愛とは何か。 それは人間にとって永遠のテーマだ。 Phantom Magician 後日談 4 昼もなく夜もなく。 上もなく下もなく。 ただただ真白な空間。 時間も空気も停滞しているようなその場所で。 スティアと呼ばれた青年は一人、愛しい存在が消えていった場所を見つめ続けていた。 のただ一人の理解者にして、絶対の擁護者である彼。 どれほどに彼がその手を手放しがたく思っても。 どれほどに彼女を引き留め守りたくとも。 彼だけは、の望みを叶えるために存在する。 己が造り上げた通りに。 「情けない表情だな。セレスティア=スリザリン」 「!」 己の気配を感じていなかったであろう青年に気付かせるため、本当の名前を呼ぶ。 すると、弾かれたように彼はこちらを睨みつけ、私の姿を認めると恨めしげな瞳で嗤った。 「仕方がないだろう。君がそうしたんだから」 「その通りだが。望んで変わらなかったのは、お前だろう?」 「……ふん」 私の言葉に、彼は鼻を鳴らしつつ、目を逸らした。 私がセレスティアを造る上で重要視したのは、ただひとつ。 「を裏切らない存在」だ。 ただただ、のためだけに存在し、彼女の望みを全力で叶える存在。 己とは違う、彼女の意思を尊重し、手助けすることのできる存在を、願った。 それこそが、セレスティアを構成する、ただひとつの要素。 の意識が読み取れるのも、膨大な魔力も。 全てはそのためだけに。 「本当にお前は、生まれた時から変わらないな」 がしかし、変わることもあるだろうと思っていた。 自身を変えただ。 彼女とともにあれば、目の前の存在も変わっていくことを半ば以上覚悟していた。 彼女を想うあまり、その意思を歪め、彼女が心身共に傷つかないようにしてしまうかもしれないと思っていた。 何故なら、彼のベースが自分だから。 どれほどに理想を詰め込もうと、本質が同じだからだ。 実際、ヴォルデモートと戦う時は、の意志を無視しようとしたこともある。 けれど、彼はここにいる。 の記憶を消すこともなく、悠久とも言える時を過ごしてまで。 それは、彼が彼女の願いをたった一つを除いて叶えたことを意味していた。 「で?それより君、ここに何の用? なら無事に狼男のところに辿り着いて、今頃感動の再会してるはずだけど?」 あくまでも平常心を装い、問いかけるセレスティア。 「それは知っている。私がここに来たのは、お前に用があったからだ」 そのことがたまらなく誇らしく。また、切ない。 のために生まれてきた青年。 彼はその存在意義にかけてを愛し、慈しんできた。 深く深く。 あのリーマスという人間でも想像がつかないほどに深く。 それなのに。 彼は彼女のために、その手を自ら放したのだ。 だから、私はここにやってきた。 「僕に?へぇ。天下のサラザール=スリザリンが一体僕に何の用かな」 「皮肉か?あいにく、今の私はその名前ではない。知っているはずだろう」 「それを言うなら、僕だってその名前で呼ぶのを止めて欲しいね。 好きじゃないんだよ、その名前。仰々しすぎて。本当に君のネーミングセンスを疑うよ」 「だが、私にスティアと呼ばれるのは嫌だろう?」 「まぁね。よく分かってるじゃないか」 自分よりよほど真っ当に誰かを想う姿に、思わず目を細める。 自分がここにきた理由を彼が知れば、彼は恐らく自分を恨むだろう。 何故、そっとしておいてくれないのかと。 何故、そんな選択肢を提示したのかと。 もしかしなくとも、彼にとって今のままの方が幸せだ。 だが、私は大切な友人のために、彼を生き地獄に叩き落とす。 「では、お前のことは分身と呼ぶことにしよう」 「まぁ、どうでも良いけどね。で、本題は? くだらないことだったら殴るよ? そんなことをしているくらいだったら、さっさとを追いかけてくれない?」 「丁度良いからさ」と、そう言った彼の瞳に言いようのない翳が差す。 「ああ、そうだよ。僕をについていかせたのは君なんだからさ。 責任持って、が独り立ちできるまで見守ってよね。僕のふりして。 僕はここから動けないんだから」 どこか自暴自棄になりながらも、出てくる言葉は彼女を想うそれ。 自分が急にいなくなれば、が戸惑うから。 それも自分のためだと知ったら、彼女が悲しむから。 それを誤魔化すために、黒猫の姿を取れと。 「そのくらいできるだろ?」 挑発的にこちらを睨みつけてくる青年に、思わず苦笑がこぼれる。 嗚呼、本当に。 自分から生まれたくせに、どうしてお前はそんなに上出来なのだろう。 本当なら、身を粉にして働くお前を休ませ、その願いを叶えるところなのだが。 「確かにできる。だが、断る」 それでは、駄目だ。 「なんだと……?」 まさか否定の言葉が返ってくるとは思ってもみなかったらしい分身の瞳に、殺気が混じる。 だが、それでは駄目なのだ。 なによりも、のために。 そして、激高した分身は私の胸倉を掴み上げ、くびり殺さんばかりに絞めあげる。 「ふざけるなっ!できるくせにやらない? 僕がどんな想いでそれを言っているのか分かっている、お前がそれを言うのか!」 だが、その表情はその行動とは裏腹に、今にも泣き出しそうに見えた。 「……ああ。何度でも言おう。断る、とな」 「〜〜〜〜っ!」 「が求めているのは、私ではない。お前だ。スティア」 「…………っ」 この、世界の『架け橋』を維持するためには膨大な魔力と、それを留める『器』が必要だ。 だが、それに必ずしも意思は必要でない。 だからこそ、私は分身に人と獣、二つの身体を与えたのだ。 こうなった、時の為に。 「人の器を捨て置いて、の傍に行け。それが、お前の存在意義だろう」 どこまでも、どこまでも、ただのために。 私では、お前の代わりにはなれない。 そう言外に告げると、分身は心の底から苦々しげに顔を歪めた。 獣の器を『架け橋』に残すことはできない。 何故なら、すでにそこからは魔力を生み出す『核』が抜けてしまっている。 それでは、この『架け橋』を維持することは出来ないのだ。 逆は、ありえない。 そして、それは、分身も承知していることだった。 今にも舌打ちせんばかりの表情だったが、決して彼は嫌だと喚くことをしない。 「僕に、ただの猫になれって言うのか」 「そうだ」 「魔法も使えず、あの子を支えるための腕もない、畜生に」 「そうだ」 「が、あの狼男と一緒にいる様をただ見続けろと?」 「そうだ」 予定調和のような言葉の応酬。 それが終わったその時、分身は私から手を放していた。 そして、一瞬の瞑目。 その瞳には、涙はない。 だが、泣くことができたら、どれだけ良いのかと思う。 分身が手放すものの大きさを知っているだけに、なおさら。 永遠にも思える、その瞬間を、ただただ私は見守る。 そうしなければいけない気がした。 やがて、分身は酷く物憂げに瞼をこじ開け、胡乱な眼差しで私を見た。 「アンタ、最低だな」 私はその評価を、甘んじて受け入れた。 「ああ。知っている」 私は、お前のその想いを『純愛』と名付けよう。 ......to be continued
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