君は変わらない、と君が言う。





Butterfly Effect、24





『蛇野 サラ』という少年と私が初めて会ったのは、小学校高学年の時。
そう、丁度私たちが、このホグワーツで過ごしているくらいの風貌の時だ。

なにをどうやったのかは分からないが、 私の通う小学校に、サラが転校生としてやってきたのである。


「蛇野 サラです。よろしくお願いします」


西洋風の外見を裏切る、それは流暢な日本語の挨拶に、 クラス中が見事に色めき立ったのを、覚えている。
芸術品かと思うくらい整った顔立ちの美少年が、 にこやかに話しているというそれだけで、好感度はうなぎ上りだろう。

まぁ、もっとも。
私が彼に最初に抱いたのは、好感ではなく違和感だったのだけれど。
当時は何がそんなに変なのかよく解らなかったが、 彼との友達付き合いが長くなった今であれば、答えは簡単だ。



子どものくせに、完璧な作り笑いをしていたから、不気味だったのだ、と。



感情が伴っていないくせに、豊かな表情。
それは、気づいてしまえば、どこまでもチグハグで。
なまじ、顔が整っているだけに、人形もかくやという不気味さを、私は彼に感じていた。
だからこそ、黄色い声を上げる周囲と、私には温度差があった。
私だって、普段であれば、格好いい男の子が入ってきたら、関心くらい寄せるのだが。
彼が転校してくる少し前に、人間関係でごたごたがあった・・・・・・・・こともあり、 私は彼を見て「面倒くさそうー」と至極失礼なことを考えていた。

がしかし。
どうやら、サラを見て、そんな落ち着いた(?)態度でいられた人間というのは稀有だったらしい。
気が付けば私は、担任の先生から「家も近いし、が面倒を見てやれ」と世話係を押しつけられていた。
私からすると、面倒この上なかったのだが、大人だってサラを巡って女子がいがみ合うのは嫌だったのだろう。
なら、男子にさせろとも思うが、サラが見るからに繊細そうだったから、 半分山猿のような連中の相手をさせるのを避けたのかもしれない。
(なにしろ、給食中にTシャツをいきなり脱いで、腕立て伏せをしだすような連中だった)


「……わかりました。蛇野くん、よろしくね」
「よろしく。、さん?」


こうして、羨望で嫉妬に塗れた視線の中で、私たちは出会った。







世話係といっても、所詮は子どもが振られるような役割だ。
大したことはないだろう、と思ったが、1週間もするとその認識は改めざるをえなかった。

まず、席は当然のように隣である。
で、教科書が届くまでは、それを見せなければならなかった。
また、授業中にペアを組まなければいけない場合は、大体隣と組ませるから、 個人作業以外は基本一緒に過ごす羽目になった。

解放されるのは休み時間くらいだが、 委員会も、担任の陰謀により私と同じにされたため、 偶に委員会の仕事がある時は、やっぱりサラとセットである。

おまけに下校も一緒とくれば、奴と一緒でない時間を探す方が早い。
おかげで、女子からのやっかみがそれはもう凄かった。
替わりたいというのなら、幾らでも替わってあげたというのに。

まぁ、基本サラと一緒なので、大した嫌がらせはなかったけれど。
(精々が、休み時間に「ぶりっこ」だのなんだのと、陰口を叩かれるくらいだ)


嗚呼、面倒だ面倒だ。

この頃は、特にそればかり考えていた気がする。

他人の世話が面倒だ。
担任の期待が面倒だ。
女子のやっかみが面倒だ。
男子の好奇の視線が面倒だ。
人間関係が面倒だ。
男女の恋愛が面倒だ。

元来、面倒くさがりな自分だが、 投げ出すことすら面倒で。

とっとと、サラ自身が友達でもなんでも作って私から離れてくれないだろうか、といつも思っていた。


がしかし、当の本人には、そのつもりが皆無だったらしい。
奴は、それから少し経っても、ちっとも友達を作らずに、私の隣にいた。

最初は言葉が不安なのだろうか、とカルチャーショックを心配したりもしたのだが、 他の子と話しているのを聞くともなしに聞いている限り、そんな感じでもない。
では、少女漫画でお約束の私に一目ぼれ☆的なことかと、念のために検討してみたものの、 サラの態度はそんなラブなものではなかった。

なんというか、つかず離れず。
ぼうっと、水槽の中の魚を眺めるような。

今思えば、この世界の子供やら文化やらを観察していたのだろうと思うが、 それに知らず付き合わされた方としては、たまったものではない。

だから、ある日の帰り道。
いい加減に、現状に不満を感じた私は、 この日は必要最低限の会話ではなく、自分から話しかけてみることにした。


「あの、蛇野くんって……」
「うん?」
「友達作らないの?」


うっかり「友達いないの?」と言いそうになってしまったが、 流石に失礼かと、若干の軌道修正を試みる。

が、言いたいことはばっちり伝わったらしく、 きょとん、と不思議そうな表情をしたサラは、あざとく首を傾げた。


「友達って、必要?」


言葉の中身は、中々にアレ・・だったが。


「……必要とか必要じゃないとかで考えたことないですけど。
必要なんじゃない?」


私は多分、そんなごくごく一般的な言葉を返したような気がする。
すると、サラは私にこう言ったのだ。



「君は必要としていないのに?」と。



「っっ!」


あの時の心境は、とても一言では言い表せない。

なんで。
どうして。

それが、頭の中でぐるぐると回っていたのは確かだけれど。
ただ、不用意に柔らかい部分を突かれて、胸中穏やかでなかったのは確かだ。

しかも、気が付けば、私はそれをうっかりと声に出していたらしい。
サラは「なんでって、見れば分かるよ」と、なんでもないことのように言った。

まぁ、幾ら世話係だといっても、 普通は他の子からも話しかけられるものだ。
だが、サラと出会ってから、気軽に私に声をかけてくる相手はロクにおらず。
そう、普通に観察していればすぐに分かるくらい、簡単なこと。







サラが来る半年くらい前までは、私だって一番仲の良い女の子や、 そこそこ仲の良いグループがあった。

けれど、ある日。
急に。
彼女らは私から離れていったのだ。
前触れなく。唐突に。

当然、私は訳が分からず、「自分がなにか気づかずにやらかしたんじゃないか」と不安を覚え、 彼女らの機嫌を取るようなことを言ったり、やったりした。

しかし。
何をしようが。
何を言おうが。
彼女らは理由を教えてくれることもなく。

ただただ、私は意味も分からず孤立した。

無視されるわけではない。
ただ、急に相手にされなくなっただけ。
でも、その『だけ』が、当時は苦しくて……。

これで私が性格の良い女の子だったなら、それでも関係を修復しようと頑張ったり、 不安に心痛めたり、色々なリアクションがあったのだろう。
けれど、私は性格が悪いから。
ある日、思ってしまったのだ。



どうして、私がこんなに機嫌を取らなきゃいけないの?と。



そうするだけの価値が『彼女たちといること』にあるか、と考えて。
ないな、と。

置いていかれまいと走って。
走って。
走ったけれど。
そもそも、追いかける必要がないことに、気づいてしまった。
だって私は。
走らなくても、生きていけるから。
彼女たちがいなくても、大丈夫だから。


そうして、私は彼女たちを切り捨てた。


向こうも、急にスイッチを切り替えてしまった私に困惑したことだろう。
この年頃で、友達に見捨てられるなんて、多くは耐え難いのだろうから。
まぁ、もう私には関係ないが。

サラと出会ったのは、それから少ししてのことだった。

ちなみに、結局、私が無視されていた原因というのは、 その一番仲の良い子の好きな男子が、私をスキになったからだった。
自分が彼のことをスキなのは知っているくせに、と。
嫉妬心に駆られての行動。
彼女らにクラス全員を従えるだけのカリスマ性なんてなかったけれど、 周囲は関わるのが面倒で、私に積極的に話すことを止めたようだ。

なんて、くだらない。

私が横恋慕したというなら、非難されるのも分からなくはない。
けれど、その男子の気持ちは男子の物だ。
私が好き勝手できる代物でもないのに、何故非難されなければならないのか?

頭では、彼女も自分の非が分かっているはずだ。
根っからの悪人ではなかったはずだから。
けれど。
それでも。
彼女は、友情よりも愛情を取った。



だから、私はそんなものいらない。



理性を、コントロールできないような恋愛感情かんじょうなんて。
そんな、あるかも分からない薄っぺらい友情なんて。
私は、いらない。







は……優しいんだな」
「……は?」


なんだか、見透かされたような真紅の瞳にいたたまれなくなり、 ぼっち状態に至った概要を話した後、サラは静かにそう言った。

寧ろ、自分の薄情さがにじみ出るエピソードだっただけに、その反応は予想外だった。
幻滅されることすら織り込み済みで、 なんだったらもっと別の性格良い子のところに行ってくれと思ってわざわざ話したのに……。
はっきり言って意味不明である。
(そして、いつの間に名前呼びしてるんだ、この野郎)


「……話、ちゃんと聞いてました?」
「もちろん。つまり、は友達を憎まないために、手放したんだろう?」
「はい?」
「普通、害されたら反撃するところだ。でも、そうしないために関係を断ち切った。
……こんなに、傷ついているのに


「優しいよ、充分」と、驚愕する私を、サラは労った。


「〜〜〜〜〜〜っ」


なんだか、弱みを握られたような気分になって。
でも、私が捨てて行った大切な何かを拾ってもらえた気もして。
嬉しいのに恥ずかしくて、悔しくて、私は顔を逸らした。

多分、彼と友達になったのはこの時だ。
しばらく腐れ縁のように傍にいて、明確に友達と言えるようになったのは、もっとずっと後だけれど。
『サラ』という存在が、私の心に居場所を作ったのは、この瞬間。

もっとも、天邪鬼な私は、「その愛想笑い、気持ち悪いからやめてよね」と、 その時は悪態をついていたのだけれど。
(ちなみに、言われたサラからの好感度は上昇した。何故?)






 + + + +


「どうだ?の好きそうな味だろう?」
「うん。さっぱりしてて出汁がきいてるー。おいしー」
「やっぱり和食は最高だよねー。ぐりさん。
あたしずっと胃がもたれててさー。アボカドのわさび醤油が食べたくて食べたくて……」
『なんで、和食かどうか即答しにくい物を即座に挙げるんだ……』
「わさび醤油は、どこからどう聞いても和食だろうが」
さん、アボカド好きですもんねー」
「まぁねー。サラのじゃがいも好きには敵わないけど」
「あれはもう、じゃがいも好きっていうか、じゃがいも狂いですけど」
「ポテトサラダは嫌いなくせにねぇ?」
「マヨネーズは敵だ」


と、まぁ、そんなこんなで友達になった彼とは、結構な時間が経過してもまだ友人関係が続いている。
幼馴染、と言ってもいいくらいには。
間違いなく彼の親友の一人だと、言えるくらいには。


「……このテーブルでは『スリザリンが敵だ』って言うのが普通なんだけど」
「駄目よ、ロン。ここに限っては『普通』なんて言葉は当てはまらないわ」
「でも、僕はこのわしょく?っていうの?結構好きだなぁ」
「お!流石ハリー!分かってるね!」
「そ、そうかなっ。あ、これも初めて食べたけど、美味しかったよ?
フライの一種?」
「そうそう。和食の定番、天ぷらだね!あたし結構玉ねぎの天ぷら好きー」
「ネギも敵だな」
「あはは、サラは好き嫌いはっきりしてるもんねぇ」


ただ、正直、トラブルめいたものも色々あった。
ええ、そりゃあもーう、色々と!
サラが悪い場合もあれば、それ以外もバリエーション豊かに。
でも、どこか不安定なところのあるサラのことは、決して嫌いにはなれなくて。
気づけば、私たちは小中高とつるむ羽目になった。

妙に大人びていて、相手の気持ちもわかっているくせに、 なんだか根本的なところでずれている彼が、安定したのはさんと出会ってからのことだ。
それからは空気の読める、気遣いイケメンになって向かう所(マヨとネギ以外)敵なしである。
何故か、ずっと彼女はできないけれど。


「でも、その内、嫌いな物が好きになったり、 好きな物が嫌いになったりするかもしれないですよ?」
「……そうそうないと思う。好み、というのは簡単には変わらないさ。
優しいと違って、嫌いな物はずっと嫌いだ」
「……さん、好き嫌いに優しいとか関係ある?」
「えーと、もったいない精神旺盛だと優しい人、とか?
ホラ、命を無駄にしない的な?」
「ええー。それで優しい人認定されましても……」
「ええと、とりあえず、サラは一途ってことにしておけば良いんでない?」
「じゃがいもに一途?」
「じゃがいもに一途」


ただ。
サラザール=スリザリンだったという、彼。
普段そんな様子は欠片もないけれど、ホグワーツだけはきっと、彼の感傷を揺さぶるものだ。

願わくば、様々な想いの詰まったこの場所が、彼を苦しめることのないように。
私は、無二の親友のために、ひっそりと祈っている。


「そうだな。多分、スキになったら、ずっとスキだ。
何年経っても。何十年経っても」





君は変わったと思うよ、と私は言った。





......to be continued