受け入れがたい提案だった。 Butterfly Effect、12 その日、俺は午後、闇払いの本部に来るように言われており、 ついでとばかりに空いている午前中、の様子を伺う為、漏れ鍋に姿現しを行った。 パチン 「おや、ブラック様。今日はお早いですね」 「ん?ああ。午後は用事があってな。……あー」 「ミス はお部屋にいらっしゃいますよ」 ぐるりと、漏れ鍋の室内に目を走らせる俺に、店主はにこやかにそう言った。 少女は、最初の重病患者のような様子からは徐々に回復しており、 外出、とまではいかないが部屋から出てくることも多くなってきた。 がしかし、どうやら今は大人しく部屋にいるらしい。 どこか拍子抜けした感じがしながら、俺は店主に軽く礼を言って、2階の宿泊室を目指す。 「ありがとうな、トム」 「いいえ。ああ、でも、今彼女は来客中のようですよ。 終わるまで、下でなにか召し上がられては如何ですか?」 「客だと?」 頼るべき相手も大していない彼女に、客? その言葉に、連想されるのはたった2人しかいない。 一人はリーマスだが。 しかし、それなら、トムとてそう言うだろうし、下で待つように言わないだろう。 となれば、残るのは消去法でただ一人――スネイプだ。 思わず、陰険な奴の姿を思い浮かべてしまい、表情を顰める。 元々気に入らない男だが、最近は遭遇率が高いせいか、更に気に入らない。 そう、最近、やたらと逢うのだ。奴と。 この漏れ鍋で。 どうも、イギリスの気候が合わないのか、はいつも頭痛を訴えている。 その為、スネイプの奴がちょこちょこちょこちょこと問診に来るわけだ。薬を持って。 それを飲むと大分顔色が良くなるのは確かなのだが、 しかし、回復させたのがスネイプだというのが、納得いかない。 お前はいつから癒者になったんだ!と声を大にして訴えたいところである。 最初は仕方がないにしても、どうしてその後も毎日面倒を見てやる必要があるんだ? お前、そんな親切な人間じゃないだろうが! 下手をすると、リーマス以上にこまめに通っている様に、俺の方こそ頭痛持ちになりそうだった。 変な下心でもあるんじゃないかと勘繰りたくもなってくる。 と、そこで俺は想像してしまった。 治療の為と称し、顔色の悪い少女の細い体に、あの陰険男が手を伸ばす様を! 「〜〜〜〜〜!」 まずい! このままでは、自分の母校の名前に傷がつく!! 俺は咄嗟にそう判断し、店主の慌てたような声を置き去りに、階段を一気にとばして駆け上る。 けたたましい足音が響き、元々ボロイ建物が悲鳴を上げたが、 しかし、それには構うことなく、俺は一息にの部屋まで向かうと、 ノックもなしに扉を開け放った。 「スネイプ!その薄汚い手を……っ」 「「!」」 がしかし。 の手を包み込んでいたのは、黒ずくめの変態などではなく。 「フォッフォ。また随分元気が良いのぅ。シリウス」 全身を青で染めた賢者だった。 きょとん、と目を丸めて、酷く不思議そうにしている。 その華奢な手を皺のある手で掴んでいるダンブルドア。 そして、ダンブルドアをスネイプなんかと間違えた俺に、若干慌てているリーマス。 で、予想外の人物の姿に、体が固まってしまった俺。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 最初に、フリーズ状態を脱したのは、ダンブルドアだった。 流石、年の功と言うべきか悩むところだ。 「また随分元気が良いのぅ。シリウス。 残念ながら、ここにセブルスはおらんよ」 「えー……あー…、失礼しました」 「それと、女性の部屋に断りもなく押し入ってくるのは、ちと問題じゃの」 「はぁ……」 かなりの剣幕でやって来た自覚はあるので、歯切れが悪くなる。 確かに、これでが着替え中だったりなんかした日には、大変なことになっていただろう。 (いや、まぁ、来客中に着替えなんかはしないだろうし、それはそれで役得な気もするが) だがしかし、しっかと握られた手を見てしまえば、それもそれで問題じゃないのか?と思う。 っていうか、いつまで握ってるんだ。挨拶にしたって長すぎじゃないのか。 …………。 …………………………。 そういえば、ダンブルドアって奥方いないんだよな……。 ホグワーツに命を懸けるのも、もしや……っ!? 恩師がロリコンかもしれないという衝撃に、身震いが生じそうだった。 がしかし、気が気でない俺にはまるで気づかず、一通りの注意を促した後、 ダンブルドアは、の方へと向き直る。 「さて、では。話が途中になってしまったようじゃし、 結論から言おう」 「はい」 「お主はおそらく、ホグワーツで魔法を使った方が良い。 それも、と同じ1年生が丁度良いじゃろう」 「……は?」 魔法を使うな、というなら分かる。 魔法を学べ、というのでも良い。 だが、ダンブルドアの言う『使った方が良い』という言葉が、俺にはまるで理解できなかった。 がしかし、ダンブルドアはもちろん、リーマスもも、 俺のように疑問符を飛ばす様子はない。 神妙な表情で頷くのみだ。 俺は話に置いて行かれているのを切に感じながら、 そうはさせじと、ダンブルドアへ詰め寄る。 その際、さり気なくの手を払うようにして開放したので、 ダンブルドアの目が一瞬丸くなる。 「どういうことなんです?つまり、を1年生に編入させるということですか?」 「そういうことになるの」 「何故です?が魔力に目覚めた為ですか?」 「そうとも言えるし、そうではないとも言える」 その後、希代の魔法使いが話した内容は、大体こんな感じだ。 の魔力を探ったところ、コントロール自体は出来ている。 それも、かなりの精度で。 魔力に目覚めたばかりの人間では、とてもこうはいかないので、 恐らく、は魔力にとっくに目覚めていたものの、なんらかの理由でそれを抑えていたのだろう。 だが、とはぐれた心細さのせいか、 夜の闇横町の連中に絡まれた恐怖故か、そのタガが外れてしまった。 本来であれば体に収まっていた魔力が漏れ出ているせいで、体調不良に繋がっている、というのである。 「でも、それじゃあ、魔法を使ってしまうと更に魔力を消費するということになりませんか?」 「それはその通りじゃ。じゃが、問題なのは魔力が減ることではなく、 本来使うべきではない形で使っているという点じゃ」 だから、漏れ出てしまう分の魔力を、正規の形で消費すれば良い。 そう、ダンブルドアは言った。 そうなると、魔法の師が必要になり、初歩的な魔法を習うならば、 他の子どもと共に学ぶ方が良いだろう、とも。 理屈は分かる。 理屈は分かるのだが、しかし、その提案が、自分にはあまり納得が出来ない。 自分も闇払いの仕事があるし、いつまでもここで面倒をみる訳にはいかないのを理解していても。 何故だろう。 この少女が達とホグワーツで過ごす未来が、許容できなかった。 と、オレがいまいち芳しい反応を示していないことに気づいたのだろう、 ダンブルドアはとリーマスに席を外すよう要請した。 そして、部屋にオレと二人になったところで、まるでこちらの方が本題とでもいうかのように、 ダンブルドアの表情が厳しさを増す。 「さて、シリウス。お主が来てくれて助かった。 実はこの後、お主にも連絡を取ろうと思っておったところでの」 「?私に、ですか??」 どうやら、が関係する話ではなさそうだった。 が、ダンブルドアからなにか頼み事をされる、というのは最近ではほとんどなくなったため、 その用件が、まるで見当もつかない。 一体何を言われるかと、軽く身構えていたオレだったが、 老賢者からの言葉は、オレの予想を遥かに超えた物だった。 「闇払いであるお主に、ホグワーツの警邏を頼みたい」 「!?」 ホグワーツは名門ではあるが、魔法省の傘下、という訳ではない。 れっきとした、独立組織である。 そして、闇払いもまた、ホグワーツの傘下にはない。 本来であれば、両者はほとんど接点のないものだ。 例え、ホグワーツに死喰い人の子どもがいたとしても、ただそれだけで闇払いが乗り込んでいけるものではないし、 逆に、例え教え子が務めていたとしても、闇払いが学校の言うことを聞くことなど出来るものではないのである。 そのことは、ダンブルドア自身よく分かっていることだろうに。 オレは、目線だけで彼を先に促す。 すると、ダンブルドアは更なる衝撃をオレに与えてきたのだった。 「闇の帝王に復活の兆しがあるのじゃ」と。 馬鹿な!?と思う。 奴が消息を絶ってからもう十年だ。 今頃になって、何故奴の話題が上るのか、理解できない。 がしかし、ダンブルドアは、蘇りの石とも呼ばれる賢者の石を何者かが狙っていること、 そして、それは十中八九ヴォルデモートだろうと言った。 一体どこからそんな情報を仕入れたのか、と頭を巡らせたオレだが、 そこでふと。 閃くものがあった。 「……だから、か?」 「?」 「だから、あの馬鹿は戻ってきた?」 「!」 ヴォルデモートを倒し。 行方をくらませた、異邦人。 それが、帰ってきたことに理由があるのならば。 それは、ヴォルデモートじゃないのか? オレの疑問に対し、ダンブルドアは静かに首肯する。 は、確かにヴォルデモートに敵対している、と。 だが、そうなると、 「なら、は……?」 打倒ヴォルデモートに、どんな役目がある? が連れてきた、彼女に。 あんなに弱くて。 自分に魔法が使えることも知らなった少女が。 なにをするって言うんだ? と、その瞬間、オリバンダーの不吉とも言える台詞が、頭の中にこだました。 ――闇は光に焦がれる物なのです。 ――もう少し簡潔に言えばそう……闇の深い者ほど、この方に惹かれるということ。 まさか、あれはそういう意味なのか? と、当然行き着いたオレの呟きに、しかし、ダンブルドアは難しい表情を浮かべた。 「あの様子では、本人はヴォルデモートと対峙するつもりなどないじゃろう。 が連れてきた、彼女の上司に当たる人物も、彼女のことには触れていなかったのじゃ。 だが、その上司にも言わず、がなにかを彼女に期待している可能性はある」 「なにか?」 初めて登場する『の上司』とかいう人物も気になるが、 もし仮にが何も知らない少女を利用しようとしているのなら、 それはとても看過できることではなかった。 まぁ、あのお人よしの馬鹿が人を騙して使おうとするだなんて、それはないと断言できる。 だが、なにしろ、あいつは馬鹿だから。 馬鹿でばかでバカだから。 深く考えずに、なにかをやらかしている、というのはあり得そうだった。 すると、そんなオレの思考を読んだのだろう、 ダンブルドアは、ホグワーツを警邏すると同時に、のことも気にかけて欲しいと告げた。 曰く、リーマスやスネイプからの様子を見て欲しいと頼まれ、 結果、魔法を学んだ方が良いという言葉に偽りはない。 だが、彼女にホグワーツを勧めた理由はそれだけではなかった。 は野放しにしておくには、あまりに危険だ。 子どもが暴走したのとはワケの違う、魔力の残滓。 それが、スネイプとオレが対峙した場所には残されていたという。 オレにはよくわからなかったが、 分析を得意とする人間であれば、気づくだろうとダンブルドアは言った。 そんな不確定要素がその辺をうろうろしているのは、どう考えてもまずい。 つまり、ホグワーツに彼女がいた方が目が届く、というのがダンブルドアの考えだった。 そして、オレがその要請を受け入れた後、 オレも魔法大臣から直々にホグワーツの警護を任された。 (どうやら、ダンブルドアはすでに根回しをほぼ完了していたらしい) 母校に戻ることが決まった後は、 不思議と彼女が一年生として転入することに対する忌避感がなくなっていた。 それは、自分の目が届く場所にあることへの、安堵。 ......to be continued
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