まずは、お互いを知るところから始めましょう。 Butterfly Effect、7 ぱちり、と目を開けると、そこは見知らぬ木造建築の一室だった。 確かここは……漏れ鍋?だったはずだ。 朦朧とした意識の中で運ばれながら聞いた会話に、確かそんな内容があったような気がする。 ピリピリと冷たい空気に顔を顰めつつ、 身に着けたままだった借り物のローブを体にぴったりと張りつける。 すると、元は綺麗な漆黒だったものがすっかり薄汚れて白くなったりなんだりしているのを発見し、 大きく溜め息を吐いた。 「……はぁ」 どこぞの委員長の中の委員長ではないが、寝惚けるということがあまりない私は、 これからのことを思うとげんなりとせざるを得なかったのだ。 倒れる直前のあれこれも、思い出してしまうと、頭が痛い。 体感的にはもう昨日だろうか……。勘弁してほしい。 一応、意識を失った場所にそのままいる上、記憶の欠落がないというところは安心材料なのだろう。 だが、記憶を操作されていたら? ここを出た瞬間に拘束されたら? ネガティブなことは考えれば考えるほど、キリがない。 ということで、私はそこで一旦、思考を放棄した。 頭が痛い時に考え事をしても、どうせ無意味な結果に終わることが多いのだ。 なら、現状確認の間くらい、嫌なことは忘れるに限る。 どうせ、部屋の中じゃ籠の鳥で、逃げ場なんて物はない。 そして、アドレナリンたっぷりだったあの時と違い、 今の最悪なコンディションでは、もう逃走劇は不可能だった。 「……っつー」 そもそも、体中が重くてだるくて仕方がない。 膝も痛ければ、胃はむかむかするし、 体中の筋肉はなれない全力疾走の数々に悲鳴を上げっぱなしだ。 よく、あの場で足が攣らなかったものだと思う。 ぼんやりと近視のためにぼやける視界で、ぐるりと部屋を見回す。 と、ベッドから近い位置に、木製と思しき茶色のドアを発見したので、 できるだけ音を立てないようにしながら近づいてノブを捻ってみると、存外抵抗なくそれは回った。 部屋の外を覗いてみたが、そこはなんの変哲もない、やはり木製の廊下で、 誰も来ない内にと、そっと頭を引っ込める。 一応、机に鍵も置いてあったので、甚だ信用度が低いものの、とりあえず鍵はかけてみた。 (魔法で簡単に鍵が開けられちゃうような世界で、どう信用しろと?) ないよりマシの防御でもさっきよりは心持ち安心したので、 のろのろとした足取りで備え付けの洗面台に近づく。 「うわー……」 で、思わず漏れた言葉がこれ。 多分凄いことになってるだろうなぁーとは思っていたのだが、 目の下のクマはドス黒いわ、顔は青白いわ、鏡に映る私の顔には見るからに死相が漂っていた。 「なにこれ?死神?いや、寧ろL??」 はっきり言って、顔を洗ってどうこうなるレベルは軽く超えている残念な顔である。 がしかし、まさかこのままという訳にもいかない。 氷のような水に身震いしながら、私は顔を洗い、 ついでとばかりに、使って良さそうなアメニティーの歯ブラシで歯を磨いた。 シャコシャコ、と小刻みに動く歯ブラシと歯が擦れる音を聞きながら、 膝やら裸足の足の裏やらも、ちらりと確認してみる。 もちろん、そこも小石が刺さって血まみれかつ砂埃で黒い、という大変な惨状だった。 (せっかく、一度スネイプ先生が治療してくれたというのに、転びすぎじゃないだろうか、自分) コンクリートやら砂利道で転んだ訳ではないので、傷は恐らく大したことはないだろうが、 地面で転ぶと破傷風が怖い。 まぁ、予防接種はしているので、大丈夫とは思うけど。 歯磨きの次は、風呂決定だな、と一秒も迷うことなく決意する。 多分、廊下への扉より一回り小さい扉がそれだろう。 そう当たりを付けると、うがいをした後にそこを覗きこんでみる。 ありがたいことに、それは思ったより清潔で温かみのあるシャワールームだった。 もちろん、猫足のバスタブ、なんて希望は通らなかったが。 「うん……。まぁ、シャワーだけでも温まるよね」 シャワーなんて水不足の地域でもなければ、どこの国も大体一緒だろうと、 それはもう安直に考えながらシャワールームに入り、温度に気をつけながらコックを捻る。 少しばかりの間を置いた後、一気にノズルから出てきたお湯は、 ぶわっと毛穴を開かせる感覚と、次いでガチガチに固まっていた頭もほぐす効果をもたらした。 「この後どうなるんだろ……」 ぽつり、と誰にともなく問いかける。 もちろん、返ってくる言葉は、ない。 突然割れるような頭の痛みと激しい吐き気に襲われたあの後、 どうやら私がさんの友人であることに気づいたらしいシリウスさんは、 それはもう分かりやすく態度を変えた。 触ったら切れそうな感じの雰囲気が一瞬で消えた時は、安堵のあまり涙が出たくらいだ。 (すでに吐きながら泣いた後だったので、気づかれてはいないだろうけど) 「……さん」 キーパーソンとも言うべき親友の姿が脳裏を過ぎり、 届かないことを知りながらも、私は呼びかけずにはいられなかった。 彼女が、ハリポタ世界に私を誘ってくれたのは、私が疎外感を感じていた時だった。 一応、サラがあらましを説明してくれていたけれど、 でも、その前の二人のやり取りには、とても入り込めない何かがあって。 単純に、ただただ寂しかった。 一体、どのくらいの時間が経ったら、彼女にその話題を振ることができるのだろうと、 サラとも別れ、独り悩みながらの帰路で、唐突に彼女から申し出があったのだ。 一緒に、行こうと。 (その直前とのあまりの態度の差異に、どっきりでも仕掛けられた気分だった) けれど、きっと彼女は私の、そんな疎外感に気づいてくれたのだろう。 そのことが、とても嬉しかった。 まさか、本当の本当に異世界に来てしまって、 なおかつ、無防備に放り出されることになるなんて、これっぽっちも思っていなかったが。 「…………」 さんとはぐれ、見るからに危険そうな裏路地で助けてくれた(?)人が、 シリウス=ブラックだと知った時に感じたのは、感動よりなにより困惑だ。 多分、さんは自分の知っているハリポタ世界に私を連れて行こうとしたんだろう。 では、ここは本当にさんの連れてこようとした世界? 理由も分からずに、落ちてきたのに? なら、別の『ハリポタ世界』じゃない? 私は今……どこにいるの? さんの話だけでも、彼女が指す『ハリポタ世界』は原作のそれとは違う。 つまり、同じ『ハリポタ世界』というだけですでに2つの世界があるのだ。 これで3つ目がないとは、私には思えない。 となれば、私は結局、必要最低限の情報しか、シリウスさん達に開示することはできなかった。 なにしろ、生来の臆病者な私だ。 余計なことを言って、このなんの拠り所もない場所で窮地に陥りたくはなかったのだ。 そう、つまりは『口は災いの元』である。 まぁ、どうやら今回の場合は逆効果100%だったようだけれど。 話さなかったことで役所に連れて行かれて、もう少しで記憶を消されるところだったなど、笑い話にもならない。 こんなことだったらさっさと話しておけば良かった、と思うものの、 あの時はあれが自分の中の最善だったのだから仕方がない。 第一、言葉が通じているかも怪しいのに、まともな会話をしようという気が起きるものか。 「なんか、中途半端なんだよね……」 少しこちらの人々と会話した時のことを思い出し、眉根を寄せる。 聞き取りはばっちりなのに、話す言葉は通じない、というのは本当に厄介だ。 というか、普通に私には日本語に聞こえるのだけれど、そこのところどうなんだろう? 試しに、大いに怪しいエセ英語で単語だけしゃべると向こうも反応してきたので、 変なのは向こうではなく、私なのだろう。 リスニングだけの翻訳こんにゃくを食べさせられた気分だった。 (どこに需要があるの?それ) まぁ、最低限にも程があるが、一応の意思疎通はできるので、不幸中の幸いと思うしかないだろう。 これでも、運は良い方だ。それも結構。 考えようによっては、いきなりヴォルデモート卿やら、ルシウス=マルフォイなどの闇陣営と遭遇したり、 主要な人物の誰とも出会えませんでした、なんてことにならず、 ひとまず保護して貰えたのだから、結果オーライとすべきだろう。 とすると、後はどのようにしてさん達と合流するか、というところだった。 幾らなんでも、あんな尋常でない別れ方をしたのだ。 まさか探してくれるだろう。 ましてや、向こうには『常識?ナニソレ美味しいの??』な天才サラが付いているのだ。 己のメンツにかけてどうにかしてくれると、信じている。……信じてるからね?うん。 幸いにも、私が来たのはさんの『ハリポタ世界』なようなので、 なら、私は彼女達が来るまでの間、どこかに身を置かなければいけなかった。 と、そこで私はシャワールームをざっと見渡して。 「ここの支払いって、どうなるんだろう……」 宿に泊まっているという現実に青くなる。 運び入れた人々にして見れば、こんな訳ありっぽい奴を病院に連れて行く訳にはいかなかったのだろう。 放って行かれるより、ずっとずっとありがたいのは確かなのだが、 しかし、病院だろうが宿屋だろうが、利用すれば料金が発生するのだ。 どうやって支払えと? そもそも、着のみ着のままな状態じゃ支払いもなにもない。 っていうか、そもそもここ異世界だし。どうするんだ、無一文。 (遠慮なく施設を使っておきながらなにを今さら、と言われるかもしれないが、 すでにベッドを利用してグシャグシャにしていた時点で、支払いの義務は発生していたのだ。 なら、毒を食らわば皿まで、という日本人ならではの精神を発揮したって良いじゃないか) 「先払いだったら良いなぁ……」 そうだったら、お金を返す相手がさんのお友達になるので、 まだ心情的に楽だった。 ついでに言えば、その相手が払った分をさんが肩代わりしてくれるとなお良い。 なぜなら、そうなればお金を返す相手が友達になるのだから。 と、そこでさんのお友達な人々の姿を思い出し、 ずっと続いている頭痛が更に酷くなった気がした。 原作で読んだ限りの性格なら、ある程度の事情が分からなければ納得しないような人達なのだ。 すぐ、とは限らないが、間違いなくまた顔を合わせて、色々質問に答えなければいけないだろう。 スネイプ先生やルーピン先生はまだ良いが、シリウスさんは怒鳴ってくるから、気分が重い。 初対面の言動の数々は、しっかりと私に苦手意識を植え付けてくれていた。 ただ。 「でも」と心に響く声もある。 でも、夜の闇横丁の人達から助けてくれた。 でも、体調最悪の私にハンカチを貸してくれた。 でも、私をここに運んでくれた。 そう、だから、きっと悪い人ではないのだ。 「とりあえず、後で、お礼言わなきゃな……」 自分に言い聞かせるような言葉は、シャンプーの泡と一緒に空中で弾けて消えた。 他に着替えもないので、さっきまで着ていた服やローブの汚れが酷いところを部分洗いし、 再度身に着けた私は、部屋備え付けのスリッパを履いて恐る恐る階下へ向かった。 体調は相変わらず最悪だったが、店主のトムさんでもなんでも、話を聞かないことにはなんにもならない。 と、しかし、私が改めて情報源を探すまでもなく、私が階段から下を覗きこむと、 それに気づいた面々が階段に一番近い席から私を手招きしていた。 ルーピン先生の安心感たっぷりの笑顔がそこにあることにほっとしながら、 とりあえずは呼ばれるままにそこへ向かう。 そして、私の足が一階の床に着くか着かないか、というところで、 じりじりしながら待っていたらしい人がじろりとこちらを見下ろしてくる。 「ようやく起きたのか」 「っ!」 「ほらほら、シリウス。そう威嚇しちゃ駄目だって言ったじゃないか。 が怯えてしまうよ」 「威嚇なんてしてないがな」 「そうは見えないから言っているんだよ」 「ね?」と緩衝剤のような役割を進んで果たしてくれるルーピン先生。 おかげで、シリウスさん単体の時と違って、怖さが半減していく。 それに、その言葉を聞く限り、どうやら私が起きてくるのを待ってくれていたようだ。 もしかしたら、だからこの席にいたのかもしれなかった。 私が降りてきたらすぐに分かるように、と。 それは、ほんの少しばかり心が温まる話だ。 もっとも、逃走防止の意味もあったかもしれないが。 とりあえず、なにはともあれ謝罪の意味も込めてしっかりと頭を下げておくべきだろうと思ったので、 実行してみると、顔を上げた瞬間、しなやかな冷たい指に顎を掬われた。 「!」 「まだ、酷い顔色だな……」 ビクッと大きく震えた私の前にあったのは、深い深い眉間の皺。 いるのは分かっていたが、こうも音もなく近づかれるとは思っていなかったので、 それはもう心臓に悪かった。 ただ、黒い瞳に心配そうな様子が窺えたので、ゆっくり肩の力を抜く。 すると、私が警戒の色を解いたので、スネイプ先生はまるで医者のように口を開いた。 「まだ気分が悪いか?吐き気は?」 「のー(いいえ)」 「……嘘を吐くな。正確な症状が分からなければ、薬が作れん」 「……いえす(はい)」 薬、と言われてしまえば、嘘を言う訳にもいかない。 正直、魔法薬は材料怖いから市販の頭痛薬で良いんだけどな……。 一応、シャワーを浴びたのでこれでもさっきよりマシな顔色なのだが、 それでもまだ、あのスネイプ先生に気遣われる程の見た目らしい。 嗚呼、いや、スネイプ先生は最初から、思った以上に親切だったのだけれど。 なんの打算もなく、ということはないだろうが、 それでも、シリウスさんに追いかけられて、心身共に辛くて仕方がなかった時に、 先生は確かに私に手を差し伸べ、私を助けてくれたのだ。 往来でドンパチやっていた時も、私に魔法が当たるのを危惧して場所を変えてくれたりなんだり、 なんというか、分かりにくい優しさを、なんの気なくする人なんだろうな、と思う。 今も、別に私に薬を作る義務なんてないだろうに。 その後も、スネイプ先生は幾つか体調に関わる質問をして、 「それなら手持ちの薬でなんとかなりそうだ」と一人納得している。 と、私達の話が終わったのを見計らって、ルーピン先生がにっこりと椅子を引いてくれた。 「いつまでも立ち話もなんだから、食事でもしながら話したらどうだい? 少し早いけど、お昼だしね」 流石レディーファーストの国だなぁ、なんて感心しながら、勧められた席に座る。 すると、あれよあれよという間に飲み水やらお手拭やらを手渡され、 ただ座っただけなのに、食事の用意がすっかり整ってしまった。 もちろん、熟練の執事のようにお世話を焼いてくださったのは、男性陣である。 少しも特別なことはしている気配もない、それはもう自然な動作だった。 ……流石レディーファーストの国!(大事な事なので2回言いました) 「さて……どこから話そうか?」 気を取り直して、料理の注文をさっさと済ませると、ルーピン先生はそう言って話を切り出した。 (ちなみに私は食欲がないと言ったらオートミールを勧められたので、全力で拒否した。 今の体調で甘い粥なんて食べたら吐く。確実に) とは言っても、私はたかだか英検3級の女だ。 謎の反則的なリスニングの能力以外、話す方はからっきしである。 何度でも言うが、まともな会話なんてできるはずもない。 と、向こうも、短いやり取りの間に、私が英語をしゃべれないことは分かっているらしく、 基本的には『はい』か『いいえ』で答えられるクローズド・クエスチョンをしてくれた。 「まず、それぞれの名前はもう分かっているだろうけど、確認だね。 僕はリーマス=ルーピン。一応、の恋人ってことになるかな。 僕のことはには聞いているかい?」 「いえす(はい)」 「そっか。ちなみに、僕たちもから君のことは聞いているよ」 「え?」 「可愛くて美人な自慢の親友の『ぐり』って……多分、君のことだろう?」 「っ」 それはもう柔らかい瞳でそう告げられて、言葉に詰まる。 過分な評価にも、それをきちんと覚えているルーピン先生にも。 どうしてだろう。 嬉しいと思う反面、後ろめたいような気持ちがぎゅっと胸を潰した。 そんな風に、言ってもらえるような人間じゃ、私はないのに。 だって、私は――…。 と、そんな私の複雑な表情をどう理解したのか、シリウスさんもスネイプ先生もうんうんと頷いていた。 「あー、そういえば、怪我をしたり具合が悪くなったりするとよく騒いでたな? 『ぐりに怒られるー』とか言って。お前のことだったのか」 「鶏肉を見る度に、やっぱり『ぐりが好きそう』とか呟いてたよね」 「嗚呼、よく人と比べてきたな。 『あたしの親友ならこうするね!』とかなんとか」 「…………」 …………。 ……………………。 さん、他になにかなかったんですか? 友達の中の自分の存在感よりも、その登場の仕方に脱力する。 変なイメージを勝手に植え付けないで欲しかった。いや、もう本気で。 可愛くて美人なくせに怒りっぽくて鶏肉好きな自慢の親友って、 全部足すと色々変な人になっちゃうんだけど。っていうか、誰だ?それは(いや、私なんだけど) 一瞬、気が遠くなりかけたが、なんとか気力を奮い起こし、微苦笑を浮かべた。 曖昧な表情で全て誤魔化すつもりである。 と、私が返答に窮したことを察したルーピン先生は、 さくっとその辺りを省略し、続けてシリウスさんとスネイプ先生を紹介してくれた。 「えーと、で、こっちの怖い顔の人がシリウス=ブラックで、 こっちの気難しそうな人がセブルス=スネイプ。二人ともの友人だよ。 繰り返しになるけどシリウスは闇払いで、僕とセブルスはホグワーツの教員をしているんだ」 「で、どういう訳だか、奴は今そのホグワーツで学生をしている。今はクリスマス休暇だがな」 「クリスマス休暇……?」 「ついでに言うと、家出中なんだ。まったく、ねぇ?ようやく会えたっていうのに、 美少年を引き連れて来るとか、一体どういう神経をしてるんだろうね?あの子は。 しかも、数日でいなくなるとか、お菓子でもやけ食いしないとやってられないよね。 戻ってきたら、どうしてあげようか。ふ、ふふふ」 「家出……?」 予想外の言葉に思わず瞬きをする。 さんの話だと、クリスマスの少し前の夜にこちらにやってきて、数日滞在したものの、 ルーピン先生の愛の重さ?に胸やけして一旦実家に戻った、という話だったはずだ。 どこでどんな暗躍をしているか分からない、サラを残して。 ほとぼりが冷める休暇明け間近にでも戻ると言っていたのに、まだ家出中?クリスマス休暇?? ということは、もしかして、さんがいなくなって間もない位に、私は来てしまったのだろうか? なにしろ、異世界とかいう訳の分からない物なので、時間の流れがさっぱり分からない。 ドラゴン○ールではないが、こっちで1日過ごすとあちらでは1年とか、 そういう規則性はもしかしたらないのかもしれなかった。 だが、もし今がそんな時期だとすれば、ここにはサラがいるかもしれない。 一縷の望みが見いだせたので、私は意を決することにした。 「てっきり、娘かなにかと思ったのに、まさか本人だとはなぁ……。 すっかり騙された。それもこれも、リーマスがそんなことを言うからだっ!」 「仕方がないじゃないか。本人があんな若作りで戻ってくると思わないだろう? ねぇ?セブルス」 「吾輩に振るな」 「えくすきゅーずみー(あの)」 会話に混ざるように上げた声に、やはりというかなんというか、 真っ先に、ルーピン先生が反応する。 「うん?なんだい?」 「どぅーゆーのぅサラ?(サラを知っていますか?)」 「あ?」 「こわっ!えっと、どぅーゆーのぅサラ=ヘビノ?(蛇野サラを知っていますか?)」 「ああ……ミスター ヘビノ?知っているよ」 「ひーいずまいふれんど。ふぇあーいずサラ?(彼は友達なんです。どこにいますか?)」 さんの恋人であるルーピン先生が、多分変わらずさんに馴れ馴れしかったであろうサラに、 ある種複雑な感情を持っているのは百も承知だが、こっちとしても、なりふり構ってはいられない。 微妙な態度は見なかったことにして、更に質問を続けた私だったが、 ルーピン先生によれば、サラとは自己紹介をして以降、会っていないということだった。 「そう、ですか……」 「役に立てなくてすまないね」 と、いささか気落ちした私の様子に、話題の転換が必要だと思ったのだろう。 シリウスさんがそれはもう訝しげに口を開いた。 「で、なんでの友人が夜の闇横丁になんかいたんだ?」 「夜の闇横丁だと?」 それは、まだ聞いていなかったのだろう、スネイプ先生の非難に満ちた視線が私に向けられた。 で、上から下まで見聞するように見られ、 「よく無事だったな?」 まるで納得がいかないかのように、そう問われる。 すると、シリウスさんがそれはもう面倒臭そうに「俺が助けたからな」と言い放った。 「だが、もう少しで売られるところだった。 何であんなところにいたんだ?は一緒じゃなかったのか?」 「…………」 さて、困った。 そう訊かれても、私の語彙力であの世界の架け橋とやらをどう説明したら良いんだろう? というか、ちゃんと言葉が通じていても、上手く説明できる自信がないような場所なのだけれど。 なので、私はスネイプ先生に訊かれた時と同じように、ごく端的に「はぐれた」とだけ、苦心して絞り出した。 「はぐれたって、あんなところでか?」 「のー。あでぃふぁれんとぷれいす(いいえ。違う場所です)」 「なら、自分から迷い込んだのかい?あそこは入り組んでるからそうそう入り込まないんだが」 「あいどんとのう……(分かりません)」 質問する側も私の要領を得ない言葉に困っているが、私もなんと言えば良いか分からない。 少しも進まない会話だったが、そこでふと、話を聞いていたスネイプ先生が、 「煙突飛行の事故じゃないのか?」と起死回生の一言を発した。 「煙突飛行だと?なにを突然……」 「吾輩はがどうやって故郷からやってきているのかは知らない。 が、以前のあいつは調子の良い時と魔法が上手く使えない時があったはずだ。 となれば、使えない時にこちらに来るための手段があるだろう」 「魔法が上手く使えない時?なんだそれ?」 「そんな物あったかな……?」 「吾輩もまだ記憶が曖昧な部分があるがな。確かそうだったはずだ」 食い違う意見に、嗚呼、そういえばさんの記憶は、 宇宙意志?が働いていて、色々消えてしまっているとかいう話だったな、と思い出す。 「その時に使う手段が煙突飛行だと?」 「別にそれそのものである必要はない。 ようは、その手段が妙な場所に辿り着く場合もあるということだ。 煙突飛行も別の暖炉に辿り着いたり、 下手をするとどこにも辿り着かない、なんて事故があるだろう」 「!」 理路整然とした言葉に、思わず何度も頷く。 フルーパウダーではないのだが、想定外のところに行ってしまった、という点では大した違いはない。 なんて素晴らしい説明なんだろう、と私がスネイプ先生の株を上げていると、 どうやらそんな様子が不愉快らしいシリウスさんが、それは怖い表情でこちらを睨んできていた。 「っ!」 「シリウス……。またそんな表情をして」 と、窘めるようなルーピン先生の言葉があったが、シリウスさんはそれが聞こえているのかいないのか、 厳しい視線でなおも私を睥睨する。 「お前、煙突飛行を知っているのか」 「!」 知っているのかいないのか、そう問われれば答えは「知っている」だ。 原作に何度も出てきたそれを知らない訳がない。 だが、マグルである私がそれを知っているのは、幾ら魔女が友達とはいえ、少し違和感がある。 が、さっき頷いてしまった手前、「知らない」と答えるのは不自然だ。 逡巡したのは一瞬のことだったが、私の迷いを敏感に感じ取ったシリウスさんは、 青灰色の瞳を細めた。 そして、次いでその唇から飛び出したのは、とんでもない一言だった。 「やっぱり、お前魔女なんだな?」 魔女だったらこんな窮地に陥らないんですが。 この時、英語でそう言えたらなんとも痛快だったな、と後で思った。 決めつけは、いけません。 ......to be continued
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