彼は、嘘を言っていない。





Phantom Magician 日談 7





不意に。
本当に、なんの前触れもなく、僕はぽっかりと目を覚ました。


「……なんだよ、まだ夜中じゃないかぁ」


ふあ〜ぁと大口を開けてあくびをしながら外を見れば、 見事なまでに真っ暗闇が広がっている。


「う〜……さむっ」


多分、起きるまでは布団から出ていたのだろう、頬や耳が氷のように冷たい。
ウチはそんなに裕福じゃないので、隙間風はどうしたって入ってきてしまうのだ。
寝ていれば意識しないで済んでいたが、起きてしまったのだから、気になって仕方がない。

僕はそんな顔を温めるべく、布団の中に引きこもることにした。
がしかし。
布団を顔まで引き上げる直前、目に入った景色に違和感を覚える。


「?」


暗闇に慣れた目は、月明かりだけでも、部屋の中の物をそこそこ見取ることができたのだが。

今、一瞬、なにか……?
いやいやいや。きっと気のせいに決まってる!
ホラ、クリスマス休暇に入る前に、ハリーやハーマイオニーがお化けの話なんかしてたから!
だから、きっと部屋の中の物が 人影みたいになんとなく見えちゃったりなんかしちゃったりしただけで……!!


『あれ。なんだか起きてるっぽい?』


と、内心変な汗が出てきた僕の耳は、とうとうこの部屋で絶対に聞くはずのない音を捉えた。
そう、その音は……猫の鳴き声だ。
ウィーズリー家には猫なんてものはいない。
もしかしたらジニーがこっそりと部屋に連れ込んでいる可能性があるかもしれないが、 それだったら、自分はともかく、他の兄弟が気づいてなにかアクションを起こさないはずがない。
思い出す限り、フレッドもジョージも、特になにか変わった様子はなかった。

となると、野良猫かそれとも化け物か……蜘蛛の化け物よりはよっぽどマシだけど、 自分の部屋なんて場所にはどんな化け物も出てきて欲しくはなかった。
かと言って、隣に寝ている兄弟を起こすのは気が引ける。
特に双子に気づかれたらまた「ロニー坊や」などと呼ばれるに違いないからだ。

どうしようどうしよう、と頭をフル回転させていると、


「ふむ。もしもし、ロナルド=ビリウス=ウィーズリー?
就寝中のところ申し訳ないが、体を起こしてくれないか?」


などと、朗らかに声をかけられ、あまつさえ体を揺さぶられた!

なんてフレンドリーな化け物なんだ!?
と戦慄し、震える手で、しかししっかりと布団を握りしめなおす。
こういう化け物は、姿を見た瞬間に自分の身が危うくなるものなのだ。
絶対に見るもんか!と瞼をぎゅっと閉じる。


「い、いやだ!そんなこと言って僕を食べる気だろう!?」
「子どもを食べる趣味はないな……。そんなつもりもない」
「……え、ないの?」


しまった。
至って冷静な返答が返ってきてしまった。
ここで「誰にそんなこと言われたんだい?」とか「君と仲良くしたいんだ」とか、 そんな感じの耳障りの良い言葉が猫撫で声で返ってきたら、間違いなく悪者だと判断出来たのに!
ええと、ええと。こういう場合ってどうしたら良いんだろう!?

とりあえず、淡々とした口調からは「そんな馬鹿なことする訳ないだろ」って雰囲気がにじみ出ていた。
まぁ、確かにこうして夜中に子どもに声を掛けてくるのは人食いの化け物とは限らない。
(というか、声を掛けてきた時点で、大体は化け物じゃないんだけど)
となると、あと考えられるとすれば……


「じゃ、じゃああれだ!ウチにお金はないぞ!!」
「は?」


誘拐犯だ!
近所にあまり家がないから目を付けられたに違いない!!
馬鹿な奴だな!ウチを見れば請求するお金がないことくらい、すぐわかるだろうに!?


「攫うんなら、マルフォイとかマルフォイとかマルフォイとか!
もっと悪どいことして儲けてる金持ちにしてくれ!!」


もちろん、実際そんなことになったら僕は後悔の嵐に叩き落されるのだろうが、 今の僕にそんなことを考える余裕はもちろんなかった。
で、僕の心からの叫びを聞いた犯人はというと、


「嗚呼……うん。誘拐犯なのは間違いがないな。
だが、安心しろ。営利目的ではないから」
「へ?」
「こういう場合はなんて言うのが一番効果的なんだろうな?
の方がこういうことは得意な気がするんだが……、まぁ、仕方がない」



「『おめでとう、君は選ばれた勇者だ!私と共に世界を救って欲しい!』かな?」



『誘い方が適当すぎるだろ……』


にゃー、とものすごいやる気のなさげな猫の鳴き声は、しかし、僕の耳には入って来なかった。


「僕が……勇者……?」
『ホラ、流石のロンだって、そんなのには――…』
「僕 で 良 い の !?」
『って、オィイイィイィイイィ!?』


跳び起きて、相手の手をがしっと握った僕は、 やっぱり、猫の絶叫なんて聞いていやしなかったのだ。

こうして、僕は家の時計が安全な「家」から「命が危ない」を指したことも知らずに、 うっかりと悪魔の誘いに乗ってしまったのである。







『選ばれた』『勇者』『世界を救う』

そんな男心を擽る単語に免疫なんて皆無だった僕は、 あれよあれよという間に、黒猫を連れた銀髪の少年によって、ホグワーツに連れてこられてしまった。
(ちなみに、神様の使いとか言われて納得の、もの凄い美少年だった)

後から考えられたなら、どう考えても怪しいというか、迂闊すぎやしないか、とか。
色々突っ込みどころは満載なんだけど。
なにしろ、普段から良い意味でも悪い意味でも目立つ兄妹に囲まれている僕が、 自分にもなにか出来る機会を示されたら、それに飛びつかないではいられなかったのである。

しかも、連れてこられた先が馴染みのホグワーツだったこともあって、 僕はいよいよ肩の力を抜いた。


「えっと、で、僕はこれから何をしたら良いの?ヘビノ」


キョロキョロと周囲を見回してみると、そこはどうやら妖精の魔法の教室前のようだった。
(流石、神の使い。ホグワーツ内にも姿現し出来てしまうらしい)

あまりに身近すぎて、ここから世界を救う旅が始まるとはとても思えなかったのだが、 呼び掛けに振り向いたヘビノ少年は、にこりと優し気に微笑んだ。


「まずは、君が選ばれた存在だということを示す必要があるんだ。
その為にも、今からここで禁じられた廊下と呼ばれている場所に行く必要がある」
「き、禁じられた廊下だって!!?」


がしかし、その口から出てきた単語に、僕は一気に腰が引けた自分を自覚した。
だって、そこって、あれだろう!?
僕たち、一度うっかり迷いこんじゃったことがある、 あの犬の化け物がいたところのことだろう!?

泡を喰って、あそこは危ないという旨を言い募るが、ヘビノはどこ吹く風といったところだった。


「あれは、ふわふわのフラっフィーという犬だ。
大丈夫、対処法さえ知っていれば、可愛い奴だ」
「どこが!?ねぇ、どこがふわふわで、可愛いの!!?」


どうしよう、ついてくるんじゃなかったかもしれない。
だがしかし、今更そんなことを言っても、後の祭りである。
ヘビノは僕の恐怖なんてまるで、子どもがお化けを怖がるのと同じような調子で宥め、 僕は最後の最後に働いてくれれば良いのだと、言い聞かせた。


「大丈夫。子どもでも出来る楽なお使いだと思えば良い」
「ほ、本当かい?」
『まぁ、入学当初のハリー達でどうにか出来るんだから、あながち間違っちゃいないね』


恐る恐る覗き込んだヘビノの瞳は、それはもう綺麗な赤い色をしていて、 その澄んだ輝きに吸い込まれそうな錯覚を覚える。
僕、男を綺麗だなんて思ったこと今までなかったけど、やっぱり天使は違うなぁ……。
こんな綺麗な奴が嘘なんて言う訳ないし。
うん。大丈夫、なのかな……?

と、迷う僕の心をまるで決定づけるように、次の瞬間、事件は起こった。
遠くの方から、「おやぁ?」と小さく何かを訝しむような声が聞こえてきたのだ。


「そこにいるのはだーれだ?」
「!!」


やばい!ピーブズだ!!
あいつには世界を救うだのなんだのといった、大切なことは理解できないに違いない。
見つかったら、間違いなく大騒ぎだ。
下手をすると、その騒ぎを聞きつけてフィルチだのスネイプだのが来てしまうかもしれない!
クリスマス休暇に生徒がいるのはおかしくないが、 流石にこんな夜中に校内をうろついていたら、怒られてしまう。
強制送還、なんてなったら、こっそり出てきたのもバレてママに怒られる!

どうしよう!?と救いを求めるようにヘビノを見ると、 彼はさっと自分と僕に杖をふるい、一瞬にして僕たちの体を消してしまった。


ええええええ!?


しかも、ご丁寧なことに、僕の声も、だ。
まぁ、ここで僕が叫んだら、姿を見えなくした意味がなくなってしまうので、 仕方のないことだとは思うけれど。
まるで、最初から僕が騒ぐことが分かっていた・・・・・・・・・・・・・・・・・かのような用意周到さには驚きを隠せない。

で、姿の見えなくなった僕らが、そこで黙って立っていると、 鼻をヒクヒクとさせたピーブズが不気味な笑顔で近づいてきた。


「見えなくたってそこにいるのは分かってるんだ。
幽霊っ子?亡霊っ子?それとも生徒の悪戯っ子か?」


どきどきと鳴り続ける心臓の音が、奴に聞こえてしまうんじゃないかと、 内心、嫌な予感に囚われる。
すると、そこで意外なことが起こった。


「血みどろ男爵様がわけあって身を隠しているのが分からんか」
「「!!!」」


姿は見えないのに、ごく近くから、血みどろ男爵の声が聞こえたのである。
最初、あまりのことに無音の声で叫んだ僕だったが、 しかし、そのタイミングの良さに閃くものもあった。
慌てて、見えない手で自分の口がある辺りを押さえながら、成り行きを見守る。

すると、その血みどろ男爵を名乗った声の主はピーブズにいなくなるよう命令を下し、 ピーブズが完全に姿を消すと同時に、その姿を現した。


「……さて。行こうか?」


当然、そこにいたのは血みどろ男爵とは似ても似つかない、銀髪の少年だった。

この一件で、ヘビノへの僕の信頼度は、言うまでもなく最高潮に達した。
なにしろ、あの厄介なピーブズをあっさりと騙して、しかも言うことを聞かせてしまったのだ。
これで信頼するな、という方が無茶なほどの快挙である。

僕は自分が興奮して赤くなっていることにも気づかず、 今のはどうやったのか、血みどろ男爵を知っているのか、と彼を質問攻めにした。
もっとも、それに対して、ヘビノは 「いや、さっきのはほとんどハリーの手柄みたいなものだ」と謎の謙遜をするばかりだったが。

で、そんなこんな煩くしていた割には、その後、僕たちは誰にも見とがめられることはなく。
気が付けば、目の前に目的地の扉が見えてきた。
この状態では、向こうにいる生き物の気配なんて少しも伝わってこないが、 しかし、都合よくフラッフィーとかいう化け物がいなくなっていたりはしないだろう。
一体、どうするのだろう?と、妙な期待を胸に、ヘビノを見る。
すると、彼は「ここから先は二歩くらい離れて付いてくるように」と、僕の前を率先して歩き出した。

黒猫が、まるでそれに付き添うかのように並び立ち、にゃあと一声鳴く。


『とりあえず、訊くだけ訊いとくけど。なんでさっきのお願い二つだったの?』
「お願い、というと校長室か? 答えが分かりきっているのに訊くというのも、無粋だと思うが?」
『通過儀礼って奴だよ』


最初、自分に話しかけられたのかとも思ったが、 彼が振り返る気配もないので、どうやら猫と会話をしているようである。
天使は動物とも話せるのかーと感心していると、ヘビノは話を続けながら、 その場に自動で演奏をし続けるハープを出現させた。
聞いたことのないメロディーだったが、しかし、どうやら効果は抜群なようで、 フラッフィーの目がとろん、と虚ろに変わる。


『そもさん、“何故、賢者の石を使わせてくれと言わなかった?”』
「せっぱ、“許可が下りるはずがないから”。まぁ、言わぬが華という奴だな」


僕はすっかり感心してしまい、その様子をぽかん、と眺めることしか出来なかった。
だからだろう。連中が、


『なるほど、公安お得意の違法捜査って奴だね』
「いや、トリプルフェイスになった覚えはないが」
『よく言うよ。今まさにBGMに福○雅治使ってるくせに』
「気分的にはどちらかというとバーボンなんだがな」


なにしろ、犯罪なことには間違いがない。

などと、結構恐ろしいことを呟いているということに、残念ながら、僕は気付けなかった。
禁じられた廊下が音楽で満たされると、間もなく三頭犬は寝入ってしまい、 彼は魔法でどかしたそれの足元の穴へ、猫と共に飛び込んでいく。


『僕、仕事の出来る男キャラは工藤パパだけで良いと思ってるんだよねー――……』
「そこで赤井を選ばない辺りに、ファン歴の長さが伺えるな。そこは主人公じゃないのか――……」
『いや、だって僕、新一好きじゃないし――……』
「確かに『あれれー?』には虫唾が走るが――……」
『ちなみに、好きなヒロインは灰原――……』
「いや、そこはやはりかごめだろ――……」
『お前、それサンデー違い――……』


ちなみに、彼らの会話は途切れることがなかった。







で、その後に大冒険が待っていた訳だが、 正直、猫とヘビノが大活躍だったので、僕は何をすることもなく、 本当にただぼけっと後を付いていくことしかしなかった。

まず、穴を落ちたら、そこにはヘビノがクッションを用意しててくれてー。
(何故だか、周囲には何かの燃えカスがあり、何かが焼け焦げたような匂いがした)
先に進んだら、羽のついた鍵?がひらひら綺麗に飛んでてー。
ヘビノが杖をふるったら動きが全部止まってー。
近場の箒に猫と乗って飛んでいたら、急に猫が何かに飛びついてー。
(虫かな?と思ったら、それが次の部屋への鍵だった)
その先の部屋には巨大なチェスが犇いてて、あっさりとヘビノがそれに勝っちゃってー。
(僕、チェス得意だから、今度こそ僕の番!と思ったのに)
扉を開けた瞬間にトロールがこん棒を振り回してきたと思ったら、次には吹っ飛んでてー。
(やっぱり前を歩かないで、殿を務めようと思った)
謎の薬品が並ぶ小部屋でも、紙に書かれた謎はあっさりとヘビノが看破してしまったのだ。


「そうだな。やはり何度考えても、これが先へ進む薬だ」
『だね』
「……ねぇ、これ僕来る必要なかったんじゃないの?どう考えても」


ということで。
あまりの活躍の場のなさに、いじけてくる心を自重出来なくなってくる僕だった。

最初に聞かされた耳障りの良い言葉も、思い返すと段々うさん臭くなってきた。
だって僕、成績だって良くないしさ。
運動も人並みだしさ。
緊張すると簡単な魔法だって失敗するし……。

ところが、そんなくじけそうな僕に、ヘビノは心底不思議そうに首を傾げる。


「?最初から、最後に頑張ってくれれば良いと言っていただろう??」
「でも、僕なんて……」
「君がいてくれないと、ここに来てもなんの意味もないが?
言っておくが、この先には君にしか出来ない・・・・・・・・・・・・・ことがあるんだ」
「〜〜〜〜〜っ」


嘘など、万に一つも混じっていない、純粋な言葉。
僕はそれに耳が熱くなるのを感じながら、彼が差し出す薬を受け取る。
そして、それを猫にも薬を舐めさせた後、一気に飲み干した。


「じゃあ、後は段取り通りに?」


体の内側を氷が滑り降りたような感覚を味わった後、 僕は震えながら黒い焔の前に立つ。
今の薬で、もう燃えたりしなくなったっていうけれど。
でも、目の前の光景はなによりも熱くて。
(黒い焔とか、ヤバそうな気しかしない。いや、戻る方の扉に出た紫の焔も大概だけど)

恐る恐る、指先を焔に近づけ、それが少しも火傷しないことに僕がほっと安堵の息を吐いたその時、


「早くしないと効果が切れるぞ?」
「へ?」


どん、とヘビノは容赦なく僕を焔へと押し出した。(酷い!)


「うわぁ!!!?」


幸い、僕は無様に転ぶことも、 焔で黒焦げになることもなく。
どうにかこうにか次の部屋に進むことが出来た。
(でも、これで薬が実は間違っていたらどうするつもりだったんだろう?怖すぎる)

で、一応お助けキャラのつもりなのか、黒猫も付いてきていたので、 僕は軽く口を尖らせて抗議しておいた。
(どうやら、毒味で舐めて貰った分で、猫も来れたらしい)


「ねぇ、君のご主人ってひょっとして怒らせると怖い系?
今、絶対容赦なかったよね。転ぶところだったじゃないか」
『奴は僕の主人じゃないけど、ひょっとしなくてもヤバい男だよ。間違いなく』


何故だろう。猫に軽く同情的な視線を向けられた気がする……。

共感されたことに少し気分を持ち直し、 僕はとりあえず、事前に言われていた通り、鏡を探す。
まぁ、もっとも、探すまでもなく、それらしき鏡は部屋の中央にどどん、と置いてあったのだけれど。
で、僕はそれをまずは指さした。


「えーと、確か、この鏡の前に立つだけで良いんだよね?」


それで合ってる?
念の為に猫にそう確認してみると、黒猫はこっくりと間違いなく頷く。
(この猫も明らかに普通の猫っぽくないよなぁ。どっかで見たことある気はするんだけど)

どうやら大丈夫そうだ、と安心し、 一応は警戒しながら、僕はそっとその鏡の前に立った。


「……うわぁ!」


すると,そこにはすっかり成長した自分らしき姿がうつっていた。
ビルのようにハンサムで、チャーリーのように温かい瞳。
身だしなみはパーシー並みに整っていて。
でも口元はジョージやフレッドのような悪戯っぽい笑みをたたえている。
嗚呼、しかも、この格好からすると、クィディッチチームのキャプテンなんじゃないか?

誇らしげなその姿に、うっとりと見とれてしまう。
と、僕がぼうっとしていることに気づいたのだろう、黒猫に尻尾で足を叩かれた。

思わずはっとして、我に返った僕は慌てて目を瞑り、 ヘビノに教わった通り、『賢者の石』が欲しいと心の中で何度も念じる。

えっと、こうしていると、勇者の印の『賢者の石』って奴が出てきて。
で、僕はそれを壊す・・・・・ことによって、初めて勇者って認められるんだよね?
認められると神様の声が聞こえるようになって、武器が貰えて……。

ああ、これで石が出てこなかったり、壊せなかったらどうしよう!?
念じれば念じるほどに緊張してきて、僕はこっそり、片目を開けて鏡を見る。
すると、


「!!!」


さっきの、理想の自分がそこでにっこり笑ってウインクをすると、 その手にはヘビノの瞳みたいに輝く、手の平サイズの石が載っていた。
で、『僕』はその石を自分の服のポケットに捻じ込んで――……


すとん


「!?」


急に、僕自身の服に、ちょっとした重みが加わる。
まるで、透明な誰かが、僕の服のポケットに、なにか手の平大の石を放り込んだみたいに。
僕は、慌てて自分のポケットに手を突っ込み、そして。


「やったぁー!!」


賢者の石を手に入れた。

が、次の瞬間。



『ご苦労!』



ガスッと。
脳天に、格闘チャンピオンから踵落としを喰らったかのような衝撃が走り。
僕の意識はそこでぷっつりと、途切れてしまった。

だから、僕の手から猫が賢者の石を奪い取ったことも。
課題がクリアされたことで焔のなくなったアーチからヘビノが来て、僕に忘却呪文を掛けたことも。
結局僕は知らないまま、寝不足で妙に気怠い朝を迎えるだけだった。

そう、僕は利用されたことも知らない。
確かに僕は選ばれたけれど、 それは運命ではなく、ヘビノという狡猾な男に選ばれただけだということも、最後まで。


『まぁ、使う気満々の僕たちじゃ、確かに手に入れられないよね。この仕掛けじゃ』
「中々よく考えられてはいる。一人しか進めないことも含めてな。
『手に入れたいと願う者。ただし、絶対に使う気のない者』か。
もっとも、仕組みさえ分かっていれば、ヴォルデモートでも破れただろうがな」
『だね』

「さて。眠り姫を起こすとしようか」





でも、甘い言葉に嘘はなくても裏がある。





......to be continued