誤解は悲劇しか生まない。





Butterfly Effect、16





祈りも空しく、あっちからやってきたトラブルに、あたしは遠い目をして耐えた。
ついでに、うっかりと断末魔の悲鳴を聞かないよう、耳もふさいでおく。

し〜らな〜い し〜らな〜い ラララララ〜ラ♪


『そんなライオンキン〇のハイエナ的に歌ってると楽しそうに見えるよ?』


いや、全然楽しくねぇよ。
親友が危ない目にあってるって聞かされた後に、悪友が拷問始めてて、楽しめる訳ないだろうが。

必死に現実逃避をしていると、いつの間にか肩に移動してきていたスティアがとんでもないことを言い出したので、 あたしはきちんと訂正をしておく。
人道的にどうかと思う発言を大人は簡単にしてはいけないと思うの。あたし。


『その心がけは立派だね。実践できているかははなはだ怪しいけれど。
でも、まぁ、拷問はしょうがないよ。あの老婆、のピンチに関わってそうだったんだから』


いやいや、「拷問はしょうがない」なんて台詞、早々出番ないだろ……って、ん?
あれ、いつものことながら今聞き捨てならないこと言ったわよ?このにゃんこ。


「……ぐりのピンチに関わってそうって、何?」
『そのままの意味』
「え、ここにいたからってこと?」


何日も前の事件現場?に居合わせただけで犯人扱いとは、強引すぎるだろう。
確かに、犯人は現場に戻ってくるとかいうけどさぁ?

と、あたしの疑問がばっちり聞こえたのだろう、スティアは『いやそうじゃなくて』と言った。


『あの婆から、の魔力を感じるんだよ。具体的にはポケットあたりから』
「は?」


思わず視線を下に下げて老婆の方を見ようとしてしまったが、 途中でぐぐっとそれを堪える。
危ない危ない。見てはいけないものを見てしまうところだった。
あたし、グロとか得意じゃないんだよねー。貧血起こす自信があるぜ☆

今のところ、ぐちゃっ!とか、べきっ!とか分かりやすく心臓に悪い音はしないが、 防音魔法を使っているだけかもしれない。
自分本位といわれようがなんだろうが、あたしは全力で見ないふりをするのだ。

と、そのどう考えてもヒロイン失格なあたしに対し、しかし、 カテゴリ的にはダークヒーロー?なスティアさんは特に非難する様子もなく、 二人でだらだらと『情報提供』が終わるのを待つ。

と、そこであたしはふと、とっても大事なことに気づいた。


「あれ?」


そういえば、サラってやばい開心術使える人じゃなかった?

思い出すのは、ほんの少し前に彼自身から聞いた話。
稀代の魔法使い、サラザール=スリザリンは、のべつまくなしに頭に入ってくる他人の心に耐えられず、 その制御法を手に入れるために、あたし達の世界に渡ってきたのだ、と。
ハリポタ世界にいた時は、その制御法を手に入れる為のアプローチとして、 純血を奨励したり、闇の魔術に手を出したりしていたらしい。
が、それでもどうにもならず、最後の手段として異世界に至ったようだ。
(……あたしとしては実感が皆無だが、どうやらその制御法を手に入れるのにあたしが一役買ったらしい)
で、今は、制御法もばっちりで、のびのびしているということである。

ならば、わざわざ相手を尋問したりしなくても、その頭の中を覗けば良いんじゃね?

血生臭いことも物騒なこともなく、誰もがハッピーな解決策なのではなかろうか、と、 答え合わせのつもりで相棒をちらりと見やる。
がしかし、スティアはそれに対しそっと首を振った。


『確かに、そうすれば早いし楽だけど、奴は絶対にそれはしないよ』


想像以上に重苦しい返答に目を丸くする。


『奴はね、もう二度と他人の心を見たり聞いたりはしないと、決めた。
ずっとそれで苦しんできたっていうのもあるけど。
なにより、それは人の心を土足で踏み荒らすも同じだからね。
……もう、嫌なんだよ』
「スティア……」


しんみりした、聞いているこっちが切なくなるような独白。
ただ、一言良いだろうか……?



あたしの心は土足で踏み荒らして良いんですか?スティアさん。



『……んー。それはそれ、これはこれ?』


てへぺろ☆と可愛らしいピンクの舌が黒い体に映えていた。


…………。
…………………………。
おまっ!?マジふざけんなよ、この野郎!!
あたしが普段どんだけ羞恥に耐えてると思ってるんだ、オイ!?
考えてることダダ漏れとか、オタクにとって致命傷だからね!?
二度とやらないとか決めてるんだったら、あたしにもそれ適用しろやゴルァッ!


『僕はサラザールじゃないもん。蛇野 サラでもないもん』


可愛い子ぶってんじゃねぇええぇぇえぇ!!
迷宮なしの名探偵かお前は!?「あれれ〜?」とかワントーン高い声で言い出すんか!?
言っとくけど、あれ実際されたら不気味以外の何物でもないんだからな!

ぎゃあぎゃあと、声なき絶叫で猛抗議を行う。
がしかし、スティアさんはそれに対して煩そうに表情を顰めるくらいの薄い反応で、 『しょうがないじゃないか。魔法の使えない君が悪い』とかなんとか軽く反論してくる。

なので、頭に血の上ったあたしは、いやいやいやいや!
と燃え滾る思いを彼にぶつけようとしたのだが、


「待たせたな」


ぽん、と頭に乗せられたひんやりとした手に、現実世界へ連れ戻された。


「サラ……」
「?どうかしたか??」
「えっと……何でもない。手がかりあった?」


まさか、親友にお前の分身が変態でキレてたとか言えない。(『オイ、ふざけるなよ?そこのおバカ娘』)
なので、あたしは頭を切り替えるつもりで、サラの2割増しキラキラしい笑顔を見つめる。
(ちなみに、奴の背後には泡を吹いている婆さんがいるのがうっかり見えてしまった)
(あたしは何も見ていないあたしは何も見ていないあたしは何も見ていない)


「嗚呼、それか。そうだな。これでの居場所はすぐに分かるだろう」
「これ?」


そして、奴が差し出してきたのは、見覚えのある赤い縁の眼鏡だった。







なんでも、東洋人の可愛らしい少女はここ夜の闇ノクターン横丁で怪しい集団に囲まれたものの、 通りがかった闇払いの一人に颯爽と助け出されたらしい。
(ちなみに、あの婆さんは「自分は関係ない!」と念押ししていた)

もちろん、その王道ヒロインのような存在がぐりさんである。
多分、その時に眼鏡は落としてしまったのだろうということだった。
シンデレラかよ!

で、それを危なげなくゲットしたサラはというと、あたしの見ている前で杖を振るい、 その眼鏡に魔法をかけだす。
結果、今、あたし達の前にはパタパタと羽ばたく?眼鏡型の生き物が発生していた。
……いや、形状は眼鏡そのものなのよ?
でも、あたしの知る眼鏡ってレンズ部分を羽にして飛ばないと思うの。
なんだろう、この蝶々っぽいくせに蝶々じゃない物体。


「えっと……で、どうすんの?これ」
「?追いかけるんだ。当然だろう?」
「いや、これ当然??」


魔法をかければ、持ち主のところまで行ってくれるのは魔法界の常識らしい。知らんがな。

まぁ、しかし、便利は便利なので、 あたし達はちょいちょい行く手を阻みそうな人影をちぎっては投げ、ちぎっては投げしながら進んでいく。
で、数分もするとだーれも近寄ってこなくなった。
これはヤバイ奴がいると噂になったのか、現地人も来ない辺鄙な方へ来てしまったのか。
多分前者だな、とあたしが結論を下そうとしたその時、 不意にあたし達は光あふれる大きな通りに、ぽっと辿り着いていた。


「……っ!」


細い路地から出ただけだ。
それだけなのに、いきなりざわざわと賑やかな雑踏の音が耳に飛び込んでくる。
呼び込みをするおじちゃんの声やら、子供たちの高い歓声。
まるでそれは、テレビのチャンネルを変えたかのような劇的な変化だった。

久しぶりの夜の闇ノクターン横丁すぎて忘れていたが、 そういえば、あそこは一足飛びにダイアゴン横丁に来れるんだよね。
何度行っても慣れないわー。

魔法界で数年過ごしたあたしでもこれなのだ。
ぐりさんの心労を思うと、心が痛い。
多分、間近で見る魔法だの不思議だので、心臓に悪い思いをたくさんしていることだろう。
早く見つけてあげなきゃ!と眼鏡を追う視線に力を込め、足を速める。

と、眼鏡はダイアゴン横丁をふらふらと彷徨った後、 果物屋の前で少しばかり円を描くようにホバリングする。
それを見て、サラとスティアは珍しく、軽く息を飲んだ。

何の変哲もない果物屋だ。
品揃えだって、現在のスーパーを見慣れたあたしにしてみれば凄いと言うほどでもないし、 かといって、りんご一択!っていうような、需要の少ない感じでもない、普通の露店である。
もちろん、そこにぐりさんの姿があるということはない。
がしかし、眼鏡はそこから動く気配がなかった。

ぐーるぐる同じ場所を飛び回るその様子は、はっきり言って嫌な予感しかさせない。


「え……もしかして迷った?迷ったの!?」


さっきの自信満々な態度はなんだったんだよ!サラの馬鹿!!

と、あたしの縋るような眼差しを受けた銀髪美少年はというと、 「いや……」とあたしの不安を一蹴した。
が、迷っていないという割には、表情が硬い。
どう見ても、問題が発生したようにしか思えない雰囲気だった。

で、困った時のスティアさん!と内心SOSを送ると、 スティアは心底忌々し気な声で呟いた。


『これは……マズイね』
「マズイの!?」
『うん……大分、自然治癒されてはいるけれど……罅が入っている』
「ひ、罅?」


なに?この果物屋、屋台壊れかけなの??
それとぐりさんの眼鏡ってなにが関係あるの?

とりあえず、屋台が壊れてこっちに倒れてきても困るので、心持ち足を引いておく。


『いや、屋台の話じゃなくてね?これは空間が――……』


と、説明マニアのスティアがいつものように解説しようとしてくれたが、 それは結局、あたしの耳には入らなかった。
何故なら、停滞する眼鏡に業を煮やしたサラが、追加で魔法をかけたからである。


「走るぞ、
「うぇ!?」


で、魔法の重ね掛けをされた眼鏡は、鞭で撃たれた馬のように、 今までのひらひらふわふわしたのが嘘のような速度で、一直線にどこぞへ向かって飛んでいく。
上を向いて走るとか、危なっかしくて仕方がないと思うのだが、 あたしの前を駆ける銀色の背中があるので、あたしはそれを追いかけることにした。
ガチで走るあたし達に、通行人の皆様が驚いたような目を向けてくるが、 それも、もはや風景だ。
土ぼこりを上げながら、あたし達は見慣れた奇妙な街並みを駆け抜ける。

グリンゴッツも、アイスパーラーも横目に通り過ぎたあたし達は、 気づけば、あたしの定宿である漏れ鍋の目の前に辿り着いていた。
で、眼鏡は戸惑うことなく、開いた扉の隙間から店の中に飛び込んでいく。

もちろん、置いて行かれまいとあたし達も店に入り、 声をかけようとしてくれたトムさんを置き去りに、二階の客室へと直行する。
そして、眼鏡はあたし達の見ている目の前で、ある客室の一つにするりと入っていった。

急に速度を落としたその様子に、そこに親友がいることを悟り、あたしはほっと息を吐く。
思ったよりも近場にいてくれたことに。
そしてなにより、安全な場所にいてくれたことに。
心のつかえが取れたかのような気分がする。

まぁ、あたしと違って保守的で慎重派な彼女のことだ。
よっぽどのなにかが起こらない限り大丈夫だとは思っていた。

で、あたしは、もし別人の部屋だったり、彼女が着替え中だったりしたらマズいので、 (いや、扉がちょっと開いてるからそれはないと思うけど) 念のため、そっと隙間から部屋の中を伺ってみる。

そして。



ここが安全でもなんでもなかったことを、一瞬の内に理解した。



、さん……っ」


まるで救いを求めるように伸ばされた、白い繊手。
その持ち主は、大柄な黒髪の男に拘束されていて。
目に涙が。


「てめっ」


それに気づいた瞬間、自分の中に、ぶちっと血管が切れる音が響いた。


「あたしのに何してんだこのイケメンがぁあぁああぁああぁー!!」


己の持てる全ての力を込めて、その不届き者――シリウスを吹き飛ばす。


「がはっ!!」
「きゃっ」


遠慮容赦のない一撃は不意を打ったらしく、イケメンが派手に宙を跳んで壁に叩きつけられる。
その拍子に部屋の調度品的な物体が落ちたりもしたが……、 うん、しょうがない☆

微かに残った理性で麻痺呪文でなくしただけマシだと思ってほしい。

で、あたしは頭を振って態勢を立て直すべく立ち上がろうとした、シリウスの襟首を引っ掴んで、 がっくんがっくんと首を千切る勢いで揺さぶった。


「おっまえっ!馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたけど、マジで節操ねぇな!! この純粋培養天然記念物級のピュアっ子に手を出そうとするとか、ふざけんなよ!? 大魔王が降臨したらどうしてくれるんだそれ宥めんのあたしじゃねぇか リーマスも怖いけどサラもヤバイんだよいっぺん死んどけスケコマシがぁああぁあぁー!」
「ちょっ、ばっ、おまっ!?」


シリウスはあたしを判別した瞬間から殺気を収め、なすがままになっている。
ちょっと辛そうな声を上げているが、それは無視だ。
寧ろ、痛い目にあってくれないと困る。

そう、あたしは今こうしてシリウスに天誅を下すことによって、世界の危機を回避しているのだった。
背後の魔王から!


「大丈夫か?
「サ、ラ……?」
「ああ。遅くなってすまない」


見えはしないが、傷ついた小鳥を癒すかのような、麗しい声が聞こえる。
そこには、怒りとか憎しみとか、そういった負の感情は読み取れない。
よよよ、読み取れない、よね!?

シリウスの頭を背後の壁にガンガン打ち付けながらも、 あたしは内心、冷や汗だらっだらで、天に祈りを捧げていた。

見られてない、見られてないよね!?
サラに今のぐりさん危機一髪☆な場面見られてないよね!!?
何してたんだか知らないけど、見られてたら、シリウス庇うのほぼ無理ゲーなんですけど!
だって、どう見てもぐりさん襲ってるようにしか見えなかったもん!!
とりあえず、見られてた場合に備えて、あたしが攻撃し続けるしかないっ
シリウス脳震盪起こしてるけど!
すでに意識飛ばしてるけど!!
サラになにかされるよりマシでしょ!?

現状を維持しつつ、あたしは背中の後ろで繰り広げられているであろう、 親友の感動の対面を、神経を総動員して窺う。


「驚いた……。なんでそんなに小さくなってるの?」
「ああ、は今ホグワーツの1年だからな。
あの『架け橋』を通ると小さくなるようになっていたらしいが。
は……随分中途半端な掛かり方をしているようだ」
「え?」
「高校の時くらいか……?」
「え、私若返ってるの?ああ、道理で眼鏡ないわりには目が見えると……」
「その眼鏡を使ってここに来たんだが。新しく眼鏡を買ったのか?」
「これ?ううん。レギュラスさんが買って寄越してくれたの。不便だろうからって」
「……レギュラス=ブラックが?」
「そう。そのレギュラスさんが。すっごく優しくてイケメンで!
あ、見た目の話じゃなくて中身ね?正直、見た目はその時よく見えなかったから。
でも、見えてても多分イケメンだと思う。全体的にキラキラしてたし。
スネイプ先生もルーピン先生も親切だし、皆で面倒みてくれてたんだー」
「…………そうか」


ひぃっ!?
ぐりさんぐりさん、さん!!
止めて!今、サラ以外の人持ち上げるのマジ止めて!!


「……とにかく。が無事で、良かった」
「っ……ありがとう、サラ!」
「……ところで、一つ聞いても良いだろうか?」
「?うん。なぁに??」

「今、あそこでに殺されそうになっているのはシリウス=ブラックだろう?
で、奴は何をしでかして、折檻を受けているんだろうか?」
「…………っ」
「…………」
「…………」
「…………」
「……えっと、距離が近かった……のかな?うん」
「……ほぅ?」


くっ……許せ、シリウス!

まだまだ、あたしのターンは終われそうにない。





例え、傍から見たらただの滑稽な喜劇でも!





......to be continued