誇り高い君は、きっとそれを知ったら私から離れていくだろう。





Phantom Magician 日談 1





「願え、。夢はまだ終わっていない」


現れた時とは打って変わって、軽やかな足取りで駆けて行った女性の後ろ姿を見送り、 私は人知れず、そっと息を漏らしていた。
思惑通り、彼女はきっと異世界へ自分を呼び込んだ存在を探し求めるだろう。
ならば、自分はそれを手助けしなければならない。
そう、全ては自分が引き起こしたことなのだから――…。


「……で、結局解決したの?サラ」


と、同じように彼女を見送っていた、親友の一人が気がつけば鋭い眼差しで自分を見つめていた。

基本的にはにこやかな表情の多い女性なのだが、 詳細が分からないながらもその重要性を理解しているのか、先ほどからその表情はずっと硬いままだ。

そのことに苦笑し、手元の酒でそっと喉を潤す。
この先の展開を考えると、アルコールの1杯でも飲まないと、とてもやっていけなさそうだった。
カラン、と手の中で氷が小気味よい音を立てる。


「解決したといえば、した……のかな」
「なにそれ?曖昧すぎるんですけど」


不機嫌さを隠そうともしない
彼女は完全なる部外者であり、さっきの話の半分も理解できなかったはずだ。
本当だったら、一体なにがどうなっているのかを聞きたいところだろう。
目の前で、これほど気になるやり取りをされれば、それが当然でもある。

がしかし、元来の好奇心旺盛なところは仏頂面で綺麗に隠し、 彼女はただ、事態の成り行きだけを尋ねる。
親友だからといって、無闇に立ち入って良いことと、悪いことがある。
だから、彼女は無理に詳細を訊いてはこないだろう。今も、そして、これからも。

普通であれば、彼女の配慮に感謝し、細かい点を伏せるべき場面なのだろうが。


が逢いたい人間にもう一度逢う、という点では解決するが、 その後、順風満帆な生活が送れるか、という点ではなにも解決していないんだ」


私は、に全てを洗いざらい話してしまうつもりだった。
の物語も、そして、自分自身の物語も。
ある一点・・・・を除く、全てを。

と、私がそんな風に話をしようとしている空気を察したのか、 は半ば姿勢を正して、「どういうこと?」と問いかけてきた。
その真摯な瞳の色に、内心そっと腹を決める。


「真面目に聞いて欲しいんだが……」


彼女の為人も、性格も。
自分に対する親愛も、自分は理解している。
だから、恐れることなど、なにもない。

己が何者であるか、目の前の彼女にだけは明かそう。
君にだけは、私自身の口から真実を話そう。



その美しい心を、たとえひと時でも知っていた、という事実以外の全てを。



たとえ、話した後に、君の記憶を無くすとしても。


「私が、魔法使いだと言ったら、はどうする?」
「…………」


もし自分が彼女の立場であったなら、一笑に付すであろう、荒唐無稽なその言葉。
それに対し、はふっと穏やかな、けれど困ったような苦笑を浮かべていた。
それは、全てを受け入れた者特有の、複雑な色を灯すそれだった。


「『嘘でしょ?』ってまず訊くけど。
まぁ、この話の流れでそれを言ったら始まらないんだろうね」
「そう。まずそこは大前提だからな。信じなくても飲み込んでもらわないと話が進まない」
「了解しました。まず、サラは魔法使い、と。で?話の続きは??」
「で、が言うところの『ハリポタ世界』から来た、としたら?」
「…………」


続けられる更に非現実的な話に、の眉根が寄せられる。
心底困ったようなその表情に、無理もないな、と思う。
真面目に聞いて欲しい、という前置きさえなければ。
に関わる話だと知らなければ。
恐らく、とっくの昔に彼女は私の言葉を笑い飛ばしていたことだろう。
もしくは、頭の具合を心配さえしてきたかもしれない。

だがしかし、実際には至極真面目な話で、しかも悪いことに私の言葉は事実なのだ。
これはもう、今までの話をなかったことにしてしまうしかないのだろうか、と、 一抹の寂しさを覚えながら、の応答を待つ。

すると、散々目を泳がせた挙句に、彼女から出てきたのは意外な言葉だった。


「……それ、前にも、サラ言ってたよね?
『もし、自分がサラザール=スリザリンだとしたら、君はどうする?』って」
「!」


それは、皆がまだあどけない学生であった時に、自分が発した言葉。
自身が本の中の人間なのか、それとも私の住んでいた世界を元に本が書かれたのかで惑っていた時の、 弱い自分がたった一度だけ漏らしてしまった、弱音とも言えない不安。
それを、目の前の彼女は―― は、覚えていたのか。


「……覚えてくれていたのか」


あの頃は、『空が飛べたら〜』とか『自分がこの主人公であったら〜』など、 他愛もない空想を皆で話し、笑っていたというのに。
その中に埋もれてしまったはずのそれを、忘れることなくいてくれた彼女に、嗚呼、涙が出そうになる。


「まぁね」


何の気もないであろうその一言に、私は覚悟を決めた。
記憶の改竄は、もうしない。
私の所業に、君がなにを思うか、恐ろしくて仕方がなくても。


「私は……」


私が何を思ってこの異世界に来たのか、それを言葉にするのは酷く難しいことだけれど。

の一番の親友であり。
私にとって何よりも眩しい、君に。


「君が思っている通り、サラザール=スリザリン、そのものだ」


飽くなき懺悔を。





言いたい気持ちと言いたくない気持ちが、交錯する。





......to be continued