「深い尊敬」 Butterfly Effect、38 突然だが、2月である。 ああ、もちろん、これは2月に急になったとか、2月に関して考察したいという訳ではない。 順当に1月が終わり、2月になった、という意味だ。 そして、2月の行事と言えばなにか? 『節分だね』 「んなわけあるか、馬鹿野郎」 華麗にボケてくる相方に、食い気味に突っ込みを返しつつ、 あたしは、気を取り直すように、目の前で不思議そうな表情をしている美少女に笑いかけた。 (嗚呼、眼福!) 「2月と言えば、バレンタインに決まってるじゃん!ねぇ?」 「……とりあえず、話の流れで大体のところは察したよ、うん」 スティアのボケまで含めて、どうやらお見通しらしい親友は、 「つまり、今からチョコ作りということで良いかな?」と微笑んだ。 「Yes☆さすが、心の友よ!」 「まぁ、付き合い長いですし」 『ていうか、エプロンと三角巾装備な段階で分かるよね』 そう、スティアの言う通り、あたし達はあたかも中学生の調理実習のような出で立ちで集合していた。 (ちなみに、このエプロン等はスティえもんのポケットから颯爽と出してもらった物である) (新妻のようなふりふりのフリルは誰の趣味なのだろうか。いや、ぐりさん可愛くてグッジョブですけども!) 『新妻は三角巾なんかしないと思うんだけど』 「いや、反応すべきはそこじゃなくて、誰の趣味か、ってあたりなんだけども?」 『良いじゃん、そこは。グッジョブなんでしょ?』 「いや、グッジョブだけども!」 それでも、このエプロンが誰の趣味を反映しているかによってやる気が断然変わるだろ!? リーマスの趣味なら今すぐ写真撮らなきゃだし、 ぐりさんの趣味なら、ひゃっほい!って撮った写真をサラに見せつけてくるけど。 これがシリウスの趣味なんだ、と言われたら「……うわぁ」ってドン引くと思うんだ、あたし。 『犬の扱いの酷さwあれ?君たち友達だよね?』 「それとこれとは話が別だと思うの」 『……じゃあ、これがセブルスの趣味だった場合は?』 「うん?ぐりさんにリボン付けて地下牢教室にGO??」 「え、なに?なんの話??」 「!」 本人の前で贈呈話をしていたあたしは、自分の名前に反応したぐりさんに、 びくっと肩を震わせた。 その、万引きの瞬間を見られた女子高生のような反応に、 彼女の焦げ茶色の瞳が訝しげに細められる。 「さん?今、なんの話をしていたのかな……?」 「なななななんでもないにょ!?」 『あはははは!どもった挙句に噛んでるよ、この子!!』 「スティア煩い!」 はっきり言って、どこのポンコツ刑事でも、 こんな何一つ誤魔化せていない供述では、なにひとつ信用しないところだろうが、 心優しき親友は、「まぁ、いいけど」と追及の手を緩めてくれるのだった。 あたしは、それに安堵の溜息を洩らしつつも、 蒸し返されないうちにっ!と急いで彼女を厨房へ案内する。 道中は、基本はお互いの学校生活についてで盛り上がった。 ハリーやハーマイオニーの可愛さに始まり、 スリザリン生のツンデレ具合など、話は尽きない。 どうやら彼女は着々とスリザリン生の心を掴んでいるようで、 お菓子などの貢ぎ物をやたらともらうようだ。 ……ただし、彼女は菓子をそれほど食べないため、溜まる一方で困っているようだが。 「一口で食べれるチョコとかだと良いんだけど、ヌガーとか凄い困るんですよねぇ」 「あー…歯にくっつくし、甘ったるいし、重いしね。 ぐりさん、飴ちゃんもあんまりでしょ?」 「舐めてると口の中切れちゃうしねぇ」 『いや、齧ったらいいのでは?』 製造工程のせいか、大体の飴は中に気泡が入っている。 で、舐めている内にその気泡に達して、飴に鋭利な部分が出てくる、と。 どうやらぐりさんはチョコでも飴でも舐めたい派なので、 飴を舐めると大体流血するらしい。……なにそれ、怖い。 個人的にはスティアに大賛成なのだが、 他人様の飴の舐め方まで関知するところではないので、「そっかー」とだけ返しておく。 と、そんな毒にも薬にもならない話をしていたその時、 あたしは廊下の先に、それはもう奇天烈を絵に描いたような、 可愛くもなんともない道化が宙に浮かんでいるのを発見した。 「げ!ピーブズ!!」 咄嗟にぐりさんの前に手を突き出して足を止めさせ、 奴に見つからないように方向転換しようとしたあたしだったが、 運悪く、その前に奴がこっちをがっつりと凝視してきた。 すわ、ここは久々の全力ダッシュか!?とほとんど駆け出すような体勢をとる。 がしかし、 「…………」 いつもなら、それはもうむかつく煽りスキル全開で寄ってくる奴が、 なんとも嫌そうにしながら、踵を返したのである。 「は?」 そのらしくない行動に、思わず口がぽっかーんとなるあたし。 で、奴はあたしが戸惑っている内に、気づけば視界から消えてしまったのだった。 もしかして、新手の油断を誘う作戦だろうか?と、 未だに警戒は解かないでいると、隣でぐりさんが「良かった、良かった」とうんうん頷いているのが目に入った。 「……えっと、ぐりさん?」 「はい?」 「つかぬことを聞くけれど、ピーブズが今いなくなったのについて何かご存じで?」 半ば以上確信を持った問いかけに、彼女から帰ってきたのは、 どこか悪戯っぽい笑顔だ。 「えーと……血みどろ男爵に、ピーブズを関わらせないで欲しいってお願いしちゃいまして?」 「血みどろ男爵ってそんな簡単にお願いきいてくれんの!?」 ホグワーツでピーブズに言うことを聞かせられるのは、基本は血みどろ男爵だけだ。 なんだよ、そんなお願いするだけでどうにかなるんだったら、あたしだってやってたよ! 嗚呼、だけどぐりさんがスリザリン生だからって線もあるのか? それとも、男爵がロリコンとか??マジかよ? 『いや、男爵ロリコンじゃないから。止めてあげて、本当に』 じゃあ、あれか。ロリコンでなくても靡く、ぐりさんの可愛らしさか。 可愛らしさなのか。 可憐さとか言われると、あたしには無理なので、納得するしかないのだが。 しかし、話を聞いてみると、どうやらそういうことではないらしく。 まぁ、簡潔に言ってしまえば、 「血みどろ男爵、脅しちゃった☆」 であった。 ちょっ!?うぉおおおぉおおぉおい! あたしの親友がナチュラルに黒い件についてどうしたら良いの!? そんなにピーブズ嫌だった!? いや、嫌じゃないか、嫌かと訊かれたら全力で「嫌だ!」と叫ぶけれども! あたしのピュアっ娘が!純黒に!? 『いや、君のじゃないし』という突っ込みはスルーの方向で! 基本、八方美人というか、博愛主義というか、なぐりさんが、 脅しなんていう直接的な敵対行動を取ることは少ない。 全くない、ということはないが、かなり珍しい行動だ。 なので、驚愕してしまったのだが、何事にも例外はある訳で。 話を聞いていく内に、段々納得した。 正直、あたしはリーマス以外はどうでも良いので、 血みどろ男爵が灰色の淑女ことヘレナ=レイブンクローに惚れた挙句に殺しちゃった、 なんてエピソードはほとんど記憶になかったのだが。 (あの血みどろの血はヘレナの血だったらしい。ストーカーマジで怖い) 「ぐりさんさぁ……」 「うん?」 「血みどろ男爵、嫌いなんだね」 好きな相手が振り向いてくれず、勢い余って殺してしまった。 挙句に、その血をぬぐう間もなく、死んでしまった。 (多分、状況的に自殺だろう) しかも、その殺した相手と同じ敷地内で、未だにゴーストとして存在している? それは駄目だ。 間違いなく、彼女の嫌悪の対象である。 二度と関わる気が起きなくさせるくらいに。 「うん。超嫌い」 あたしの読み通り、そう言って少女は綺麗に微笑んだ。 そんなこんな、微妙な心境を抱きつつも、厨房に到着したので、 あたしは頭を切り替えて、楽しいクッキングタイムを送ることに全力を尽くすことにした。 時間的には、おやつ時なので、丁度厨房は昼の片付けが終わり、 夜の仕込みまでの束の間の休憩時間、という様子だった。 喧騒は鳴りを潜めてはいるけれど、静寂ではない感じ。 やっぱり、仕事の場所を占領するのは悪いと思ったので、 事前のアポイントメントはきっちり取ってある。 すると、ぐりさんが好奇心で目をきらきらと輝かせているのを横目で見ている内に、 あたし達を発見したのだろう、近場の屋敷しもべ妖精がおそるおそる、といった体で話しかけてきた。 「……お嬢様。お嬢様がたがお菓子作りをされる方々でよろしかったでしょうか?」 「あ、うん。そう。どこ使ったら良いかな?」 「それでしたら、こちらをどうぞお使いください」 あたしの知る屋敷しもべ妖精の10分の1くらいのテンションで、 彼?は厨房の隅っこに連れて行ってくれた。 どうやら事前に用意してくれたらしく、チョコだのボウルだの、 チョコレート菓子作りで使いそうな道具と材料が一通りその一角にはそろえられていた。 が、普段ならワラワラと「お手伝い致しましょうか!」と寄ってくるはずの彼らが、 こっちを気にしつつも、全然近づいてこない様子に、首を傾げる。 ?なんだろう??人見知りの屋敷しもべ妖精って新しいな?? それともあれだろうか?ぐりさんのことチラッチラ見てるし、シャイなのか?? あと考えられるのは、ブラックな労働環境に皆疲れ果てているという線だが、 なにかあれば物理的に首が飛ぶブラック家に仕えるのも大喜びだった屋敷しもべ妖精の生態を考えると、 奴らにとってのブラックな職場って寧ろホワイトなんじゃ……?とも思うので、 個人的にはあまり有力な可能性ではなかった。 いや、ブラック家の屋敷しもべ妖精が特殊だったって可能性もあるよ?あるけどさ。うーん……。 「どうしたの?さん」 「……んー。いや、なんでもないー」 とりあえず、今はチョコづくりに集中するべきだろうと思い、 あたしは、考察をどこぞに放り投げて、チョコレートの選別にかかった。 そして、順調にチョコづくりをこなすあたしとぐりさん。 ちなみに、あたしはトリュフで、ぐりさんはココアクッキーだ。 彼女の手元できれいな市松模様だとか、ハチワレにゃんこのクッキーが出来ていくのは、 流石、美術部!といったところだろうか。 (え?あたし?あたしの方はホラ……丸めるだけだから?) お互いに、やれキジトラ可愛いだの、靴下にゃんこ最高だの、 気づけばお菓子作りには全く関係の話題で盛り上がる。 こういう、何も気を使わなくて良い会話は久しぶりで、かなり楽しい。 リリーともハー子とも楽しくおしゃべりはできるんだけど、 オタクな会話ができないからねぇ。 と、しばらくそんな感じで和やかに過ごした後、ふと、急に思い出したとでも言うように、 彼女は手を止めないまま首を傾げた。 「ところで、さん。外国だとバレンタインってチョコじゃなくて花で、 しかも、渡す相手が性別逆だったような覚えがあるんですけど?」 「うん。一般的にはね?」 あたし達は、よく小説でありがちな、異世界なのにバレンタインイベント発生!には、疑問符を覚える二人組である。 異世界でも、ハリポタの場合、実際のあたし達の世界がベースになっているので、 クリスマスだのなんだのがあるのには、問題がない。 でも、バレンタインにチョコ、というのは小さな島国の特殊な文化である。 なのでぐりさんは、ホグワーツとバレンタインチョコのミスマッチに、疑問を感じたらしい。 話が早い彼女に、あたしはとりあえず、 日本のバレンタイン文化をあたし自身が輸出したことを告げる。 「いやぁ、付き合いはじめて最初のバレンタインでね? こっちだと男の人主体なの、すっかり忘れてて、特大チョコあげたわけ」 すごい怪訝な表情をしたリーマスに、 「日本では女が男にチョコをあげる日なの!」と説明したところ、 彼は、それはもう情熱的に日本を褒めたたえてくれたのだ。 ぶっちゃけ、好きでも嫌いでもなんでもなかった日本をめっちゃ好きになるくらいに。 「で、悪戯仕掛人に広まって、ホグワーツに広まって、不死鳥の騎士団に広まる的な? 多分、親世代は結構な割合でバレンタインにチョコ贈りあってると思うよ」 「インフルエンサーだね」 インフルエンサーはあたしじゃなくて、悪戯仕掛人withリリーだけどな! そして、そのせいでチョコレート恐怖症になった男子が複数名いたけどな! (え、なんでかって? そりゃあ、イモムシやらトリカブトやらを授業で扱ってる女子の手作りって段階でお察しだろ?) 「と、いうわけで、あたしはリーマスにチョコを進呈しなければならんのです」 「ならんのですか。まぁ、私は楽しいから良いけど」 「ぐりさんだって、サラとかにあげるでしょ?」 「うーん。まぁ、作ったからにはあげるけど。 さんに誘われなかったら、多分渡さなかったんじゃないかなぁ?」 「サラ泣くよ?」 「逆に、泣いたサラとか見てみたいね」 恋愛に淡泊というかドライな友人は、 あたしの軽い探りに対して、にべもない答えしかくれなかった。 そういえば、他愛のない話は散々してきたが、彼女とは恋バナとかほとんどしたことがないことに気づく。 まぁ、社会人になってから、彼氏が出来て、どこそこ行っただのなんだのの近況報告くらいはお互いにしていたが。 なんていうの?青春の甘酸っぱい感じとか、阿呆な感じで、 「誰それ君、格好いいwきゃー!」みたいなのは皆無である。 男性アイドルにきゃっきゃすることもなし。 誰推しか話をしたとしても、それはイコールでオタク話だった。あれ? なんていうか、自分がラブラブハッピーだったりすると、 自分の大切な周りの人にもそうなって欲しくなったりするわけで。 とりあえず、あたしは野郎どもより誰より優先すべき親友に、 良い機会なので、恋バナを持ち掛けることにした。 「ねぇねぇ、ぐりさんは本命チョコとか作らないの?」 「はい?」 が、彼女は相変わらず、ピンと来ていない様子。 普段の打てば響く態度との落差にビックリである。 「だから、あたしの本命チョコはホラ、これじゃん?」 「嗚呼、やっぱり?それだけ手が込んでるなぁとは思ったけど、本命なんだ」 「で、ぐりさんは?」 「うん?」 「ぐりさんは本命チョコないの??」 「……んー、ないね」 ほんの一瞬、間を持たせた後、目の前の美少女は首を振った。 それは、答えに迷った、というよりも、質問したあたしを慮って即答しないだけ、という間だった。 「だってスキな人とかいないし」 「……いないのかぁー」 分かってはいたが、本人の口からはっきり言われると、そこそこテンションが下がる。 あたしが見る限り、サラとはツーカーの熟年夫婦みたいだし、 セブセブとだってほんわか良い感じだし、 あのシリウスとだって、猛アプローチにほだされそうなのに。 そこに恋愛感情はない、と彼女は言う。 昔からそうなのだ、この子は。 どこまでもサラリと。 妬み嫉みから、いつでも遠い場所にいる。 無理をするでもなく。 感情を殺すでもなく。 ただ、元々そうなのだ、とでも言うように。 男子も女子も分け隔てなく。 色のつかない仲の良さを構築していく。 でも、それは彼女の側だけで。 気づけば恋愛感情に発展してしまった哀れな男子のなんと多かったことか。 まぁ、大方は彼女の横をキープするサラに、すごすご退散していくのだが。 「なかなかできないねー。ぐりさん」 「できないねー。もう、一生できないんじゃないかと思わなくもないけど」 「マジか」 どうやら、彼女には「恋人いない!やばい作らなきゃ!!」みたいな感覚はないらしい。 まぁ、免許じゃないんだから、本当にスキな相手がいなかったら、無理に作る必要はないとあたしも思う。 思うが、しかし。 もったいないな。 そうも思う。 なにしろ、自分がそれをモチベーションに色々頑張ってこれたから。 この、激しくて。 和やかで。 温かくて。 熱くて。 思わず、叫びだしたくなるような、幸せを。 ささやかさに、泣きたくなるような、幸せを。 感じてほしいあたしがいた。 もっとも、ぐりさんは。 その激情こそが、辛いのかもしれないけれど。 「まぁ、無理に付き合えとかは言わないけど」 「うん?」 「ぐりさんにスキになってもらえるような素敵な相手が現れることを祈ってるよ」 「あはは。私、さんのそういうところ好きだよ」 「やだ、両想いじゃん?」 「そうそう、両想い。ってことで、友チョコ、受け取ってもらえます?」 にっこり笑顔の彼女から渡されたのは、 真っ黒な猫のクッキー。 多分、これはスティアだろう。 「もちろん!あたしからも、はっぴーばれんたいーん!」 お互いに手渡したチョコは、少しほろ苦くて。 どこまでも甘い、遠い青春の味がした。 ちなみに、チョコはリーマス以外、バレンタイン関係なく、知り合いに配ることにして。 何人かは、友チョコならぬ友花をあたし達にくれたりした。 マルコはつっけんどんだけど、ゴージャスなのくれたし、 ハリーは顔真っ赤にしてたどたどしく手渡してくれたりなんかしちゃったりして、 もう、ごちそうさまです!って感じ? ただ、やっぱり誰より手の込んだ物を持ってきたのは、我らが創始者である美少年。 「サラー!はっぴーばれんたいーん!」 「後で適当に食べてね」 「ああ、ありがとう二人とも。私からも、これを」 「「…………」」 「時間のある時にでも食べてくれ」 「「こんな芸術的なチョコを?無理じゃない??」」 あたしには、ホワイトチョコで。 ぐりさんには、ブラックチョコで。 あろうことか、ショコラティエも真っ青の、チョコでできた一輪のバラが、手渡されるのだった。 手元にスマホがないので調べられなかったが、 後でスティアさんから黒薔薇の花言葉を教えてもらって戦慄したのは、 まぁ、余談というものだろう。 もちろん、その花言葉はぐりさんには伝えられなかった。 怖すぎて。 「貴方はあくまで私のもの」 ......to be continued
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