蠢く闇からは、逃げられぬ。 Butterfly Effect、18 「 ――」 それは、音のない雷鳴が鳴り響いたような。 見えないガラスの板が砕け散るような。 魂を震わせるほどの、衝撃。 「……これは、ロンドンか」 激震の発生地があるであろう方角を向き、 往時には比べるべくもない、しゃがれた声で呟きが漏れる。 実体のない、人に非ざる者となってから早10年。 その間に、多少は目に見えない兆候を感じ取ることはあったが、 今のそれは、まるで比べ物にならない程だった。 力ある魔法使いならば、恐らく気づいたことだろう。 それほどに、今世界に走った衝動は、凄まじい。 魔力の放出、が最も近い気がするが、ここからでは詳細は分からない。 「…………」 数瞬の間、確認に向かうかを考える。 『自分』の目で見るのが一番話が早いのは間違いがない。 がしかし、他の連中はともかく、 あのダンブルドアが、自分と同じように動く可能性は非常に高い。 自分の現状を考えれば、奴に現段階で見つかるのは、得策とは言えなかった。 そうなると、自分が取るべき選択肢はただ一つだけ。 敢えて、少しの間を置いてから確認しに行くこと。 なに、どうせ『僕』は休暇明けのホグワーツのために、買い出しに行く予定なのだ。 その時にでも様子を探ってみれば良い……。 「…………」 ふと、そこでここに至った経緯が頭を掠める。 10年前、自分は妙な男に邪魔されて、体を失った。 サラザール=スリザリンの分身だとかいう、その存在は自分相手に大立ち回りを行い、 最終的に、自分を打倒したのだ。 これが、どこぞの赤子であれば信じられなかったのだが、 相手が相手だけに、妙にその事実に納得してしまった。 納得しても、憎まないかと言われれば、そんなことはないし、 燃え滾るような怒りに、思考は狂わんばかりだが。 とにかく、自分が体を失ったのは、早々に理解した。 だが、幸いにして、学生時代から作っていた分霊箱が功を奏したようで、 自分は未だに自我を留めている。 甚だ不本意な、霞のようなものではあったけれど。 そうなれば、思考すべきは次の段階だ。 『失った体を取り戻すには、どうすれば良いか?』 ただそれらしい体を作ることは簡単だ。 がしかし、自分が求めるのは、思い通りに動く、己の体なのだ。 ただ、動くことが出来れば良いというものではない。 自身の強大な力を余すことなく発揮できる、本来の自分を取り戻す必要がある。 あらゆる知識を頭の中で反芻した結果、 最も現実的な案は、賢者の石を手に入れることだった。 蘇りの石とも呼ばれるそれは、命を永らえる命の水を生み出すとともに、 それ自体が強大なエネルギーの塊だ。 それさえあれば、全盛期の自分の体を取り戻すことができるだろう。 問題は、現存する賢者の石が、たった一つしかないということなのだが、 それは些細な問題に思えた。 そして、やるべきことが決まった後は、自分の手足となる者を求めた。 幸い、それはすぐに見つかった。 『これ』がアルバニアの森に家族旅行とやらで現れたのだ。 しかも、なんとも都合の良いことに、『これ』はホグワーツに通う予定がある未就学生だった。 未成年の体で魔法を行使することは、小うるさい魔法省を刺激するので、やらないにこしたことはない。 がしかし、それが未就学生である場合。 魔法が使える年齢でありながら、まだ感知魔法をかけられていない、例外の存在であったなら? もちろん、普通の未就学生など大した魔法が使えないからこそ出来た、空隙の時間だ。 だが、実際に力を揮うのはこの自分。 つまり、制限などかからず、誰に気づかれることもなく、魔法を使うことができるのだ。 早速、俺様はその心を掌握した後、賢者の石の作成者であるニコラス=フラメルを急襲した。 もっとも、よぼよぼの老人だと侮り、賢者の石を手に入れるところまでは持っていけなかったのだが。 奴は、周到にもグリンゴッツに賢者の石を預けていたのだ。 しかも、フラメルの家からグリンゴッツへと向かうまでの間に、どうやらダンブルドアが手を回したようで、 グリンゴッツに忍び込んでみても、肝心の金庫の中身は空だった。 ……つくづく、人の邪魔をすることが趣味のような、嫌な男だ。 が、奴が大切な物を隠そうとするならば、ホグワーツ以外にないことも確かだった。 『これ』が学校内で魔法は使い放題であることも考えれば、 まだ、やりやすい場所ですらある。 奴のひざ元で、奴の大切にしている子供達とやらを巻き込んで、己の体を取り戻す。 それは、想像するだけで酷く愉快な気分にさせてくれた。 しかも、賢者の石は奴の作り出したものでもあるのだ。 自分にはその感覚は理解できないが、自分の作ったもののせいで、犠牲者でも出ようものなら? あの老人はどんな苦渋の表情をすることだろう? その時のことを思うと、声に出して笑ってしまいたくなる。 「嗚呼、楽しみだな……」 くつくつ、と喉の奥で笑うと、 ビクリ、と細い未成熟な体が震える。 脅すつもりななかったのだが、まぁ、『僕』の心境などどうでも良い。 世界に衝撃を与えたなにか。 或いは誰か。 それは、自分の望みを叶えるための一手になるかもしれない。 実体のない自分だからこそ、ダンブルドアなどより遥かに鋭敏に気配を感じることができるはずだ。 多少、日を置いてもあれ程の痕跡であれば、見つけられることだろう。 いざとなれば、通行人やなにかの頭の中を覗けば良い。 そう考え、満足した自分は、力の消耗を抑えるために、一旦眠りに落ちることにした。 意識を『僕』の中に沈ませる瞬間、か細い思考が読み取れたが。 そんなものは、自分の琴線のどこにも引っ掛かりはしない。 ――たす、けて。 さて、哀れな『僕』は誰? ......to be continued
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