「心配した」「大丈夫か?」 そう、言えていれば、もっと君は安心できただろうか? Butterfly Effect、8 「やっぱり、お前魔女なんだな?」 そう、確認すると、顔色の悪い少女はきょとん、とそれは不思議そうな表情になった。 それは、まるで想定外のことを言われた時の反応によく似ていたが、 自分の考えに確固たる自信があった俺は、内心下手な演技だ、と嘲笑した。 この少女は、魔女だ。 それも、体調を崩したとはいえ、杖なしで防衛呪文を使えるほどの。 考えてもみれば、あのの友人が魔法使いではない、だなんて考えにくい。 がしかし、はなおも悪あがきをするように、首を傾げる。 「うぃっち(魔女)?」 「そうだ。何故、マグルの振りなんかした? 移動の途中に杖でも落としたのか?」 考え付いた可能性を口にしてみると、きっとそれだ、と更に自論が強固な物になっていく。 だとすれば、変な無防備さも納得できるし、記憶を消されそうになって逃げだしたのにも説明が付くからだ。 日本の魔法使いがどんなものかは知らないが、記憶の操作位どこでもやっていることだろう。 だが、それなら自分は魔女だと一言言えば済んだ話だ。 単語を知らないのかと思えば、今話しているし、 それに、杖を借りるなりなんなり、魔女だと証明する手段は幾らでもあっただろう。 それなのに、それをしなかったという理由はなんだ? マグルを自称するメリットなど、この魔法界であるはずもない。 なら、杖を失くしたことを隠したかった? そんな、つまらないプライドが原因で、俺は振り回されたのか? 最初からが自分が魔女だと言っていれば。 そうすれば、あんな無意味な追いかけっこをする必要もなかったのに。 俺の問いに困惑の表情を見せ始めた少女の顔色は、今倒れずにいることが信じられないくらい悪い。 当然だろう。彼女は丸一日、起き上がることもなかったのだから。 スネイプを庇ったは、無理な魔法が祟ったのか、あの後ぐったりと倒れこんでしまった。 リーマスが駆け付けた時も、意識はあるようだが、とても話していられるような状態ではなかったため、 仕方がなしに、この漏れ鍋でベッドに寝かせつけたところ、そこから動けなくなってしまったのだ。 当然、食事なども取ってはいない。 あのスネイプでさえも、昨日は俺たちと同じように帰宅したくせに、 朝食もそこそこの時間には、漏れ鍋のカウンターで仏頂面を下げていたくらいだ。 時折頭に手をやったり、苦しげな表情を見せているから、自覚症状だってあるのだろう。 目元のクマも濃く、見苦しいくらいである。 そんな風になる位なら、つまらないプライドなんて捨ててしまえば良かったんだ。 ただ、杖がなくなったから、とはぐれたから助けてくれと。 俺に言えば良かったんだ! もはや、なにに対して苛ついているのかも分からないまま、の答えを待っていると、 しかし、彼女は弱々しく頭を振りながら、自分は魔女ではないと告げた。 「お前……っ!」 「っ!」 相手が病人であることも忘れて声を荒げると、ビクリ、と細い体が震える。 少し吊り上り気味の目が怯えながらこちらを見る様は、あの時の子猫と本当によく似ていた。 そして、そんな風にを恫喝する俺に、流石に思うところがあったのか、 リーマスが押し留めるように胸の前に腕を伸ばしてくる。 また、スネイプでさえも少女を庇うように俺たちの席を離した。 (もっとも、コイツの場合はただ俺の邪魔がしたいだけなのだろうが) 「シリウス。少し落ち着こう。彼女が嘘を言っているように私には見えないよ」 「なっ!」 「怒鳴るしか能がないのか?貴様」 「なんだと!?」 馬鹿にしたようなスネイプの口調と態度に、椅子を蹴立て、 杖を突きつけようとした俺だったが、 「止めてください!」 それを制止するかのように上げられた声に、そちらを向く。 「止めて、ください」 視界に映ったのは、いつのまにか立ち上がり、蒼白な顔ながらも必死にこちらを見つめる。 今いざこざがあれば、この少女は杖のない状態でも構わず、また魔法で誰かを庇うだろう。 そう思わせる強さのある瞳だった。 だが、そうなれば、この少女はどうなる? 「っ」 気圧された、という現実に信じられない思いがしていたが、 俺が目を僅かに背けると、気が抜けたのだろう、はゆっくりと椅子に倒れこんだ。 「!?」 慌ててリーマスが俺を離して駆け寄る。 が、それよりスネイプの奴の方が素早かった。 席が近かったこともあるのだろう。 もはや自力で歩くことも難しそうな少女の様子に眉を顰め、 ごく気軽な動作で抱き上げる。 「「「!」」」 「ちょっと、えっ!?スネイプ先生!?」 と、これにはも驚いたらしく、日本語で必死になにか言い募ったが、 スネイプはまるでどこ吹く風で、「自力で歩けるのかね?」と、一蹴した。 そして、すっかり大人しくなった彼女を連れ、スネイプは部屋へと上がっていく。 その際、絶対零度の視線と、心底人を馬鹿にしたような皮肉な笑みを残して。 「デリカシーを学んでから出直すんだな」 「!!!!」 思わず罵声を浴びせながら、杖を再度振り上げようとした俺だったが、 すでに予想済みだったのか、リーマスに魔法で声を封じられる。 「いい加減にいがみ合うのは止めないかい?店に迷惑だよ」 「リーマスっ!邪魔をするな!!」 声がなくともその剣幕で、俺の非難を受け取ったのだろう、 リーマスの笑みがそれはもう黒く黒く、輝かしいものへと変貌していく。 「……シリウス?」 「っ」 俺の本能が全力で告げていた。 このリーマスには逆らうな、と。 忘れがちだが、今のリーマスはと再会して、更に彼女に逃げられたせいか、非常に感情の起伏が激しい。 不安定に拍車がかかっていて、怖いくらいだ。 そこには、さっきまでの、に対していた時の穏やかさなど、欠片も残っていなかった。 紛れもない怒気を滲ませるリーマスに、俺は争う無謀さを悟り、渋々席へと戻る。 「くそっ。なんで俺ばかり……!」 「それは、シリウスが大人げないからだよ」 「!」 どうせ聞こえないからと悪態を吐いた俺だったが、 どうやらすでに魔法を解かれていたらしく、さらっとリーマスから返答があった。 が、ここで怒鳴ればまた魔法の餌食である。 学習能力をフル活用し、俺は唸るようにして口を開いた。 「俺の何処が大人げないんだ……」 「人の話を嘘だと決めつけて受け入れないところかな。 あの少女は確かに魔女かもしれない。 でも、それを本人が自覚してるかどうかはまた別の問題だよ」 「自覚だと?」 「そう。あの子の反応は、マグル出身の子が初めて魔法を使ってしまった時のものによく似ているんだよ」 本人、あるいは周囲の人間の危機で魔力が発現するなど、よくある話だ。 年齢からいうと、かなり遅いと言わざるを得ないが、 魔力の発現は個人差によるところが大きい。 中にはそういう例外がないとは限らない。 「まぁ、私やセブルスと違って君は教員じゃないからね。 実際にそういう子を見たことがないんだろうけれど。 自覚していない子に『魔女か?』なんて訊いても、『違う』って答えるに決まっている」 なるほど、それだけを聞けば、 俺の質問は的外れ以外の何物でもないだろう。 だがしかし、だ。 「あいつは煙突飛行を知っている様子だったぞ。 それはどう説明する?」 「それはまぁ、彼女がマグルかスクイブだったかで、また違うとは思うけど。 正直な話、『の親友』って時点で、考えるのが馬鹿馬鹿しい気がしないかい?」 「…………」 そのの恋人からの忌憚のない意見に、ぐぅっと言葉が詰まる。 あの女は見事なまでに秘密主義だった。 自分の性別を偽っていたこともあれば、なにをどこまで察しているかも悟らせない得体のしれなさがあった。 友人だった、恋人だった俺たちにだって、言っていないことは山ほどあっただろう。 がしかし、だ。 なにしろ、は詰めが甘いのである。 なにかあれば挙動不審になるし、都合の悪いことの誤魔化し方も適当だし、 周囲に気を付けていてやる存在がなければ、なにをしでかすか分からない女なのだ。 なにかの拍子に、親友に魔女だとばれても不思議はないし、 一個カミングアウトしてしまえば、もう隠すこともないだろうと、 目の前で魔法を使うこと位してしまいそうな、大雑把さがアイツにはあった。 「……そもそも、あいつの存在自体が馬鹿馬鹿しかったな」 と、俺がそこでようやく怒りの矛先を収めたので、 リーマスも物騒な笑みを引っ込め、ちらりと天井を見上げた。 「彼女は見たところとは全然違うタイプのようだし、 どちらかというと巻き込まれた感じなんじゃないかな。 右も左もよく分からない場所に独りにされて、体調は最悪。 おまけに親友の友達とかいうのに怒鳴られるなんて可哀想すぎるよ」 「原因を作ったのが恋人だから余計に、か?」 「それもある。シリウスだって彼女には散々振り回されてきたんだから、気持ちは分かるだろう?」 「気持ち、ね……」 言われて、とりあえず想像してみる。 自分が、例えばマグルの世界に突然置き去りにされたかと思えば、 記憶を消されそうになったり、保護してやると言われたりした時のことを。 もちろん、それだけではない。 言葉はロクに通じず。 追いかけまわされて、体調を崩し。 苦心して自分は魔法使いだと伝えても信じてはもらえず、マグル扱いされて……―― 「……とりあえず、最悪な気分だな」 というか、寧ろ、何故あの少女が怒り出さないのか不思議な位だった。 自分だったら、とっくの昔にブチ切れていることだろう。 「だろう?だから、私とセブルスは君を止めたんだよ。 なんにしても、詳しいことはに訊くのが一番だからね」 「……確かにそうだな」 目下の課題は、肝心のがここにいないということなのだが、 まぁ、今度は大変軽いノリで雲隠れしてしまったということなので、 おそらく1ヶ月も2ヶ月もいなくなるなんてことはないだろう。 となれば、考えるべきなのは、が来るまでの間にあの少女の身柄をどうするのか、ということだった。 「本当なら僕らの家に連れて帰るのが良いんだろうけど。 それはやっぱり難しいだろうね」 「仕事もあるしな」 「いや、うん。それもあるんだけれどね。 年頃の女の子と壮年の男が二人っていうのも問題だろう?」 「……完全に犯罪の匂いがするな」 おまけに、お世辞にも信頼関係があると言い辛い状態だ。 何もしない、と言われていても、少女としては恐ろしいだろう。 「しかも、私はクリスマス休暇が終わればホグワーツに戻らないといけない。 そんなことにはならないと思うけれど、それまでにが戻ってこないと、 君と彼女二人きりだ。幾らなんでも、そんな危ない状態にの親友を残していけないよ」 「どういう意味だ、リーマス!?俺はロリコンじゃないっ」 「分かってはいるけれどね。日頃の行いが悪いんだよ。シリウス」 「!」 結局、二人で話し合った結果では、 このままこの漏れ鍋にいてもらうのが一番だろうという結論に達した。 もちろん、常時誰かがついていることもできないので、缶詰状態で。 小さな子どもではないものの、魔力をコントロールできていないらしいでは、 一人外に出すのが不安だったのである。 と、今後の方針を大体決めていると、そこにスネイプが何食わぬ表情で戻ってきた。 力いっぱい睨みつけてやるが、全く意に介することのないスネイプ。 勝ち誇っているようなその態度に、ふつふつと何度でも怒りが込み上げてくるのが分かった。 大体、この男がに魔法なんてかけていなければ、もっと早く見つけることができたのだ。 関係もないくせにしゃりしゃり出てくるなんて、どういうつもりだ。 誰かが困っていようが鼻で笑って素通りするのがスリザリンだろうが! と、口に出すとリーマスからまた冷気が発生しそうなので、 黙々と文句を心の中で上げ連ねていると、そこでふと、 先ほど自分が言った言葉が浮かび上がってくる。 一瞬、リーマスを見て、一言だけなら良いだろうと勝手に解釈し、 俺は地獄耳の、奴にだけ聞こえるような声量でぼそり、と呟いた。 「教授がロリコンとは……世も末だな」 と。 もちろん、堅物である奴がそんなもののはずはない、 というか、恋愛感情があるかどうかも怪しいくらいなのだが、 誹謗中傷としては、まぁ、効果的な言葉だろう。 案の定、小さな声だったにも関わらず、射殺さんばかりの邪悪な視線がこちらを貫いた。 あたりが見れば「ひぃっ!ご、ご乱心だー!!」くらいのことは言いかねない表情である。 だが、そんな視線は浴び慣れているこちらとしては、余裕の笑みでせせら笑う。 漏れ鍋で乱闘騒ぎなんて起こして困るのは、俺ではなく教員であるあっちの方だ。 流石にそこまで馬鹿じゃないだろう? と、俺の意図を悟ったのか、奴は無理矢理に怒りを引っ込め、 それは気持ちの悪い猫なで声を発した。 「幼気な婦女子に無理矢理迫った男になにを言われようと、まるで説得力がありませんな」 「なっ!?俺がいつそんなことをしたって言うんだ!?」 「セブルス、あの追いかけっこじゃ『迫った』なんて表現にはならないんじゃないかい?」 不名誉すぎる言葉に声を荒げかける俺だが、リーマスの冷静な指摘に、 どうにかこうにか、席を立つのをこらえる。 まぁ、あんな年下の少女に振り回された事実があるので、スネイプとしてはここぞとばかり責め立てたいのだろう。 脚色しようとすれば幾らでもできることだしな。 ここで喚けば相手の挑発に乗ることになりかねないので、ここは忍耐だ!と、 以前マクゴナガルにさせられた『ザゼン』を思い出しながら心を鎮める。 がしかし、そんなこちらの努力を嘲笑うかのように、陰険な男は爆弾発言を投下してきた。 「そうではなく。吾輩が言っているのは、 『少女を路地裏に連れ込んで無理矢理組み敷いた』ということなのだがね?」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「……………………はぁっ!?」 待て。それは一体どこでどんな風にそんな話が出回っているんだ!? 過去の行いを省みるまでもなく、 俺は『少女』なんて呼ばれる年齢の子どもに手を出したことはない! 悪質なデマに程があるだろう!? 思わずスネイプに詰め寄ると、薬の匂いが鼻を掠め、機嫌が加速度的に降下していく。 「身に覚えはないのかね?」 「ある訳がないだろうが!何度でも言うが、俺はガキに興味なんぞない!!」 「ふむ。たった一日前のことを思い出せないなどと言うのなら、 痴呆の検査でもした方がよいのではないかな?」 根拠のないことと言うには、あまりに具体的な日時に俺は思わず押し黙る。 がしかし、一日前?昨日?? 断じて俺は痴呆なんかではないが、あまり昔のことを言われると思い出すのに手間だ。 それに比べたら昨日のことなんて、簡単に思い浮かべられるのだが、 どれだけ考えても、そんな不名誉な事実はない。 と、俺が一瞬考え込んでいる間にも、リーマスとスネイプの会話は続いていく。 「昨日……となると、えっと、僕と会う前になるのかな」 「貴様が見ていないのならそうなのだろうな」 「でも、その前は確か仕事だって言っていたから……。 シリウス、闇払いの仕事でなにかそれらしいことはなかったのかい?」 「ある訳ないだろ!夜の闇横丁にいるのはジジィかババァばっかりで……っ」 と、そこで、俺はババァに詰め寄られていたの姿を思い出した。 華奢で、軽装の少女が攫われそうになっていた、あの時。 そういえば、自分は彼女の口を物理的に塞いだのではなかっただろうか……? 場所は……確かに路地裏と言って良いような場所だった。 組み敷いてはいないが、無理矢理といえば無理矢理だった。 まさか、あれのこと……なのか? 「…………」 「……どうやら思い当る節があったらしいな」 「シリウス……」 気が付けば、リーマスが未だかつて見たことがない目でこちらを見ていた。 スネイプにされるのならともかく、数十年来の親友にそんなことをされたという事実に血の気が引く。 止めろっ!そんな、まるで汚物を見るような目を俺に向けるな!! 「ちがっ!あれはあいつを助けてやる為に仕方なく……っ」 「助けるどころか、窮地に追いやっているのは貴様だろう」 「なっ!?」 「……仕方なく、であんな大人しそうな子を手籠めにする理由は、私には分からないな」 笑みすらなく、次から次へと俺への非難がぶつけられる。 確かに深く考えての行動じゃなかったが、それでもこれだけ言われる程のことか!? というか、 「手籠めになんぞするか!ただ口で口を塞いだだけだ!!」 これだけは言わねばなるまい!と、声を大にして主張する俺。 がしかし、 「……最低の男だな。節操というものがないのか」 「見損なったよ、シリウス」 「ルーピン。友人は選んだ方が良いと、切にご忠告申し上げよう」 「有難い忠告痛み入るよ、セブルス」 どうやら、親友の信頼は大きく損なったらしい。 その後、俺が幾らの様子を気にかけたとしても、 リーマスは俺と少女を二人きりにすることを断固阻止する構えを見せるのだった。 今更「ごめん」は言えないけれど。 ......to be continued
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