自分のことなのに、違和感ばかり。 当たり前だ。だって自分は…… Butterfly Effect、34 その日は、ホグワーツの中が閑散としていた。 それはそうだろう、1、2年生でもないのに、 偶にしかないホグズミード休暇に、城にこもっているなど、 よっぽど友達がいないか、金がないか、余裕がないかのどれかである。 教授陣ですら、最低限の人員を残して息抜きに繰り出すのだから。 僕は目的の人物がホグズミードに向かったのを確認すると、 から奪い取った箒にまたがり、姿を消した。 本来、3年生以上で、しかも許可証のない人間はホグズミードに行ってはいけない。 だが、門から出なければ、そのチェック体制は甘いと言わざるを得ないのだ。 抜け道もあるし、塀は箒で簡単に乗り越えられる。 まぁ、監獄でもない学校では、それが管理の限界なのだろう。 僕は、許可証を確認する管理人を眼下にしながら、 目的の人物――ルビウス=ハグリッドを上から追いかける。 その姿は縦だけでなく横幅もあるので、木々に多少隠れようとも、そうそう見失うことがない。 「……相変わらず、デカいな」 ぽつり、と思わず声が漏れる。 実は、この男と自分は浅からぬ縁があった。 なにしろ、同じ時期に在学し、しかも、女生徒殺しの罪を擦り付けた相手だからだ。 2つ下の、間の抜けた下級生。 それが、当時の奴への自分の印象で。 数十年経っても、どうやら奴は変わりないようだった。 なにしろ、まだ僕に気づいていないようなのが滑稽だ。 名前だってそこまで変わっていないし、 見た目に関してはほんの少し幼くなっただけだというのに。 自分の容姿は人目を引くのを理解しているため、 奴がなんのリアクションも起こさないことが不思議で仕方がない。 自分を告発した相手だぞ? しかも、在学中はしょっちゅう何かしらやらかして、僕に庇われていただろうが。 その相手を忘れるか?普通。 半巨人の野蛮人だから、仕方がないのかもしれないが、それにしても、だ。 こうして生活するにあたって、好都合なはずなのに、 自分が奴にとって何の存在感もなかったかのようで、多少心がざわついた。 そうして、しばらく経ってから、奴はホグズミード村にたどり着き、 森番としての細々した買い物をした後、夕方に食事でも済ませようとしたのか、 薄汚いパブに入っていった。 「さて、どうするか……」 今の幼い容姿では、あそこには入りづらい。 が、透明になって入るのは、鼻の利く連中が多いので、あまり良い手ではないだろう。 となると、 「……あの姿が一番マシか」 ついこの間もした、とても気に入らない変装を思い浮かべる。 基本は元の自分の姿で、髪だけ長めの金色に変えた、あの姿を。 分霊箱を作った時の年齢は、多少若かろうとも立派に成人だった。 パブに入っても、特に見とがめられる程ではない。 どうせローブで顔は隠すし、髪の色は変えなくても良い気がしたが、 対峙する可能性がある相手が相手なので、念を入れておくことにする。 村の外れに下りて、早速身なりを整えると、 僕はホッグズヘッドのドアを押し開けた。 すると、途端にむわっと室内に籠っていた空気が鼻を突く。 葉巻を吸う奴がいるのか、中は大層煙たく、視界が悪い。 ローブに匂いが付きそうで、気分が悪くなったが、 後でにクリーニング代を請求することにして、頭を切り替える。 ざっと薄暗い店内を見回すと、ハグリッドの広すぎる背中が、 奥のテーブルの空いた席に収まるのが見えた。 入口付近だと邪魔だし、カウンターだと止まり木が壊れるに違いないので、妥当な選択だろう。 まぁ、座っている椅子も、軽く悲鳴を上げているようだが。 僕は店内の席の配置を把握すると、カウンターの一番奥の席に座ることにした。 ハグリッドには背を向けることになるが、ここが一番奴が話しても聞き取りやすい場所だろう。 なにより、背を向けるということは顔が見られづらいということでもある。 店主には適当な飲み物を注文し、 グラスを傾けながら、背後の会話に耳をすませる。 どうやら、ハグリッドは顔見知りがいたらしく、二、三適当な話をした後は、ポーカーに興じだした。 (正直、あのデカい手ではトランプが持てる気がしないが) 下卑た声も聞こえはするが、ある種呑気なその空気に、 ヘビノの言った言葉は果たして本当だろうか?と沈思する。 『次に森番がホグズミードに行く時に、ヴォルデモートが現れる。 だから、是非そこに行ってくれないか?』 詳しく聞くと、 賢者の石を狙うヴォルデモート卿は、 ハグリッドの罠が解除できずに、なんとか口を割らせようとしている、とのことだった。 他の優秀な教授陣を差し置いて、 何故よりによってあのハッフルパフの落ちこぼれの罠が破れないのか。 もはや決別したはずのもう一人の自分を問いただしたい気分にはなったが、 顔色で考えていることが分かったのだろう、ヘビノは苦笑しながら解説を加えた。 曰く、ハグリッドが半巨人だからこそ、だ。 そう、半巨人である奴には、魔法が聞きづらい。 もちろん、全く効かない訳ではないが、数人がかりで失神呪文を浴びせても気絶しないくらい、 奴は魔法に耐性があるのである。 まぁ、その分、奴自身が使う魔法は酷い有様だったが。 しかし、守護者として、これほど面倒な相手はいない。 真実薬を飲ませても意味がなく、 服従の呪文で意のままに操ることもできない。 力づくでやろうにも、腕力では敵わないし、 純粋な巨人ではないので、単純な賄賂は通じない。 おまけに、学校を退学させられた自分の居場所を作ってくれた男――ダンブルドアに対する忠誠心の塊だ。 普通にやっても、いまいち言うことを聞かせづらい。 生徒を人質にする、ということはできるだろうが、それだと秘密裏に動いていたのが台無しである。 半巨人には忘却術だって使えないのだから。 では、どうやってそんなハグリッドの口を割らせるつもりなのか? 忘れてはいけないのが、ハグリッドがかなりの粗忽ものだ、という点である。 うっかりだの、おっちょこちょいだの、 僕も在学中はその突拍子もないミスを、何度尻ぬぐいしたことか分からない。 そう、在学中は。 僕が在学中に世話をしたということは、 つまりは、ヴォルデモート卿が世話をしたということでもある。 ならば、することは決まっている。 つまり、敵対ではなく、懐柔。 大量の酒と、手土産でハグリッドの気分をよくしてやれば、 あとは勝手に滑りの良くなった口から、罠の解除方法が知れる、ということだった。 言われてみれば納得できたが、それでも、 闇の帝王が『何故、次にハグリッドがホグズミードに行く時に現れるのか?』という疑問はそのままだ。 がしかし、問いかけても、あの真紅の瞳はただただ無言を貫くのみ。 僕が知るべきではないのか、それとも知らせることができないのかは知らないが、 奴に知らせる気が一切ないことは、確かだった。 もそうだったが、どうも、『連中』と自分は最初から立ち位置が違っているような気がしてならない。 疎外感、とまではいかないが、その差が少しばかり気に入らなかった。 「……仲良しこよしの仲間になるつもりなんて、さらさらないけどな」 それでも、こうして協力している身として、思う所はある訳で……と、 益体もないことをつらつらと考えていると、 ふと、そこに覚えのあるねっとりとした気配を感じて、首筋の産毛が逆立つ。 「っ……」 この感覚は、間違いない。 意識を向けずに耳をすませるという、なんとも難しい行為を強いられながらも、 僕は必死に、暴れ始めた鼓動を落ち着かせる。 「ここ、良いか?」 声は、ぼそぼそと聞き取りづらいが男の物……な気がする。 嗚呼、だが『本体』が話しているとすれば、取り憑かれている奴の性別なんぞ関係ないし、 変身術でも使われていれば、なおさらだ。 こんなところに女が来ると目立つしな。変装としては男の魔法使いが一番無難だろう。 背後を通った気配は、大きくもなく、小さくもなく。 だが、姿を変えているのであれば、参考にする情報ではない。 だから、自分が探るべきは、別の物だ。 「?おう。まぁ、ちぃっと狭いかもしれねぇが、それで良けりゃあ座れ座れ」 フレンドリーでこそないものの、何の気もなさそうな大男に、内心腸が煮えくり返る。 いや、だが待て。 ここでこいつとこの馬鹿が接触しないと、手掛かりの一つも出てこない。 そう、だからこれは予定調和だ。落ち着け自分! できるだけ静かにゆっくりと呼吸をして、気を静める。 すると、後ろの連中は賭け事に今来た新参者をどうやら混ぜることにしたらしく、 一緒にテーブルを囲んだ後は、わいわいとやりだす始末だった。 まぁ、気前よく酒をガンガン奢ってくれる相手に、いつまでも警戒している方が難しいが。 ハグリッド、お前はもう少し警戒心って物をどこかで買ってこい! そして、浴びるほどの酒を飲まされた森番は、 目の前に憧れのドラゴンの卵をちらつかされたこともあったのだろう、 予想通り、滑らかになってしまった口で、3つ首の巨大な犬だの、その宥め方だのを、 気分よくぺらぺらと話してしまった。 「…………」 さっき、軽く守護者として最適だと一瞬でも考えた自分の首を、力いっぱい絞めたい気分になった。 流石に賢者の石だのなんだのとは言っていないが、それにしたってこいつチョロすぎやしないか? 確かに、闇の帝王と思しき奴の会話運びは巧妙だったが。 なにをやろうとしているか見透かしている状況で、傍から見ていると、 なにやってんだコイツ!ってなるな。うん。 実は自分もにそう思われていたことがあるなんてつゆ知らず、 僕は、背後で繰り広げられる茶番に、うんざりとする。 そして、目的を達した不審人物は、まるでドラゴンの卵という厄介な物から解放されたかのように、 そそくさと喜色を示しながら、席を立った。 退席するのに、大変自然な流れである。 なので、僕はそいつが見えなくなる寸前に、席に自分の支払いを置くと、 自分も店から出ることにした。 すぐに姿くらましをされてしまえば、追いかけても意味はないのだが、 幸いというか、なんというか、奴はそのまま道を歩き出す。 まだ何かホグズミードに用事があるのだろうか? ホグワーツの人間だとするならば、基本は教職員か生徒か、どちらかに違いないが。 まさか、ハグリッドを相手にするついでに学用品を買うはずはないだろう。 嗚呼、それとも、やはり今の姿は変装で、 それを解くために人気のない方へ向かっている、とかか? または、ポリジュース薬の効き目が切れるまで時間をつぶしている、とか。 ……いや、でもポリジュース薬って不味いよな。 しかも、変身する相手の一部が入っているとか……気色悪くないか? 相手が自分の未来の姿と考えてみれば、そんなものをわざわざ飲むとは思えない。 ならば、一体どこへ向かっているのだろう、と思っていると、 その人物はすたすたと村外れの、叫びの屋敷とか呼ばれている建物の方へと向かっていた。 「…………」 あそこは、個人的にはあまり行きたい場所ではない。 というか、こんなことでもなければ、頑として行かない場所だった。 なにしろ、あそこは罵詈雑言をに浴びせかけて、 おまけに返り討ちにあった場所なのだから。 薄暗いところも、あの日、あの時を思い出させて。 気づけば盛大に眉間に皺が寄っていた。 ヘビノに聞いた話では、あの屋敷にはホグワーツ直通の抜け道があるはずだ。 だが、そんなものを、自分は知らない。 ということは、闇の帝王も知らないはずだ。 なのに、何故こんなところに? 嫌な予感しかしなかったものの、途中から透明呪文で姿を隠して、なおも後をつけていく。 幸い、雪はほとんど溶けていたので、足跡が残るだなんて間抜けなことはない。 がしかし、やはりこんな人気のないところに来るからには、 こちらの存在はばれていたのだろう、「人 現れよ!」と鋭い声が辺りを満たした。 途端、透明ななにかが自分の上を低空飛行し、 自分をその影に取り込むような、奇妙な感覚がすると共に、 己にかけていた透明呪文が消し去れらたことに気づいた。 「チッ!麻痺せよ!!」 「守護せよ!」 咄嗟に赤い閃光を向けるが、相手に当たる前に、盾の呪文に弾かれる。 第三者から見れば、僕が相手を襲っているようにしか見えないが、 ここにいるのは僕たちだけだ。 僕は、相手に見えているであろう口元に笑みを浮かべながら、 「急にご挨拶じゃないか!」と相手に呼びかける。 「折角、肝試しをしていたっていうのに、気分が台無しだ。どうしてくれるんだい?」 「…………」 白々しいセリフには、反応はない。 「どうしてくれるんだい?」だなんて、あちらのセリフだろうが、知ったことではなかった。 と、その時、分厚い雲の切れ間から月明かりがのぞく。 そこにいたのは、なんとも不気味に上体を屈めた人間だった。 だぼだぼのローブに阻まれて、体格も、顔も、なにも分からない。 細身の男にも、 大きめの女にも見える。 少なくとも、子供には見えなかった。 だからこそ、僕は確信を持って嘲笑する。 「お前、学生だろう?こんな時間にこんなところにいて良いのか!?」 「…………!」 ぴくり、とほんのわずかに、顎が動いたのが分かった。 もちろん、カマをかけたに過ぎない。 だがしかし。 相手が自分だからこそ、分かる。 変装するならば、元の姿とかけ離れたものにする、と。 そして、こちらがなにか掴んでいることを悟ったのだろう、 気持ちの悪い雰囲気が、一気に膨れ上がり。 「 貴 様 は 誰 だ …… ?」 ひび割れるような。 枯れ果てたような。 そんなしゃがれた声が、自分に向けられた。 「…………」 決別したとはいえ、相手は自分自身だ。 それとこうして二人で出会ったら、自分がなにを思うだろう、と考えてはいた。 怒るだろうか、悲しむだろうか。 それとも何も思わないのだろうか、と。 答えは。 「憐れだな……」 ただただ、虚しい。 そんなに。 そんなに醜い姿になっても、生き永らえたいのか。 そうじゃない。 そうじゃなかった、はずだろう?と。 今まで、自分が虐げてきた連中となにも変わらないどころか、 それより一層醜悪なその姿に、吐き気すらする。 と、どうやら僕のその態度は、闇の帝王の逆鱗を撫でつけてしまったらしい。 割れ鐘のような叫びが、僕の体にぶつけられた。 「貴様は誰だっ!」 「僕は――……」 闇の帝王の前身で。 女生徒殺しの犯人で。 スリザリンの継承者で。 ――お前の名前は、今日から…… 「リドル」 「リドル=スリザリン。それが僕の名だ!」 はっきりと。 高らかに。 まるで世界に主張するような声が、喉から溢れる。 自分はもう、『トム=マールヴォロ=リドル』ではないのだと。 その瞬間、すべての過去が断ち切れた感覚がした。 「……っ!」 当然、その聞き捨てならない名前に、視線の先の誰かさんが反応する。 そして、途端に膨れ上がる殺気。 どろりと濁り。 煮詰めたように重い、濃密な気配。 咄嗟に、盾の呪文を展開すると、 「……また、貴様かぁああぁぁー!!」 そのすぐ脇を緑の光が駆け抜けていき、僕が目深に被っていたフードが背中に落ちる。 その冷たくも熱い殺意に、背筋に汗が伝うのが分かった。 キサマが 貴様がお前ガ あの時邪魔シナければ きさまのせいで 殺してやる 生きては返さナイ キサマさえいなけレば! そして、怨嗟の声を上げながら、奴は赤い呪文を四方へと繰り出した。 本来ならば死の呪文を浴びせたいのだろうが、 そうそう乱発できるような類のものではない。 「くそ……っ!」 僕は呪文を弾いたり避けたり妨害したりと対応しながら、 隙を作らないことに終始した。 どう見ても激怒しているようだが、当然、僕に奴の邪魔をした記憶などない。 それどころか、僕がいたおかげで奴はこうして醜くとも生きながらえているのだと、ヘビノは言っていた。 感謝……は、まぁ、奴の性格からしてするはずもないが、 だからといって、殺気をぶつけられる覚えはない。 となれば…… 「やっぱり、あの性悪なにかしてたな……っ!」 思い出すのは、自分にトラウマともいうべき物を植え付けた金髪の悪魔だ。 前回少し長めの金髪でホグワーツ内をうろつけと言われた時から、嫌な予感はしていたが、 この反応を見るに、奴もあの金髪と浅からぬ縁があるらしい。 でなければ、『スリザリン』の名前にああも過剰反応はしないだろう。 確か、あれは『スリザリンの継承者』を名乗っていたし。 「ぜったい、あとで問いただしてやるっ!」 もちろん、を。 (ヘビノも金髪について知っていそうだが、口を割りそうにない) 吐き捨てるように決意表明をしている間にも、 自分達の間には色鮮やかな光線が飛び交っていた。 夜闇を切り裂くように、森の中を光が乱舞する。 奴は隙だらけに見えて、実はそうではなく。 しかも、僕はまだこの体と魔力に慣れていないため、全盛期のようにはいかない。 弱体化した奴と今の自分の力量差は僅かなようで、 攻勢に移れば、呪文の一つくらいは浴びてしまいそうだった。 本当はそのくらい、許容範囲で。 僕は別に良いけれど。 でも。 そうなると。 泣く馬鹿がいそうで。 思いきれない。 踏み込めない。 舌打ちしながらも、お互いに相手を打倒しようと、睨み合いが続く。 と、このまま膠着状態を維持することになりそうだったその時、 大きく場を乱す声が、その場に響いた。 「おぉーい!そこにいるんか?俺だ、さっき酒場で一緒だった俺だー!」 「「!!」」 緊張感などまるでない、酔っ払いだとすぐわかる、呑気な声。 思わずそちらに目をやってしまい、 「しまっ!?」 自分が致命的なミスをしたことに気づいて、首筋の毛が逆立つ。 が、 「…………?」 すぐさま戻した視界に映ったのは、 奴が姿くらましをした後の残滓だった。 どうやら、奴は、第三者の介入を察知した瞬間に、この場からの離脱を選択したらしい。 水を差されて冷静になったのかもしれない。 狙い撃ちされなくてほっとすると同時に、 自分をもう少しで窮地に叩き込むところだった元凶――ハグリッドの巨体を僕は睨みつけた。 「……あ?悪い悪い。別人だったか。 なぁ、お前さん、ここらで商人風の男を見やせんかったか? こっちに来たっちゅー話だったんだが」 「……知らん」 「……そうか。なんて種類かだけでも聞きたかったんだが」 ぼりぼりと、大きな手で頭をかくハグリッド。 僕は話は済んだとばかりに踵を返そうとしたが、しかし、 なにを思ったか、コイツはのんびりと僕に話しかけてきたのだった。 「しっかし、なにか良いことでもあったんか?」 「は?」 「えらい勢いで花火を上げとっただろうが。 おかげでてっきりこっちかと思ったんだが……」 いや、戦闘の光だろ。花火じゃないだろ。 一人浮かれて花火上げるって、僕ヤバイ奴じゃないか。 が、まさかお前の探し人とドンパチやってた、とも言えないので、 絞り出すような声で、「魔法の練習をしてただけだ」とボソッと答えておいた。 流石に無言で立ち去って、死喰い人の疑いをかけられてはたまったものではないからだ。 すると、ハグリッドは目をまん丸く見開いて、大袈裟なくらいに驚いた。 「練習っ!?あれがか!?けったいな練習だなぁ! 俺だってあんな風にはならんぞ?」 「…………」 煩い黙れあっちへ行け。 とりあえず、無言で睨みつけていると、流石にバツが悪くなってきたのか、 ハグリッドは「いや、まぁ、そういうことも偶にはあるな、うん」と、 なんとも言えない口調で慰めだす。 余計なお世話だ!と怒鳴りつけたくなるのを我慢していた僕だったが、 続くコイツの言葉に、さっさとこの場を立ち去らなかったことを後悔することになる。 「あー、そう!気を落とすなよ!俺だって、昔はちぃっと成績の悪い奴だったが」 いや、『ちぃっと』じゃないだろうが。 「それでも、なんとかこうして働けちょる。 もちろん、一番はダンブルドア先生サマのおかげなんだが」 ナチュラルに他人にダンブルドア自慢をするな。 確かに奴はかなりの有名人だが! いきなり有名人を直接知ってる風な口ぶりをされたら、怪しすぎるだろう。 「俺は昔から知り合いに恵まれちょるんだ。 学生ん時も、別の寮の奴が色々世話焼いてくれてなぁ。 歳も上だったし、接点なんぞほっとんどなかったんだが。 俺が揶揄われたり、なにかやらかしているとすーぐ助けてくれた。 お前さんにちぃっと似てる。あいつは綺麗な黒髪だったけどな?」 「…………」 「今はどうしてんだろうなぁ??すげぇ奴だったから、出世してそうなんだが」 「…………」 「……死んじまったんかもしれねぇなぁ。良い奴はみーんな死ぬ」 酔っているせいか、僕の相槌がなくてもハグリッドはしんみりと話し続ける。 そこに図体ばかりがデカくて気が小さい、 そのくせキレると手に負えない、子供の姿が重なって。 「案外、どこかで適当に、楽しく暮らしてるだろうさ」 「……へ?」 僕はそれこそ適当な言葉を置き去りに、 その場から姿くらましをした。 もう過去は振り返らないと、決めたから。 ......to be continued
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