思い立ったが吉日とは言うけれど。





Phantom Magician 日談 10





散々リーマスを煽った挙句にいなくなった悪友のおかげで、 あたしはその後、リーマスから凄まじいまでの束縛を受ける羽目に陥った。
詳しくはちょっと、あたしにも尊厳というものがあるので伏せさせてもらうが……。
ヤンデレ一歩手前……っていうか、片足くらいは突っ込んでたくらいと言っておこう。

ぶっちゃけ、恋人とベタベタいちゃいちゃしたい派のあたしだから許容したが、 そうでなければ、この束縛の日々が原因で別れることになりかねない感じ?
少なくとも、親友のぐりさんは彼氏がそんなことやり出したら、全力で逃げ出すに違いない。
良くも悪くもドライな子なのだ。

と、いい加減、リーマスが離れてくれないことに現実逃避していたあたしだったが、 そこで、今頃彼女が自分を心配してくれているであろうことを思い出した。

あたしとサラを送り出してくれた、彼女。
きっと、訊きたいことも、言いたいことも山積みだっただろうに、それを飲み込んだ親友。
サラがなにをどういう風に彼女に説明したのか分からないが、 あたしの口からも、きちんと話をしなきゃいけないな、と思う。
多分、それが誠意というものだろうから。

落ち着いた後、すぐにでも。


「…………」


いや、でも、リーマスのこれっていつ落ち着くんだ?実際。

昼となく夜となく、あたしに対してべったりのリーマス。
なんとか、その不自由な状態でクリスマスの準備をし、聖夜を祝った自分をあたしは褒めたい。

あたしが皆に「ただいま」カードを送ろうとするのでさえ邪魔するのである。
本当は、色んな気持ちを込めて、クリスマスにかこつけて贈り物なんかもしたかったのだが……。
まぁ、無理だよね。
まず、家から出させてくれないんだもん。
リーマスのプレゼントを買いたいの☆と可愛くおねだりしても、 「君がいてくれるだけで僕は良いんだよ」と返されてしまった。
挙句に「君は違うのかい?」とか悲し気に言われたら、もう、ぐうの音も出ない。
結局、食材からなにからは全て通販である。
忙しい現代で重宝されるものは、魔法界であってもそう変わらないようだ。

がしかし、クリスマスが終わっても、リーマスがあたしを放してくれる気配がないあたりで、 流石のあたしも辛くなってきた。
幸い、あたしが以前に導入していたテレビを引っ張りだしてきたので、 ひたすら二人で見つめ合う……なんて展開にはなっていなかったのだが、 それでも、延々、密室で二人きりである。
おまけに、『逃げる』コマンドは封じられていて、自室に籠ることも不可。
普通であれば一人になれるはずの生活のあれこれですら、リーマス付き。

…………。
…………………………。
スティア、カムバーァアアアァアアァアァァック!
あたしもう、いい加減一人の時間が欲しいです!
それが贅沢だっていうなら、人込みに行くのでも良い!
この、『世界にいるのは僕らだけw』な空間から脱出できるなら、もうなんでも良い!!

最初こそ、この甘ったるい空間に他の人がいるのは恥ずかしい、とかなんとか思っていたので、 空気を読んでいなくなってくれたスティアとサラに感謝していたのだが。
流石にもう無理!
もう耐えられない!!

あたしは、何度も必死になってリーマスに解放してくれるよう頼んだが、 全然、彼は聞く耳を持ってくれなかった。
間違いなく態度や行動はあたしに甘いというのに、その点でだけは厳しすぎるなんてものじゃない。


『……リーマス、食べづらい』
『うん?じゃあ、食べさせてあげようか』
『違うっ!あたしはこの二人羽織状態をどうにかしてくれって言ってんの!』

『あれ?、どこに行くんだい?』
『いや、風呂だよ風呂。風呂で離脱フロリダしたいの、あたし』
『ああ、もうそんな時間か』
『待て待て待て!なんでそれでリーマスもいそいそ立ち上がる!?』
『え?もちろん一緒に入るからだろう??』
『なんでやねんっ』

『今日は日差しがあるせいか暖かいね、
『ウン、ソウダネ。ブッチャケ、アツイヨネ。リーマス、タイオンタカイシネ』
『暑いのかい?じゃあ、窓でも開けようか』
『ウワーイ。マホウバンザーイ。タチアガリモシネェー』


で、まぁ、結局。


――実家に帰らせて頂きます!!」


しばーらく経ってから、様子を見に来てくれたスティアに泣きつき、 あたしは愛の巣という名の監獄をあとにするのであった。







後で帰った時のリーマスは怖くて仕方がないが、 あのままの生活が続いたら、あたしが発狂する。間違いない。
スティアも、流石にこれで少しはリーマスも頭が冷えるだろう、と慰めてくれたし……。

過ぎてしまったことは悔やんでも仕方がないので、 あたしはとりあえず、スティアもやること?にひと段落着いたらしいので、 彼を連れてあちこちの知り合いを訪ね歩き、帰還報告をすることにした。
一番会いたかったのはリーマスで間違いないが、 もちろん、他の人にも会いたかったのである。
リーマスもそれが分かっていたから、あれだけ頑なにあたしを軟禁??したんだろう。
自分以外に関心を向けるのはまだ待ってくれ、って感じで。
まだ、の期間が長すぎたので、あたしも痺れを切らしてしまったのだが、気持ちは分かる。うん。
(ただ、一言言わせてもらうなら、独占欲、半端ないって!)

で、リリー以下、あたしが旧交を温めたかったような人たちは、 突然のあたしの襲来に、皆一様の反応を見せた。

まず、ぽかん、と目を見開き。
次いで、絶句し。
わなわな震えたかと思えば、 最終的には、あたしを怒る、と。

人によっては涙を浮かべてくれたのだが、 如何せん、あたしのキャラが悪いのか、揃いも揃ってあたしをどついてくるのである。
あれ!?あたしもっと感動の再会的なものを期待してたんだけど!?
と叫べば、ふざけんな!と返された。

正直、その時のことを事細かに描写していると、 それだけで大変なことになってしまいそうなので、割愛するが。
ただ、一つ言えることがある。


「ただいま!」


とあたしが言えば。


「おかえり」


十人十色ではあったけれど。
皆がそう言ってくれた、ということ。
あたしは、それだけで、幸せだとそう思えた。

怒り狂ったリーマスに追いかけてこられると大変なので、 誰のところでもあまり長居はできなかったけれど、 これからまた、何度でも会いに来ると言えば、皆笑ってあたしを見送ってくれた。


「さて。じゃあ、レギュにも会えたし……」
『実家に帰るの?』
「え?や、あれは言葉の綾だったんだけど……。帰れるの?」


と、予想通り、シリウスと違って正統派美青年になっていたレギュの姿に相好を崩していたあたしは、 後を引き継いで言われたスティアの言葉に、きょとん、と目を丸くした。
一応、世界の架け橋?とやらがあれば行き来は出来る、と説明を受けてはいたが、 そうホイホイ利用可能だとまでは思っていなかったのである。

思わず、自分の肩に乗るスティアを見つめると、彼は金色の瞳を光らせて頷いた。


『ホイホイって訳じゃないけど、帰れるよ。
ついでに、君の親友でも安心させて来たら?ここの話をしたら、多分喜ぶだろう?』
「まぁ、あたしよりちゃんと小説読み込んでたしねー」


博愛主義者な彼女は、リーマス関係を拾い読みするあたしと違い、 原作を何度も読み直すだけでなく、ブルーレイも全巻完備していた。
US○のハリポタエリアで生き生きとあたしに解説しまくっていたのは、記憶に新しい。
本当は、ここに彼女も来れれば良いのだが、まぁ、世の中そう上手くは行かないのだ。

一緒にホグズミード散策をしたら、絶対楽しいよなーなんて想像しながら、 あたしは叶わぬ望みに心を馳せる。
すると、そんなあたしの思考を拾ったのだろう、 スティアはこてん、と首をかしげて爆弾発言を投下した。


『いや?普通に来れるけど?』
「……はぁ!!?」


普通ってどういうことだお前!!?

なにしろ、こっちからいなくなって、戻ることも出来ないと何日も何日も悩んでいたあたしである。
ハリポタ世界にそう簡単に行けるのなら、あの苦しみはなんだったんだ、という話だ。
あたしの立つ瀬がないだろう!
っていうか、よく考えたら、
スティアとサラで、両方から架け橋を維持してる云々って言ったなかったか、オイ!?
どっちも今、ハリポタ世界に来ちゃってるじゃん!維持できないじゃん!!

が、非難も露わなあたしの声に、しかし、スティアさんは通常運転だった。
曰く、ちょこちょこ利用していれば、魔力の残滓が残っているから大丈夫だのなんだの。
まぁ、胡散臭いことこの上ない答えだった。
今まで散々、説明で嘘を吐かれたり騙されてたりするあたしなので、 そう俄かには、スティアの話を鵜呑みに出来ないのである。
ということで、あたしは特に重要と思われる点だけを、重ね重ね確認することにした。


「……とりあえず、架け橋は使える?」
『うん。使える』
「で、あたしは自分の世界に帰れる?」
『うん。帰れる』
「しかも、ぐりさんもこっちに連れてこれるってこと?」
『うん。連れて来られるよ』


マジでか。


『まぁ、もっとも、あそこにも許容量があるからね。
例えば、君の親友以外にも何人かっていうのは無理だ。
基本的に僕と彼女で二人ってところかな。
あ、みたいに魔力が完全0って場合なら何人でも行けるかもしれないけど』
「完全0とか言うな!」


それだとあたしが無能みたいに聞こえるだろうが。

まぁ、そうであるならば、折角なので、ぐりさんをこちらの世界に呼ぶのも良いかもしれない。
丁度、時期もよろしく、活気に溢れるクリスマス休暇だ。
ホグワーツが始まってしまえば、そこを抜け出て観光なんて中々出来ないっていうか、許して貰えないだろうから、 勉強をしなくて良い今がチャンスである。
あたしはそう考え、スティアに詳しく、どうやったら彼女をご招待出来るのかを聞くのだった。

ただ、この行動をあたしは後で非常に悔いることになる。
何故、彼女を気軽に誘ってしまったのか、と。
心臓が凍るような恐怖と共に。







そして、あたしは、自分の世界に戻り。
ぐりさんへ連絡しようと取り出した携帯の画面を見て、目を見開いた。
(ちなみに元の世界に戻ったら、携帯はポケットに入っていた)
なんと、ハリポタ世界に旅立ってから、僅か数十分しか経っていなかったのである。
あっちで過ごした数日は何処に消えたんだ、と突っ込みたい。
こんな風に時間がでたらめだと、あたいの精神年齢はどうなってしまうのかしらん?

真面目に考えると超怖い。
なので、あたしは気を取り直して、とりあえず、親友と別れたお洒落な店に行ってみることにした。
流石にもういないだろうと思ってはいたが、案の定、そこに彼女の姿はない。
がしかし、あたしが忘れ物を取りに来たとでも思ったのだろう、 店の人は親切にもついさっき連れの女性がお帰りになりましたよーと教えてくれた。
なので、慌てず騒がず、携帯をコールすることにする。
呼び出すこと数回。
尋ね人は、程なくして、それに応える。
がしかし。


『もしもし?』


未だかつて聞いたことがないくらい訝し気な声だった。


「?あ、もしもしぐり?今どこにいるの??」
『…………』
「?ぐりさん?」
『……えっと……。さん?』
「うん?」
さん、だよね??』
「え?そうだよ??」


携帯に着信相手の名前は出るだろうに、何故そんなに念押しされるか分からなくて、 お互いに疑問符が飛び交う。


『……どっきり?』
「は?」


あたしのことを確認した後、彼女から出てきたのはそんな単語だった。(意味が分からん)
どうして、友達に電話を掛けただけでどっきりを疑われなきゃならないんだ、と、 軽く混乱しかけたあたしだったが、続く彼女の言葉に深く納得した。


『どうして、ついさっきハリポタ世界に行ったはずのさんから電話がかかってくるのかな?
流石にないと思うんだけど、サラと二人で私を引っかけた、とかないよね?』
「!?」


納得せざるを得なかった。

彼女の立場になって考えてみれば、簡単なことだったのだ。
散々意味深な会話をして、走り去った親友。
もう一人の親友曰く、異世界にGo!したそいつが、だ。
数十分後に暢気な声で電話してきたとか……まず、どっきりを疑う。間違いない。

っていうか、サラはマジにハリポタ世界云々の説明したんか。
当事者のあたしが言うのもなんだけど、 どこの夢小説やねん!ってよくならなかったな、ぐりさん。


『いや、もちろん最初はなったよ?』
「あ、やっぱり?……って、え!?
ぐりさん、いつの間に読心術をマスターしたの!!?第二のスティア!?
いや、電話越しだから、寧ろスティアより上!?」
『えーと……さん。心の声、思いっきり口に出てましたよ?』


電話越しでも、今のぐりさんの表情が分かる気がした。
すなわち、困り顔だ。
もちろん、あたしに千里眼があったり、読心術が使えたりするわけではない。


「ごほん。えーと、今の話はなかったことにして……」


あたしはその場を適当に流すことを決定した!
まぁ、なにはともあれ。
ぐりがあたしのしでかしてきたアレコレについて、説明を受けているなら話は早いのだ。


「もちろん、どっきりじゃないよ?その証拠に……」



「ぐりさん、あたしと異世界トリップしようぜ☆」



あたしは顔の見えない親友に対して、良い笑顔で親指を立てた。
で、


『……はい?』


戸惑う、ぐり(そりゃそうだ)


「だからね?ぐりさんとね?ハリポタ世界にinしたいな☆」


気にせず勧誘するあたし。
どちらに軍配が上がったかといえば、当然。


『そりゃあ、行けるなら行きたいけど……』
「やった!!」


まぁ、いつもの如く、あたしである。
どっか遊びに行く時とかも、割とあたしが誘って、ぐりはそれに乗ってくるパターンが多いんだよねぇ。
異世界への旅を、そこらのカラオケに行くのと同じノリで誘う女、それがこのあたしだ!

がしかし、あたしの誘いに対し、ぐりさんが妙な反応だったのにも理由がある。
彼女曰く、


『ヴォルデモートがいるところに、私が行ったら足手まといらしいよ?
ホラ、魔法使えるわけでもないし』


とのこと。
なんでも、一応はサラに手伝いを申し出てはみたものの、あっさりと断られたらしい。
がしかし、である。


「流石に二日や三日だったら、あたしとサラでフォローできるでしょ。
そんないきなり闇の帝王と遭遇イベント来ないって」
『あはは、フラグ立てるの止めてー』


言われて納得したのか、おどけて応じる彼女の声は明るい。
内心は、やっぱりハリポタ世界が気になっていたのだろう。
魔法が使えなかったとしても、店を見て回るだけでも楽しいだろうしね。

その後、あたしは彼女と合流し、
急遽、異世界旅行の為のお泊り会を決行した。
詳しい世界の架け橋への行き方は、正直あたしがよく理解していなかったのだが、 スティア曰く、あたしの傍でなにやらよく分からない魔法陣??を枕の下に敷き、 ハリポタについて考えまくっていろ、ということだった。
(魔法陣?はスティアから脳にデータ送信をされたらしく、あたしが書いた)

正直、こんな紙っきれで行けるのか?と非常に疑わしかったのだが、 そこは信じる者は救われる!精神でいくしかないと思う。

あたしは、彼女に布団を提供し、留守にしていたせいで若干暑苦しい部屋で寝転がった。
(どうでも良いんだけど、こっち夏であっち真冬って、どう考えても心臓に悪いと思う)


「えーと、とりあえず、あとは寝れば良いらしいから……。
ぐりさんは辺りが真っ白なところに着いたら、そこから動かないでくれる?」
「了解しましたー」


同じく、にこやかに寝転がるぐりさん。
その姿は、急遽決まったお泊りを反映して、目にも眩しい、キャミソールに短パン姿である。
Tシャツも貸すよと言ったのだが、遠慮深い彼女に固辞されてしまったのだ。

正直、その姿で冬のホグワーツ行ったら、寒がりな彼女が死んでしまう気がしたが、 まぁ、あっちで着替えを貸すなり、スティアに早着替えさせてもらえば良い話だ。
あの真白の空間は暑くも寒くもないので、問題ないだろう。
それに、上手くタイミングがあえばサラもこのぐりの素敵姿を拝める!
普段、肌の露出が少ないさんなので、その破壊力たるや凄まじいことになるだろう!!
サラはあたしに跪いて感謝するが良いさ☆

運が良ければ、親友に大きな貸しが出来るかもしれないと算段を立て、 内心、ひっそりとほくそ笑む。


「ふふふふふふ」
「?さん??」
「へ?あ、なんでもないー。おやすみー!」


後にして思えば、部屋をクーラーでガンガンに冷やして、 少なくとも長袖のジャージでも着させてあげればよかったと思う。
だがしかし、親友の恋路を応援したいとうっかり思ってしまったがために、 あたしはただでさえ大変な彼女を更に窮地に陥れてしまったのだった。







そして。


「おお!ほんとに、ちゃんと辿り着いた!!」


自分の家なので、何の気兼ねもなく寝入ったあたしは、 ぐりさんよりも先に世界の架け橋に辿り着いていた。
半信半疑だったが、魔法陣はきちんとその役目を果たしてくれたらしい。


「僕が指示したんだから、当然だろう?」


と、そこで見えない扉から現れたかのごとく、 唐突にスティアの声がした。
その低さからいって、人間.verだなと思いながら振り向くと、


ポスっと。


「お早いお戻りだね、
「〜〜〜〜〜〜」


スティアさんは、何事もないかのような自然さで、ハグしてくる。
完全なる不意打ちのため、流石に照れるあたしであった。

あ、もちろん、スティアのイケメンっぷりを至近距離から見たせいじゃないよ?
ホラ。あたしも夏使用の寝間着のため、まぁ、そこそこ薄着な訳だ。
当然、その状態でハグなんてされた日には、 スティアとリーマスの違いなんか意識しちゃったりなんかしちゃったりする訳で。
リーマスはね?ああ見えて素敵筋肉が全身についてるのよ、実は!
で、スティアより大きいもんだから、ハグされると、その逞しい胸板に顔を埋めちゃうっていう……

思い出しハグに、なんだか幸せな気持ちになってきた。
すると、そんなご満悦なあたしの心が伝わってしまったのだろう、 心の底から嫌そうに表情を歪めて、スティアが体を放した。


「あのさ。人に抱きしめられてるっていうのに彼氏を思い出すって、どうなのそれ?」
「え?いや、リーマスと比べてスティアが貧弱だなぁーとか、
身長低いなーとか、そんなことは断じて思っていないよ?」
「思ってたら、今すぐ首を絞めているところだよ」


こわっ!

本気と書いてマジと読みそうなスティアさんの空気に、 あたしは危機感を覚えたため、さっさと話題を転換することにした。

きょろきょろと辺りを見回し、そこに素敵な猫目の彼女がいないことを確認する。


「ねぇねぇ。そういえばぐりさんは?まだ来てないの?」
「うん?ああ、彼女はまだだよ。その内来るんじゃないの?」
「一緒のタイミングで寝たんだけどなぁ。
本当に大丈夫なの?ぬか喜びさせたとかだと、後で土下座しなきゃなんだけど」
「本当に失礼だな、君は。
一緒のタイミングで寝ても、同じ瞬間に眠りに落ちるとは限らないだろ。
っていうか、大体の場合で、は君より寝入るの遅いから。
君の寝息とか聞いちゃってるから」
「マジか!?」


ヤバい、あたし変な寝言とか言ってなかったよね!?
そして、何故スティアがそれを知っている!?

と、あたしが切にスティアと話し合いをする必要性を感じ、 奴に詰め寄っていると、ふっと、目の前の空間に揺らぎが生じた。
(見渡す限り白いっていうのに、揺らぎが確認できるってどういうことなんだろう??)

で、その揺らぎは瞬きの間に人の形を取り。


「それは、蛇野サラの記憶があるからだろうな」


まるで、今までの会話を聞いていたかのように、絶妙の呼吸でサラが合いの手を入れてくる。
なんだろう、ここは不思議空間だからなんでもありなんだろうか?
それともまたあれか?読心術??
……皆して、あたしの思考を読むのを止めて頂きたい。


「いや、だから、君の思考は周囲にダダ漏れなんだって。
本当に、頼むから、秘匿回線使ってくれないかな」
「そんな回線選べるだけのスキルがあたしにあると思う方が間違ってるだろうが。
お前らみたいなチートと一緒にするんじゃない」


あたしだって、別に地頭は悪くないはずなのに、 お前らが優秀すぎるせいでお馬鹿さんに見えるじゃないか。

「いや、君は馬鹿だよ?」とかなんとか、スティアが言っているが、 あたしは華麗になにも聞かなかったことにした。
ひょっこり現れた銀髪美少年へと目を向ける。


「なんか、色々やることあったって言ってたのは終わったの?」
「ああ、問題ない。恐らくが大喜び間違いないサプライズゲストも用意したから、楽しみにしていてくれ」
「サプライズゲスト?え、誰だろ……。マルチとか嫌なんですけど」
「マルチ?」
「マルフォイ父の略」
「となると、子どもの方はマルコか?」
「流石サラさん。察しが早い」


どうやら、スティアの生みの親?であっても、そこまで細かいことは分かっていないらしい。
寝る前にぐりに確認した感じだと、彼女もあらすじを聞いたくらいのようなので、 サラも多分、あたしの物語についてはその程度の知識量なのだろう。
まぁ、スティアが小姑のように逐一あたしの失敗談を語ってたら嫌だし。

と、あたしがサラと話し出したのが気に入らなかったのだろう、 スティアが猫のように体をすり寄せてくる。
過剰なスキンシップが、まるで嫉妬深い子どものようで、少し笑えた。
見た目お子様な、あたしとサラより子どもってどうよ?
あー、でもスティアって実は案外若いんだっけ?
どうなんだっけ?


「ねぇねぇ、サラ。スティアって幾つくらいなの?」
「は?君、いきなり何言い出してるの?」
「年齢的な話か?」
「うん」
「そうだな……。私があちらにいた時の年齢+こちらの年齢だから……。
精神年齢的には半世紀はいっているだろうが。なにしろ子猫も混ざってるからな……。
嗚呼、でも、分霊箱ホークラックスになってからだと、 記憶を馴染ませていた期間を含めてもまだ小学生ってところじゃないか?」
「見た目は子ども、頭脳は大人!?」
「殴るぞ、馬鹿な大人二人!」


今のスティアの姿はせいぜいが二十手前というところなので、 多分、色々な面を総合して、このくらいの年齢になっているのだろう。
なので、もちろん小学生のようにあたし達にからかわれっぱなし、なんてことはなく。


「そんなこと言ったら、君たちの精神年齢とか軽くヤバいんだからな。
は元の年齢+ハリポタ世界での6年だし。
そこの奴なんかサラザールの年齢+の世界の小学生から現在なんだからな!」


と、エライことを言い出した。
どうやらあたし達はとんだ年齢詐称集団だったらしい。


「なんてこった。6つも年上になってただと!?
ぐりさんと話が合わなくなったらどうしよう」
「きっと、のことだから生暖かい目で話を合わせてくれるんじゃないか?」
「嫌だな、それ!」


サラはぐりさんの話題が出たからか、少しテンション高めで口の端を持ち上げた。
子どもに戻っているせいで、その表情が鬼可愛いな、と軽く身もだえつつ、 そういえば、まだあたしはここにぐりさんが来ることをサラに言っていないことを思い出した。
奴がここに来たのは、きっと彼女にあたしが上手くリーマスと再会できたと一報を入れる為だろう。
さっきの様子からも分かる通り、良くも悪くもぐりさんにぞっこんなのだ。
であれば、わざわざ戻らなくても、もう少し待てば良い。

もちろん、その格好は後のお楽しみということで触れず、 あたしもサプライズゲストがいることだけ告げようと、口を開く。

すると、その瞬間。

ぐにゃり、と。
先ほどサラが現れた時と同じように、空間が揺らいだ。


「あ!噂をすれば!」


そして、その揺らぎは見る間に見慣れた親友の姿を取って。
喜び勇んで近寄ろうとしたあたし。

がしかし。


「なっ!?」


珍しく、というか初めて聞く程、狼狽えたサラの声が響いた瞬間、


バチィッ!!


世界に、衝撃が走った。
それは、まるでなにかを拒絶でもしたかのように。
縦横無尽に、青白い稲妻が駆け。

そして。



――――――っ!!」



声なき悲鳴を上げて、親友が落ちていった。
白い闇へと。
真っ逆さまに。



驚愕に目を見開き。
助けを求める口が、目に焼き付く。

間違いなくあたしの足元には、見えない床があるのに。
彼女の足元の床は抜けてしまった。
そんな、冗談みたいな光景だった。


「……ぐ、り?」


え。
あれ?

今の。
なに……

状況が、把握できない。
さっきまで、酷く和気藹々とした雰囲気で。
楽しくて。
なのに。
どうして。


!!」


多分、あたしが惚けていた時間は1秒にも満たないだろう。
そして、その思考停止状態は、サラの叫びで終わりを告げる。


「…………っ」


慌てて、彼女が現れた場所まで駆け寄るが、 そこに辿り着く直前に、スティアの腕がそれを留める。


「待った。そこは軽く崩壊しているから、危ないよ」
「!!!」


その、やけに冷静で落ち着いた様子に、頭に血が上ってしまいそうになった。
が、それで事態が変わるわけではない。
寧ろ悪化しかねないため、あたしは必死に状況を整理しようと、スティアに詰め寄る。


「スティア!ぐりは!?今なにがあったの!!?」


すると、彼の返答はいとも簡単なものだった。


「弾かれたんだよ。ここの許容量を超えてしまったから」
「きょよう、りょう?」
「そう。前に言っただろう?ここの定員はせいぜいが僕と彼女の二人だって。
そこの、『僕の元』が来た時点で、ここはいっぱいになっていたんだよ」


スティアは語る。
許容量を超えてしまった分は、この架け橋から弾き出されて。
どこかに行ってしまったのだ、と。


「でも……だって、魔力がなければ、何人でも行けるって……っ」


そう、聞いていたから。
だからあたしは、この場所で、ぐりとサラを引き合わせたいなって。
そう、思ってすらいたのに。

それが意味することとは。


「彼女に魔力がないだなんて、誰が言ったんだい?」
「っ!」
「僕は言ったよ?『君の親友以外は連れて来れない』って」
「っっっ」


魔法が使えないことと、魔力がないことはイコールではなく。
ぐりには、魔力があるのだと、金髪の彼は言う。


「まぁ、安心しなよ。今、そこのそいつが必死に魔力の残滓を確認してるから。
多分少ししたら見つけられるんじゃないかな?」


そいつ、というのはサラのことだろう。
あたしと同じように。
いや、あたしより早く、ぐりがいた場所に辿り着いたサラは、 慎重にその場に手をついて、微動だにしなくなっていた。

頭の回転の速いサラのことだ。
一瞬の内に状況を理解し、それに対応したのだろう。
ざわざわと、風もないのにその銀糸の髪が宙を泳いでいた。


「とりあえず、さっきの影響で、この架け橋にもあちこち綻びが出ている。
君は無暗に動かないでよね。予想以上に被害が大きかったんだから。
これ以上壊れると大問題だ」


と。
スティアの口調に、なんだろう。
微かなひっかかりを覚える。

そう、スティアがサラを元にして生まれたというならば。
この状況で、その冷静さは、不自然だ。
サラの様子を見れば、それがよく分かる。


「予想、以上って……こうなることを予想してた、の?」
「うん?いや、許容量の話をした時に、それを超えた時のことをちらっと考えたくらいだよ。
もう少し、拒絶反応も小さいと思ってた」


いつもの調子で解説をするスティア。
まるで、用意していた台詞を、よどみなく言うかのように。
それに気づいてしまったら、もうあたしは口を噤むことしか出来なかった。

だって、もし、今の状況がスティアの想定内だとして。
そこにどんな意味があるのか、皆目見当がつかなかったし。
それに、なにより。

スティアは、あたしのために以外動かないことを知っていたから。

そんなあたしに、なにが言えたというのだろう?

そして、あたしとスティアが見守る中、意識を集中していたらしいサラ。
彼が溜息を吐いて立ち上がったのは、大分時間が経ってからのことだった。


「見つけたのは、見つけた」


その険しい表情と歯切れの悪い言葉から、最悪のことが頭をよぎる。
がしかし、あたしがよほど酷い表情をしていたのだろう、 彼は安心させるように軽く微笑むと、そっと頭を撫でてきた。


「安心しろ、は恐らく無事だ」
「っ!ほんと!?」
「ああ。ちゃんと目的の世界にも辿り着いている。
これで、別世界だった場合には、かなり厄介なことになっていたが、どうやらそれもないようだ。
ただ……」
「ただ!?」
「見つけるのに少しばかり時間がかかった。だから、すぐに合流は難しいだろう」


ここと、他の場所は時間の流れが違うから。
今すぐ追いかけても、何日かのずれは生じてしまう、と。


「〜〜〜〜〜〜」


それはつまり、親友を一人、 見知らぬ土地に放り出してしまった、そういうこと。

あたしは、彼女に届かなかった手を、白くなるほど握りしめながら、 彼女の無事を願う。

これが、あたし達の後日談。
始まってしまった、終焉の物語のプロローグだった。





まずは自分を殴ることから始めよう。





......A sequel to the story is now over.
To be continued.