鬱憤をぶちまけるには、母国語に限る。





Butterfly Effect、13





「……はぁ」


朝目覚め、クローゼットを開けて。
いつの間にやら多くなっている自分の持ち物に、一人嘆息する。

困った。
なにが困ったって、シリウスさんのプレゼント攻撃に困った。
コミュニケーションの手段として、物で釣ろうとするのは止めてくれないだろうか。

服やら靴は、まぁ、必要な物だから良いとして。
それ以外の高級感漂う物の数々が目に痛い。
これらはどう考えても、厚意として逸脱しているだろう。
ファーストコンタクトのお詫びにしても多すぎる。
服の次はアクセサリーやら装飾品の類を選ぼうとしたシリウスさんを止めたのは、記憶に新しい。


「……おかしい。最初は不機嫌MAXだったのに」


というか、そんなプレゼントを貰うような良好な人間関係ではなかったはずだ。
なにがどうしてこうなった?

最初こそ感謝しきりだったが、謂れのない厚意ははっきり言って不気味とさえ言える。
けれど、まさか自分のために買ってきてくれたというものを突き返すわけにもいかず……。
とりあえず、本人に直接もういらないという旨のことをやんわり伝えたが、 毎度持ってくる紙袋に、効果がなかったことを知る。
仕方がないので、前回は最終手段としてルーピン先生に困っていることを匂わせたので、 もうこれ以上、物が増えないことを期待したい。

とりあえず、ブラウスにスカートという無難な服装を選び、 ささっと失礼にならない程度に身支度を整える。
実は今日、私の頭痛の原因を探るために、 ルーピン先生がダンブルドア先生を連れてきてくれるのだ。
よりによって、そんな忙しい大物にわざわざ来てもらうなんて……っと、遠慮したい気持ちでいっぱいだったが、 スネイプ先生に分からない原因が、そんじょそこらの人間に分かるはずもないとのことだった。

まぁ、日常生活に支障をきたしてもいるので、 そこは私が腹をくくるしないのだろう。
緊張で指先が冷たくなって、ぷるぷる震えるが、うん。仕方がない。


「とりあえず、お礼はきちんとしよう」


その話を聞いて菓子折りはすでに準備済である。
(スネイプ先生に渡す方が先な気もするが、甘味食べそうに見えないんですよね、あの人)

そわそわしながら、ダッシュで朝食を食べ、 ベッドやら机の上やらを整えること小一時間。

軽いノックの音と共に、その人は現れた。


「はじめまして。わしはアルバス=ダンブルドアじゃ。
ホグワーツ魔法魔術学校で校長をしておる。君がじゃな?」
「はい」


その人は、歳をまるで感じさせない、背の高い人だった。
真っ白な髪と髭、目元や手の皺などは間違いなく老人の物だというのに、 すっと伸ばされた姿勢やキラキラ輝く瞳など、細部が酷く若々しい。
この人が『アルバス=ダンブルドア』かと思うと、感慨もひとしおだ。

まぁ、私個人としては、この人あんまり好きじゃないんだけど……。
物語の進行上仕方がなかったのかもしれないが、 『ハリーポッター』におけるこの人の行動は、色々酷い。この一言に尽きる。
どちらかといえば、アバーフォースの意見の方に私は賛成だったのだ。

ああ、そういえば、さんとの話で、ダンブルドアについては何も話さなかった。
今更ながらに、そのことに気づく。
ただ単に忘れていたならいいんだけど。
もし、あまり口にしたくなかったのだとしたら、私にとってあまり歓迎すべき事柄ではなかった。

が、流石にいつまでも人のことをじろじろ見ているわけにもいかないので、 さっさと頭を下げて、自分の名前を名乗っておく。


My name is 。Nice to meet you. です。よろしくお願いします)」
「…………」


言葉が達者でないことをすでにルーピン先生が伝えてくれているので、 挨拶以外、基本的に会話は「はい」「いいえ」で話すことになっている。
余計なことを言って、上手く伝わらない場合の悲劇といったらないからだ。
がしかし。
まるで私が話すのを待っているかのように、ダンブルドア先生は少しの間沈黙した。


「…………」
「「…………?」」


間が空く。

そのことに、私はもちろん、ルーピン先生も困惑気味だ。
穴が空くほど見られているわけではないが、ひたと見つめられると、居心地が悪いとしか言いようがない。
長い時間ではなかったが、ルーピン先生がいぶかしげに彼を呼ぶまで、 ダンブルドア先生はその視線攻撃を緩めてはくれなかった。


「先生?」
「……話はリーマスから聞いておる。の友人で、彼女とはぐれてしまったと。 そして、それ以降、頭痛が止まらない、と。それは間違いないかね?」
Yes,i am.(はい)」
「ふむ。確かにあまり顔色は良くないのぅ」


その後は、なんというか、ルーピン先生を交えて、医者が問診するかのような質問が続く。

魔法を使ったというのは確かなのか。
それはどんな魔法だったのか。
いつそれがあったのか。

淡々とお互いに情報交換を行う。
(もちろん、シリウスさんとのファーストコンタクトの細部は割愛した)

すると、流石に大賢者サマは大方の予測を立てられたらしく、 それを確認するために、魔力の流れを読ませて欲しいとかなんとかいう話になった。
この間まで魔法が使える??つもりもなかった人間に、流れとかなんとか言われても困るのだが。
まぁ、私がなにかする必要はなく、 ダンブルドア先生の手を掴んで、呼吸を合わせれば良いとのことだったので、了承した。

じっと見られると居心地悪いんだけどなぁ、と思っていると、 先生は集中するためか目を閉じてくれたので、少しばかり安堵する。


「……ふむ」


しかし、魔力の流れか……。
よくいうオーラだとかなんとかいう奴だろうか。
オーラ診断とかよく聞くよね。
もちろん、ハンター的なあれではなく(多分それだと私は変化形になってしまう)
ああ、でもあれはマグルの人の技術??だから、また違うかな?

試しに自分でも、自分の体からなにかそういうものが立ち上っていたりしないかと、 目を凝らしてみたり、肌でなにか感じないかと感覚を研ぎ澄ませたりしてみたが、 うん。さっぱり分からなかった。
(それはそうだ)

正直なところ、自分が魔法使い、というのも私としては半信半疑である。
魔法っぽいことといえば、杖から火花が出た、というそのくらい。
なにかあったらまずいので、その杖も箱に入れっぱなしの現在、 あれは都合の良い夢幻ではなかったか?という気もしていたりする。

と、そうして私がごちゃごちゃ考える間に、どうやら解析が終わったらしく、 ダンブルドア先生がぱちっと、その真っ青な目を開けた。


「やはり、漏れがあるようじゃの」
「漏れ、ですか??」
「うむ。あれほどの痕跡を残すほどじゃ……無理はないがのぅ。
むしろ、今この程度の漏れで済んでいることの方が驚きかもしれぬ。
こうして見る限り、罅の入った卵を見ているようで、ちと不安じゃの」


あまり深刻でない風に言われた言葉だが、 内容があまりよろしい感じではないので、私こそ不安になる。

卵ってなに?
痕跡ってなに??
しかも罅ってなに!?と、心の中は絶叫である。

がしかし、私が是非に詳細をダンブルドア先生に教えてもらおうとした、その瞬間、 バンッ!とけたたましい音を立てて、扉がぶち開けられ。


――ィプ!その薄汚い手を……っ」
「「!」」

邪魔が入った。


「…………」


…………。
…………………………。
ああもう、はっきり言おう。
この人、ホント邪魔!
呼んでもないのに、なんで毎日のようにやってくるの?闇払いってそんな暇なの??

思わず、その乱入者――シリウスさんに冷たい目を向けてしまった私をどうか、許して欲しい。
仮にも女性の部屋にノックもせずに乱入してくる、その神経がまず嫌だ。
イケメンならなんでも許されるとでも思ったら、大間違いである。
……っていうか、恩師に対して薄汚いとか言ったんですけど、この人。

と、私からそんな負の感情を読み取ったのかなんなのか、 一応、ダンブルドア先生がさらっとシリウスさんの行動を窘める。
(もっと言ってやって下さい、先生!)

で、シリウスさんの登場は華麗になかったことにしたらしく、 ダンブルドア先生は私に視線を戻すと、私が今一番聞きたい、現状の解決策を提示してくれた。
そしてそれは、


「お主はおそらく、ホグワーツで魔法を使った方が良い。
それも、と同じ1年生が丁度良いじゃろう」


まさかの、ホグワーツ入学の勧めだった!


「っ!」


はっきり言って、テンションは爆アゲである。
こんな状況でさえなければ、諸手を挙げて歓迎し、ガッツポーズも辞さないくらいのレベルで、 私は一気に気分が高揚したのを感じた。
そう、こんな状況でなければ。

連れてきてくれた親友とはぐれ。
人がくれた物がなければ着の身着のままで無一文。
尚且つ、滞在期間未定。
……という状況でさえなければ、力いっぱい破顔していただろう。

が、まさかこの現状で大喜びする訳にもいかず、でも嬉しいものは嬉しいという、 なんとも複雑な感情をそっと顔に出さないよう心掛けた結果、私の表情はなんとも微妙なそれになっていた。
と、


「どういうことなんです?」


どうやら除け者にされたことが気に入らなかったらしいシリウスさんがダンブルドア先生に食って掛かる。
(どういうことなのかとは、寧ろダンブルドア先生から私の手を奪った貴方にこそ、私は問いたい)
(が、多分言っても無駄なので、その内手放してくれるのを待とう。ホラ、果報は寝て待てっていうし)

そして、私はそれに便乗して、自分の置かれた状況を把握した。

とはいっても、大事なことはたったの三つ。
この、延々続く頭痛は、どうやらちゃんと魔法が使えていないせいで起こっていること。
だから、初歩的な魔法を学ぶのに丁度良い、ホグワーツへの編入がお勧めということ。
で、多分、私に拒否権はないということ。

勧める体を装ってはいるものの、ダンブルドア先生の中に、私がホグワーツ行きを断る未来はない。
その程度のことは、彼から漂う雰囲気や言葉の端々から感じ取れた。
釈然とはしないけれど、ね。







どうやら、ダンブルドア先生はシリウスさんに用事があるらしく、 ホグワーツ行きの話がまとまった私は、促されるままにルーピン先生と自室から出る。

流石に部屋主を追い出したまま何時間もは喋らないだろうとあたりを付け、 私たちは漏れ鍋のカウンターを目指し、階段を下りることにした。


「驚いたね。まさか、編入することになるだなんて」


すると、私があまり喋れないこともあって、ルーピン先生が率先して口を開いた。
ので、私は苦笑しつつも、頷いてそれを肯定する。
夢小説などではよくある展開だが、流石に我が身にそんなことが起こるとは思わなかった。
主要キャラに見つけてもらえて、助けてもらって、しかもホグワーツ入学だなんて、 確かに自分は運がいい方だが、出来すぎだ。
さんなら、ご都合主義万歳!とか叫ぶところだろう。

もっとも、11歳の子たちの中に自分が混ざるとか、考えただけで悪目立ち感が半端ないのだけれど。
それを、口にできるだけの言語スキルは私にはない。

ああ、そういえば、私まともに喋れないんだけど、どうやって生活したら良いんだろう?
今みたいにジェスチャーでも良いけど、なんか馬鹿にされそうだよね。
聞き取りできても話せないとか、阿呆の子みたいだし。
スリザリンとか、グリフィンドールあたりに。
いっそもう、口がきけないことにしてしまった方が良いだろうか??

と、私が思考の海に沈まぬようにだろうか、ルーピン先生は穏やかに話を続ける。


「多分、もうクリスマス休暇が終わるから、そこからの編入になるだろうね。
となると、午後は必要な物の買い出しかな?
教科書のリストなんか、入学通知と送られてくるものをマクゴナガル先生に送ってもらおうか」
Thank you very much.(ありがとうございます)」


当然のように連れて行ってくれる気配に、私はありきたりなお礼を言うことしかできなかった。
こんなによくしてもらっているのに、まともにお礼も言えないだなんて。
もっと学生時代にちゃんと英会話を学ぶべきだった、と後悔ばかりだ。
なにしろ、聞く言葉が日本語にしか聞こえないので、彼らの発音を真似ることも出来ないのである。
本当に、なんて残念仕様なんだ、自分。

が、ここで落ち込んだ様子を見せると、ルーピン先生が更に気を使ってくるのが分かり切っていたので、 私はできるだけにこやかな表情を心掛ける。

と、そんな会話をしながら辿り着いたカウンターには、先客が二人いるだけだった。
見たところ、一人はごく普通の人間族(ドワーフとかじゃない系)で、 ピンと伸ばされた肢体がモデル並みに整っている。
もう一人は、特徴的なあの耳からいって、屋敷しもべ妖精ではないだろうか。
(実際に目にしたことがないので、ちょっぴり感動だ。ドビーでないのが残念だけど)

あまり人が多かったら、いっそ外に行くべきかとも思っていたので、ありがたい。
トムさんはそのお客さんの相手をしているらしく、ちらりとこちらを見るだけに留まる。


「おや?」


がしかし、普段であればスマートに私をエスコートしてくれるルーピン先生が、 その先客を見て驚いたように眉を上げた。
知り合いなのだろうか、と思わずその人に視線を向けると、 それに気づいたのか、その男性はこちらを振り返る。
キラリ、と胸のタイピンが銀と緑の輝きを放った。


「……ああ、お久しぶりです。先輩」
「レギュラスじゃないか。本当に久しぶりだね」
「…………!」


レギュラス=アークタルス=ブラック!!

思わずそう叫びださなかった自分を、私は全力で褒めたい。
ルーピン先生とレギュラスだなんて、本来実現しえないツーショットが現実になったのだ、 もうこれはハリポタファンとしては叫ぶしかないだろう。
がしかし。
叫べば自分は不審者確定である。
(どこの世界にミドルネームまで初対面で熟知して叫びだす女がいるの?って話)

ので、目を見開くくらいのリアクションで抑えられたことに安堵した。

が、初対面で驚くというのも、中々に失礼なことだ。
ルーピン先生は、そんな私の驚きを彼の容姿によるものと判断したらしく、 フォローをするべく、殊更朗らかに笑った。


「ああ、シリウスに似ていて驚いただろう?
彼はレギュラス=ブラック。シリウスの弟さんだよ」
「初めまして、お嬢さん。
驚かせてしまって、申し訳ありません。レギュラスと申します」


指先まで綺麗な動作でさらりと握手を求めてくるレギュラスさん。


「……いや、全然似てないんですけど」


紳士だ。紳士がここにいる!

残念ながら近眼のせいでぼやけている私の視界では、 レギュラスさんの容貌がシリウスさんにどれだけ似ているのか、判断不能だ。
だがしかし、その容貌を無視した結果は断言できる。

絶っっっ対に!似ていない!


「周囲からはよく似ていると言われるのですが。そんなに似ていませんか?」
「すみません、私近眼なので、見た目の細かいところは分からないんですけど。
とりあえず、シリウスさんが『お嬢さん』って言うのは似合わないと思うんですよ」
「ああ、なるほど。確かに」


思わず漏れた本音に、さらっと返されたので、 つられてペラペラと久しぶりにたくさん話した私。

と、そこではたと現状に気づく。
私にぺらぺらと英語で話すスキルはない。
当然、今のは日本語なワケで……。

驚いて目を丸くしているルーピン先生を視界の隅に捉えながら、 私はそっと挙手をして、発言を求める。


「すみません。一つお伺いしてよろしいですか?」
「はい?どうぞ」
「レギュラスさんは……日本語が分かるんですか?」
「ええ。日常会話程度なら勉強しましたので」
「!!!」


その瞬間、レギュラスさんの背後に後光が輝くのを私は感じた!
好感度はMAXを振り切るくらいの勢いである。

ぱぁ〜っと、私はいまだかつてないくらい満面の笑みで自己紹介をした。


「え!?!?」
「私は といいます。よろしくお願いします!」


と、私の名前を聞いたレギュラスさんは、そこで穏やかに笑みを浮かべた。


「ああ……貴女が『』さんでしたか。
お会いできて良かった。実は今日は、貴女にご挨拶に伺ったのです。
この後、お時間はありますか?」
「もちろんです!」


即答である。

なんでレギュラスさんが私を知ってるんだとか、 しかもなんでわざわざ挨拶に来るんだとか、気になる点は多々あったのだが、 話が通じるという、その一点で私は疑問を黙殺した。
基本はおしゃべり好きなので、最近の会話不足は中々に堪えていたのですよ。ええ、実は。

で、その後は笑顔はそのままに(一応ルーピン先生には断りを入れて)、 レギュラスさんとさんの話題で大いに盛り上がった。
(なんでも、学生時代にさんにお世話になったとかだそうで。話が弾む弾む)


――で、本当に猫とか動物の扱い方が上手で」
「昔から先輩は猫好きだったんですね」
「そうなんですよ。で、しかもその猫触ってる時のさんが、
本当にとろけそうな笑顔なんですよー。それが可愛くてかわいくて」
「ああ、分かります。本当に幸せそうな表情なんですよね。
前にマクゴナガル先生を愛でていた時も、目に毒なくらいでした」
「えぇ!?先生を!?……あー、でもやりそうです、ねぇ……?」


楽しい話だったが、私は『それ』を見つけた瞬間に、 いつの間にやら談笑タイム終了の鐘がなっていたことを知る。


「…………」


うっかり時間を忘れて話し込んでしまった自覚はある。
この世界に来て初めて羽目を外してはしゃいでしまった自覚も。

だがしかし、それでも、そんな悪鬼羅刹のような表情で睨みつけられる覚えはないんですが!


「どういうことだ……?」


そう、いつの間にやら立っていたのは、地を這うようなひっくーい声のシリウスさん。
間違っても、「あ、ダンブルドア先生との話終わったんですねー」と呑気に話しかけられない空気だ。
レギュラスさんとの癒しタイムの代償がこれって、幾らなんでも酷くないですか?

殺気すら噴き出していそうなその様子に、とりあえず申し訳なさそうな表情を作る。
正直、申し訳ない思いをする必要性は皆無だが、なにが逆鱗に触れたのかが謎なので仕方がない。

が、私が縮こまったのを見た瞬間、シリウスさんの威圧感が大幅に増した(何故!?)
で、それだけで人を殺せそうな視線を彼は弟へ向けると、 私たちの間に割って入ってきた(怖い怖い怖い)


「どうしてお前がここにいて、と(楽しそうに)話している!?」


すると、途端にレギュラスさんはすっと無表情になった。
レギュラスさんもお怒りか!?と思わず身構えた私だったが、


「別に。先輩の親友だという女性にご挨拶に来ただけだよ。
シリウスが珍しく執心なようだしね」
「しゅうし……っ!?」


レギュラスさんの声は別に冷たくもなんともなくて、おや?となる。
寧ろ、さっきよりも淡々とした今の様子の方がしっくりくる気がする。

あれ、さっきまで私に向けてくれたのって営業スマイルだったのかな?
ひょっとして、今のこれが素?
……まぁ、どっちも素敵なので良いことにしよう。

好感度が高すぎて、少し無表情になるくらいでは評価が揺るがない私だった。
ただ、そんな風に他人事で二人のやり取りを見ていたのが悪かったのだろう、 次の瞬間、八つ当たり気味にこっちを見てきたシリウスさんに、私は反応できなかった。


「お前も!顔が良い男なら誰にでも媚を売るのか!?」
「っ!?」


こ、媚……?
誰が?誰に?
え、誰にでも??

いまだかつて、そんなぶりっ子呼ばわりをされたことがなくて、固まる。
というか、内容もショックだが、なによりいきなり怒鳴りつけられたという現実がショックである。


「聞いているのか!?」


あ、ヤバイ……と思った時にはもう遅かった。


「シリウス!」


視界が潤む。
目頭が熱くて。
鼻がツンと痛い。


「……なんで、いきなり怒鳴るんですかぁ」


理不尽に怒られるという経験があまりなかった私の涙腺は、あっさりと決壊した。


「「「!!!」」」


ぼろぼろ、と大粒の涙が転がり落ちる。

ただ、泣いている本人はといえば、実は結構冷静なのだけれど。
うわぁ、やっちゃった!な感じだった。
多分、さっきまで、この世界に来て初めて、くらいのリラックスしていた反動もあるが。
私、昔から、怒鳴る人って苦手なんだよねぇ。
しかも理不尽な場合って、例外なく泣いちゃうんですよ、これが。
(前回泣かなかったのは、泣く余裕もないくらい疲弊していたためだと思われる)

で、レディーファーストな国の男性陣が、ものの見事に動揺したのが分かり、 一瞬悩んだが、出てしまったものは仕方がないので有効利用することにした。


「いつもいつも、怒鳴るの怖いんですよ?わかってるんですか?」
「……シリウス、女性をいつも怒鳴りつけているの?」
「は!?あ、いや……」
「スネイプ先生にもその調子で食って掛かって、お店にも迷惑かかってるんですよ?
子どもじゃないんですから、もう止めてください」
「……はぁ。本当に、いい歳をした大人がなにをやっているんだ?」
「ちょっと待て!、お前レギュラスになにを言ってるんだ!?」
「女性に対して『お前』はないだろう?」
「シリウスさんは私を女性扱いなんてしてませんよ。
だって、ノックもしないで部屋に乱入してくることがあるんですから」
「……シリウス」
「だから、お前らなに言ってるんだっ!?」
「すみません、さん。ウチの愚兄が失礼を……」
「いえ、そんな。レギュラスさんが謝るようなことじゃ……」

「聞けぇっ!」


とりあえず、シリウスさんへの不満を、本人にぶちまけるふりをして、 レギュラスさんに告げ口しまくる。
オプションに涙があるだけで、レギュラスさんからの視線は同情的だ。

で、レギュラスさんの口からルーピン先生へ、シリウスさんの大人げなさが伝わり、 魔王と弟からの説教2時間コースへと突入した。
ちなみに、偶に私へ恨みがましい視線が飛んでくるが、 その度に魔王さまに見つかって、シリウスさんはけちょんけちょんにされている。

そして、全てが終わった後。
シリウスさんが日本語の猛特訓を始めていたということを、私は後日知ることになる。





確信犯ですが、なにか問題でも?





......to be continued