人に無闇に飛びかかってはいけません。





Butterfly Effect、26





ホグワーツにやってきて、一週間。
私はなんとなく勉強をこなしている内に、そんな時間が経っていることに気が付いた。
最初の2日くらいは全てが目新しかった。
その後数日は、ここの生活に慣れるので精いっぱいだったので、 なんだろう、不意に我に返った、というのが正しい気がする。


「……探検がいるかなぁ」


ぽつり、と独り言が漏れる。
アクティブかつ好奇心旺盛な親友であれば、笑顔で頷くに違いない案だったが、 もちろん、寮の違う彼女はここにはいない。

ひんやりとした廊下には、今、自分しかいなかった。

今は、授業と授業の狭間というか、空き時間である。
どうやら、ホグワーツは全寮制であるためか、ゆったりしたカリキュラムが組まれているらしく、 週に1、2回こういう3時間目だけぽっかり空いちゃいました!な時間が発生する。
多分、生徒数に対して教授の数が少ないのも原因だと思うけれど。
イメージとしては大学だろうか?
まぁ、1年生の内は所謂必修科目ばかりなので、自由裁量とはいかない。
結果、こうして変な空き時間が発生する。

これが、グリフィンドールと同じ空き時間であるならば、 親友二人とおしゃべりでもできるのだが、 流石に、犬猿の仲の寮を野放しにするほど、先生方も阿呆ではなかった。

かといって、同じスリザリンの子達とおしゃべりしたいかといえば、 別にどっちでも……という感じだ。
マルフォイ君の話は基本自慢話だし、 パンジーちゃんの話は女子のマウンティングな感じで面倒だし。
聞き流せば良いのだが、誰それをいじめている気配を感じるとうんざりするので、適度に距離は取っておきたい。


「……さんほど、いい子にはなれないなぁ」


普通、ヒロインなどはこういう時に率先して関わって、 いじめを阻止するなり、いじめっこを窘めるなりするのだろう。

がしかし、私は正直、目の前でやっていなければどうでも良いのだ。
まぁ、知ってしまうと居心地が悪いので、そーっと先生にチクったりなんだりするが。
ベストは、なにも知らないことなのである。
つまり、私に知られずにどっか他所でやってください、だ。
少なくとも、ヒロイン要素皆無な、エゴでいっぱいの考え方である。

……なんか、考えていたらテンション下がってきた。

はぁ、とため息をつきつつ、気分を変えるために、今日は校庭に向かうことにした。
時間を見つけては、迷わない範囲で探検をしなければ、と思っていたのだ。
趣味と実益を兼ねて。
ポッタリアンが、目の前にホグワーツ城を見つけて、あちこち見て回らずにいられるか?
答えはもちろん否である。

流石にハグリッドの小屋に行くのは、突撃訪問すぎるので自重するが、 折角なので、湖を上から見るのはどうだろう?
いつも部屋から見ているけれど、やっぱり城と湖のツーショットは見逃せないと思うの、私。

残念ながら、ちんちくりんになってしまった体では結構な時間がかかってしまいそうだが、 まぁ、まだまだ時間はあるので、大丈夫だろう。







「……と思ったけれど」


私は、10分ほど外を歩いた段階で、もう帰ろうと心に決めていた。
というのも、


「寒っ!!」


城から一歩出ただけで、外は真冬だということを実感したからである。

移動が多いせいか、この時期ホグワーツ生はマフラー着用になる。
もちろん、私も右に倣えでマフラーをし、しかも実は結構な厚着をしていた。
で、廊下は寒いは寒いけど、吹きっさらしの割には、震えるほどではなかったので、 すっかりと油断していたのだが。

外は、雪こそ現在進行形で降っていないものの、銀世界だった。

視覚情報に一瞬ひるんだものの、でも、この陽気なら大丈夫かな?と軽く考えてしまった私は。
今、ガタブル状態である。
心底、少し前の自分の迂闊さに腹が立つ。

何故、人一倍寒さに弱いのに、大丈夫な気がしてしまったのだろうっ
無理ですよね。雪積もってますもんね。
でも、本当に城から一歩出た途端に気温が変化しすぎじゃないでしょうか!
全身鳥肌で、心臓がきゅってなったんですけど!?
ヒートショック起こしそう!

ホグワーツの親切設計で、実は城内は気温がある程度コントロールされているなんて露知らなかった私は、 ぷるぷると外で震えることとなった。
それでも、ハリポタ愛で少しだけ外に出てみたのだが、 10分で音を上げた。


「うぅ。もう無理……寒い……」


指先など、一気に冷たくなってしまい、氷のようである。
ホグワーツ生活にはマフラーだけでなく、手袋も必要なようだ。

心のノートにしっかりと書き留め、私は暖かい城内に戻ろうと、 来た道を戻ることにした。
すると、方向転換をした私の目に、一面の白い景色の中に、一点の黒い染みが飛び込んでくる。


「?あれは……」


生き物っぽいなぁ、と思う私の視線に気づいたのか、 その点は急にこちらに向かって走り出し、


「…………っ」


それが大きな黒い犬だと私が認識できる距離まで来ても、 まるでスピードを緩めないまま、突っ込んできた。

怖い怖い怖いっ!
え、犬!?でかいけど、犬!?
狼じゃないよねっ!?
黒くて大きい犬とかシリウスさんであれば良いけど、 実は黒妖犬グリムです、とかないよね!?
っていうか、本気ででかい!?怖い!

生き物全般はさんと同じく大好きなのだが、 いかんせん、動物の怖さもがっつりと認識している私には、 ムツゴ〇ウさん的リアクションは不可能である。


「やっ………!」


咄嗟に頭を抱えて縮こまってしまった私だったが、 黒い犬?はそんな私を飛び越えて、背後の植木にダイブしていた。


「……???」


え、なに?どういう状況??

思わず植木を凝視した私だったが、しかし、その数十秒後にかけられた声によって、 状況を察することになるのだった。


「オイ、そこのスリザリン生!」
「!」


突然、高圧的にかけられた声に、びくっとなる。
はっきりいって、応じたくない呼びかけだが、仕方がなしに「はい?」と振り返る。
すると、少し離れたそこには西洋系のお顔のグリフィンドール生が二人ほど立っていた。
自分よりそこそこ大きいので、1年生ではないだろう。
人の顔と名前を覚えるのが苦手なので、多分、ではあるけれど。
同じ時間に空き時間、ということはないはずだ。

彼らは周囲を見回しながら走ってきて、偉そうに口を開く。


「お前、黒妖犬グリムを見なかったか?」
「グ、黒妖犬グリムですか?」
「ああ、そうだ。馬鹿みたいに黒い、でかい犬だよ。死の象徴だ」


いや、君たちは死の象徴相手に杖を持って何をするつもりなんですか?ねぇ、ちょっと。

腕白そうな表情とその出で立ちを見て、 まぁ、碌な用でシリウスさん?を追い回していたとは思えなかった私は、 困り顔で「すみません、知りません」とすっとぼけた。

いや、だってあれ、多分シリウスさんだし。
黒妖犬グリムじゃないから、教える必要ないし、嘘も言っていない。

多分、シリウスさんは黒妖犬グリムだなんだと追いかけまわされたが、 相手がちびっこだったために、追い払うより逃走を選んだのだろう。
大きな犬に吠えられるとか噛まれるとか、黒妖犬グリムでなくてもトラウマ案件ですしね。
大人げないとか言われちゃう。

と、私の芳しくない返答に、グリフィンドール生の機嫌があからさまに急降下した。


「チッ!役に立たねぇな!!」


いや、そんなこと言われましても。
スリザリンの下級生ってだけで対応が悪すぎる。酷い。

と、イライラと舌打ちした方じゃない男子が、私を見て若干怪訝な表情をする。


「あれ。コイツって、いつもウチのテーブルで飯食ってる女じゃないか?」
「…………」


わー、嫌な予感☆
この後に続きそうな展開に、寒さが関係ない震えが指先に走る。


「あ、マジだ。あの調子乗ってる編入生か」
「…………」


いえ、乗ってません。まったくもって乗ってません。
か弱い、根暗でオタクなヒッキーです。
捨て置いてください……っ

が、そんな願いが通じるはずもなく、 彼らは黒妖犬グリムを逃した鬱憤を私にぶつけるかのように、詰め寄ってきた。


「お前、いつも他の寮のテーブルで食べるとか、どういうつもりだよ?あ?」


……仕方がない。
ここはあれだ。戯言遣いを召喚しよう。


「……いえ、あの。実は私、アレルギーがありましてっ」
「はぁ?」
「食べられるものが限られているので、特別にあのテーブルにそれを用意してもらってるんですっ」


立てば嘘つき座れば詐欺師歩く姿は詭道主義。
保身の為の嘘なら、お許しください、閻魔様!

滑らかに発した言葉に、「あー、そういえば変な料理ばっか並んでたな、あそこ」とか、 柄の若干良い方が思い出したように口にする。
変な料理とか言わないでください。世界に誇るヘルシー食、日本食です。

これで引き下がってくれたら良いんだけどなぁ、と願いながら、 「すみません」と殊勝に謝っておく。
すると、流石に健康問題なら、責める方が問題なことくらい理解しているようで、 彼らは一瞬押し黙る。
ただ、このまま素直に引き下がるとかは、やはり変なプライドが邪魔してできなかったようで。


「……あー、悪いと思ってれば、良いんだけどよ?」
「そうそう。ただ、ホラ。こっちとしてはやっぱり、気分が良くないっていうか?」
「すみません。できるだけ大人しくしていますので……」
「そりゃあ、当然だけど?やっぱり誠意を見せて貰いたいっていうか?」


ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべだした。


「誠意、ですか?」


え。なに、カツアゲ?カツアゲなの??
下級生の女生徒捕まえてカツアゲなの??最低じゃない?

がしかし、こっちは自由にできるお金なんてない、赤貧学生である。
ない袖は振れないんだけど、そうなるとボコられるのだろうか。
幾らすぐ治せるといっても、痛いのは嫌なんですけど。

杖を向けられたらその腕を狙って蹴りを放とうと心に決め、 相手の言葉に耳を傾ける。


「別に大したことじゃねぇよ。ただちょっと」
「そうそう、ちょっとそのふ――……ひっ」


が、彼らが要求を言い終えることはなかった。
というのも、私の背後から、凄まじい唸り声が聞こえてきたからである。


ゔゔゔゔゔゔぅうぅーっ


「ぐ、グリ……っ」


がぁっ!!!


まさに、一喝というのが正しい、凄まじい一吠えだった。
彼らは、私を見捨てて、足を縺れさせながらこの場から逃げて行った。







私は、多分そうだろうと思いつつも、やっぱり怖くて、 後ろを振り返れないまま硬直していた。

後ろにいるのは、シリウスさんで、私が絡まれているのを助けてくれた……と思いたい。
が、もし違った場合、唸り声を上げる猛獣的な何かに背後を取られているわけで。
その場合、背中を向けて逃走は一番の悪手である。
がしかし、あんな恐ろしい唸り声の主と向かい合うのは怖すぎるので。
ゆっくりゆっくり後ろを振り返るべきなのに、それができない。

どうしようどうしよう、と軽くパニック状態だった私は、 しかし、次の瞬間、手を舐める大きな舌に「ひゃあっ!」と間抜けな悲鳴を上げた。

流石にそんなことをされれば、咄嗟にそっちを見てしまう。
で、そこで私はつぶらな青灰色の瞳がこっちを見上げているのを発見した。


「…………っ」


その、明らかに敵意のない様子に、私はへなへなとその場に頽れる。


「こ、こわかった……っ」


紛れもない本音がぽろりと零れだす。
なんでちょっと散歩に行こうとしただけで、こんな目に合わなければならないのだろう。
あれか。日頃の行いか。そこまで悪いことしてない気がするんですけどっ

と、私が憔悴していると、くぅーん、とそれを心配するように、その黒い犬は鼻面を私に寄せてきた。


「ああ、ごめんね。助けてくれてありがとう」
「ウォンっ!」


普段なら絶対にやらないのだが、私はその黒い犬を労わる様によしよしと撫でる。
尻尾を振りだしたので、嫌がってはいないだろう。多分。

これがシリウスさんだとしたら羞恥心で死ねるのだが、 これはでっかい犬これはでっかい犬……と私は自分をマインドコントロールして、乗り切る。
ただの犬だと思えば、ホラ。なんだかとっても可愛く思えてしまう不思議!
しかも、暖かくて、冷えた体には大変よろしい。

とりあえず、一通り笑顔でなでなでした私は、そろそろ止めようかな、と思ったところで。


「ウォンっ!」
「わ……っ!?」


犬に飛び掛かられた。
で、しかも、ベロン!と頬をがっつり舐められる。

内心、汚っ!と叫んだ私は何も悪くないと思う。

犬も猫も飼っていなかった私は、動物とのコミュニケーションの経験値が低いのである。
犬好きであれば許容できる、わんこのよだれも、残念ながら許容できない。
(昔見た映画で、犬と交互にアイスクリームを食べているシーンがあり、本気で気持ち悪かった)

っていうか、背中冷たっ!
ただでさえ、座り込んで足腰が冷えていたのに、もう全身びちょぬれだった。


「ちょっ、待っ……!」


内心新たな危機に大騒ぎだった私だったが、神は私を見捨てていなかった。


「……身体浮上レビコーパス
「きゃんっ!?」
「何をしているんだい?パッドフット」
「っ!!!!!」


何をおいてもまずは私から黒犬を引きはがして、悠然と笑みを浮かべたのは、 我らがルーピン先生だった。
もちろん、その背後にドス黒いオーラが渦巻いているのは幻覚である。

嗚呼、やっぱりこの犬、シリウスさんだったのね……と、ようやく正体の確定した相手に、 私は安堵の息を吐いた。
(いや、だって、如何に友好的でも、ただの犬だと噛まれかねないし)

すると、その様子を見て、ルーピン先生は杖を振るうと、私を小奇麗な状態に戻してくれる。


「大丈夫かい?
「あ、はい。ありがとうございました」
「すまないね。この犬は最近ホグワーツに住み着いたんだけど、 女生徒を見つけると見境いがないみたいで。飛び掛かっちゃうんだよ」
「ウォンっ!?」


あまりの言い草に、シリウスさんが抗議の声を上げるが、 ルーピン先生に黙殺される。

なので、触らぬ神に祟りなし、とばかりに私は「そうなんですかー」と無難な返事を返しておく。


「この駄犬は私が責任を持って躾けておくから。
もう時間だし、そろそろ授業に行って来たらどうだい?」
「っっっっ!!?」
「そうですね。あ、でも、あの……」
「?なんだい??」
「その子、さっき私を助けてくれたので、お手軟らかにお願いしますね?」
「へぇ?そうなんだ。うん、心に留めておくよ」


最後には、魔王の微笑みから、にこっと、人を安心させる素敵な笑みにシフトしてくれたので、 私はちょっと後ろ髪を引かれつつも、後はルーピン先生にお任せして、その場を後にした。

その後、私は散歩中に、大きな黒わんこと出会うことが多くなり。
さんが「ぐり」と呼ぶのもあって、うっかりと黒妖犬グリム使い、などと陰で言われるようになったりするのだが、 それはまぁ、蛇足というものだろう。







「……で、実際はどうなんだい?シリウス」
「実際もなにも、アイツがグリフィンドール生に絡まれてたのを助けただけだ!」
「ふーん?まぁ、あの子はスリザリンだからね。因縁でもつけられたのかな」
「いや……犬のおれを庇ったら、目をつけられたらしくてな。
元々目はつけられてたような感じではあったが」
「……つまり、君のせいで絡まれていた子を、君が助けて、なおかつ押し倒していた、と。
そういうことで良いのかな?」
「…………」
「やっぱり、躾けがいるね」
「ぎゃいんっ!!?」





だって、死にたくないでしょう?





......to be continued