ペースなんてものは、作った者勝ちだ。





Phantom Magician 日談 6





「男の嫉妬は見苦しいぞ?」


そう言い放った瞬間、凄まじいまでの殺気が自分に向けられ、 その分かりやすい反応に笑いをかみ殺す。
こんなに素直に反応していては、自分で弱点を晒すようなものなのだが、 まぁ、しかし、自身が分かりやすいタイプなので、丁度良いのかもしれない。

腕の中で、自分に向けられた殺気と勘違いして、プルプルと震える体に、そうも思う。


「サラ……あたしにどんな恨みがっ」


はほぼ半泣きだった。
なので、それはもう優し気な声と笑顔で安心させてやろう。


「……自分の胸に聞いてみれば良いだろう?」
「!!?」


がしかし、口からこぼれ出たのは、 本人にしたら、「いや、安心できないから!」と叫ばれそうなセリフだった。
別に私自身は、に恨みなんて物はないのだが、 分身の胸中を思うと、これくらいの天罰は下っても良い気がしてしまったのだ。

は知らないので仕方がないといえば仕方がないのだが、 幾らなんでもと分身の温度差が酷すぎる。
分身にしたら、こうした愉快なやり取りは数年、下手したら数十年ぶりなんだぞ?
愛する存在の傍に来れて浮かれる気持ちは分かるが、少しは足元にも気を向けてやってくれ。

半ば以上保護者のような心持ちでそんなことを思っていると、 いつまでもその体勢でいることに痺れを切らしたのか、 「あたし何かしたっけ!?」と頭を抱えるをルーピンが回収していった。
もちろん、その視線の鋭さは標準装備である。

心配しなくても、邪魔立てするつもりはないのだが……と、肩を軽く竦め、 気を取り直して、に自分と分身はしばらく別行動をする旨を伝える。


「え、そうなの?あたしはてっきり、リーマスとのイチャラブを阻止されるかと……」
「そこまで私達はヤボじゃないし、物見高くもないな。
それに、こっちは入学手続きだの、なんだのと忙しい」
「……は?入学手続き??」


摩訶不思議なことを言われた、とでも言い出しそうにキョトン、と目を丸くする
どうやら、話をいまいち飲み込んでいなかったらしい。


「だから、これからは私も一緒だと言っただろう?」
「え、あ、うん……?でも、あたしはてっきり、教員枠かなにかだと思ってたんだけど」
「それだったら、こんな姿になる必要がないだろう」
「え……え!?ってことは、サラ学生になるの!!?」


今更すぎる反応に、私は笑うことしかできなかった。







『で、まずは何をするの?』
「そうだな。まずは……筋を通すのが先だろう」


あの後、をルーピンに託して、私と分身は連れ立って、みぞの鏡のある教室から立ち去った。
分身と離れるから魔法は使えないぞ、と言い置いた瞬間の、の表情は見物だったとだけ言っておこう。
赤くなって青くなってと、大忙しである。
ぜひ、己の持てる能力全てを使って、溢れんばかりのルーピンの愛情を受け取って欲しい。
若干、煮詰まり過ぎて身の危険を覚えるかもしれないし、それから逃げるための魔法は使えないが、 まぁ、遠くからエールだけは送っておく。


『じゃあ、校長室だね?場所は……当然分かるだろう?』
「ああ。応接室だろう?ガーゴイルがいるのなら、間違いない。
私達がいなくなった後の校長にはそこを使ってもらおうと、いつも言っていたからな」


まだ、ここの指導者が4人の頃。
この学校には校長というものがいなかった。
何故なら、私達は対等な存在だったから。

がしかし、いつまでも私達が学校にいるはずもなかったので、 いつかは校長を置くことになるだろうと、話していた。
まず、組織の長として校長がおり、その下に4つの寮の寮監が来ることになるだろう、と。
まぁ、私がいなくなった段階で、その体制に移行した、というところではないだろうか。
創設者は、初代の理事にでも収まって。


『……懐かしいだろう?』


と、私の言葉に感慨に耽っているとでも思ったのか、 分身がぽつり、と問いかけてきた。
それは、私であって私でない、彼だからこその問いだった。

私はそれに「ああ」と短く答え、ざっと己の歩く場所を見回す。

凍えるような空気が漂う廊下。
しかし、体を覆う暖気のせいか、それとも感傷のせいか、酷く眩しく温かいそれに思える。


「…………」


けれど、あちこちから感じる魔力に見知ったものはなく。


「……ほとんどパラレルワールドだな」


なんともいえない感想がこぼれた。

元々あった城を移築したものだから、記憶にある城も古びてはいたが、 それよりさらに貫録を増した佇まいに、年月という物を感じてしまう。
自分の中では、十数年前のことなのに。
当然のことながら、ここでは千年もの月日が流れていた。

そのことに。
嗚呼、もうここは自分の知るホグワーツではないのだと、納得する。

本当だったら、瞬きの間に校長室の前まで行けたのだが、 それだときっと、こうして納得するところまでいかずに、横柄な態度に出てしまったかもしれない。
自分がここを作ったのだと。
どうしても、主人面をしたくなってしまったかもしれない。
そう思うと、こうしてここを客観視する時間が持てたのは、とても良いことだった。

その胸中が嫌という程理解できたのだろう、 分身は嫌味を言うでも急かすでもなく、ただ黙々と無駄な時間につき合ってくれた。

そして、しばらく雪景色を見ながら廊下をそぞろ歩いた私達は、 少しして目的地に到着する。


「嗚呼、お前はあまり変わっていないな。
ehwaz


合言葉代わりにルーンを唱えれば、ガーゴイルがほんの少し口の端を持ち上げた気がした。
がしかし、瞬きの間にその表情は消え去り、ゴゴゴ……と音を立てながら階段がせりあがってくる。
その階段に押し上げられている間、今更ながらに今が夜半と呼ばれる時間だということに思い当るが、 まぁ、稀代の魔法使いということなので、多分待ち受けられているだろう、と開き直る。


『そうだね。ココアでも寄こされるんじゃないの?下手をしたら』
「どちらかといえば、そこはコーヒーにして欲しいところだがな」


別に自分がコーヒー狂いだから、という理由ではなく。
そう。なにしろ、夜は長いのだから。

そして、辿り着いた校長室のドアは、私がノッカーに手をかけるその前に、 現在の部屋主によって開かれるのだった。


「ようこそ、お客人」







案の定、しっかりとこちらの受け入れ態勢を整えていたダンブルドアに紅茶を出され、 私は一先ず、そのふかふかのソファで一服した。
馨しいその芳香に、にこり、と頬を緩める。

ところが、その場にそぐわない穏やかな表情は、寧ろ相手に警戒を強めさせてしまったようで、 ダンブルドアは一瞬、ちらりと分身に視線をそそぎ、 表情こそにこやかながら、硬い声で本題を切り出した。


「さて。まずは夜更けの訪問の理由を聞こうかの」
「ふむ……。そうだな。まずは突然の非礼を詫びよう。
事前のアポイントもなく、夜半に訪ねてきてしまって申し訳なかった」
『えらっそーだな、オイ』


すっと軽く頭を下げたのだが、分身の評価は辛かった(それはそうだ)


「明日でも良かったのだが、善は急げという言葉もあるのでな。
出来るだけ早くどうにかしてやりたい相手がいたので、やむなく」
「ほう?つまり、お主はここに誰かを助けに来た……ということで良いかの?」
「そう解釈してくれて構わない」
「なるほど……彼の御仁と同じじゃの」
『……ふん』


意味ありげなダンブルドアの瞳に、分身は不貞腐れたかのように視線を逸らした。
なるほど、あまり手の内を晒したくなる相手ではないらしい。

と、大袈裟にふむふむと納得したような仕草を見せたダンブルドアは、 そこで私に視線を戻し、「して、お主は誰で、誰を助けに来たのかな?」とそら恍けた台詞を吐いた。
その言葉に、そういえばお互い名乗ってもいなかったな、ということに思い至る。
待ち受けていた時点で、こちらの素性をある程度分かっていそうだが、 私がどう答えるかで腹の内を探る心づもりらしい。

私には探られて痛む腹などないので、ありのままを答えることにした。


「重ね重ね失礼した。私はサラ=ヘビノという。
の同郷の親友だ」
……?」


がしかし、ダンブルドアは名前だけではどうやらピンとこないらしかった。
まぁ、がこちらの世界に戻ってからまだ大した時間は経っていないので、 ルーピンと違ってに格別な思い入れがないであろう彼は、 記憶の再生がされていないのだろう。
なので、私は丁寧に彼の記憶を揺さぶることにした。


「いるだろう?リーマス=ルーピン教授の養い子にして、唯一の伴侶が」
「!」
『伴侶!!?』


すると、ダンブルドアよりも分身をどうやら揺さぶってしまったようである。
黒猫は全身の毛を逆立て、ぎゃあぎゃあと喚きだした。


『ちょっ!?がいつあいつの嫁になったんだ!?』


が、相手をしていると面倒なので黙殺する。
なに、心の声が四方八方から聞こえてくるような人生を歩んでいたのだ。
大音響で一人が騒いでいることを無視するくらい朝飯前である。
(『はあぁあぁ!?オイ、待て!ふざけるな!!』)

がりがりと割と本気で喰い込まされた爪の痛みもスルーして、 私はダンブルドアとの会話を再開する。
短い言葉の応酬だったが、流石に頭の回転の速い校長は、 私の言いたいことを察して、青い瞳を閃かせた。


「……ということは、『あの子』――いや、『彼女』は戻ったのじゃな?」
「その通り。今頃は感動の再会の続きでもしているだろう。
訊きたいことも言いたいことも山積みだろうが、一先ずそっとしておいてくれるとありがたい」
「……よかろう。では、助ける相手とは、『彼女』のことかの?」
「…………」


念押しのような確認に、私は笑みを深めることで応えた。
そうとも言えるし、そうでないとも言えたからだ。

その雰囲気に、ダンブルドアは瞳を細めた。


「私からの要請は二つだ。
まず、の復学を認めて欲しいという点。
次に、クリスマス休暇明けに一年生に転入二名を受け入れて欲しいという点だ」
『…………』
「二名?ふむ。については特に休学の手続きをしていないから、問題はないが。
転入する理由とその二名の名前を聞かせてもらえるかね?」
「転入する理由は、をヴォルデモート卿から守るためだ。転入者は私ともう一人」
「…………」
「彼はシャイでね。この後連れて来るので少し待ってもらえるかな?」


ヴォルデモートという名前に笑みさえ消した老人は、 疲れたように「良かろう」と頷いた。





無理矢理でも主導権は渡さない。





......to be continued