫だいじょうぶ。魔力の元ではあるけど、また生えるよ。きっと』
「不安しか生まない台詞だな!?」


ギャーギャーわめくが煩い。
僕は当然の権利を行使しようとしているだけなのに。
と、僕がそんなに気を取られているすきに、 はぱしーん!と小気味良い音を立てて一角獣ユニコーンの頭を引っぱたいていた。


「人を攻撃しちゃダメだって言ってるでしょ!めっ!」
「『…………』」


あの一角獣ユニコーンが。
高い知能指数を誇り、その優美さから神聖視されることもある一角獣ユニコーンが。
愛玩動物のように叱られる様は中々に滑稽である。
一角獣ユニコーン本人(?)も、思う所があるらしく、恨めし気だ。
だが、話すことのできないこいつの意思がに伝わるはずもなく、 なおも小さな子に話すようにはきりりと眉を吊り上げた。


「もうっ!次やったらごはんあげませんからね!」
「……あー、ぐりさん?」
「あ、ごめんね!さん。大丈夫??」
「いや、まぁ、ギリセーフだったんだけど」


とりあえず、それ以上近づくことはせず、もその場に腰を下ろし、 恐る恐る、の膝に頭を戻す馬野郎を見つめる。


「えーっと、手負いの野生動物的な?」
『“的”もなにも、それそのものだけど』


このユニコーンはつい先日、ヴォルデモートに生き血を啜られそうになったところを助けられた奴だ。
ダンブルドアの計らいで、傷が完全に癒えるまでは城の中で保護しているらしい。

城の中は、そのヴォルデモートがうろついている可能性が高いのだが、 まぁ、魔法生物飼育学の教授も可能な限り常駐するし、 森番も闇払いも見回るし、ということで警備はそこそこ厳重だ。
少なくとも、森やらハグリッドの小屋やらよりはよっぽど安全だろう。

だが、野生動物が傷を負った状態で、そんな場所にいて落ち着くわけもなく。
結果、目を覚ましたこいつは大暴れで、逃げ出そうとしたらしい。
で、そこに僕の本体に連れられたがやってきた、と。
一角獣ユニコーンはそもそも女の魔法使いに弱い上に、 が自分を助けた相手なのは分かったようで、すぐさま大人しくなったのだ。
で、彼女はちょいちょいここを訪れては、ブラッシングをしている、と。

どうやらが言い聞かせれば、威嚇しなくなるらしく、 今も、彼女が「この人は大丈夫だ」なんだと言っているのを大人しく聞いている。
まぁ、でなければ、魔法生物飼育学の教授なども世話ができなくて困っただろう。
もっとも、どれだけ言い聞かせても、何故か・・・、 某闇払いだけは徹底的に排除しようとするらしいが。



「はぁ……(モテる女は)大変だねぇ、ぐりさん」
「んー、まぁ、ブラッシングするくらいだから。……それにね、さん」
「うん?」
「このブラッシングで抜けた毛が、良い感じにお金になります☆」
「わーお、ぐりさん良い笑顔☆」


真面目な表情から一転、それは爽やかな笑みだった。
一角獣ユニコーンの鬣など、杖の芯の材料になるくらいの良い素材だ。
それは需要が高いだろう。


「え、でもどうやって売ってるの?ホグワーツで売れないでしょ??」
「そこはほら。頼れる寮監さまがいらっしゃるので?」
「……まさかのセブルスッ!」


中間マージンとして素材を横流ししつつ、ちゃっかりアルバイトにしているとカミングアウトするに、 嗚呼、そういえばこの子、とアイツの親友なんだよなーと軽く納得する。
まぁ、ただの良い子があの二人と長年付き合えるはずもない(失礼)

と、二人の少女が楽し気に談笑していたその時、 不意に、今まで大人しくしていた黒い生き物が頭を上げた。
そして、まるで今、なにかに気づいたかのように、マジマジととその横の僕とを見つめる。


『うん?そなた、“生ける屍”殿の眷属か?』
『は?』


唐突な呼びかけに、思わず間の抜けた声が漏れる。
どうやら、この黒狐が話しているようだが、には聞こえていないらしく、 彼女たちからはなんのリアクションもない。
だが、そんなことはお構いなしに、黒狐は僕をひたと見つめて口を開く。


『我が母君の恩人にして、我の恩人たるお方だ。その珍妙な気配、そうであろう?
そこの娘御は、我の片鱗を持っているようだしのぅ』


口調に反し、その声は大分若い印象だ。
がしかし。
その尊大かつ古風、それでいて失礼な話し方に、妙な既視感が募る。
そう、悪戯仕掛人がホグワーツ生であった時のことを思い出す。



――ここより先、わらわに偽りは許さぬ。そう言っても誓えるか。
――くはっ!なんと愉快であることよ!!
――この程度で情けのないことよ。やや・・はやはりやや・・ということかの?



優美な狐だ。
毛並みも黒絹のように艶やかで、魔法生物の中でもかなりの高位の存在であることが、見た目から分かる。
恐らく、人間に化けでもしたら絶世の美形・・・・・にでもなるのだろう。
そして、振られる尻尾が複数あるのが決定打となり、もしや?という思いが浮上した。


『……ちなみに、君の母君とか言うのは、白い毛の九尾の狐だったりする?』
『応。如何にも、その通り』


偉そうにふんぞり返る狐の姿に、かなり癖の強いセクハラ美女の姿が、脳裏によみがえった。





バラエティ豊富すぎない?魔法生物。





......to be continued