昔の自分が見れば、あり得ないと叫ぶだろう。





Phantom Magician 日談 9





「なっ!!」


誇大妄想にしても度が過ぎたそれに、もはや絶句するしかないが、 男は至極真面目に、「つまり君の先祖だな」と続けた。
少年と呼称するのが間違いであるかのような視線と雰囲気を持ちながら。
しかし、どこから見ても10を僅かに過ぎた程度の年恰好で。

恐ろしいことに、そこには一片の嘘偽りがないようにさえ見えた。


「嘘だ!サラザール=スリザリンは千年も前の人間だぞ!?」
「気持ちは分かるが、別の次元にいたものでな。
感覚的にはまだ十数年前、といったところだ」
「!」


『異世界』だのなんだの、男は滔々と言葉を紡いでいく。
ひょんなことから自分の子孫(というか僕)が好き勝手暴れていることを知った、だとか。
自分の不始末は自分でどうにかするべきだろう、だとか。
もっともらしくも適当なことを言ってくる相手に、本気でどう対処すべきか迷う。

偉大なるサラザール=スリザリンを自称する相手だ。
消し炭にしてしまうのが、一番良いことだろうとは思う。
けれど、もし、男の言っていることが本当だったら?
男の言葉は、出来すぎた騙りのようにも思えるが、一瞬で切り捨てることもできないなにかがある。
それと、自分の体を顕在させたというその魔力や力量……。
男の言葉が嘘だろうが本当だろうが、それだけは事実だった。

気付けば、口の中に溜まっていた唾をごくりと飲み下し、 僕は慎重に言葉を選ぶ。


「貴様がサラザール=スリザリンであるという証拠はあるのか?」
「パスポートが偽造されるような時代で無茶を言うな?
証拠……ホグワーツについて詳しい、というのではお前は納得しないだろう?
サラザール=スリザリンのロケットも持っていないしな……。
さて、どうしたものか?」


つ、と男は首を傾げながら、背後を見やる。
すると、まるで闇から溶け出てきたかのように、一匹の黒猫が「にゃあ」とそこから現れた。


「っ!」
『とりあえず、バジリスクに証人になってもらえば良いんじゃない?
リドルだって、バジリスクの主が君だって知っているはずだろう』

「……なるほど。だが、今は真冬だぞ?あれは寝ているはずだろう」
『確かにそうだけど。じゃあ、他に何か名案があるとでも?』
「しかし、気が進まないな……。嗚呼、そうだ。
ゴーストや絵画の住人などの証言ではどうだ?トム=リドル」


さっきまでの幻を思い出し、鼓動の早まる僕の様子には気づかず、 男は猫と何事か話したようで、いきなりそんな提案をしてくる。
が、それどころではなかった僕は、その唐突さに「は?」と間抜けのような声を上げてしまった。


「だから、ゴーストや古い絵画は、開校当時のホグワーツを知っているだろう?
少なくとも面通しくらいならできるはずだ。それなら証拠になるか?」
「!」


もっともな言い分に一瞬、それなら確かに……と思った僕だったが、 あちらから提案してくるほどだ。それに証拠となる価値があるかは甚だ怪しい。
そのことを声高に指摘するが、しかし、相手はどこ吹く風といった感じだった。


「外見なんて、魔法で幾らでも変えられるだろうっ」
「確かにそうだが。果たして、サラザール=スリザリンの外見を正確に描写した本が存在するかな?
髪の色や肌の色くらいなら容易に模倣できるが、
目の位置からなにからを文字で表現することは不可能だと思うが?」
「絵があったかもしれないだろう。写真とか」
「中世のヨーロッパだぞ?今だストロボを焚いている世界であるはずがないだろう。
それと絵だが、サラザール=スリザリンがこの世界に存在していた時に、
そんな物を描かせた覚えも許した覚えもないな。
仮にあったとしても、それは想像図とでも言うものだ。
本物とはほど遠いと皆が証言することだろう」

『ああ、ユニバーサルにあったあの白髪の老人みたいな?』
「そうだな。嗚呼、そういえば実はかなり気になっていたんだが、
ここでも、秘密の部屋の内装がサラザール=スリザリンとされる老人の胸像になっているのか?」
『あー、うん。見れば分かると思うけど。実際目にすると凄いね。爆笑物?』
「……何故、そんなことに?」
『それもゴーストに訊いてみれば良いんじゃない?』


論理的に僕と会話したかと思えば、猫となにやら訳の分からないことを話している風の男。
いきなりそれがサラザール=スリザリンだと言われても、 ゴーストが証明したとしても、まるで認められるはずなどない。
がしかし、だ。
自分の奥の奥の方で、そうなのか、と納得している部分もないではなくて。

僕は、一応の区切りを付けるためにも、男の提案を呑むことにした。


「良いだろう。一応ゴーストに話は聞いてやる」
「そうか。なら良かった」
『なんで上目線なんだ、コイツ』


と、男はにこり、とサラザール=スリザリンには相応しくない表情で笑い、 「では、行こうか」としなやかな手を差し伸べてきた。


「……なんだ、この手は?」
「ゴーストに話を訊きに行くのだろう?
なら、大階段のところで絵画たちと話をつける方が早い。
だから、大階段まで連れて行こうとしているんだ」
「っ」


その言葉に、幼子のように手を引かれて歩く自分の姿を想像してしまい、戦慄する。
幾ら子孫だからといって、そんなことをするか?普通。
自分の中のサラザール=スリザリン像とはあまりにかけ離れた気さくさに、 やっぱり、コイツは違うだろうという思いがひしひしと重量を増していく。


「僕はここにいた人間だ!幾ら時間が経っていたとしても、大階段の場所位分かる!」
「?知っているが。……ああ、歩いては行かないぞ?姿くらましのような物をするんだ」
「!?」
『おて〜て〜つ〜ないで〜なんて、ぞっとするよね』


反発もあって、その手を睨みつけた僕だったが、 続けられた言葉にかーっと、顔面に血が上る感覚があった。
久しぶりに他人と話すせいか、その相手がサラザール=スリザリンを呼称しているせいか、 いまいち勝手が掴めない。
なんだ、この辱めは……。

と、僕が別人かと見まごう程、挙動不審でいると、 論より証拠とでも思ったのか、自称サラザールは僕の手首をさっさと捕まえた。


raido


ぐいっと。
男の言葉が終わるか終らないかというところで、へそからどこかに引っ張られる感じがした。
それは確かに、姿くらましをする感覚とよく似ている。
しかし、あの独特のパチン、という何かが弾けるような音はなく、 いつかどこかで経験したように、僕は気づけば、大階段の絵画の前に佇んでいた。







「馬鹿な!?ホグワーツでは姿くらましはできないはずだ!」
「だから、『のような物』と言っただろう?今のはルーンの応用だ。
ホグワーツは開校当初から、建材の中にルーンが刻んであるからな。
それさえ理解していれば移動も探知もお手の物というところだ」
「〜〜〜〜〜っ嘘だ!ダンブルドアも、ディペッドもそんなことを知っている気配はなかった!」
「歴代校長に位は伝えていると思うが……どこかで伝え漏れでもあったんじゃないか?」


しれっとした回答に、思わず唖然とする。
そんな、ホグワーツの機密を伝え忘れるような人間がいるなんて、ありえない。
だが、男は「なにしろ千年だからな」と、なんてこともないような表情をしていた。

思わず糾弾したくなったが、しかし、僕が声を発する前に、 男は突如出現した僕たちに目を丸くしている絵画の住人を適当に見つけ、 ゴーストと古株の絵の住人の召集を頼んでいた。(サラザール=スリザリンが絵に物を頼む!?)
さっきから頭の中に「ありえないありえないありえない……」
とこだまする僕の心中を慮ってくれる者はもちろんいない。

ホグワーツ中に声をかけるのなら、集まるのに相当の時間がかかるだろう。
そう見当を付けていた僕だったが、しかし、その予想に反し、 ゴーストや絵画の住人が大階段に集合するのには、それほど待たされることがなかった。

そして。


「「「っ!」」」


集まった連中は一様に息を飲み。
まるで、示し合わせたかのように。

ザッ


その場に跪いた。
まるで、そうすることがなによりも自然な行為のように。
まるで、彼らの主へ敬意を示すかのように。


「!」


それは、痛いほどの静寂だった。
誰も彼もが、呼吸をすることすら忘れたように、物音一つ、ここにはしない。
まだ幼さの残るあどけない少年に頭を垂れる人影の山は、一種異様な空気さえ醸し出すかのようだ。
と、自称サラザールはそれに対して、少しばかり困ったように首を傾げ。


「なんだか、国王にでもなった気分だな」


などと、至極呑気な感想を述べるのだった。


「…………」


国王ってなんだ他に色々思うべきところはあるんじゃないのか というか千年だか十数年だか知らないが異世界に行ってたのなら 故郷に帰ってきた感慨とかそういうものが普通あるだろう いや自分も自分の故郷にそんなものはないのだけれど 創設者なんだったらホグワーツに思い入れとかあるよな なかったら跪いたこいつらが憐れすぎるだろう流石に――

などと、そんなあれこれが、声に出ないままに頭の中でぐるぐると巡る。
がしかし、男の感想はよく聞こえなかったのか聞かなかったことにしたのか、 男の声に我慢が利かなくなったのだろう、灰色の淑女レディと呼ばれるゴーストが、 感極まった様子で男の前に進み出てきた。


「サラザール様……っよくぞ、よくぞお戻りにっ!」
「君は……ヘレナか?」


がしかし、さっきまでのほほんとしていた空気が、 女を見た瞬間に、急速冷凍されたかのように凍える。
声が変わった訳でもない。
怒鳴っている訳でも、杖を取り出した訳でもない。
ただ、表情の一切が消え失せただけだ。
それだけだというのに。


「何故、そんな愚かなことを?」


周囲の全てを圧倒する程の威圧感を、男は放っていた。

ぞくり、と最初に目を合わせた時とは比べ物にならない程の鳥肌が全身を覆う。
逃げ出したいと思うのに、体は指一本とて動かせなかった。
その凄まじいまでの存在感に、さっきまで疑っていたことを撤回して、 さっさと頭を垂れたくなってくる。
そこにいたのは、まさしく非情なる創設者、サラザール=スリザリンだった。

そして、そんな男の視線を一身に浴びたゴーストは、 ただでさえ銀色の頬を更に透き通る程にして、わなわなと震えだす。


「っっっっっ!わ、わたくし、は……っ」
『うわー……ヤな奴だな、本当。
自分に恋い焦がれるあまり死に損なった相手にそういうこと言う?普通』



にゃあーと、空気が読めないのか、非難するような声をあげる黒猫。
そのメンタルに驚愕していると、灰色の淑女レディとサラザールの間に割り込んだ影がある。


「この方を非難するのは、お待ち頂きたい」
「……嗚呼、君か。確か男爵の――
「名前はとうに捨てた身。どうか、その名前でお呼び下さいますな」


それは、淑女レディと同じく銀色に輝く体を持つ、寮付きのゴースト。
血みどろ男爵だった。
いつも不遜な態度しか見たことがないゴーストだったが、 それがまるで嘘のように、慇懃にサラザールに対峙する。
それに対して、サラザールは目を細めると、同じように冷たい無表情で彼を見据えた。


「君がゴーストになった由来も知っている。……馬鹿なことをしたな」
「なんと言われようとも弁解の余地はございませぬ。
ですが、彼女は違う。非難されるべきは私です」
「お前……っそこをどきなさい!お前に庇われるなど、屈辱以外の何物でもない!」


気位の高い女ゴーストは、しかし、なにが気に入らないのか、男爵を押しのけようとする。
それを、二人の男は視線だけで黙らせ、事情の分からない人間には全く意味不明の会話を続けていく。
僕は、サラザールに気圧された心を抱えたまま、ただただそれを見届ける。
まるで、よくできたお伽噺を聞いているような気分だった。


「私は……貴方を恨み申し上げておりました」
「…………」
「あの方の心には、いつも貴方がいた。
どれほど心を砕き、どれほど熱意を注ごうとも、あの方は振り向いては下さらなんだ。
ですから、ロウェナ様にあの方の捜索を頼まれた時に、これが最後の好機だと思ったのです。
けれど、あの方は私の想いには決して応えてはくれなかった。
今でも覚えております。刃が食い込む感覚も、その血が酷く熱かったことも。
……あの方は事切れる瞬間まで、貴方を呼んでいた」
「…………」
「嫉妬で狂いそうでしたがな。あの方を連れ帰るとロウェナ様に約束したのです。
殺されるのを覚悟して、私は血に塗れたまま、あの方をここホグワーツへ運びました。
けれど、私を迎えたのは怒りに燃えたロウェナ様ではなかった……っ」
「なるほど。それが……灰色の淑女レディ
「!」
「ええ。その通りです。あの方はご自身の存在を捨ててまでも、貴方を待つことを選んでいた。
それを知った時に、私は気づいたのです。私が間に入れるはずなど、なかったのだ、と」
「……それは違うな。人は変わる。生きてさえいれば」
「……その機会さえ己で潰した私には預かり知らぬことです。
あの方がこのような残滓になられたのは、私が原因。
非難するならば、どうぞ私を」


どうやら、その会話を整理すると、 サラザールに惚れていたレイブンクロー所縁の女に血みどろ男爵は惚れており、 靡いてくれない相手に業を煮やした男爵が女を殺してしまった、ということのようだ。
何故それでサラザールが怒るのかはよく分からないが、 惚れられていた位だから、多少の関わりがあったのだろうか。
歴史書にも書いていない、千年前の話に、多少の興味を覚え始めた僕だったが、 サラザールはここで不意に、ふっと表情を和らげた。


「いや、私には非難する資格などない。なにもかも置いて行ったのは私なのだから。
ただ、ロウェナはきっと、嘆き悲しんだだろう」
「……それはもう。ご息女が宝冠を持って失踪しただけでなく、 ゴーストになって戻ってきたのですから」


どうやら話は一段落着いたのだろう、 しんみりと過去を回想しているかのような二人を眺めながら、 僕は他人事のように「そうか、灰色の淑女レディはロウェナ=レイブンクローの娘だったのか」と、 新たな事実を頭に書き留めていた。
と、その時だ。
ばちり、と音がしそうな程唐突に、件の灰色の淑女レディと目が合う。
彼女はさっきまでただひたすらにサラザールだけを見つめていたので、 ここで初めて僕という存在に気付いたらしい。


「!!」


そして、そこからは劇的な変貌ぶりだった。
まるで、見てはいけない物を見つけてしまった人間のように、彼女は大きく目を見開いたかと思うと、 瞬時にそれを吊り上げ、僕が避ける間もない程の速さでこちらに詰め寄り、絶叫したのだ。


「宝冠!!!」
「っ!な、なんだ……!?」
『あ。忘れてた』


突然のことに目を白黒させている僕に、女は狂ったように「盗人」「返せ」「詐欺師め」などと叫び続ける。
それは、長年降り積もった怨嗟の叫びだった。
この女ゴーストにこんな風に糾弾される覚えはないので、 衝撃から覚めると、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
と、僕が痺れを切らしそうになった頃、すっとサラザールが間に割って入ってきた。


「ヘレナ、落ち着きなさい。これは、君を騙した者そのものではない・・・・・・・・
「!」
「嘘です!この顔!忘れるものか!!母の髪飾りを奪った盗人!」
「これはもう別物なんだ。あれとは乖離させている。
それに、髪飾りはすでにこちらの手の中だ」
「!!?本当ですか!?」
「ああ……ただ、これを言うのは申し訳ないんだが。
闇の魔術が施されていて大層物騒な代物になっていたので、我々が破壊してしまったんだ」
「〜〜〜〜〜〜〜っ」


ゴーストも轢きつけをを起こしたりするのだろうか。
そう危惧するほど、灰色の淑女レディは取り乱し、僕に襲いかかってきたので、 その他大勢のゴーストが引き摺るようにこの場から連れ出した。

その後、嵐のような一幕が過ぎ去ったその場の空気を払しょくするように、 それまで黙って成り行きを見守っていた首なしニックを始めとする他の面々、 絵画の住人が口々にサラザールと会話をしようと口を開きだし、 恐ろしく賑やかになった大階段にダンブルドアがやってくるのは当然の成り行きだった。







もちろん、ダンブルドアからは在校当時の姿をした闇の帝王(?)がいることに対して、 それはもう凄まじい追及が行われた。
ダンブルドアは嫌いだが、まぁ、その気持ちは理解できる。
というか、それが普通の反応というものだろう。
だがしかし、サラザール(今はサラ=ヘビノと名乗っているらしい)は、 それをのらりくらりと躱し、時に誠実に、時に狡猾に、僕という存在をダンブルドアに認めさせた。
少なくとも、もう僕と闇の帝王は別物なのだと。
それだけは力を込めて。

誰かに庇われる経験なんて。
しかも、それを自分が仕向けた訳ではないなんて、新鮮で。
妙な気恥ずかしさと居た堪れなさ、そして仄かな嬉しさが、ない交ぜになる。

それはきっと、永劫とも思える孤独の中で芽生えた、『なにか』なのだろう。
認めるのは抵抗があるが、しかし、それでもそれを捨てることはもう出来そうになかった。

こうして、僕――リドル=スリザリンの人生はスタートした。
その第一歩目が、の護衛だとかいうのは、状況的にとても拒否できないくらいになってから知ったけれど、 でも、最悪という程のことではないな、というのが正直な感想だった。





誰かを許容する自分なんて、もう別人でしかない。



......to be continued