新しい日常は、いつだってどきどきする。 Butterfly Effect、23 さわ さわ さわ 窓の外に、なにかの気配を感じて私はぱっちりと目を覚ました。 風とは違うなにかが、そっと当たるような、不思議な軋みの音が部屋にかすかに響く。 部屋の明るさに慌てて枕もとの時計を確認するが、幸い寝過ごしてはいないようで、安堵の息が漏れる。 二段ベッドはベッドカバーとお揃いの銀色の糸で模様が入っているカーテンで周囲を覆ってしまえるが、 流石に全面を覆うのには慣れず、窓側を開けておいたために、それを遮断しきれなかったようだ。 「?」 鳥の声とは違う、なにかの気配。 私は寝起きのまま、そっとカーテンを開けてみる。 すると、 『うわ!起きた起きた!』 「わ!」 目の前に半魚人?がいた。 驚いて、とっさにバッとカーテンを閉め直す。 ゆらゆらと藻のように宙に揺れる髪も、海底鬼岩〇にいそうな鱗の顔も、 寝起きには中々きついインパクトである。 これが、綺麗な熱帯魚だのなんだのだったら、もっと感動したんだろうけど……。 って、あれ? そもそもなんで、窓の外に半魚人(マーピープルだっけ?)?? 窓を閉めている分には大丈夫だろうと、 私は意を決して、もう一度カーテンを開けてみた。 すると、やっぱり半魚人さん(くん?)が興味津々でこちらを覗き込んでいるのと目が合う。 『本当に新入生だ!小さい小さい! なんだ。皆気持ち悪いとかなんとか言ってたけど、そんなことないじゃないか!』 「えーと……おはようございます?」 とりあえず、友好的?な雰囲気なので頭を下げておく。 ただ、寝起きに強襲してくるのは是非とも止めてほしいのだけれど。 スリザリン生はこんな朝の始まりなのか……凄いな。 異種族交流って奴? でも、スリザリン生って偏見だけど、一番そういうの嫌がりそうだけどなぁ。 と、そんな風に思っていると、一通り私を観察して満足したのか、 半魚人くんはくるりとUターンして、 元来たと思しき方角へと力強く尾鰭をひらめかせて去っていった。 「うわぁ……!」 そして、目に入るのは、さっきまで半魚人くんで見えなかった、その窓の外の風景。 少しだけ濁った水に光が差し込み、その部分に光のはしごがかかる。 揺れる藻が。 小さな魚の群れが。 海草が発する、小さな気泡が。 陽の光を反射して、時折きらきらと輝いていた。 穴の開いた流木からは、イカのような足が出ているのも見える。 まるで、巨大水槽の中を見ているような、錯覚を覚える、その光景。 そこは、ホグワーツの前に広がる湖の底だった。 「そういえば、スリザリンの寮って半地下だっけ……」 それって湿気とか湿気とか湿気とかどうなんだろう?と思っていたのだが、 すぐ隣に湖が広がっているなら、湿気対策は万全に違いない。 グリフィンドールは塔らしいから、その眺めも捨てがたいが、 水族館好きな自分としては、この部屋を一目で気に入ってしまった。 今日は一日良い日になりそうだ! と我ながら単純に喜び、ぱぱっと来ていたスウェットを着替える私だった。 (あ、もちろん覗かれても嫌なので、カーテンは閉め直しましたよ?) 数分後。 乙女の身支度は時間がかかるものと相場が決まっているが、 あいにく、私は不精なために顔を洗ったり、髪をブラシで一度梳かすくらいですっかり身支度を完了した。 寒さ対策でインナーやらセーターをもこもこ着ているのもあり、 多分、仕上がり的には野暮ったさMAXだっただろう。 そのため、談話室でどうやら慣れない私を待っていてくれたと思しきマルフォイ君が、 私に挨拶をしようとするなり、微妙に固まってしまった。 「……えっと、マルフォイ君?」 「…………」 「……すみません。なにかおかしいですか?」 ループタイなので、結ぶのに失敗したネクタイのようなことはないし。 流石に自分が学生の時のように、学生服の下にジャージだって着込んではいない(自重した) 多少野暮ったくとも、そんな声をかけるのを躊躇うレベルの変な格好はしていないはずなんだけど……。 それともあれかな?1年生のくせに指輪だの、ロザリオだの、アクセサリー着けすぎってこと? でも、ロザリオは翻訳機だし、指輪は体をミニマムにしてくれる物だし、 一応、校長室でも許可は取ってあるんだけどなぁ。 ダメだって言われたら、正直私の学生生活には暗雲が垂れ込めてしまう。 それか、オシャレ貴族には、見苦しい点が多かったのかもしれない。 私は一応、自身の格好を見下ろしつつ、素直に改善点を訊いてみることにした。 「…………」 「…………」 「…………」 が、しかし。 マルフォイ君は全然リアクションを返してくれなかった! ええ〜?そんな無言で見られると、凄く困るんですけど。 とりあえず、忙しいなら別の人に大広間まで一緒に行ってもらおうと、 私は再度マルフォイ君に声をかけようとした。 と、 「…………」 そこでようやくマルフォイ君は、ポケットから手を出し、 私の目の前にそれを突き出した。 「はい?」 「……これをやろう」 「はい???」 とりあえず、促されるままに両手を受け皿のようにして広げると、 そこになんだかとっても高級そうな一口チョコがコロン、とのせられた。 「あ、ありがとうございます??」 「っ!い、いや……気にするな」 疑問符を飛ばしまくりながら、とりあえず笑顔でお礼を言っておく。 すると、マルフォイ君は今更照れたのか、耳を赤くしながらそっぽを向いてしまった。 なんだろう?この初々しい反応は?? 今日はバレンタインデーでもなんでもないはずなんだけど、 お近づきの印という奴だろうか?? そんな殊勝な性格だったっけ?と内心首を傾げていた私だったが、 数十秒後、周囲をスリザリン生に囲まれてしまって、そんな疑問は一気に吹き飛んでしまった。 「これも!これもあげるわ!!」 「へ?」 「アメは好き?今ならいろいろな味があるわよ?」 「いや、そんな、え?良いんですか??」 「ガムならあるんだけど、君、ガム食べる?」 「はい?あの、ええ、それなりに??」 「やだ、私なにも持ってない!」 同級生から上級生まで、なんだか知らないけど、 その場にいた人々が笑顔で私にお菓子を寄こし始めたのである。 しかも、遠慮しようものなら、それはもう悲し気な表情になるというおまけ付きで! え、なになになに!? どういうこと?? マルフォイ君がやることは皆、右へ倣えでやらないといけないの??上級生まで!? なにそれ、怖い! まるで餌付け大会のようなその様子に、お礼と共に浮かべた笑顔も引きつり気味である。 あっという間に両手が塞がってしまい、しかも、先輩たちはそれでも渡そうと、 私のポケットにもクッキーやらなにやらをねじ込んできたため、私はすっかり身動きの取れない状況に陥った。 はっきりいって、朝食に行く上で非常に邪魔なのだけれど、どうしたら良いのだろうか?これは。 と、私が困り果てていたその時、この騒ぎを聞きつけて、数人の女子が談話室へと姿を現した。 「ちょっと。これはなんの騒ぎなの??」 ちょっと高飛車な物言いで先頭を切って来たのは、パンジーちゃんだ。 これはマズイ状況なんじゃないだろうか、と内心冷や汗ものだったが、 予想に反して、パンジーちゃんは私が騒ぎの中心にうっかりいることを責めたりはしなかった。 ただ、つかつかつかっと無言で近づいてきて、 私の手の中から飴玉を一つ引っ掴むと、 「口を開けなさいよ」 「はい???」 と、突然命令してきたくらいである。 そして、その唐突さに、思わず口がぽかんと空いてしまった私に、 彼女はポイっといとも素早い動作でその飴玉をほお張らせてきた。 「???」 とりあえず、変な味ではなかったので、吐き出すのもなんだろうと、舐めてみる。 普通にイチゴ味で美味しかった。 「美味しいかしら?」 「?はい。美味しいです??」 とりあえず、両手にお菓子を抱えた間抜けな状態で頷くと、 パンジーちゃんはどうやら満足したらしく、ドヤ顔で周囲を見回していた。 パンジーちゃんがくれたお菓子ではないので、何故得意げなのかがさっぱり分からない。 ころころころころ。 もう考えるのも面倒になったので、その様子を見ながら、 監督生の女生徒が現れ適当な紙袋をくれるまで、わたしはアメをなめ続けた。 お菓子は一旦部屋に置いてきて、 私は監督生の先輩(ジェマさんというらしい)に改めて寮の説明を受けながら、 大広間へと向かう。 ちなみに彼女曰く、さっきの騒ぎは小動物に餌付けをしたい心理だったらしい。 (スリザリンって素直な後輩いなさそうだしね。私、遥かに年上なんですけど) (ただでさえ東洋人は幼く見えるっていうし、それに私、今は体小さいしね。 小学生の時は万年前から2番目でしたよ。 ええ。一番でないところがまた中途半端で私らしいでしょう?) そこで私は、寮の部屋の窓が湖に面していることや、 談話室の入り方、スリザリンの良さなどを滔々と語られた。 特に、アーサー王などで有名なマーリンがスリザリン出身なことなどが、彼女にとってはとても重要だったらしく、 スリザリン生であることの誇りを持つように、といった趣旨の内容だった。 「――スリザリンは他の生徒から尊敬されているわ。 確かに、闇の魔法にまつわる評判のせいで尊敬の中には恐怖が混じっていることは否めない。 でも知ってる? ワルっぽい評判というのも時として楽しいものよ。 ありとあらゆる呪いの呪文を知っていると思わせるような態度を取れば、 誰がスリザリン生の筆箱を盗もうなんて思うかしら?」 つまり、スリザリン生の横柄な態度は自衛手段ということだろうか? そう思うと、共感はできなくても、一定の理解はできるかなぁ、なんて思ってしまった私だったが。 「――グリフィンドールに触れていなかったわね。 多くの人がスリザリンとグリフィンドールはコインの両面だって言うけど、 私に言わせれば、グリフィンドールなんてスリザリンの後追いをしているだけよ」 「はぁ」 「でもね、中にはサラザール・スリザリンとゴドリック・グリフィンドールは同じような生徒を大切にしたと言う人もいるから、 もしかすると私たちは自分たちが思ってる以上に似ているのかもしれない。 だからといって、グリフィンドールと慣れ合うわけじゃないわ。 グリフィンドールは私たちをやっつけるのが好きなわけだし。 もっとも、スリザリンのほうが少しだけグリフィンドールをやっつけるのが好きだけど」 続けられる言葉に、いやいやいや!と内心は突っ込みを入れまくりだった。 自衛で自分を大きく見せるのはまぁ良いとしても、 自分から攻撃するのはどう考えてもダメでしょう、それ! ワルっぽいっていうか、それ完全に悪だからね!? 慣れ合うとか、慣れ合わないの問題じゃないから、それ! しかも、話の続きでさらっと、スリザリンのゴーストはである血みどろ男爵に気に入られれば、 嫌な奴を脅してくれるかもしれない、とか怖いことも言われた。 誰かを脅してほしいというその発想がすでにヤバイ。 分かります?「驚かせる」じゃないんですよ? 「脅す」んですからね? (……どうせやるならピーブズ一択でお願いします) がしかし、上級生にそんなつっこみを入れるほど、私は命知らずではなかったので、 魔法の言葉「さしすせそ」を駆使しながら、にこにこと話を聞いていた。 (さ:流石ですね!) (し:知らなかったぁ!) (す:すごいです!) (せ:センスあるー!) (そ:そうなんですか!) すると、一通り監督生が話し終わった後は、 今度はマルフォイ君やらパンジーちゃんから似たような話を再度聞かされる。 こうやって、この骨の髄までスリザリン生!みたいな子達が生まれるんだろうなぁーなんて、 ちょっと遠い目をしてしまったのは内緒である。 と、そんな洗脳じみた道程を経て、私は昨日組み分けされた大広間へと辿り着いた。 昨日とはテーブルの並びやらなにやらが若干変わってはいたが、スリザリンのテーブルは同じあたりらしい。 多分、特に校長先生からの話がない時は、これが普通の食事風景なのだろう。 私はさり気なく、スリザリンのテーブルの中でも一番端で目立たない席にマルフォイ君たちを誘導し、 とりあえず、座る席を確保した。 まぁ、マルフォイ君と一緒にいる時点で、多少目立つのは仕方がない。 しかも、編入生だし。 でも、だからといって、好きで注目されたいわけでもなんでもないので、 座席くらいは地味ーにいかせて頂こう。 がしかし。 そんな私の希望は、このすぐ後にやってきた銀髪美少年によって、儚いものとなるのだった。 「おはよう、」 とりあえず、テーブルに並べられた各種料理を眺めて、何だったら食べられるだろうか、と、 何故だか料理を取り分けたがる周囲の人々を制しつつ考えていると、 いつの間にやってきたのか、親友の一人がすぐ後ろに立っていた。 「あ、おはよう。サラ」 「よく眠れたか?」 「おかげさまで。全体が緑で統一されてたから目にも優しかったよー」 「そうか。気に入ってくれたならよかった」 「あ、そうそう。気に入ったといえば、窓の外凄いね!水族館に来た気分になったよ」 「水族館?……ああ、寮のことか。なにかいたか?」 「えっと、イカっぽいのが見えてねー」 「ああ、大イカが住み着いているんだったか」 「あと、マーピープルさん?がなんか様子見に来てたかな?」 「……なんだと?」 最初はにこにこ話をしていたはずなのだが、半魚人さんが窓から覗いていた話の下りあたりで、 明らかにサラの機嫌が悪くなったのが分かる。 しかも、「……駆除がいるか」とかぼそっと呟きだすので、 私は慌てて「遠目から!遠目から見てただけだから!!」と、 超至近距離で目があったことを全力で誤魔化すことにした。 (自分の不用意な一言でホグワーツからマーピープルが姿を消しました、とか恐ろしすぎる) 「と、ところで!サラこっちに来て良いの?ここスリザリンの席だよ?」 「……ああ、大丈夫だ。もう戻るからな」 どうやら、私を案じて来てくれただけらしい。 隣で、マルフォイ君がサラに話しかけたそうにうずうずしているから、 できるだけ早く戻った方が良いよ、と心の中でつぶやく私。 すると、 「を連れて」 「へ?わっ!」 不穏なことを呟いたサラは、座っている私ごと椅子を引くと、 驚いている私にはお構いなくひょいっと、私を横抱きにして、すたすた歩きだしてしまった! あまりの流れるような早業に、見ていたマルフォイ君達が止める暇もなかったくらいだ。 「え、ちょっ、サラ!?」 「あそこでは落ち着いて食べることもできないだろう?」 「だから、一緒に食べよう」と、まるで散歩にでも誘うかのような気軽さで、 彼は当事者の私を置いて、がんがんに話を進める。 いやいや、一緒に食べようとか急に言われても困るんだけれども! というか、一緒に食べるだけなら問題ないが、一番の問題は彼の向かう先である。 まさかまさか、と思っている内に、連れてこられてしまったのは、 あろうことかスリザリンの宿敵――グリフィンドールのテーブルだった。 まぁ、サラはグリフィンドール生になっちゃいましたからね? サラがそこで食べる分には全く問題ないんですけど、私、他寮生なんですけど! しかも、嫌われ者のスリザリン生なんですけど!! 良いの?これ良いの?? 「サラ!」 制止するために、とりあえず名前を呼んでみるが、サラはそれには「大丈夫だ」と優しく微笑むだけだった。 いやいやいや、微笑みとか今は求めていないんですが。 私が困っているのは分かっているくせに、 サラが私を解放してくれるつもりは皆無らしい。 結局、驚いているグリフィンドール生を尻目に、「お疲れー」とさんが確保してくれていた席に、 私はとうとう座らされてしまった。 慌てて立とうとするが、それはすかさず左肩をサラに、右肩をさんに抑えられて失敗する。 「〜〜〜二人とも!」 「まぁまぁ、ぐりさん落ち着いて。牛乳飲む?」 「あ、飲む飲む……って、そうじゃなくて!」 私、ここでまったりご飯食べるつもりじゃなかったんですけど!? 非難も露わな声に、しかし、二人は悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだった。 「いやぁ、だって、ぐりさん寮も別になっちゃったじゃん?」 「ということは、授業で一緒になる時くらいしか会えない、という訳だ」 「それはさ、やっぱりぐりさんも困るだろうし、っていうかあたしも困るわけだよ。 主にサラの相手とかサラの相手とかサラの相手とか!」 「全部サラの相手じゃないですか! さん、サラを私に押しつけようと、こんなことを……?」 「てへぺろ☆」 ダメだ。これはどう言ってもダメなパターンだ。 目立ちたかった訳では断じてないが、すでに目立ってしまっているし、 ここで押し問答を続ければ続けるほどに目立つので、私はそこで抵抗を諦めた。 「……二人とも、当事者がいる目の前で良い度胸じゃないか」 「いやぁ、だってサラだし」 「サラなら許してくれるって、あたし信じてる!」 と、散々なことを言われたサラだが、お互いの軽い冗談であることが分かりきっているので、 最終的には目を合わせて笑ってしまった。 ただ、何度も言うように、ここはグリフィンドールのテーブルである。 となれば当然、私達以外のメンバーもいるわけで。 ある意味空気の読めない、または空気を読みすぎてしまった少年が、 楽し気な私たちを見て、素っ頓狂な声をあげた。 「なんでここにスリザリンの奴を連れてくるんだよ!?」 目をまん丸に見開いた彼の髪は、当然真っ赤だ。 こういうこと言っちゃうから、さんにがっくんがっくん揺さぶられるんだろうなぁ、この子。 少年――ロン=ウィーズリー君のぶれないキャラクターに、私が感心していると、 子世代で唯一顔見知りのハリーがすかさず「ちょっと、ロン煩い!」と黙らせてくれた。 多分、周囲の皆の思いを代弁してくれたであろう子に、ちょっと酷い扱いである。 そして、すかさず可愛らしい笑顔で繰り出されたのは朝の挨拶だった。 「おはよう、」 「おはよう、ハリー君」 もっと年上の姿で出会ってしまっているので、どう同級生として接していいかよく分からない私だったが、 まぁ、あちらの態度に合わせれば問題ないだろうと決めた。 どうやら、彼にスリザリンに対する嫌悪感なんてものはないようで、 和やかに「寮が離れちゃって寂しいね」なんて会話をする。 と、私たちが顔見知りなことに、子世代最後のメンバー、ハーマイオニーが反応する。 「貴方達、知り合いなのね?」 「うん、つながりでね」 「はい。初めまして、私は=と言います。よろしくお願いします」 人間関係の基本は挨拶と自己紹介!ということで、とりあえずスマイル0円で自己紹介をする。 すると、その人当たりのよい態度に驚いたのだろう、ハー子さんは怪訝そうな表情をした。 「驚いたわ……。貴女、全然スリザリンっぽくないのね」 それ、多分思っても口に出しちゃいけないタイプの言葉ですよー? なんていうか、スリザリン生にも私にも失礼である。 が、私はそれを聞かなかったことにして、にこにこと食事を取り分けることにした。 だってホラ。いちいち突っかかるの面倒だし。 と、そこでようやく私は目の前に並んでいるのが、さっきまでのスリザリンテーブルとは違うことに気づく。 もちろん、スリザリン生が贔屓されているとか、そういうことではない。 そこにあったのは、寧ろ粗食と言われても仕方のないご飯に、温野菜に味噌汁……つまりは和食である。 この世界に来てからずっと洋食しか食べていなかった私には、 それは垂涎もののごちそうだった。 「!これって!!」 「ふふふ。早速、昨日厨房に突撃してきたんだよ!和食万歳!」 「さん、愛してる!」 「ぶはっ!」 「なんだ、あの小さくて可愛い生き物たち!」 さっきまで連れてこられた文句が頭の片隅に残っていたが、 手の平を返して、私は隣の少女の手を満面の笑みで掴んだ。 すると、今まで振りまいていたものと違って、 恐らく笑み崩れた表情が見るに堪えなかったのだろう。 興味津々でこっちを見ていた周囲の人たちの内、何人かが顔を背けたのが空気で伝わった。 いやいや、でも恋焦がれた和食ですよ? 例え見苦しくても少しくらい勘弁してほしい。 っていうか、嫌なら今みたいに顔を背ければいい話ですしね? 周囲は完全に無視することに決め、私はうきうきと味噌汁をすする。 「……美味しいw」 「良かったな、」 「うん」 「これからは、このテーブルにいつも和食を出すよう言ってあるからな」 「本当?嬉しい!」 聞けば、校則のどこにも他寮のテーブルで食べてはいけない、なんて書いていないらしいので、 周囲の白い目さえ気にしなければ問題はないのだ、ということだった。 もちろん、和食のためなら、そんなものは無視である。 それに、私はどちらかと言えば、攫われた被害者的な扱いなので、 多分、なにか言われるとしたらサラ達に矛先が行くだろう。 私に和食を食べさせて、かつ、スリザリンでの立場まで考えてくれた行動に、 思わず心がほっこりとしてしまった。 隣の少年は、丁度今くらいの姿で出会った時よりも、対人スキルが段違いに上がっているらしい。 なにしろ、出会ったばかりの頃は、人の気持ちは分かるくせにそれを慮れない、変な少年だったのだから。 「サラ……」 「うん?なんだ?どれか届かないものでもあったか?」 「ううん。ただ……ありがとう」 「ああ……構わない。私達がと食べたくてわがままを言っているんだからな」 見慣れない幼い顔に浮かぶ、見慣れた優しい微笑みに、私はとりあえず笑顔を返した。 期待と不安の新生活、はじまりはじまり。 ......to be continued
|